仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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追撃部隊をかわすために、策を講じるコリン。

乙女達に励まされつつ、助けられつつ、
少年は少しずつ敵の戦力を削ぐことに成功する。

だが、軍の戦力は圧倒的で……

キリールの牙が、まさに乙女達と少年を狩ろうと迫りくる!


本編完結、第8話 part2中編!



Ep.8 B122の一番長い日 part.2 -中編-

 ――Tマイナス01h00m。

 

 太陽の明るさが徐々に支配権を失っていく、夕暮れに近い空の下。

 

 軍の追撃部隊は一糸乱れぬ編成でルート3019を進んでいた。

 

 最初の突破済みのバリケードでグリフィンの抵抗はなかった。

 おそらく二つめか三つめで仕掛けてくるだろう――

 そう読んでいたキリールの当ては外れた。

 

 最初のバリケードの後、ハイウェイに障害らしいものはなかったのだ。

 

 何が狙いかと歯噛みした矢先、“それ”は来た。

 

 ハイウェイの両端から、まるで斜めに刺しこんでくるかのように、グリフィンの装甲輸送トレーラーが突っ込んできたのだ。その数、二輌。

 

 テュポーン戦車が前衛に出ていれば砲撃で一蹴できるところだが、しかし最前列に出しているのは歩行戦車のヒュドラだ。勢い、機関砲で対処せざるを得ない。

 

 だが。それでも、だ。

 軍用歩行戦車の機関砲が合計九門なのだ。

 たかが輸送トレーラーごとき、物の数ではない。

 

 大口径の砲弾に貫かれて、たちまち輸送トレーラーがぼろぼろになった。

 

 身の程知らずの挑戦者は、穴あきチーズになりながらハイウェイを滑ってくる。

 無様な残骸を進路上から排除しようと歩行戦車が機関砲を下げて動きだす。

 

 その、一瞬の隙をついて――

 

 野戦バギーがトレーラーの陰から踊りだした。

 歩行戦車に肉薄しつつも、機関砲の射界を避けてバギーが回りこむ。

 

 そのバギーの後部座席には長大な対物ライフルを構えた戦術人形。

 

 長い黒髪をたなびかせながら、次々に引き金を引いていく。

 ライフルからすれば至近とさえ言える距離からの“狙撃”。

 

 脆弱な関節部を撃ち抜かれ、歩行戦車数体が擱座する。

 

 不埒な邪魔者を排除しようと、歩兵人形達がわらわらと寄ってくるが――

 野戦バギーは銀髪のドライバーの操縦よろしきを得て、風のように去る。

 

 軍の部隊の注意が野戦バギーに向いた、そのタイミング。

 

 ハイウェイの脇をに向いた歩行戦車と歩兵人形を抉るかのごとく――

 三台のトレーラーが突っ込んでくる。

 

 それに対応できたのは歩行戦車の半数ほどでしかない。

 迎え撃つ機関砲の数は減り、たいしてトレーラーの数は多い。

 

 先頭の一輌は穴だらけになり、動きを止めた。

 

 だが、残る二輌は勢いそのままに質量兵器と化して軍の部隊に突っ込んだ。

 歩行戦車が踏ん張るものの、トレーラーの勢いは止められない。

 

 速度に質量が乗算されたエネルギーが、物理の暴力と化して殴りつける。

 歩行戦車があるいは擱座し、あるいはなぎ倒され。

 またあるいは、状況を打破しようと機関砲を撃ち放つ。

 

 束の間、“事故現場”が騒然となった、その間隙。

 

 それを衝いて、更なるトレーラーが一輌突っ込んでくる。

 

 だが、軍の部隊も黙ってみているわけではない。

 混乱する歩行戦車や歩兵人形を押しのけて、“城砦”が姿を現す。

 

 正規軍の主力戦車、テュポーンだ。

 砲が青白い光をまとい始める。メーザー砲の発射態勢。

 

 現代によみがえる神話の雷は迫るトレーラーを撃ち抜くかに見えたが――

 

 

 しかし、“彼女達”の方が早かった。

 

 トレーラーの陰からまた別の夜戦バギーが躍り出る。

 運転席でハンドルを握るのは目の下に隈のついた白金の髪の乙女。

 

