仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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122のコリン坊やを巡る、L211のスオミと仲間たちのやきもき。

少年指揮官が頑張っている裏で、
違う舞台では乙女達の色んな思いが交錯して

――後日談&番外編のEx.1!

※今回エピソードに関しては割とガールズラブなのでご注意ください。


【作者より】

ばっさり構成を見直して、なんとか週刊ペースに間に合いました。
今回はL211のロロさんとスオミさん、
そしてその仲間達にフォーカスしてお届けします。


Ep.Ex1 スオミさんは心配が絶えません

 約十年前の〔鉄血事変〕は、ルポライターにとってタブーだ。

 

 フィクションや与太話のたぐいとしては申し分ない。

 中枢AIが暴走した自律人形、それに対抗する一大PMC、武装したカルト団体、おまけに軍の一部が中央政府の意向に従わずに独断専行。冒険小説としては舞台設定にうってつけだし、隠し資金などの噂には大概これらの勢力のどれかが付いて回る。

 

 だが、事実を調べようとすると、途端に藪の中になる。

 下手に踏み込めば蛇がでる。あるいは熊かもしれない。

 

 だから、〔鉄血事変〕には関わるな、が暗黙のルールになっている。

 

 ロシアとヨーロッパが奇跡的な統一を果たすことで、ユーラシアに誕生した巨大国家、“連盟”。その誕生の裏も〔鉄血事変〕に絡む勢力があるとなれば、なおさらだ。

 

 公安局に寝込みを踏み込まれたくなかろう? とは先輩の言葉だ。

 

 しかし――それだけに、魅力的なネタに溢れているといえる。

 だから、売り込み記事に困ったルポライターが辿りつく先でもあるのだ。

 

 何を隠そう、私自身がまさにそうであり――

 

 同時に、簡単に御用にならない算段も立っていた。

 要は〔事変〕それ自体を暴こうとするから危険なのだ。

 

 関与していたプレイヤーでも、旧グリフィン関係者は比較的接触しやすい。

 賞金稼ぎに鞍替えした指揮官はいるし、戦術人形たちも多くが民間に戻っている。

 

 そもそも――

 私は〔鉄血事変〕にはさほど興味はない。

 

 居住区の外でのドンパチの事実に、大衆が関心を見せるはずがない。

 

 売れる記事は、いま話題の人物。そして、その過去。

 

 シティの外縁でもっとも活気にあふれ、治安もよいと噂の〔イーストリム〕。

 そのエリアの公共インフラをまるっと請け負った事業組合。

 そして、組合のまとめ役と実力行使を担う、民間治安会社。

 

 〔ハワーズ・カンパニー〕、それをまとめる青年社長。

 

 彼のルーツと過去話をほじくりだすのが、そもそもの目的なのだ。

 

 

 カルトや軍に触れなければ、公安局も見逃してくれるだろう。

 そういう目論見だったのだが――

 

 実際の私と言えば、イエローエリアにほど近い集落の酒場で、いくつもの銃を突きつけられてホールドアップさせられていた。

 

 私を捕らえた者達は、皆ぱっと目にはうら若き乙女に見えた。だが、持ち物をすべてテーブルの上に並べさせて武装解除する手並みは、実に手慣れたものだった。まばたきのタイミング、整いすぎた顔立ち、なにより銃を扱う仕草があまりにもなじんでいる姿に、私はある確信を得た。

 

 戦術人形だ。それも、旧グリフィンにいたであろう。

 

 そんな洞察をしつつも――

 さて命の残り時間はあといくつだろうと考えている時だった。

 

「指揮官、こちらです。嗅ぎまわっていた不審者は」

「ンンン? 殺してないだろうね? ウチは悪党以外ヤらない主義だヨ?」

 

 鈴を転がすような少女の声と、妙に飄々とした女の声が聞こえた。

 

 酒場の入り口からまず姿を見せたのは、亜麻色の髪の少女。

 その後から、白っぽい髪に、紫の瞳がやけに煌めく年齢不詳の女が続く。

 

