仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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B122の指揮官代行としてやってきたコリン。

副官のスプリングフィールドの勧めで戦術人形と言葉を交わすが――

伯父の最期を聞かされて、少年が言った言葉とは?
そして、彼が抱いた決心とは?

新シリーズ「仔犬指揮官はお姉さんが苦手です」
第1話の後編です!


ep.1 ショタ指揮官が着任しました -後編-

「へーえ、あんた、ハワーズ指揮官の甥っ子さんなんだ! あはは、なんか仔犬みたいな顔してる、かわいい~! ね、ちょっと頭撫でていい?」

 

「ハワーズ指揮官の甥御さん……ふうん、あの人の話をね。いいけど――うん、言われたら目つきとか面影あるね。ああ、あんたは全体的に仔犬みたいだけどさ」

 

「わあ、なんか見たことあると思ったら、レトリバーの仔犬だ! あはは、自分で言ってみると余計そう見えるわ。ああ、いやいや、オーケー、指揮官の話ね、いいよ」

 

「ふうん、ハワーズ指揮官の甥っ子さん……こんなところまでご苦労様。あの人の話? 別に構わないけど……ねえ、その前に、ちょっと『お手』と『おかわり』してくれない?」

 

 

 

 戦術人形たちは一概にフレンドリーで、親身ですらあった。

 前任者のエヴァンの身内という事実が好印象なのは確かだが――

 

「――あなた、見た目でかなりトクをしているわよね」

 そう言ってVectorが少年の背を指でつつくと、コリンはたちまち赤面した。

 

「トクなんかしていないです! みんなぼくを見ると『仔犬だ仔犬だ』って囃すか、そうじゃなかったら眉を見てわらうんですから!」

 

「特徴的な眉でよかったじゃないの」

「よくないです! これ気にしているんですよ!」

 コリンはそう言うと、頬をふくらませて両手で眉とひたいを隠した。

 

 そんな少年を見て、Vectorはすっと目を細めた。

 薄く漏れる瞳の金色が、雲間から差し込む陽光に見える。

 

「まあ、いじられるってことは、それだけ会話のきっかけになるもの。あなたは用が済んだら居住区へ帰るんだろうけど、それまでは人形達と仲良くなれるんじゃない」

 

 淡々とした評価に、少年は一瞬、ぱあっと表情を明るくし――そして、その様子を付き添いの乙女にまじまじ見られていることに気づき、慌てて顔を伏せた。

 

「なにいまの顔。なに照れてるの」

「そんなんじゃないです……」

「うそ。おやつの骨を見た仔犬の顔していたわ」

「だから、ぼくは仔犬じゃないですってば」

「褒め言葉だと思っておきなさいよ――そうすれば気が楽になるわ」

 

 そっけなく言われた言葉に、コリンは口をとがらせた。

「……Vectorさんっていじめっ子ですよね」

「そんなつもりはないわよ。愛想がないとは言われるけど」

「自覚がないのが、タチがわるいです」

「こういうパーソナリティなのよ、諦めて」

 

 さらっと言った後に、Vectorが改めてコリンをじっと見つめる。

「……それより、基地の子に対しては、しゃちほこばっているのに、あたしと話すときは割とフランクよね。他の子に対してもそんなふうにできないの?」

 

「――と、歳上の女の人と話すのは苦手ですから……」

「あたしは苦手じゃないの? なぜ? どうして?」

「あ、ええと……第一印象もあると思うんですけど――」

 コリンは後ろで手を組みながら、少しもじもじとした。

 

「Vectorさんは、そういう感じじゃないというか――女の人とかお姉さんとか意識する前に、なんというか……そう、『きれいなお人形さん』という感じがして」

 

「……それ褒めてる?」

 乙女の声が、ガラスの質感で発せられた。

 

 それを聞いた少年は、組んでいた手を解くと、慌ててぶんぶんと振った。

「あ、あの、すみません! 失礼ですよね!」

 

「べつに。気にしないし、あたしが人形なのは事実だもの」

 対するVectorの返答は実に不愛想そのものだった。

 

「むしろ他の子があれだけ人間っぽい振る舞いをする方が理解できない。特に副官のスプリングフィールド。ハワーズ指揮官と誓約する仲だったし、噂じゃ市民権を得て正式に結婚する予定だったって聞いているし――人形なんかが、本当に愛なんて理解できるのかしら」

 

「あの、愛とかそういう話はまだよくわからないんですけど……」

 コリンは、きゅっと拳を握って、声に力を込めた。

「エヴァン伯父さんの思い出を話すスプリングフィールドさんの顔は、とても素敵に見えるのは確かだと思います」

 

 少年の言葉を聞いて、乙女が胡乱な視線を向けた。

「あなた、天然でジゴロの才能があるかもね」

 