 彼女の“乗客達”は四人一組でまさに弩弓の狙いをつけていた。

 

 BGM-71――対戦車ミサイルが撃ち放たれる。

 

 戦車、ではない。トレーラーに向けて、だ。

 轟音とともに、ミサイルがトレーラーの横っ腹に吸い込まれ――

 

 爆発炎上したそれは、火と煙を吐きながら横倒しになりながら突っ込む。

 

 突然の煙にテュポーン戦車の狙いが一瞬遅れた、その時。

 

 

 トレーラーに仕込んでいた“びっくり箱(jack‐in‐the‐box)”が発動した。

 

 B122の実験重装部隊。その彼女達の予備弾薬。ミサイル合計二十発。

 これらに一斉に火が付き、トレーラーの破孔から次々に飛び出す。

 

 あるいは、テュポーン戦車の砲身に吸い込まれ。

 またあるいは、ヒュドラ歩行戦車の機体側面を射抜き。

 そしてあるいは、迷走して飛んだ挙句に歩兵人形のど真ん中に落下する。

 立て続けに爆発する様は爆竹のそれに似て、しかし――

 

 より苛烈で強烈な火花であった。

 

 前衛が混乱する様に、指揮車を兼ねて戦車の中でキリールはうめいた。

 顔が赤黒く染まり、表情がぐにゃりと歪んでいる。

 

 分かっていたとはいえ、小僧に頬を平手打ちされるのは面白くない。

 

 だが――彼はにたりと嗤ってみせた。

 むき出しにした歯と歯の間に、にちゃりと涎の糸が引く。

 

 そして、その顔は部下からの報告を聞いて喜悦の表情に変わった。

 

 キリールは探っていたのだ。

 トレーラーへの指令。人形達への連絡。

 それらの通信がどこから発せられているかを。

 

 逆探知したそれらはすべてB122基地から発せられている。

 ならば――あの小僧は、そこで猪口才な指揮を執っているに違いない。

 

「すぐに稼働できない機体は構わん、再起動するまで捨て置け!」

 

 キリールは咆哮した。眼帯の隣の片目を光らせて、号令をかける。

「残る部隊でB122へ強襲をかける! 頭をまず潰すのだ」

 

 そう、文字通りにプチリと潰してやろう。

 

 だが、なるべくなら生け捕りがいい。

 無論、捕虜という生易しいものではない。男は、嗤った。

 

 なに、ここは戦場だ。どんなことだって起きるし、何であっても言い訳が立つ。

  

 生意気なガキを辱めようと、痛めつけようと、それは“正しい”のだ。

 

 


 

 ――Tマイナス00h50m。

 

 プローブから送られてきた敵の動向を目にして、コリンは息を呑んだ。

 驚き、ではない。むしろ狙い通りとすら言える。

  

 これが自宅のプライベートルームなら。

 そして、〔ウォー・チェス〕のゲームでしかないのなら。

 あるいは「ビンゴ!」の歓声すら挙げたかもしれない。

 

 だが、電子機器の放つ匂いと、かすかに開けた装甲車のハッチから入り込んでくる土の匂いが、現実に引き戻す。硝煙の匂いさえ漂ってきそうだ。

 

 そう、ここは戦場なのだ。ゲーム画面ではない。

 

「…………ッ」

 指示を出そうとして、しかし、少年は上手く声が出せないことに気づいた。

 

 汗がじとりと額に吹き出し、心臓の鼓動が速くなっている。

 もどかしく感じる一方で、しかし、確かに恐れを感じていた。

 

 もうすぐ、敵が来る。紛れもなく自分の命を狩りに来る敵が。

 見ると、少年の手は小刻みに震えていた。

 

 情けない、そう思って少年が自分の手を睨みつけた時――

 

 彼の手に、白い手袋に包まれた乙女の手が、そっと重ねられた。

 

 スプリングフィールドが、こちらを振り返って見つめている。

 鶯色の瞳が、少年のオニキスの瞳を覗き込むかのように。

 

 コリンの息遣いが落ち着いてきたのを確認して、彼女は口を開いた。

「……逃げたい、ですか?」

 

 少年は言葉に詰まって答えられなかった。

 