 女は杖をついて歩いていた。老齢なのかと思ったが、顔立ちは思ったより若い。瞳は好奇心と興味でキラキラしている。幼い子供のような眼差しだ。しかし、薄っすらとにやついた表情からは、どこか悪魔めいた老獪さを感じさせた。

 

 亜麻色の髪の少女が、私の向かいの椅子を引く。

 女はうなずきつつ腰かけると、私をじいっと見つめて、訊ねた。

 

「それで? コリン坊やゆかりの関係者をインタビューしてるのは君かネ?」

 

 女の問いに、私は思わず、心中で「ビンゴ」と叫んだ。

 あのコリン・ハワーズを坊やと呼ぶということは、当時の関係者。

 

 それも――指揮官クラスの人間だ。

 

「そうです。ラーニングホリデー時代の彼をお聞きしたく」

「そんなところまで突き止めたのか。なかなか頑張るネ」

 

 女はにやつきを隠さないまま――唐突に懐から拳銃を取り出した。

「とはいえ、私のことまで嗅ぎつけたのは、迂闊だったヨ。このままサヨナラしても一向に差し支えないんだが……」

 

 冗談じゃない。こんなところで物言わぬ死体になってたまるか。

 

「……ンンンッフ、なかなか良い眼つきだ。よろしい、ひとつ試すとしよう。これから、君にちょっとした質問ゲームを行う。答えきった後で私が満足すればよし。足りないと思ったら、そのまま行方不明になってもらう――あ、嘘はつかないことだ。彼女達が君のバイタルを常に計測して、真偽を判定しているからネ」

 

 否も応もない。それが活路なら、己を賭けるしかない。

 うなずいてみせた私に、女はにんまりと笑んで、言った。

 

「では、第一の質問だが――」

 


 

 さかのぼること十年前。

 

 グリフィンL211基地、〔ロスロリアン〕。

 

 亜麻色の髪の少女――スオミは、食堂のテーブルに突っ伏していた。

 ぷうと頬をふくらませて、卓上にのの字を描いている。

 

「……ぷっ。なあに、スオミ? その分かりやすい拗ね方は」

 

 ツッコミを入れたのは、なかなか際どい衣装に身を包んだ栗毛の美人。

 第一部隊の副隊長、FALだ。本人いわく、スオミのお守り役。

 

 対する少女は目つきを険しくしながら、不機嫌そうに答えてみせた。

 

「別に拗ねていないです。ちょっと面白くないだけです」

「バカね、それを拗ねてるって言うんじゃないの」

 

 FALは言いながら、スオミの隣に腰かけた。

 そっと手を伸ばして少女の髪を手で梳くように撫でてみせた。

 

「どうせ指揮官絡みでしょうけど……何があったのよ」

 

 問われたスオミは、しばし黙ったものの――

 ややあって、ぼそぼそとつぶやいてみせた。

 

「最近、指揮官がB122の坊やによく構っていて」

「ふむふむ」

 

「わたしとの会話でも、あの坊やの話題が多くて」

「なるほど」

 

「そのせいでなんだかちょっかいの頻度が減っていて」

「ふーん」

 

 相槌を打ちながらFALの目つきが胡乱なものに変わっていく。

 栗毛の美人は、ため息をひとつつくと、言った。

 

「要するにジェラってるのね。ごちそうさま」

 

「なんですか、その反応! なんですか、ごちそうさまって!」

 スオミは、がばりと身を起こすと詰め寄った。

 

「わたしはこんなに悩んでいるのにッ!」

「はいはい。そんなに食ってかかる元気があれば大丈夫よね」

 

 FALは苦笑しながら、なだめるように両手を掲げてみせた。

 

 スオミは真面目で頑張り屋だが、好き嫌いが結構ハッキリしているうえに頑固者だ。愛らしい外見を裏切るように、メンタルモデルは雪国のしぶとい戦士の魂が宿っている。それだけに、今日みたいに不機嫌を表に出していることは珍しくない。

 

 ただ、相手をするのはさすがに面倒なので、お守り役のFALが声をかけるまで、基地の戦術人形は遠巻きにしていたというわけだ。

 

 副官であり、精鋭第一部隊の隊長。

 その任を果たすことの信頼は高いが、個人的に親しみやすいかは別問題だ。

 

