仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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ルート3019で軍の追撃部隊阻止に動く、
少年指揮官コリンとB122の戦乙女たち。

なんとか凌ぎつつも、それぞれに様々な思いが去来する。
そして、追撃部隊を指揮するキリールは
獲物を前に喜悦の表情を浮かべていた……

本編完結、第8話 part2の前編です!


【作者から】
ようやくここまでこぎつけました。
「おねショタ」シリーズの本編最終話となります。
コリン君とお姉さん達の戦いを見届けてくださると幸いです。

なお、分量がとてもとても多くなりましたので、
前編・中編・後編の三分割アップでお届けします!
長くなってスミマセン!



Ep.8 B122の一番長い日 part.2 -前編-

 ――Tマイナス03h00m。

 

 “彼女”は“妹分”と共にひたすら地を駆けていた。

 

 灰と炭の色に焦げた大地は徐々に赤と茶に変わり始めている。

 なんなら申し訳程度に植物の緑さえ見出すことができた。

 

 だが、空は相変わらず曇天に包まれ、遠雷の音さえ聞こえてくる。

 

 そして、雷の音とは異なる、迫ってくる疾走音。

 タイヤやホバーではない、四脚歩行で地を駆る忌まわしい狩人の響き。

 

 “彼女”はちらと後ろを振り返り、遠くにその影を認めて舌打ちした。

 蜘蛛のような異形の姿は、追撃してくる軍のヒュドラ歩行戦車だ。

 

 何があったかは、いまだに頭が混乱している。

 

 突然「タナトスの軛は解かれた」というワードが指令回線に流れ込んだ後、直属の指揮官から「軍の包囲網を突破して脱出せよ」というコマンドが飛び込んできたのだ。

 

 戸惑っている間もなく、グリフィンの全体チャンネルが悲鳴に満ちた。

 

 突然の軍の裏切り。機甲兵器と物量に蹂躙される人形達の断末魔。

 そして、本部のバックアップサーバとの唐突な切断。

 

 仮初の死のはずが、真の死へ変わったショックは大きく――

 

 あまりのことに動転して“彼女”も軍の歩兵人形に捕捉されるところだった。

 

 だが――“あの子達”だけは違っていた。

 グリフィンL211基地の戦術人形。“カサンドラ”の戦乙女。

 

 まったく慌てることなく、決してうろたえることなく。

 冷静に自分達で連携して、軍の包囲網の南端を食い破った。

 

 脱出命令を受けた者はこぞって囲いのほころびから抜け出した。次々に飛び込んでくる指揮官からの指示に従うまま、ひたすらに逃げ延びていったのだが――L211基地の戦術人形達はなお、しんがりをつとめて軍の追撃を食い止め続けている。

 

 困惑しながらも、薄々は勘づく。

 軍がグリフィンを裏切ることを、ごく一部の指揮官は察知していたのだ。

 

 そうでなければ、あらかじめ逃げ込み先まで明示されるはずがない。

 

 ルート3019を抜け、補給拠点のS545基地、〔イセンガルド〕へ。

 ――そこまで逃れれば、一安心だ。

 

 指揮官は繰り返し、その言葉を回線に流している。その指揮官自身も野戦司令部を放棄し、まさに逃走しながら人形達を激励し続けているのだ。

 

「……ねえ、脚がもう限界だよぉ」

 

 “妹分”が泣き出しそうな声をあげた。

 見ると、少しずつ走る速度が落ちてきている。

 

 その“妹分”の手を握ると、“彼女”はぐいと引っ張った。

「泣きごと言わないの! 死にたいの!?」

 

 叱咤の言葉に返ってきたのは、弱々しい悲嘆だった。

「もう諦めようよ……あいつらに追いつかれちゃう」

 

「バカ言わない! あんたが立ち止まるなら背負っていくからね!」

「もうわたしに構わないのでくださいよぉ」

「冗談言わないでッ」

 

 “彼女”はキッと眉をひそめて“妹分”をにらんだ。

「あんたに死なれたら、一生後悔するじゃないッ」

 

 その言葉を聞いた“妹分”は一瞬目を丸くし――次いで、にぱっと笑んでみせた。

 

 あまりに屈託のない笑顔に、“彼女”はわずかに瞳を揺らしながら、手を引いて駆け続ける。なだらかな坂道を登り切り、ルート3019の端に辿り着いた二人は――

 

 

 開けた視界の先に、ハイウェイが“封鎖”されているのを目にした。

 