 栗毛の副官は、穏やかな声でもう一度訊ねた。

 とがめるでもなく、なじるでもなく――

 まるでコーヒーに入れる角砂糖の個数を確かめるかのように。

 

「逃げ出したいですか? もしそうなら、それでも構いませんよ」

 

「そんなことは……ッ」

「他の子達には内緒です。コリン、あなたが……この作戦で、どうしようもなく逃げ出したくなった時の備えは、できています。装甲車には太陽光パネルも数日分の水と食料も積んでいます。あなたが望むなら、このまま何もかも放り投げて居住区まで逃げ帰ることもできます――確約はできませんが、迂回路を選べば軍の追撃部隊を振り切れる可能性は高いでしょう」

 

 スプリングフィールドの言葉に、少年はぎゅっとこぶしを握った。

 ようやく出た声は、少し震えている。栗毛の副官をにらみ返して、彼は言った。

 

「そしたら……みんなはどうなるんです!?」

「全滅するでしょう。ローズ指揮官も態勢が整っていないまま、追撃部隊を迎え撃つことになります。だから、S545に逃げ込んだグリフィンの生き残りもどうなるかは分かりません。それでも、逃げたい、とおっしゃるなら――わたしが、お供します」

 

「……逃げられたとして、スプリングフィールドさんはどうするんですか」

「わたしの意志がどうこう、というよりも、人間の側がどういう扱いをしてくれるかによります。でも、軍の攻撃には大義名分が付いているでしょう。一番ありそうなのは、倫理暴走した人形による誘拐でしょうか。きっとわたしは分解か、メモリの初期化ですね」

 

「そんな……!」

「それでも、構いません。あなたが助かりたいと望むなら、それでも」

 

 スプリングフィールドの顔は決してこわばってはいない。

 だが、決して笑ってもいない。いつもたたえている莞爾とした笑みはない。

 

 そんな彼女の顔をまじまじと見て――コリンはひとつため息をついた。

 

「つまり、ここから先はどんな形であれ戻れませんよ、ってことですか」

 

 帰還不能点(Point of No Return)。ここから先は一方通行の道しかない。

 その最後の選択肢を、スプリングフィールドは示してくれたのだ。

 

 少年は、にぱっと笑みを浮かべた。

 オニキスの瞳に決意の光をたたえて、そっとかぶりを振る。

 

「逃げるか、やりきるか、なら――選ぶのは決まっています」

 

「エヴァンなら、そうするだろうから?」

「いいえ。ぼくを信じて戦っている仲間を裏切れません」

 

 スプリングフィールドはそっと目を伏せた。

 かすかに瞳を揺らして、ぼそりとつぶやいてみせる。

 

「やっぱり……あなたもハワーズの男なのね」

 

 悲しげな口調ながら、しかし。

 彼女の口元は、うっすらと微笑んでいる。

 

 続いて発した声と、その顔は、もう有能な副官のそれであった。

 

「……予定通り、軍の部隊を引きつけての撤収にかかります。目的地はS545、〔イセンガルド〕。かなり飛ばしますから、シートベルトはしっかり。端末もきちんと固定しておいてください――最後に、いいですか、コリン」

 

「なんですか?」

「……あなたって、本当に誠実で勇敢で、最高にカッコいい殿方ですよ!」

 

 どこか嬉しそうにスプリングフィールドは声をあげた。

 思わず顔をあからめる少年をよそに、彼女は運転席の制御卓に指を踊らせた。

 

 基地に連結していた情報ケーブルが切断される。

 

 そして、栗毛の副官はアクセルを思いきり踏み込んだ。

 

 弾かれるかのごとき勢いで装甲車が駐機場から走り出す。

 

 それを追うかのように、B122基地と装甲車を狙って――

 軍の歩兵人形の部隊が、津波のように押し寄せてきていた。

 


 

 ――Tマイナス00h40m。

 

 B122基地へ部隊を進めたキリールは、二つの選択肢を迫られていた。

 

 普通に考えれば、直前に逃げ出した装甲車が怪しい。

 

 だが、グリフィンの指揮信号は基地から発信し続けている。

 装甲車が人形の操る囮で、本命は基地で隠れ続けている可能性はある。

 