「じ、じごろ?」

「知らないなら後で調べなさい――さて、次の子だけど、ひとつ注意」

 

 Vectorは少年の肩に手を置いた。立ち止まる彼の傍らで片膝をついて身をかがめると、目線を合わせながら、ゆっくりと言葉を発した。

 

「彼女は、ハワーズ指揮官の最後の作戦活動中に、一番近くにいた戦術人形よ。つまり、指揮官を守り切れなかった人形ということになる。最近は安定しているけど、話している最中に取り乱したりするかもしれない――正直、あたしの意見としては、彼女と会わない方がいいと思うけど、判断はあなたにまかせる……どうする?」

 

 真剣な乙女の声に、少年は少しためらったが、

「――会います。伯父さんの最後の様子をちゃんと聞きたい」

 

 返した言葉は、あどけなくも毅然としていた。

 

 Vectorはそれを確かめるとうなずき、すぐそばの宿舎の扉のロックを解除した。

 扉が開くと、頼りない間接照明の灯りの元、一人の戦術人形がいた、

 

 やせぎすの身体、長い睫毛と目の下の隈。

 口には棒付きのキャンディを加え、椅子にだらしなく腰かけている。

 彼女の目の前のテーブルには色とりどりの包装のロリポップが散乱していた。

 

 その光景を見て――コリンは思わず息を呑んだ。

 ブロードキャストのドラマで見たことのあるジャンキーの部屋とうりふたつ。

 違うのは、ドラッグの代わりに飴が転がっているところだが。

 

 くだんの人形が、けだるそうな目を向ける。

 

 言葉に詰まる少年の背を、付き添いの乙女が軽くたたいた。

 我に返ったコリンは、大きく一呼吸して、挨拶を口にした。

 

「はじめまして、コリン・ハワーズです……AA-12さんですね?」

 


 

「ああ、きみがコリンか。どーも、話しは聞いてるよ」

 

 口を開いたAA-12の声は存外に明るかった。あごで向かいのチェアを示すと、

「ほら、そこ座りなよ……飴ちゃん食べる? 何味がいい?」

 

 腰かけたコリンは、思わずテーブルを見渡した。

 

 虹色というにはあまりにカラフルすぎる色彩に目を丸くしてると、

「んふふふ、ぱっと決められないのはまだまだお子様だね。ハワーズ指揮官だったら、まばたきひとつで決めてたよ――ほら、このグリーンアップル味とかお勧め」

 AA-12が緑色のロリポップをついと滑らせながら差し出してくる。

 

 受け取って「ありがとう」と頭を下げつつ、少年は目の隈美人に訊ねた。

「伯父さん――エヴァン・ハワーズは決断力があったんですね」

 

「そりゃあそうさ、指揮官ってのは決めるのが仕事なんだもの」

 ふんと鼻を鳴らしながら、AA-12は答えた。

「実際、ある程度の作戦は戦術人形にだって立てられるんだ――そのための銃との烙印システムだからね。でも、所詮は兵士としての視点しかないから、全体で俯瞰して見れないし、目の前のことでいっぱいになっちゃう。そこで状況をぱっと捌いて、的確な指示を選んで伝えるのが指揮官の仕事だよ」

 

 咥えていたロリポップをつまんで引き抜くと、目の隈美人はそれを教鞭のように振った。

「当然、指揮官には自信を持って指示を出してほしいし、なんならジョークのひとつも言って和ませてほしい……そのあたり、ハワーズ指揮官は上手かったね」

 

 話を聞いていたコリンは、目をぱちぱちさせながら言った。

「あの――伯父はあまり冗談が得意な方ではなかったんですけど」

 

「わかっていないなあ、そこがいいんだよ」

 目の隈美人は、きししと歯を見せながら笑った。

「あの人のヘッタクソな冗談を部隊の皆で聞いてから、『ないわー』って言い合うのがちょうど良いリラックスになっていたんだ。難しい作戦に挑む時でも、こんなひどいジョークをメモリに残したまま機能停止はいやだなあと思うと、自然と肩の力が抜けて戦えたもんさ」

 

 そこまで言って、AA-12は話を聞く少年の様子に目を丸くした。

 目をいっぱいに見開き、仔細洩らさず聞き逃すまいとするかのような顔。

 

 あまりに真剣な様子に――目の隈美人は頬をかすかに染め、そっぽを向いた。

 

「ま、まあ、そんなわけでさ。エヴァン・ハワーズは本当に立派な指揮官だったよ。あれだけできる人なら、軍隊に残っても出世できただろうに。なんでグリフィンなんかに来たんだろうね」

 

「……伯父もそのあたりは詳しく話してくれませんでした。ただ――」

「――ただ?」

「あまりにも友を多く失いすぎた、と前にぼそりと言ったことが……」

「――そっか」

 