 黒いアスファルトの道路の上に、グリフィンの輸送トレーラーが何台も止めてある。例外なく道をよこぎって遮るかのようにされており、明らかに誰かの意図を感じさせた。

 

「これって、いったい……」

 “彼女”が戸惑って声をあげた、その時。

 

 ハイウェイの片方の端、北側から警笛の音がなった。

 振り向くと、同じグリフィンの別基地とおぼしき人形達が手を振っている。

 

 これを仕組んだ者かと思ったが、ともかくも味方には違いない。歩行戦車から遠ざかるのとは違う方向へ走るのは抵抗があったが、なんらか逃げおおせる手段を持っているだろう――否、“妹分”のコンディションを考えれば、頼らざるをえない。

 

 なんとか人形達の元へたどり着いたが、歩行戦車の足音はすぐ近くまで迫っていた。不安に顔をこわばらせる二人に、熱光学迷彩のマントが差し出される。

 

「これかぶって、地面に伏せて」

「でも、こんなのじゃあいつらのセンサはごまかせない!」

「だいじょうぶ。うちの腕利きがなんとかする」

 

 “同輩”が自信ありげに言ってみせるので、二人はしぶしぶマントをかぶり地に伏せた。歩行戦車の足音が地響きとなって迫る。マントのわずかな隙間から様子を窺っていると、ほどなくオリーブドラブの塗装をしたマシーンが視界に入った。

 

 四本の脚の駆動音と、銃弾など寄せ付けない装甲は、まさに怪物だ。

 その数は二体。人形狩りでも律義なことに“ツーマンセル”行動とは。

 

 歩行戦車が足を止める。

 ピッピッピッというシグナルが聞こえてくる。

 怪物が鼻をひくつかせる音。索敵センサの発信音だ。

 

 シグナルの間隔が徐々に短くなるのに、思わず声が出そうになったところへ――

 

 突然、歩行戦車の一体が千鳥足になるのが見えた。いつのまにか、センサ群が撃ち抜かれているのが窺える。少し遅れて、遠く長く銃声が轟く音がした。遠距離狙撃……どこから狙っているか分からないが、凄腕だ。

 

 だが、もう一体はすでに警戒モードに入っている。

 

 脚を踏み鳴らし、機関砲をもたげたその時。

 今度は隠れて伏せている自分たちの背後から、大きな発射音が鳴った。

 

 直後に、歩行戦車の方で爆発が起きる。ぐらりと態勢をくずして地に伏せたそれの脚は、関節部分が大きな損傷を受けていた。

 

「――上手くいった! この隙に逃げるよ!」

 “同輩”が声をかける。

 

 “彼女”は立ち上がると、“妹分”の手を引いた。

 熱光学迷彩のマントを抱えながら、先導する“同輩”の後を追って駆ける。

 

 その時、信じられないものが目に入った。

 少し距離を置いてハイウェイから外れて疾走する夜戦バギー。

 その荷台に展開しているのは――まさか、対戦車ミサイルではないか。

 

「助かった、のかな……」

 “妹分”が、かすかに明るい声で言う。

 

 “彼女”はうなずくと、“同輩”の背中に声をかけた。

「――ねえ! こんな準備している、あんた達は一体……!?」

 

 “同輩”がわずかに振り返り、腕章を示しながら答えた。

「グリフィンB122基地、コリン坊やの部下兼お姉さんだよ!」

 

 珍妙な名乗りは、しかし、この上なく誇らしげに聞こえた。

 


 

 ――Tマイナス02h00m。

 

 B122基地、城門すぐ外の駐機場。

 昼下がりを過ぎて傾いた太陽が、垂れ込める雲を抜けて西日を差している。

 

 優しくない日差しに照らされた一台の装甲車に、彼は乗り込んでいた。

 

 褐色の肌、さらさらとした黒い髪。絵筆を戯れに置いたかのような、ほぼ点状の眉はよくからかわれるが、だいじなチャームポイントのひとつ。全体としてレトリバー種の仔犬の印象が漂う、御年十歳の愛らしい少年。

 

 コリン・ハワーズ。

 いまやルート3019での撤退戦を仕切る、少年指揮官。

 

 彼は持ち込んだ携帯端末に目を凝らしていた。

 オニキスの瞳に、刻一刻と変わる戦況が映っている。

 ほどなく、ヘッドセットに乙女達の声が入ってきた。

 

『こちら〔サジタリウス〕、敵第四波の撤退を確認』

〔こちら〔アーバレスト〕、安全圏まで一時離脱した〕

 