 単なる籠城なら攻略はたやすいが、潜伏されると厄介だ。

 こちらの警戒が緩んだ隙に逃げ出すとも限らない。

 

 迷った末に、キリールは判断を下した。

 

 装甲車一台程度なら、機甲兵器を数体向かわせれば事足りる。

 グリフィンの戦術人形ごとき、軍のマシーンと正面から戦えるはずはない。

 

「歩行戦車を三体向かわせろ! テュポーンは待機! 歩兵人形は一個小隊を随伴させて先行、残りは基地に乗り込んで小僧の足取りを掴め!」

 

 キリールはがなりたてた。

 自身は安全な城砦――テュポーン戦車の装甲に守られたままで。

 


 

 ――Tマイナス00h30m。

 

「マズいですね。軍の機甲兵器が追ってきます」

 スプリングフィールドの言葉に、コリンは後部カメラの映像を出してみた。

 

 ハイウェイからはずれた起伏の多い、赤茶けた荒れ地。

 その大地の上を、軍の部隊が迫ってきていた。巨大な甲殻類のような、オリーブドラブの深い緑に塗装した歩行戦車が三つ、追いかけてきている。それだけではない。装甲人形が六体、その後ろから歩兵人形がざっと二十体はついてきている。

 

 驚愕すべきは、その追撃速度だ。歩行戦車はその四脚を、歩兵人形はその二脚を回転させるかの勢いで稼働させ、“駆け足”での追跡にも関わらず、こちらとの距離を徐々に詰めている。

 

「……軍のマシーンってあんなに速く走れるんですか!?」

 

「カタログスペックよりもずっとスピードが出ていますね」

 運転席のスプリングフィールドが、さすがに緊張した声で答えた。

 

「ある程度とは、と覚悟していましたけれど、ここまでとは――!」

 栗毛の副官はきゅっと唇を噛むと、鋭く言った。

 

「もうすぐ射撃レンジに入るでしょう。回避運動を始めますから、体をかがめて頭を両手で押さえて膝の方へ下げてください。それと、しゃべらないように。うっかりすると舌を噛んじゃいますよ」

 

「――わかりました」

「だいじょうぶ、あんな送り狼なんかにつかまるものですかッ」

 

 スプリングフィールドは言い放つと、鋭くハンドルを切った。

 装甲車が大きく右寄りへカーブを描くや――

 

 直送していれば車体があったであろう地面を、機関砲弾が抉った。

 歩行戦車が数発ごとのバースト射撃を開始したのだ。

 

 同時に、装甲車が土砂降りにでも叩かれたかのような音に包まれる。 

 歩兵人形達が携行している銃で撃ち始めたのだ。

  

 小銃弾でグリフィンの装甲車は貫けないが――

 それでも、足回りやセンサ系をできるだけ潰すつもりなのだろう。

 

 何度目かの蛇行装甲の果て――後部カメラに敵の銃弾が命中した。

 たちまちモニタが真っ黒にダウンする。

 

 コリンはぐっと歯を噛みしめた。

 叫びだしたいほど怖かったが、そうするわけにはいかない。

 

 スプリングフィールドが懸命に“戦って”いるのだ。

 彼女の指揮官である自分が“逃げ出す”わけにはいかないだろう。

 

 少年は、自分の胸元をそっと押さえた。

 彼女から受け継いだ誓いの指輪を肌身離さぬように持って来たのだ。

 

 その指輪の感触を確かめながら、コリンは願った。

 

(――エヴァン伯父さん、お願いです……どうか、どうか――)

 

 尊敬する伯父の願いが宿っているのならば。

 愛する想い人と、愛する甥っ子を守護してくれるだろう。

 

 

 しかし――現実は非情だ。

 

 避け続けていた幸運が尽きたのか、機関砲の一斉射が装甲車を撫でた。たったそれだけのことなのに、たちまち車体の天井がちぎれ飛ぶ。バランスを崩してひっくり返らなかったのは、スプリングフィールドの運転よろしきを得てのこと。

 

 それでも、狩人と少年を隔てるものは、物理的な空間しかない。

 

 コリンは後ろを振り返った。

 歩行戦車が機関砲をもたげて迫ってくる。

 歩兵人形が銃口をそろえて追ってくる。

 