 AA-12はそう言うと、またロリポップを咥えなおした。

 しばらく舌で飴を転がして――彼女は少年に向かって訊ねた。

 

「君、聞きたいんじゃない? ハワーズ指揮官の最期」

 

 目の隈美人の言葉に、少年はハッと息を呑んだ。

「あ、いえ――AA-12さんには辛いだろうから、無理に訊かない方がいいと……」

 

「スプリングフィールドの入れ知恵だね? 相変わらず気が回ることだ」

 やや不機嫌そうに言うと、AA-12の口内でバリボリと音がした。

 

 飴玉を無理やり歯で噛み砕いているのだ。

 しばらく咀嚼音をさせてから、ごくりと飲み込み――彼女は言った。

 

「君の目つきを見たら、イヤでも話さなきゃと思ったじゃん。その目つき、しくじった時の報告を聞くときのハワーズ指揮官とそっくりだ。別に怒っていないんだけど、すごく刺さるんだよね、その見つめ方――人間の血縁って怖いなあ」

 

「……いいんですか? 無理しなくても……」

「こら、変に気を使うな。決心が揺らぐじゃん」

 AA-12は苦笑いをして言った。

 

「途中、見苦しいところがあるかもしれないけど、許しておくれよ――」

 


 

 ハワーズ指揮官はその日、うちら戦術人形と一緒に作戦行動だったんだ。

 

 ああ、珍しいけれど、ないこともないんだよ。

 特に調査とか、重要な索敵だと、指揮官が同行するケースはあるんだ。

 

 その時は指揮官自身が結構熱心でね。

 廃棄された病院跡で拾ったシグナルが気になっていたみたいだった。

 

 指揮官には一個部隊が付いていった。

 五体の戦術人形と指揮官ひとりで合計六人。

 病院跡は準警戒区域だったけど、道中で〔鉄血〕には出くわさなかった。

 

 そこで、廃墟内の探索になった。でもさすがに六人一緒は効率が悪すぎる。

 だから――ゴホッ、ああ、ごめん――ツ―マンセルの行動になったんだ。

 

 指揮官とペアを組んだのがわたしさ。

 散弾銃タイプはシールドを装備してるからね、いざって時に指揮官をかばえる。

 

 本当は安全な場所で待っていたかったんだけどさ。

 ハワーズ指揮官がなんだか急いた様子で、中に入りたがったんだ。

 強く言われたら――ゴホッ――わたしもさ、拒否できないじゃん。

 

 だから、慎重に指揮官に付き添ないながら、一緒に廃墟に入った。

 

 ハワーズ指揮官は……その場所をよく知ってる様子だった。

 未知の場所を探索する感じじゃない。

 一度訪れた場所を、もう一回点検している雰囲気だった。

 その証拠に、指揮官の進み方は――妙に定まっている感じだった。

 

 四階にあがって、廊下の突き当りを見てさ。

 ハワーズ指揮官が――ゴホッ、ゴホッ――叫んだんだ。

「まさか、あんなところにあったのか?」って。

 

 指揮官が足早に廊下を進んで、わたしは慌てて後を追った。

 廊下の隅で、指揮官は何かを拾い上げていた。

 片膝をついて、拾った何かを額に押し当てながら、何か呟いていた。

 

 そのと――ゴホッゴホッ――そのとき、だった。

 いつのまにか、壁に赤いレーザーポインターが這っていた。

 わたしと指揮官は同時に気づいた。

 

 彼は――ゲホッゲホッ、ごめん、へいき――彼が、叫んだ。

「AA-12、カバー!」って。

 

 そんな指示だったからさ、わたしはつい動いてしまった。

 ポインタから指揮官を守る位置に動いてしまった。

 

 ゲホッ――判断を誤ったんだ。

 あの時、指揮官を押し倒して伏せさせるべきだった。

 

 ポインタがすっと消えた瞬間――ゴホッゲホッ。

 

 ああ、消えた、その瞬間だった。

 

 ぶすって音がして、指揮官の防護服の頭を銃弾が貫いていた。

 倒れてから――ゴホッゲホッゲホッ――銃声が鳴った。

 

 指揮官の、指揮官のさ、防護服には穴が開いてさ。

 

 

 そこから、血が止まらないんだ。

 

 抱き起そうとしたら、血がだばだばこぼれて。

 

 

 床一面、真っ赤に――

 


 

 そこまで話してAA-12は息絶え絶えになっていた。なんとか口を動かそうとするが、ヒューヒューと喉を鳴らす呼吸音か、さもなければえずくような咳を繰り返すばかりだった。

 