 VectorとAA-12の声だ。それを聞いて少年はふーっと大きく息をついた。

「おつかれさまです。引き続き遊撃体制で待機してください」

 

 コリンの言葉に返ってきたのは、苦笑い含みの声だった。

『声硬すぎ。リラックスした方がいい』

〔適度に休憩いれなよ。ちょっと指示が遅れてもなんとかする〕

 

 彼女達それぞれの気遣いに、コリンは顔をくしゃりとさせた。仔犬が頭を撫でられて破顔したような表情は、軽い安堵と羞恥がないまぜになったかのようだった。

 

「ありがとう――ちょっと一息いれます」

 そう少年が返事して、ヘッドセットをはずしたのを待っていたかのように――

 

 運転席に座っていたスプリングフィールドが振り向いて声をかけてきた。

「おつかれさまです。軽くつまめるものと、コーヒーがありますよ」

 

「……あのドタバタでよく準備できましたね」

「ふふっ。お菓子は作り置き、コーヒーは隙間を見て手早く、です」

 

 ポットと紙袋を手渡しながら、栗毛の副官は莞爾と笑んだ。

「甘いものは脳に効きますよ。どうぞ、めしあがれ」

 

「いただきます」

 コリンは紙袋を開けた。ふわとほのかに甘い香りが漂う。

 

 中に入っていたお菓子を指でつまみあげて、少年は感嘆の声をあげた。

「シリアルバーだ! やった!」

 

「エヴァンも好物でした。時間がない時につまめるでしょう?」

 スプリングフィールドがウィンクしてみせるのに、コリンはうなずいた。

 

 シリアルバーはサクサクとしたオーツ麦に程よくドライフルーツが混ざっていて、噛むと軽快な触感に加えて柔らかな甘みが口いっぱいに広がるのを感じた。三個ほどぺろりと食べるとポットの飲み物に口をつけた。

 

 コーヒーは少年の好みに合わせてクリームと砂糖をたっぷり入れてあり、敢えて程々のぬるめの温度になっている。手早く飲めるよう、彼女なりに工夫してくれたのだろう。コリンは改めて栗毛の副官の気遣いぶりに舌を巻いた。

 

 甘いものを温かいものを胃に収めると、心の凝りがホッとほぐれた感じがした。

「ごちそうさま――ありがとうございます。いつも助けて下さって」

 

 少年の感謝の言葉に、栗毛の副官はくすりとささめき笑いを洩らしてみせた。

 

「どういたしまして。指揮官のコンディションに気を使うのも副官の仕事ですもの――ほら、まだ作戦途中です。気を抜かないで」

 

 スプリングフィールドから促され、コリンはうなずいた。 

 膝の上の携帯端末、展開したモニタ上の戦況図を改めて見つめる。

 本来なら、指揮官室で指示を飛ばす方がいい。

 

 だが、敵がそもそも軍であり充分な部隊数で寄せてくるのであれば、基地に強襲をかけてくる可能性もある。そこで逃げ支度を整えたうえでの指揮体制となった。携帯端末とはいえ、いまはまだ有線ケーブルで基地の戦術コンピュータに繋がっている。処理速度は十分な上に、そもそもこの戦闘でコリンが気に留めるべきは、二班に分けた〔射手〕をどう動かすかだ。

 

 落ち延びてくる人形達については、敢えて巡回班の人形達に任せている――「危なければとにかく逃げろ」という指示を与えたうえで。

 

 

 この作戦では、ハイウェイの封鎖がともかくも必須だった。

 

 コリンがそこで目をつけたのは、ルート3019上を前線に向けて走っている輸送トレーラーだった。グリフィンの規程上、輸送トレーラーの管理権限は、走っている道路を管轄する指揮官に属する。肝心の道路に異状があれば、適宜輸送を一時止めるなどの措置をとることを想定してのものだ。

 

 少年指揮官はこれを“悪用”した。行使した権限はあくまでも「輸送状況の安全のための待機」ではあるが――実際にはハイウェイの通行方向に対して横向きに停車させ、バリケード代わりにしたのだ。

 

 彼が思いついた時点で確保できたトレーラーは九輌。

 

 第一バリケードは三輌で構築。

 そのほか三か所は地形に応じ、二輌ずつで封鎖している。

 合計四か所の“城壁”が、足止めの要だ。

 

「――とはいえ、状況はよくないなあ」

 コリンは、唇をへの字に曲げてぼやいた。

 