 不意に空を見上げると、雲の隙間に太陽が見えた。

 金の色は、誰かを思い出させた。

  

 その顔が脳裏に浮かびかけた、その時。

 

 

 軍の追撃部隊とコリンの間を遮るかのように――

 

 二台の野戦バギーが躍り出た。

 むろん――頼もしい戦乙女たちと共に。

 


 

 ――Tマイナス00h25m。

 

 Vectorの駆るバギーが追撃部隊に肉薄する。

 ハンドルを片手で回しつつ、銀髪金瞳の乙女は焼夷手榴弾を敵に投げ込んだ。

 短機関銃で牽制しつつ、後部座席のDSR-50が対物ライフルを速射していく。

 

 軍の攻撃が乱れた隙をついて、別のバギーが装甲車に寄せてくる。

 後部座席に立っていたAA-12がうなずくと、力強く跳んで装甲車に飛び移る。

 少年の無事を確かめた彼女は、シールドを展開しつつ、声を張り上げた。

 

「コリンは大丈夫だ! わたしが弾避けになる!」

 ショットガンを構えつつ、AA-12が吠える。

 

「Vector、できるだけ引っ掻き回せ! DSR-50、デカブツは任せた! ティスとAK-47はタイミングを合わせて制圧射撃、歩兵人形を一匹でも転がせ!」

 

 咆哮の後で彼女はショットガンを撃ち放った。

 普段使う散弾ではない。ライフルスラッグ弾だ。

 精度こそ落ちるものの、疾走中の歩兵人形の脚に当たるとたちまちに転倒させた。

 

「……皆さん、先にS545へ逃げているはずだったんじゃ」

 コリンの言葉に、AA-12は歯をにかっと見せて笑ってみせた。

 

「はっ、坊やの指示よりも、心配が上回ったヤツがいたんだよ」

 

「……戦術人形が指揮官の指令に背くなんて」

「人形が盲目的に指示に従うわけじゃないのは知ってるだろ。仔犬くんには助けが必要なはずだ、軍の部隊はそんなに甘くないって……まあ、いつも通りの不愛想な顔で粛々と詰められると、もう説得というか脅しに近かったけどな」

 

「――Vectorさんが!?」

「まあ、一番強く主張したのがあいつってだけ。実際は大なり小なり、みんな君を心配してたんだよ。駆けつけてみたら案の定だ」

 

 AA-12の言葉に、コリンはシールドの隙間から銀髪の戦乙女を見つめた。バギーを自在に操って翻弄しつつ、短機関銃と焼夷手榴弾で敵をかき乱す姿は、さながら現代のチャリオット騎兵のようだった。

 

「コリン、わたし達がついている――これは負け戦かもしれないけどさ」

 ターコイズの瞳に戦意を光らせつつ、AA-12は言った。

 

「そろって生き残れば、それで勝ちなんじゃないか?」

 


 

 ――Tマイナス00h20m。

 

 B122基地の指揮官室になだれこんだ歩兵部隊は、“それ”を見つけた。

 

 壁面モニタに映されたカウントダウン。

 表示された数字は十秒しかない。

 

 同時に、テュポーン戦車のセンサが磁場の乱れを感知している。

 

 二つの事実に、あることに気づいたキリールは、慌てて指示を下した。

 

「いけねェ! 全自律兵器をいったん自閉モード! センサを直ちに切れ!」

 彼が歯を剥いて吠えて――ほどなく。

 

 B122基地の通信システムが揃って“暴走”した。

 

 残存電力をすべて通信出力につぎ込んでの、強力な電磁パルス。

 基地に乗り込んでいた歩兵人形はもちろん、屋外の部隊も巻き込まれる。

 

 テュポーン戦車のシステムはすぐに再起動を始めたが――

 

 指揮モニタに映った被害に、キリールはうめいた。

 部隊の七割近くが電子戦の被害を受けていた。

 

 物理的な損傷はないから、使えないわけではない。

 

 だが、いわば電子回路を唐突に殴りつけられた歩兵人形や歩行戦車は、自己点検と再起動に時間を要する。すぐに動かせる戦力は、わずかにテュポーン戦車が二輌、歩行戦車が二体、歩兵人形は二十体にも届かない。