 コリンがおろおろとしていると、

「――はい、お水。あと、吐き気止めのキャンディ。これよね?」

 静かな傍観者に徹していたVectorが、いつのまにかコップに水を汲んできていた。

 

 AA-12はコップを受け取ると、一息にあおった。

 口からこぼれた水が服を濡らすのもお構いなしである。肩を上下しながら荒くなった息を整えつつ、飴玉を口に放り込む。しばらく口内で転がしているうちに、荒れた波濤が少しずつ穏やかになっていくのが見てとれた。

 

「――ごめん。もうちょっとソフトに言うつもりだったけど」

 バツの悪そうな顔で、AA-12はコリンに謝った。

「思い出して伝えるだけで、いっぱいいっぱいだった――ホント、ごめん」

 

「いえ……話してくださってありがとうございます」

 コリンは静かにそう言うと、椅子から降りた。

 そのままAA-12のそばへ歩み寄ると、そっと彼女の腕に触れて、言った。

 

「むしろ、お礼を言わせてください……伯父の生前の口癖です。『どんな死に方でも、一人きりで死ぬのだけは御免だよ』と。エヴァン伯父さんの最期には、あなたがいてくれました――だから、きっと伯父は残念に感じていても、後悔はしていないと思います」

 

 黒々としたオニキスの瞳が、深い穏やかさをたたえて乙女を見つめた。

「伯父を看取ってくださって、ありがとう」

 そう言って、コリンは静かに微笑んだ。

 

 少年の微笑を見て――AA-12が顔をくしゃりとゆがめた。

 ぶるぶると肩を震わせ、その双眸に見る見るうちに涙が満ちて溢れる。

 

 そして、かぱと唇を開いた。飴玉がぽろりと転げだし、次いで、

「う、うああ――うわあああああああん!」

 痛切な泣き声があがる。目から溢れた涙が幾筋も頬をつたった。

 

 乙女は、自分の手で何度も何度も涙をぬぐい、それでもなお、流す涙はとどまることがなく、号泣する声も室内に響き渡った。

 

 困惑するコリンの肩に、Vectorがそっと手を置いた。

「行こう――彼女をそっとしてあげなきゃ」

「でも、でも……泣いている人を放っておけません」

 

「この子はね――指揮官が死んでから、ずっと泣けていなかったんだ。それが、あなたの言葉でようやく泣くことを自分に許すことができたんだよ。泣かせておいてやろう。それがきっと、AA-12にとっては良いデフラグになる」

 

 Vectorはそう言って、コリンの手を引いた。

 戸惑いがちに引っ張られて宿舎を出ていくとき、少年は振り返った。

 

 慟哭する乙女を見て、彼は思った――人形でもあんなふうに泣くんだ、と。

 


 

「あらあら、まあ――AA-12と話したの?」

 コリンとVectorにコーヒーを淹れながら、スプリングフィールドは驚きを隠せない様子だった。鶯色の目を見張って、二人を代わるがわる見比べている。

 

「いえ、その。泣かせてしまって、申し訳ないことを……」

「ずいぶんと豪快な泣きぶりだったわ。あとでAA-12の感情パラメータをモニタするといいんじゃない? きっと、だいぶ安定していると思う」

 

 Vectorの言葉に、スプリングフィールドがそっと口元で微笑む。

「意外ね。あなたから同僚のメンタル安定度に関する話が出るなんて」

 

「あの子は本来、優秀な前衛だもの。いつまでもうじうじされちゃたまらない」

 そっけなく言ってから、Vectorが金の瞳でじろと“副官どの”をにらんだ。

「そんなことより、スプリングフィールド。あなた何か隠しているでしょう」

 

「まさか。そんなことはありませんよ」

 微笑を顔全体に広げてみせる鶯色の瞳の彼女。

 その様子を見て、銀髪金瞳の乙女はさらに目つきを険しくした。

「その顔つき。クリスマスやハロウィンの時のドッキリと同じよ」

 

 Vectorはスプリングフィールドを視線で刺しながら言った。

「当ててみようか――近々来るっていうウチの新しい指揮官。実はここにいるコリン坊やがそうなんじゃないの?」

 

 ずばっと核心を突いた言葉にコリンは目を丸くし――

 ――しかし、スプリングフィールドは肩をすくめてうなずいてみせた。

 

「ええ、その通りよ。元より、あなたにはそのうちバレるだろうと思っていました」

 

 あっさり認めると、鶯色の瞳は表情を改めた。

 そっとコリンの傍らに立つと、少年の肩に手を置いて言う。

 

「期間限定で、かつ、お隣のL211基地の支援を受けながらですが――殉職されたエヴァン・ハワーズ指揮官の後任に、指揮官代理としてコリン・ハワーズさんが着任されます。副官は引き続き、このわたしが務めます。これはグリフィン本部も承認済みの件です」