 いわく、さわらぬスオミに祟りなし。

 不機嫌が雷雲として立ち込めている様子ならなおさらである。

 

 そんな彼女をほぐしてやれるのは、やはり同じ部隊の仲間しかいない。

 

「あなたにとっては、もっけの幸いじゃないの? あんなに普段から指揮官からの絡みがどーのちょっかいがこーの、うんざりした様子だったくせに」

 

「うんざり、なのは確かなんですけど……なんていうか、その――」

「――無ければ無いで、やっぱり寂しいんだ?」

 

 目を細めて訊ねるFALにスオミは答えなかった。

 ただ、眉をひそめて難しい顔をしてみせるあたり、図星なのだろう。

 

 このL211基地の指揮官、ロゼ・ローズ――通称“ロロ”は人形には気安い。愛が多すぎるといってもいいかもしれない。子飼いの部下と言える第一部隊はみんな誓約済みで、夜にベッドを共にする関係だ。それだけでなく、基地の人形達に気遣いともコナとも判断しづらい言動をしている。

 

 これが男性なら単なるプレイボーイだが、ロロはそもそも女性なのだ。しかも人形の女性しか愛そうとしない、いささか傾いた性癖である。

 

 ただ、その中でもスオミが「彼女の一番(Top of Her)」なのは誰もが認めるところだ。

 一緒に過ごす時間、なにか相談を持ち掛ける頻度、なにより夜の睦み合いが早朝まで続くぐらい“親密”なのは、この少女を置いて他にない。そんなスオミが他の子から表だってはやっかみを受けないのは、寵愛を鼻にかけて高飛車に出ることはないからだろう。

 

 せいぜいが愚痴めいた言葉で実は惚気てしまうぐらいだ。

 とはいえ――FALにとっても「構ってもらう頻度が減った」は初耳だ。

 

「そんなに構い甲斐のある男の子なの? その――コリン君って」

 

「……愛らしい子だとは思います。一生懸命で、礼儀正しくて」

 口をへの字に結びながら、スオミは認めた。不承不承であるが。

 

「ただ、通信を終えるたびに『疲れたァ!』とかぼやく割に、彼の話題になると妙に楽しそうにするんですよ。指揮官ってあんな子が好みなんでしょうか……」

 

「……好み、とは違うんじゃないの?」

 FALは慎重に言葉を選びながら、答えてみせた。

 

「人形に子供への保護倫理コードがあるでしょう? 同じように、人間や動物って幼体に対する親愛の感情を普通は持ち合わせているみたいだから。単に指揮官のお節介の範囲がそういう方面もカバーしていたってだけじゃないかしら」

 

 栗毛の副隊長の言葉に、スオミは複雑な顔をした。

 アイスブルーの眼をぱちぱちさせながら、ぼそりとつぶやく。

 

「……本当に、そうなんでしょうか」

「そんなに気になるなら、訊けばいいじゃないの」

 

「……簡単に訊けるなら苦労しません。その……調子に乗らせそうで」

「いっそ泣いてみたらいいんじゃないの?」

 

 あっけらかんとしたFALの提案に、少女は目を丸くした。

 

「泣いてみる、ですか!?」

「そっ。ウソ泣きでもいいから、試してみたらどうかしら。オンナの涙は恋人によく効くものよ。指揮官の性格を考えれば、泣いてる女の子をほっとかないでしょ」

 

 FALの言葉に、スオミはしばし黙り――ややあって真剣な顔でうなずいた。

 

 少女のその様子に、栗毛の副隊長はにっこり笑んでみせた。

 あとはガッツをつけるだけよね、とFALは考え、こう提案した。

 

「甘いものでもおごろっか? ベリーパイとコーヒーとかどう?」

「いただきます」

 

 メニューを聞いてスオミが真剣な顔で応じた。

 たちまちしゃんとした様子の少女にFALは肩をすくめてみせた。

 

「もう……本当はコーヒー党のくせに、指揮官につきあって勤務中は紅茶を飲んでるんだものねえ。“故郷の味”で元気出しなさい」

 