 

 してやられた、と、ほぞを噛んだ彼の下へ、更なる凶報が届いた。

 

 装甲車を追撃中の部隊が、思いのほか苦戦しているらしい。

 グリフィンの戦術人形が援護に加わり、装甲車を守っているという。

 

 キリールの顔が赤黒く変色し、ぐにゃりと歪む。

 

「――中尉。思いのほか、人形どもがやってくれます」

 人間の兵士をまとめる軍曹が、淡々と伝えてきた。

 

「いったん部隊を引いて立て直した方がいいのでは。自律兵器の調整が済んでから、改めて追撃されては……もっとも、やつらが逃げ込んだ基地の偵察と監視になりそうですが――そちらにかかられた方がいいのでは?」

 

 正論だ。まったくの正論だ。

 

 だが、とキリールは思った。

 またしても小僧にしてやられた俺は、無能者のレッテルを貼られる。

 

 結局、ハワーズに救われ、ハワーズを裏切り、ハワーズに叶わない男。

 そんな烙印を背負うなど、まっぴらごめんだった。

 

「があああ! 構わん! 動ける兵で追撃をかける!」

 キリールは、悪竜さながらに吠えた。

 

「あの小僧にしかるべき報いを受けさせてやる! 歩兵人形はテュポーン戦車にタンクデサントで積載! 機甲兵器のスピードならまだ追いつけるだろうが!」

 

「接触予想地点はS545の目の前ですよ、迎撃される危険が……」

「威力偵察だ! グリフィンが逃げ込んでいるなら、戦力の把握は必要だろう!」

 

「中尉……そんな無茶を」

「奴らは所詮、銃しか持っていねェ! テュポーン戦車を押し立てて進め!」

 

 シュールレアリスムのように、彼の顔が歪む。

 目にはもはや熱狂の光しか宿っていないかのようだった。

 


 

 ――Tマイナス00h10m。

 

 軍の追撃部隊を引き離しつつ、コリン達の前にS545基地の防壁が見えてきた。

 血のように赤い夕焼けを背景に、強化壁が頼もしいシルエットを浮かべている。

 

「――S545に通信を。防壁を開けて中へ……」

 コリンが言いかけた、その時。

 

 青白い光線が装甲車の足をかすめた。

 

 頑丈なはずのタイヤがたちまち破裂する。

 装甲車がバランスを崩し、ぐらと傾いた。

 

 スプリングフィールドが懸命にハンドルを回す。

 揺れる車体の上でAA-12が体勢を崩して膝をつく。

 

 走り続ける装甲車が、ほんのわずかな窪みにさしかかった途端――

 

 車体が大きく揺れると、装甲車が横転した。

 スプリングフィールドが悲鳴をあげ、AA-12が投げ出される。

 

 何回転かした車体にベルトで固定されつつ、コリンは歯を食いしばった。

 

 世界が大揺れするかのような衝撃。

 ベルトが体の各所に食い込んで、肌と骨が軋むかのようだった。

 

 ようやく――装甲車が動きを止める。

 横倒しになっているが、ひっくり返っていないのは幸いか。

 

 少年はそう思ったが、装甲車のエンジン部から火が出ているのを見て目を剥いた。

 

 ――逃げなきゃ。いや、お姉さん達も助けなきゃ。

 

 歯噛みして身じろぎしていると、細やかな指がすっとベルトを外しにかかった。

 金色の瞳が、少年を覗き込んでいる。

 

「……血はでていないようだけど、どこか痛む?」

 こんな時でも淡々としたVectorの声に、コリンは苦笑いを浮かべた。

 

「だいじょうぶ、です。たぶん、走れます」

「走って逃げるのを許してくれるといいだけど」

 

 不機嫌そうに彼女はつぶやき、コリンを抱き起した。

 放り出されたAA-12も、スプリングフィールドも、他の戦乙女が助けている。

 

 だが、少年が目を向けた先――テュポーン戦車がのそりと近づいてきていた。

 

 砲身が青白い光をまとったかのように見えた、次の瞬間。

 メーザーの熱線が、大地を穿ち、刻みつけた。

 

『ハハァ、よーしよし。やっと捕まえたぞ、狩りの得物だア』

 