 

 きっぱりした声で言った彼女に、銀髪金瞳の乙女は棘を含んだ目を向けた。

「そこまでハワーズにこだわる理由とか、なんで子供が指揮官に、とかいろいろあるけど――スプリングフィールド、あなたひとつ考え違いをしているわ」

 

 Vectorはそう言うと、仔犬のようなコリンの顔に視線を向けた。

「グリフィン本部の承認とか思惑とかは大したことじゃない。大事なのは、人形たちと話して、ハワーズ指揮官のすごさとか、彼女達自身の考えとか――そういうことを知って、それでもなお、この坊やが『指揮官を引き受けたい』と思っているかじゃないの?」

 

 金の瞳と、鶯色の瞳が、そろって少年を見つめる。

 コリンは頬を染めると、顔をうつむけて、頼りない声で答えた。

「すみません……ここに来るまでは、正直、ゲーム感覚でいました。でも――」

 

 少年は恥じ入った声で懸命に言葉を紡いだ。

「――戦術人形の皆さんから、エヴァン伯父さんのことを聞いているうちに、伯父さんが本当にすごい人だったと、そして、みんなが伯父さんのことを本当に慕っていて――単に人形が人間に従うのとは違うレベルで、“指揮官”を信頼していたんだと思いました。あの……正直に言うと、みんなが求めるような指揮官には、ぼくはまだなれないと思います」

 

 頼りない言葉に、二人の乙女がそろって深いため息をつく。

 

 だが――その時、コリンはうつむいて顔をキッとあげた。

 大きくひと呼吸すると、真剣な表情で、力強く言う。

 

「でも、“だからこそ”、ぼくはここに指揮官代理として着任したい――自分自身の目と耳で確かめたいこと、知りたいことができたから……そのためにも、ここの指揮官をやってみたいんです」

 

 少年の言葉に、また乙女たちが大きく息をつく。

 ひとつは安堵まじりの吐息。もうひとつは苦笑まじりの吐息。

 

 スプリングフィールドが少年の頭をそっと撫でる。

 Vectorは、変わらず彼の目をじっと見つめている。

 

「聞かせて、コリン――あなたは何を確かめたいんですか?」

「そこまで“わがまま”を通す理由を知りたいわね」

 

 お姉さん二人に問われて、オニキスの瞳の少年は口を開いた。

「えっと、それは――」

 


 

 基地の大型演習場は、いざという時は集会場代わりに使われる。

 あるいは基地内のパーティ会場に、あるいはささやかな式典の用に。

 

 本日、B122基地の演習場は、式典会場となっていた。

 新任指揮官の着任挨拶だ。

 会場の奥は即席で演説台が設けられ、背後の壁面にはグリフィンのエンブレムがホログラム表示されている。言い換えれば、それ以外の装飾は何もない。

 

 そこに、戦術人形たちが整列して、新指揮官の登場を待っていた。

 往時の三割にまで減った人数はなんとも物寂しい光景に見えた。

 人形たちも、まだ控えの段階とあって、ひそひそと会話を交わしている。

 

「新しいボスはどんなだろう?」

「ハワーズ指揮官ほどの人は来ないよ」

「横暴なタイプが来たらイヤだなあ」

 

 などなど――そのささやきはいっかな消える気配がなかった。

 

 そこへ、アナウンスが流れる。

『新指揮官、および、副官、入来!』

 

 演習場の背後の扉が開き、足音が聞こえる。

 勘の良い者は聴覚センサで拾ったそれから、すでに違和感をおぼえていた。

 

 それは、“新指揮官”と、彼の副官を視界に捉えると明らかになった。

 副官はたおやかな物腰のスプリングフィールド。これはわからなくもない。基地の引き継ぎが完了するまでは、先の指揮官の副官がしばらくその任を引き継ぐことは、ままあることだ。

 

 だが――その隣のお子様は何者なのか。

 いや、それは愚問かもしれない。子供サイズではあるが、身に着けている制服は黒と臙脂の色。そして頭は臙脂のベレー帽。そのいでたちは、まぎれもなくグリフィンの指揮官の正装だった。

 しかし、それを着ているのは、まだ声変わりもしていないだろう少年。制服はオーダーメードで作ったのだろうが、どうしても服に着られている感が否めない。

 

 ざわざわとした声が徐々にあがる。

 それに混じって、笑い出す気配もあったが――それは未然に防がれた。

 笑おうとするや、スプリングフィールドが鶯色の瞳でじろりとひと睨みするのだ。この基地の人形なら誰でも知っている。普段は穏やかでたおやかな彼女は、決して怒らせてはいけないタイプなのだ、と。

 