 敵の追撃はいまのところ、歩行戦車のみだった。事前に決めた〔射手〕――対物ライフルによる遠距離狙撃と対戦車ミサイルによる、攪乱攻撃チームが鋼の怪物の侵攻を押しとどめていた。だが、第二波までは二体のみやって来ては引き揚げていった歩行戦車が、第三波では四体、第四波では六体にまで増えている。なんとか対処はできたが、第四波ではさすがに処理に手間取って、第一の障害を排除されてしまった。

 

 これは非常にマズい、とコリンは勘づいていた。

 

 正直なところ、シリアルバーなど食べている場合ではない。

 一方、悩みこんでも解決しないことは、先だってVectorに教えられたばかりだ。

 

 コリンが敵の立場なら、取り得る次の手は明らかだ。

 だとしたら、それに対する効果的な妨害方法は――

 

 そこまで考えたところで、通信回線のコール音が鳴った。

 

 少年指揮官の代わりに出たスプリングフィールドが、こちらを振り向いて言う。

「――コリン。ローズ指揮官ですよ、やっと繋がりましたね」

 

 その知らせに、彼は愁眉を開いた。

 ぎりぎりのところだが、まだ「負けない」目算は立てられそうだ。

 


 

 ――Tマイナス01h50m。

 

「やーあ! やっと軍のジャミングから抜け出せたよ!」

 

 通信機に向かってロロは笑んでみせた。

 野戦バギーの後部座席にあぐらをかいて、悠々と座しながらである。

 

「どうだい、若きパダワン。私たちの逃げ道は無事かナ?」

『師匠! そちらこそ無事なんですか!?』

 

「無事、と言いたいんだけどサ」

 

 ロロが答えかけた途端、バギーの数メートル横で爆発が起こる。

 ぐらと揺れるバギーは運転手の操縦よろしきを得て態勢を立て直す。

 

「――まあ、いま聞いての通りだ。現在進行形で追われているヨ」

 

『敵の戦力は?』

「戦車。ただし脚が生えていない、本物のタンクだ」

 

 ロロはちらと後ろを振り返った。

 

 バギーのたてる赤い土煙。

 それに混じる灰色の煙幕は目くらまし用の仕掛け。

 

 二色の靄の中に、うっすらと動く城砦さながらの影が浮かぶ。

 角ばったシルエット、突き出た長大な砲身。

 そして図体の割に機敏な速さを可能にする、ホバードライブの轟音。

 

 正規軍の誇る主力戦車、テュポーンだ。

 

『なんだってそんなバケモノ相手に鬼ごっこしてるんですかッ!』

「いやー、私だって相手にしたくはないんだが、ちょいとウチの子達が粘りすぎちゃったみたいで、指揮通信を逆探されてね。なんとか包囲は抜けたんだけど、戦車が一輌食らいついてきてるんだ。小細工して撒きたいところだが――」

 

 ロロは紫の瞳を煌めかせつつ、肩をすくめた。

「――たぶん、後続に狩人の本隊が来ているネ。迂闊に策を弄したら物量で踏みつぶされちゃう。やむなく『別の日を戦うためにいまを生き延びる』ってやつサ」

 

『……師匠、こんな時でも口調変わらないんですね』

「まあ、いまは頼りになる私の可愛いお嬢さんたちが周りにいるからね――それでいまのそちらの戦況はどんな感じだい?」

 

 ロロの問いに通信回線が束の間沈黙する。

 だが、答えをためらってのものではないことは、少年の言葉で明らかだった。

 

「四回表で相手打者六人、一失点です」

 

「ンンンッフ! ベースボールはこの国ではマイナーだが……なるほど、それは確かにゆゆしき事態だね」

 ロロの紫の瞳が煌めいた。

 

 第四波まで退けたところで、歩行戦車六体でバリケードをひとつめ突破。

 そんなところだろう――状況としてはあまりよくない。

 

 あといくつバリケードを用意しているかとか、そういうことではない。歩行戦車六体がかりでバリケードを突破できたなら、工兵用にその六体を充てて残りで蹂躙すればよい。数の力とはそうやって使うものだ。

 

 そこまで察してロロは微かに笑んだ。

「それで? 打つ手はあるのかい?」

 

『あります』

 返ってきた少年の声は、少し硬いものの、ゆるぎない。

 

『ただ、それをするには戦車に食いつかれている師匠が面倒です。ルート3019に着く手前でいいです。なんとか撒くなり、距離を空けるなりできませんか?』

 