 拡声器で下卑た男の声が響き渡る。

 コリンはもちろん、乙女達もよくおぼえのある声だった。

 

「……キリール・ノヴィコフ……」

『うぉら、小僧! “中尉様”と付けんか、このクソガキがァ!』

 

 テュポーン戦車の主砲が、また熱線を放つ。

 

 コリンと、彼を守るように前に立つVector。

 そのすぐそばを、青白い光線が突き抜けていく。

 

 肌にじりじりした熱を感じつつ――しかし、コリンに怯んだ様子はない。

 少年をかばって傍らにある銀髪金瞳の乙女もまた、戦車を睨みつける。

 

 緊張の空気が立ち込めそうになった、その時。

 

「……降伏したほうがいいわ、坊や」

 DSR-50がそっと声をかけた。

 

「あなたを殺せば、ハワーズ一族が黙っていない。助かる目は、あるわ」

 

『クククッ、どうしてやろうかなア……あアン、そうだな』

 対するキリールの声は、舌なめずりするかのようだった。

 

『そこの銀髪の人形が持ってる短機関銃を受け取れ――それでだいじなお守り役どもを一人ずつ撃ち殺せ。なぁに、ためらうことはねェよ。結局は作り物だ。人殺しにはノーカウントだ。お前の命と、ガラクタが数体。天秤にかけて迷う必要、ないよな?』

 

 嘲るようなキリールの言葉に、コリンはぎりと歯噛みした。

 オニキスの瞳に怒りをたたえて、テュポーン戦車をにらみつける。

 

 だが――そんな彼の肩に、銀髪金瞳の乙女は優しく手を置いた。

「コリン。あなたは生きるべき」

 

 自分の相方である短機関銃を差し出しつつ、Vectorは穏やかに言った。

「わたしの“命”で、あなたの命が買えるなら申し分ないわ」

「でも……ッ」

 

 言葉に詰まった少年に、乙女はささやいた。

 

「S545にはもう救援信号を送ってある――いまは時間を稼ぐべき。だから……だから、ちょっとずつ、わたしを壊してちょうだい」

 

 乙女の言葉に少年は息を呑んだ。

 

 彼の手に、彼女は優しく銃を握らせる。

 そして、彼の手と銃を両の手でそっとくるみ――

 

 銃口を自身の右腕に当てさせた。

 

『ヒハハッ! いいぞ! やれ! 撃て! 引き金をひけ!』

 

 嘲るような、囃し立てるような声が、周囲に響き渡る。

 

 コリンの銃を持つ手が、震える。

 そんな少年を叱咤するように――乙女は鋭く言った。

 

「撃ちなさい、コリン」

 

 少年が喘ぎつつ、ひぃと息を吸い、そして。

 連続した銃声が、夕暮れの空気の中に鳴り響いた。

 

 Vectorが苦痛に顔をゆがめる。

 零距離で撃たれた銃弾は、乙女の腕を砕き、へし折った。

 破断面から潤滑液が垂れる――乙女はよろけ、そして少年によりかかった。

 

「Vectorさん……Vectorさんッ!」

「だいじょうぶ――続けなさい……ゆっくり、ゆっくり」

 

 乙女がすっと目を細めてみせる。

 金の瞳は、春の日のように穏やかで――そして、慈しみの光に満ちている。

 

 コリンは唇を噛みながら、かぶりを振った。オニキスの双眸に、涙が浮かぶ。

 

 そして、そんな二人の様子を見て、さらなる嘲笑が飛ぶ。

 

『いい気味だなア、おい! エヴァンの野郎が裏切り者のそしりを受けてまで、守ろうとした人形どもを、その甥っ子が自らスクラップにするとはなァ!』

 

 それは、まるで地獄の悪魔が愉悦にもだえるかのような声だった。

 

 

(後編へ続く)




後編は明日夜に更新予定です!


軍の追撃部隊を退け、
S545基地へ逃れたグリフィン残存部隊。

ひとときの安らぎを得た中、
緊張の糸が切れたコリンは無力さを痛感していた……

そして訪れる別れの時。
皆に見送られつつ、最後に少年が言い出したわがままとは?

お楽しみに!
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