 グリフィンの制服を着たお子様が、壇上にあがる。

 彼の顔を見て、幾人もの人形が息を呑んだ。

 ここ数日、基地内をうろうろしていた、ハワーズ指揮官の甥御ではないか。

 

 では、まさか――誰もがそう思った矢先、スプリングフィールドが声をあげた。

「こちらが、我がB122基地に指揮官代理として着任される、コリン・ハワーズさんです。これより新任指揮官から、皆さんに対してご挨拶があります――静粛に」

 

 凛とした彼女の声に、人形たちがとりあえず押し黙る。

 静まり返った式典会場で、皆の視線が少年に集中する。

 

 褐色の肌の少年は少したじろいだが――オニキスの瞳に宿る光は力強かった。

「皆さん、はじめまして。コリン・ハワーズです」

 

 少年が声を張りあげる。

 なめらかな磁器を思わせる、きれいなボーイソプラノ。

 

「もうご存じかと思いますが、殉職したエヴァン・ハワーズは、ぼくの伯父に当たります。生前は伯父が本当にお世話になりました。そして、伯父を支えてくださった皆さんに、まずは言わせてください――本当にありがとうございます」

 

 少年はそう言うと、ベレー帽をとって、深々と頭を下げた。

 しばらく間をおいてから顔をあげ、再び帽子をかぶりなおして彼は続けた。

 

「ぼくは学習の一環ということで、指揮官任務を体験しに来たことになっています。その理由は、〔ウォー・チェス〕で目覚ましい成績をあげたからだそうです。でも、そんなことは皆さんには関係ないでしょう。そして、ここ数日、皆さんの話を聞いて回って、ぼく自身もゲームの戦績がどうのでこの役目を受けたいとは思わなくなりました」

 

 戦術人形たちが少しざわめく。

 コリンは、ざわめきが落ち着くのを待ってから、言葉を再び紡いだ。

 

「いまは、伯父のことをもっと知りたいと思って、この役目を受けようと思っています。伯父は――エヴァンは軍の出身です。あの第三次大戦を戦い抜いたベテランです。でも、軍にいた頃の話について伯父は寡黙で、たまに話しても辛そうな目をしていました」

 

 少年のオニキスの瞳が、人形たちを見渡す。

「でもグリフィンでのことは活き活きとした調子で話してくれました。皆さん――戦術人形のことについては『世話が焼けるんだよ』と言いながらも、どこか楽しそうで。この数日、基地の方とお話して、そのことを思い出していました。だから――」

 

 少年は、ひときわ声を張り上げた。

 澄んだボーイソプラノが、微かに熱を帯びる。

 

「――ここで、伯父が何を見つけたのか、ぼくも見てみたい。戦術人形の皆さんと一緒に働くことで、それが見つかればと思っています。立場上、皆さんに指示は出しますが、実際の戦い方は皆さんの方がベテランです。だから、こう言わせて下さい」

 

 少年指揮官は、懸命な声で語りかけた。

「ぼくに、力を貸してください。ぼくを、手伝ってください。今のぼくからはあげられるものはまだ何もありませんけれども――少なくとも、ここを去る時には、皆さん一人一人に、ありがとうございました、と言えるようにはしたいんです……どうか、お願いします」

 

 そう言って、コリンは再びベレー帽を取って、頭を下げた。

 

 頭をさげたままの少年に、戦術人形たちがざわめきだす。

 さざめくような話し声が、やがて会場を満たす喧騒になりかけた時―― 

 


 

 突如、タタタタタッという短機関銃の連射音が鳴り響いた。

 壇上の少年がびっくりして耳をふさぎ、人形達が緊張して音の出所に目を向ける。

 

 そこにいたのは一人の乙女。天井に向けて短機関銃を掲げている。

 軽やかな銀髪をふわと揺らし、金の瞳で同僚達をねめつけて、彼女は言った。

 

「納得いかない者も多いと思う。正直、あたしもまだ腑に落ちていない……でも、このところずっと、この子が皆にハワーズ指揮官のことを聞いていたことは知っているはずよ。その時の彼の様子を思い出してほしい」

 Vectorの視線が皆を探るようにぐるりと巡った。

 

「興味本位だった? 冷やかしだった? いいえ、そうじゃないことは皆が知ってるはずよ――だって、あの子は、ここにいる全員と話したんだから。わからないとは言わせない」

 彼女の声は淡々としていて、それだけに有無を言わせない圧があった。

 

「思い出して。あたし達はただの戦術人形じゃない。あのエヴァン・ハワーズの下で鍛えられた戦術人形よ。戦い方はあの人に教えてもらった。兵士の誇りも教えてもらった。その人と同じハワーズの名を持つ甥っ子が手を貸してほしい、と頭を下げている……」

 金の瞳をそっとまぶたに閉ざし、静かだが良く透る声で乙女は言った。

 