「……オーケー、パダワン。君の考えに従おう。じゃあ、頼んだよ」

『わかりました、師匠。どうぞご無事で』

 

 通信回線が切れる。

 

 ロロはその向こうに褐色黒髪の少年の顔を視たように思えた。

 じっと前を見据え、いささかも怯んだ様子のない猟犬の表情だ。

 

「よーし、私の可愛い乙女達! タイマーを十分前に合わせ! カウントゼロであのしつこい送り狼に、きっついスカンクを一発かましちゃって!」

 

 ロロの言葉に、L211の精鋭――〔指輪の乙女《リングス》〕が揃って苦笑を浮かべる。たしなめたのは案の定、部隊の隊長で、ロロの副官でもある亜麻色の髪の少女だった。

 

「指揮官! もう少し上品な指示をお願いしますッ」

「えっ、スオミちゃんたら、『おファックあそばしませ』とかがよかった?」

 

「……随分とご機嫌ですね。コリン君にまかせて大丈夫なんですか?」

「ンンン、声を聞いて安心したのサ。もともとあの子は待ちに徹して戦うのは不得手なんだろう。そして、戦いに際しては主導権を握ったほうが勝つ」

 

 彼女の紫の瞳が煌めく。知性と興趣を宿したパープルタイガーアイ。

 

「さあ、弟子の企みを無駄にしないように、張り切ってケツをまくるぞ!」

「だからもうちょっとお上品にしてくださいってば!」

 

 指揮官をたしなめる少女の小言に、乙女達はそろってさざめき笑いを立てた。

 


 

 ――Tマイナス01h40m。

 

 岩陰に潜ませたバギーの運転席でVectorは警戒にあたっていた。

 後部座席ではDSR-50が対物ライフルを点検している。

 

「まったくもう、坊やったら人使いが荒いんだから!」

 頬を軽くふくらませ、眉をひそめて、不平を洩らしながら、だ。

 

「まるで“あの人”みたいだわ。ホントにホントにもう、悪いオトコ!」

 

「“あの人”って誰。あなたがしてやられる男なんて大したものだけど」

 聞きとがめたVectorの言葉に、DSR-50はしまったという顔で唇を噛むと――ややあってため息をついて、答えた。

 

「……わたしがグリフィンに来て、最初に就いた指揮官よ」

 DSR-50の声は、苦々しそうながら、どこか懐かしむ気配があった。

 

「いま思うとわたしもウブだった。まあ、彼がいいオトコだったのは確かだけど。作戦では本当にこき使ってくれたし、人形の限界を試すような作戦ばかりだった。でも、ぎりぎりまで使い込まれることは刺激的だったし、帰還した後はちゃんとご褒美もくれた。それこそ、その人形が欲しいものを、きちんと与えてくれる人だった」

 

 黒髪美女がすっと髪をかきあげた。

 その指で、自らの首筋から胸元、そして腹部へ、つっとなぞっていく。

 

 細めた目に、どこかとろりとした光をたたえて、彼女はつぶやいた。

「人形使いの上手な、ホントに好いオトコで悪いオトコだった……」

 

「さしずめ、あなたへのご褒美はベッドでのお楽しみかしら」

「うふふっ、もちろん――でも、それだけじゃなかったわ」

 

 DSR-50が右手を口元へ近づける。薬指を浮かせると、そっと噛んでみせた。

 

「ただの関係じゃなかった……〔誓約〕した仲だったのよ。けれど――」

 

「――選ばれなかった?」

 

 Vectorの言葉に、黒髪美女はそっとうなだれた。

 長い髪がはらりと落ちる。表情をヴェールの向こうへ隠すかのように。

 

「そう。あの人がグリフィンを辞める時、わたしは連れて行ってもらえなかった。彼は別の民間軍事会社を起業したそうだけど、子飼いの人形は何人か引き抜いたくせに、わたしは選んでくれなかった――風の噂じゃ、ちゃんとした人間の奥さんをもらったみたい」

 

 DSR-50が顔をあげた。Vectorに見せたその表情は、まさに泣き笑いだった。

「結局、人間のオトコってそう。人形はしょせん人形でしかない。オンナとしてどっちを選ぶか迷ったら、結局、天然の肉と骨でできた、生きている方がいいのよ」

 

「……めずらしいわね。愚痴?」

「いいえ、忠告よ」

 

 DSR-50の眼差しがVectorをひたと見据える。

 黒真珠の視線が、金色の瞳を覗き込むかのように。

 