「……ここであの子を見捨てるとか、戦術人形(オンナ)がすたると思わない?」

 

 彼女の“叱咤”に、人形たちがさらにざわめく。

 そのざわめきがいっかな落ち着かず、ノイズと化していく中――

 

 コリンがひたすら皆に向かって頭を下げて。

 スプリングフィールドがその端正な顔立ちを少し曇らせて。

 Vectorがかすかに眉をひそめた――その時。

 

「わたしは……コリンを助けるぞッ!」

 

 ざわめきの中から声が上がった。

 人形たちの視線が一斉に声の主に集まる。

 声を発したのは――目の下に隈を作った、痩せぎすの美人だった。

 

「わたしもあの子と話した。みんなも知ってるでしょう? わたしは指揮官を守れなかったダメな人形。あの子と会う時、わたしはすごく怖かった。だって人間の遺族だよ? 何と罵倒されるかと思った……でも、違った」

 

 AA-12は、自分を見つめる同僚たちを見つめ返しながら、さらに声をあげた。

 

「あの子は、エヴァン・ハワーズの最期を看取ってくれてありがとう、と――そう言ってくれたんだ。あの人が軍隊を離れて、ここで生きがいを見つけていたことも話してくれた。いま壇上にいるあの子は、まずわたしを……人形をねぎらってくれたんだ――その姿勢はさ、あのハワーズ指揮官も同じだっただろう?」

 

 長い睫毛に目の下の隈は、それだけに眼光が鋭く見える。

 ターコイズの瞳の美人は、ひときわ大きく声をあげた。

 

「コリンが手助けしてほしいというなら、力を貸してやろうじゃないか――だってさ、あの子だってハワーズの名前を持つんだ」

 最後の方はもはや叫びといってよかったかもしれない。

 

「ハワーズの名を、継ぐ者なんだからさぁ!」

 

 だが、その叫びは、湖面に投じた波紋のように皆に伝わっていった。

 

「……ハワーズ指揮官のために」

「……あの子も同じ名の、ハワーズ」

「……ハワーズを継ぐ者のために」

 

「――ハワーズを継ぐ者のために!」

 

「――ハワーズ! ハワーズ! ハワーズ!」

 

 戦術人形たちが、一斉に唱和する。

 それは古代の兵士の鬨の声に近いものだったかもしれない。

 

 だが、それだけに、人形達の感情パラメータを揺さぶった。

 彼女達の中で、その高揚感と、前のハワーズの思い出と、新しいハワーズの姿が、それぞれに繋がり強固な絆で結ばれる。

 

 スプリングフィールドが、壇上のコリンに向かってそっと頷く。

 それを見たコリンが、ベレー帽をつかんで、高々と掲げた。

 

「ハワーズ! ハワーズ! ハワーズ!」

 

 戦乙女たちは、新しい主を凱歌のごとき歓声で迎えたのだった。

 


 

「うえっ!? Vector、きみのは仕込みだったの!?」

 式典が終わって指揮官室に入ったあたし達を前に、AA-12が訊くものだから、

「そうよ。じゃないと、あんなドラマチックに展開しないもの」

 澄ました顔で、あたしは答えてみせた。

 

 あれだけしょげていたやつが、隣で目を白黒させているのはなんだか面白い。

 

「……まあ、誰か乗ってくれなかったら、わたしが言おうと思っていたのですけれども。それだと、その、ちょっと見え見えでしたもの――本当にたすかりましたわ」

 スプリングフィールドが嫣然として言ってみせる。

 

 さすがハワーズ指揮官の副官。この人、本当に底が知れないわ。

 

「す、すみません――さすがに、あれだけの人相手にぼくだけの言葉だけではパワーが足りないって……スピリングフィールドさんに言われて」

 コリンが応接ソファに埋まるように座りながら、恥じらっている。

 

 彼の前にはコンタクトレンズのケース。ただの視力矯正用じゃない。ディスプレイが内蔵してあって、拡張現実の手法で色々と情報を指示してくれる。

 演説の言葉。声のアクセントや強弱。視線の位置。

 そして、皆にはっぱをかけるあたし――Vectorの登場タイミング。

 

 役者はコリンだし、どんなことを言いたいかは彼自身の考えだけど、それを全部仕込みに変えてお膳立てしたのはスプリングフィールドだ。

 

 でも、別にコリンは操り人形だったわけじゃない。

 後からデータを見ると、副官からの合図をこの子は認識していたけど、どう振舞うかは最終的に自分で決めていた。だからこそ、皆の目には自然に見えたし、それだけに彼自身の言葉として伝わったんだろう。

 

 それはきっと、一連の仕込みに反応してしまったAA-12が証明している。

 

 当の彼女は、やや不満げな顔で手元から棒付きキャンディを取り出した。

 一気に二本を口につっこんで、飴同士をゴツゴツ言わせながら舐めくる。

 目つきは、明らかに不満そのものでコリンを見つめていた。

 

「――ご、ごめんなさい!」

 AA-12の表情に、少年がすっかり小さくなってしまう。だけど――

 

「で、でも、おかげで皆が納得してくれました。ありがとう、お姉さん」

 ――屈託のない笑みで、朗らかに言ってみせる。

 

 愛らしく響く、天使のようなボーイソプラノの声。

 はたして、AA-12はかすかに頬を染めて、そっぽを向いた。

 

「まあ、なんだ。その――お礼の恩返しというか、なんというか……」

 

 もごもごしてみせる彼女に、あたしはしれっと言ってやった。

「素直に認めなさいよ。感動しちゃった、って」

 

「な、な、なにおう!?」

 AA-12が口をぱくぱくさせて、しかし、何も言えない。

 

 だけど、カウンターは意外なところから来た。

「でも、Vectorさんも結構な熱演でしたね。わたしもびっくりしました」

 スプリングフィールドが余計なことを言った。

 

「ふふっ、どこまで演技でどこから本気だったのかしら」

 

 微笑みをまとい、鶯色の瞳で見つめる彼女に、努めて平静に答えてみせた。

 そうよ。人形にしたら実になんでもないことだ、演技なんて。

「……コリンがとりあえず着任しないと、いろいろ落ち着かないと思っただけよ」

 

「あら、じゃあ、なぜコリンなら良いと思ったのかしら」

「それは――」

 やけに攻めてくるスプリングフィールドに、あたしが答えようとした時。

 

 不意に、少年のオニキスの瞳と、目が合った。

 彼の目の中に、鏡のように自分の姿が映っている。

 ふと、メモリの欠片があぶくのように認識領域にあがってきた。

 

『……お姉さんの銀の髪と金の瞳がとてもきれいで――』

 

 そのタイミングで、まさに目の前のコリンがふっと笑った。

 

 あたしは――思わずそっぽを向いた。

 恥ずかしいわけじゃない。顔だって熱くない。

 

 ちょっと、感情パラメータが跳ねただけ。それだけ。

 

「あらあら、コリンもなかなか罪作りさんね。ふふっ」

 スプリングフィールドが愉快そうに笑うと――

 彼女は、胸元に手を置いて、少し目を閉じていた。

 

 再び目を開けると、副官どのが朗らかな声で言う。

 

「まずはコーヒーを淹れましょう。これが終わりじゃなくて、これから始まりですもの。どうやって乗り切っていくか、皆でじっくり相談しましょうね」

 

「はい、スプリングフィールドさん!」

「ふふふ、別に呼び捨てでも構わないんですよ、コリン指揮官?」

 彼女は楽しげに答えつつ、備え付けの給湯室へ引っ込んだ。

 

「ねえ、ちょっと、Vectorさぁ」

 AA-12が肘でつついてきた。

 顔を向けると、恨めしげな視線で彼女が見つめてきた。

 

「なんというか、わたし達、“親衛隊”にされていない?」

「そういえば……そうかもね」

 

 やはりそういうことになるのだろうか。

 あたしは向かいに座る少年を見た。

 

 持ってきた携帯端末で基地の情報に目を通す彼の顔は――

 やっぱり、“おすわり”をしている仔犬にしか見えない。

 

 じゃあ、親衛隊とは、仔犬のお世話係ということだろうか。

 ……それはそれで、結構いじりがいがありそうよね。

 

 あたしは、少年の顔を見ながら、そんなことを思っていた。

 


 

 同時刻、某所にて。

 

「エヴァンの葬儀に出たそうだな」

「はい。遺族やグリフィン関係者以外に――戦術人形も何体か」

 

「ちっ、あいつも名誉ある経歴を“おままごと”で終わらせるとは」

「その言い方はないでしょう。かつての仲間です」

 

「“裏切った”仲間だ。ただの敵よりタチが悪い。違うか?」

「……おっしゃる通りです」

「よろしい。引き続き準備に当たりたまえ」

 

「――フン。戦いとは人間がその身命を賭して行うべきものだ。人形と人形が撃ち合う戦争ごっこなど……あのクルーガーもつまらんことを考えたものだ」

 

 

 

 

〔Ep.1 「ショタ指揮官が着任しました」End〕

 

〔――Next.Ep 「困った部下への処方箋」〕




次回更新は来週末の予定です(原稿はすでにあがっています)。

分量的に前後編にして二夜連続でお届けする形になるかと思います。


次話は「困った部下への処方箋」。
少年指揮官コリン君、師匠からいきなりダメ出しです。
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