「坊やに肩入れするのは構わないわ。でも、“好き”になっちゃダメ。人形の方がつらくなるから。あの坊やはいずれ人間達の世界に帰っていく。その時にあなたを連れて行ってくれる保証はない。あなたはいつまでも、あの子を守れるわけじゃない」

 

 その言葉に、Vectorは軽くにらみ返した。

 金色の視線で相手を撃ち貫くかのような鋭さ。

 

「別に、わたしはコリンを好きになってなんかいない」

「あら、特別には思っているでしょう?」

 

「指揮官だから、他の人間より関係性のポイントが高いだけ。それにあの子はまだ子供だもの。人形なら、未成年の人間を守るような倫理コードが働くから……」

「だ・か・ら――そういうのをまるっと含めての話しよ」

 

 DSR-50が目元を細める。

 黒真珠の光が強まり、金色の視線と絡み合うかのようだった。

 

「関係性のポイントの高さとか、倫理コードから来る義務感も、ぜんぶまぜこぜにしたうえで……あなたは、あの子が“好き”じゃないの?」

 

 いつになく真剣なDSR-50の顔に、Vectorはついと視線をそらした。

「……そんなはずない」

 

「ウソね。何ともないなら、わたしの顔をみて言えるはずだもの」

「……そんなことを確かめて、あなたに何の得があるの」

 

 再び顔を向けたVectorは不機嫌そのものだった。

 

 眉をひそめ、険のある目つきをした彼女を見て――

 なぜか、DSR-50は艶やかな笑みを浮かべてみせた。

 

「ふふっ。なぜかしら。経験者のお節介か、単にからかったのか……それとも」

 

「それとも?」

「……ううん、なんでもないわ」

 

 黒髪美女はかぶりを振ってみせた。

 手元の対物ライフルの点検を終えて、小気味よい装填音を鳴らす。

 

「さて、坊やは次の手をどうするのかしらね」

 

 DSR-50に胡乱な目を向けていたVectorだったが――

 彼女の言葉を聞いて大きくうなずいてみせた。

 

「あなたも作戦パターンを変えると思う?」

「あら、意見が合うわね」

 

「……コリンはこういう時におとなしくしている子じゃない」

「惚れたオンナの勘かしら?」

 

「その話題、まぜっかえすなら撃つわよ」

 殺気交じりの低い声でVectorが言った、その矢先だった。

 

 二人の携帯端末にチャイム音が鳴った。

 圧縮通信で送られた作戦指示を見て、二人は顔を見合わせた。

 

「――また無茶なことを考えるわねえ」

「あの子は(ハラ)がすわると怖いのよ」

 

 銀髪金瞳の乙女が、ふわっと目を細めてみせる。

 

 それを見て、黒髪美女は肩をすくめて、ため息をついた。

「ほおら。やっぱり、そうじゃないのよ」

 

「……なんの話し?」

「なんでもない。さあ、配置につきましょ」

 

 DSR-50が促すのに――Vectorは不愛想な顔のまま、そっと目を伏せた。

 


 

 ――Tマイナス01h30m。

 

 木立の中に張った“待避所”の中で、AA-12は口内に飴を放り込んだ。

 

 内側からみればグレーの布で囲まれただけに見えるが、貴重な熱光学迷彩の偽装シートをありったけかき集めて作った代物だ。ただし、〔鉄血〕相手には折り紙つきの性能であっても、軍隊相手にどこまで通用するかはおぼつかない。レーダー波を狙って撃ち込まれたら一発でバレるだろう。

 

 とはいえ、いまのところはそんなバケモノ索敵性能の敵はいない。

 あるとしたら、そう、歩行戦車よりもっと大きくて積載量も多い――

 

「――テュポーン戦車が出てきたら、マズいよなあ」

 AA-12は歯に飴玉をごりごりこすりながら、うなった。

 

 スプリングフィールドから送られてきた情勢分析。

 逃走真っ最中のローズ指揮官からの情報。

 そして、続いて届いたコリンの指示。

 

 飴玉を噛み割りたいのをこらえて、AA-12は口をへの字に結んだ。

 

 落ち着きが肝心だ。次の仕掛けでは“彼女達”が最大のキーとなる。

 目の隈美人はそう思い、準備に余念がない四人組を見やった。

 

 既存の戦術人形とは異なり、チームでひとつの兵器を扱う者。

 BGM-71。対戦車ミサイルを使いこなす、重装部隊。

 

 それぞれに個性はあるようだが、「BGM-71」と呼ぶと全員が振り返って返事をする。個体名はないかと言うと、「ABCDで構いません」と答えてくる。そこでコリンが考えたのが各自に「アリス」「ベアトリス」「クリス」「デイジー」と名付けることだった。

 

 とりあえずの域を出ないとはいえ、そもそも実験部隊にすぎない彼女達には、個別の名前を指揮官からもらえるのが余程嬉しかったらしい。いまも対戦車ミサイルの準備をしながら、互いに声かけをする際に、わざわざ名前を呼び合うほどだ。

 

 なかなか微笑ましい光景ながら、AA-12はリーダーとして確認する義務がある。

「あー……準備はどのくらいかかりそうかな、アリス」

 

 AA-12の声に、長髪の人形がすぐに振り返り、ぴしっと敬礼してみせる。

「あと三分いただければ準備完了します」

 

 きびきびと報告した後で、彼女はわずかに苦笑いを浮かべてみせた。

「次の射出でお役御免、というのがいささか残念ですけれども」

 

「悪いな、本君達は後方にいて、支援火力で使うべきなんだろうけど」

「役目は役目です。指揮官のご命令なら従うまでです。それに――」

 

「それに?」

「――軍の兵器を相手に、性能試験はなかなかありませんから」

 

 最後の言葉で、苦笑いを不敵な笑みに変えて、アリスは作業に戻った。

 

 なかなか面白い連中だ、とAA-12は思った。

 この騒動が片付いたら、ちょっと話し込んでみるのもいいかもしれない。

 

 そのためにも――“次の日”を作るための一撃。

 端末に送られてきた指示を見つつも、彼女はつぶやかずにいられなかった。

 

「頼むよ、コリン……君の判断を信頼しているんだからな」

 


 

 ――Tマイナス01h20m。

 

 テュポーン戦車の指揮席にふんぞりかえったキリールは上機嫌だった。

 

 もうすぐルート3019に到着する。

 先行させた歩行戦車は案の定、妨害を受けているが、想定内だ。

 

 現に、やつらができている抵抗はせいぜい邪魔をするくらいで、歩行戦車の撃破までには至っていない。キリールの本隊は悠々と進撃しつつ、時折、目についたグリフィンの戦術人形を蹂躙していった。まさしく靴の裏でアリを踏みつぶすかのように。

 

「おい、いまの時点でキルマークいくつだ」

 顔を歪めて下卑た色を浮かべながら、キリールは部下に訊いた。

 

 対する部下は努めて平静を装いながら、淡々と答えた。

「二十三体であります、中尉殿」

 

「ヒャハハ、憐れだよなあ。こちらに向かって両手を挙げて降伏を示してくる人形とかよォ。すがるような顔のやつらを無残に跳ね飛ばして、歩兵部隊で踏んでいくのがたまんねえや。なんだア? あいつら、自分達が人間扱いされると思ってるのか?」

 

「グリフィンは人形なしに戦えない組織です。彼女達の待遇もよかったのでしょう」

 そう言った部下は、しかし、苦虫を噛んだような声を吐き出した。

 

「正直、あまり気乗りがするものではありません。見た目はハイティーンのお嬢さんですからね。人間じゃないとわかっていても、やっぱり――」

 

「――やっぱり、なんだってェんだ、オイ?」

 

 キリールの声がたちまち不機嫌で低くなる。

 凄みを聞かせるというより、心の底の沼を感じさせるような声だ。

 

「……いえ、なんでもありません。任務を果たします」

「そうだア! それでいいんだよ。俺たちはグリフィンのままごと連中じゃねえ」

 

 ぐにゃりとキリールの顔が歪む。

 嘲笑と侮蔑がないまぜになったカリカチュアの表情。

 

「お人形さんどもにも、そのボス気取りのお子様にも、ちゃあんと戦争ってやつを教育してやらねえとなあ……クックック」

 

 キリールが逞しい胸筋を上下させながら愉悦に浸っていると――

 

 不意に、通信のコール音が鳴った。

 誰が応答するかと言えば、隊長格のキリールしかいない。

 

 回線を開いた彼は報告を聞いた途端、

「……なんだとぉ!? 三号機が追っていたバギーを見失ったア!?」

 

 報告を聞いた途端、激怒して吠えた。

 

『最後までしんがりを務めていたグリフィンの連中です。相当の手練れですし、どこかの指揮官も同乗していたようですから、こちらを攪乱するすべを知っていたのか……』

 

「知っていたのか、じゃねえ! どうやったら野戦バギーに乗った歩兵風情が、テュポーン戦車をどうこうできるんだよ!」

 

『……やつら、急減速して戦車の懐に飛び込んできたんです。こちらが狙いをつける前にセンサ系と機関銃を丁寧につぶして、主砲に榴弾を詰め込んでいきました』

「アホゥ! 戦車の武装が小銃弾程度でなんとかなるか!」

 

『やつらの攻撃は銃撃によるものではありません。擲弾です』

「ハァ? なんだと?」

 

『落着時に中身が破裂して粘度の高いゲル状のものをこちらになすりつけてきました。センサも機関銃も機能は無事ですが、狙いをつけることは難しく……』

 

 キリールは眉をしかめた。毛虫が這いずるかのように目の上でうごめく。

 

 テュポーン戦車は陸上においておよそ無敵だ。だが、弱点がないでもない。

 旧世紀の戦車よりも火力支援に長じた戦車は懐に入られると主砲で狙いがつけられないのだ。いや、だからこそ、機関銃などの対歩兵武器も備えており、いざとなれば轢き飛ばす手も使えるのだが――プランを考えたやつは、正規軍の兵器をよほど入念に調べ上げたうえで、ウィークポイントを衝いてきたのだろう。

 

 考えたやつもやつだが、それを実行できた人形も余程だ。

 

 そう考えて、キリールは頭を振った。くだらん、まぐれに決まっている。

 

「……仕方ねえ。三号機はいったん下がって応急措置をしろ――本隊はヒュドラを前に出して、このまま前進! 速度を維持してルート3019へ突入する!」

 

 キリールはほくそ笑んだ。

 二度も同じ手が使えるとは思わないことだ。

 今度も迂闊に懐に飛び込んで来たら、歩行戦車の榴弾でこんがり焼いてやる。

 

 眼帯の男がぐにゃりと顔を歪める。傲岸不遜を描いたような凶相だった。

 


 

 ――Tマイナス01h10m。

 

〔こちら〔アーバレスト〕。L211組のEポイント通過を確認〕

『〔サジタリウス〕、プローブ群Aグループに敵本隊の接近を検知』

 

 乙女達の報告を聞いて、コリンは少し襟元を緩めた。

 ふうっと大きく深呼吸すると、きりと表情を改める。

 

 ここからが本番だ。

 

「目論見通り、歩行戦車を前に出してきましたね。ロロさんならテュポーンを撒くときに“トリモチ作戦”を使うとおもっていました」

 

〔なにか事前に聞いていたのか?〕

 AA-12の問いに、少年は肩をすくめてみせた。

 

「いいえ。ただ、あの人ならやられた方の心のダメージが一番大きそうな嫌がらせをしかけるんだろうな、と思っただけです」

 

〔……コリン。あの、あまり悪いオトナになるなよ?〕

『そんな心配よりも。追撃部隊の指揮を執っているのはキリールって』

 

 Vectorの声は不機嫌そのものだった。

『こんなところであの下種野郎と再戦とか思ってもみなかった』

 

「いえ、かえって好都合です」

 少年の声はどこかさっぱりしていた。

 

「キリールはハワーズ邸襲撃の際にぼく達と手合わせしています。あの人にしてみれば、同じ目に遭うのはごめんだと警戒するところでしょう」

 

〔ちょ、だったら、この仕掛けは不発に終わるんじゃないのか!?〕

「逆です、“不発に見せかける”んです。ただ、お芝居だとバレたら、相手は食いついてきません。だから、皆さんには本気の攻撃をしてもらう必要があります」

 

『コリン……何を考えているの?』

 Vectorの声は淡々としているように聞こえて、どこか乾いているように聞こえた。

 

 少年はすぐに答えず、ちらと背後を振り返った。

 

 グリフィンB122基地。

 何か月も過ごした、思い出の場所。

 いまはそこに誰もいない。敢えて空っぽにしておいたのだ。

 

「もちろん、歓迎の花火の準備ですよ――さあ、作戦開始です」

 

 彼はつとめて朗らかに言ってみせた。

 だが、その褐色の頬に……

 

 つっと一筋の冷や汗が流れるのを見た乙女はいない。

 

 

(中編へ続く)




中編は明日夜に更新予定です!


追撃部隊をかわすために、策を講じるコリン。

乙女達に励まされつつ、助けられつつ、
少年は少しずつ敵の戦力を削ぐことに成功する。

だが、軍の戦力は圧倒的で……
キリールの牙が、まさに少年と乙女を狩ろうと迫りくる!

お楽しみに!
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