 くすくす笑いながら、栗毛の乙女は言ってみせた。

 


 

 その頃、ある予備宿舎のひとつ。

 

 瀟洒な調度品と壁面ホログラフで設えられた“温室”にロロはいた。

 

 椅子に腰かけたまま、満足げな顔でティーカップを掲げている。

 馥郁とした紅茶の香りに喜色を浮かべてうなずき、口をつけた。

 こくりと一口飲んで、口内でお茶を転がし、飲み込む。

 

 ほう、とため息をつくと、紅茶を淹れてくれた“彼女”に微笑んだ。

 

「さすがの腕前だね、G36。常に進歩に余念がない」

 

 褒められた乙女は、そっとスカートをつまみ上げ、一礼してみせた。

「光栄です、ご主人様。紅茶を淹れるにも奥が深いですから」

 

 いつもと同じくメイド姿のG36はうなずきつつ、言った。

「茶葉の種類とコンディション。その日の天候、室内の気温と湿度。それに飲まれる方の好みと体調――いろいろな要素を考えて最適なものを揃えていくのは、こんがらがった戦況を読み解くのに似ています。もっとも……」

 

 そこまで言ってメイドは肩をすくめてみせた。

「お茶を淹れても“愛情”で強引に推してくる子もいますけど。スオミなどそうですね。あの子は作戦を立てる時も、繊細というより大胆でいつも冷や冷やします」

 

 G36の言葉に、ロロは片眉をつりあげてみせた。

「……珍しいネ。二人きりのお茶会でわざわざあの子の名前を出すなんて」

 

「ええ。わたしも少し不本意ではあるのですが」

 こほん、と咳払いしてから、メイドは言ってみせた。

 

「ご主人様がB122の例の少年の面倒を見だしてから、かれこれ二週間。早くもスオミが我慢の限界に来ているようですので、ご注意を促したく」

 

「ほーお……どこが問題だと思うんだい?」

 

 ロロがカップからお茶を飲みながら訊ねてみせる。

 G36はじとりと見つめながら、人差し指を立てて告げた。

 

「十四回です」

「……なんだって?」

 

「ご主人様がお茶会にいらして、わたしがお茶を準備するまでのお話で『コリン坊や』という名前を出した回数です――いささか、多いと思いますが?」

 

 指摘されて、ロロは「むう」とうなってみせた。

 

 ついと眼をそらす彼女を問い詰めるように、その視線の先にG36が移動する。

 敬愛すべき主人をじっと見つめつつ、乙女は言った。

 

「わたしでも多いと思ったほどです。副官として基地でも指揮官と一緒にいることが多いスオミにとってはそれはもう、うんざりではないかと推測しまして」

 

 メイドの言葉に、ロロはカップをソーサーに置いた。

 自分の頬に片手を当てつつ、紫の瞳をかすかに曇らせて、彼女は答えた。

 

「あー、うん。目新しい体験だから、ちょっと面白いのは確か……かな」

 

「目新しい、面白い、ですか」

「そこは否定しないヨ」

 

「当初はお守り役を嫌がってた、と聞いていましたが」

「初めはね。後輩、しかも子供の面倒みるなんて、それこそ厄介だ」

 

 ロロは頬をさすりながら、深々とため息をついてみせた。

「でも、いざ相手にしてみると、一生懸命だし、なかなか鋭い返しをしてくるし、なにより可愛らしい以前に食い下がってくる根性がいい。そうだな――」

 

 頬に当てた手を離すと、その手で人差し指を立て、くるくると回した。

 

「――こんな弟がいればな、と。つい、思ってしまってネ」

 

 ロロの答えに、メイドは目を丸くして見せた。

「弟さん、ですか」

 

「そう。こんな家族がいたら、私の人生も変わったかな、って」

 

 そう言って、ロロは紫の瞳をぼんやりとしてみせた。

 どこか遠くを、もう手の届かない何かを、眺めるかのような。

 

「……あんな利発で可愛い弟がいたら、たぶんグリフィンの指揮官になっていないだろうし、自律人形の心が知りたいからとアカデミーに行ったりしなかったろうね。弟の学費のために、ハイスクールを出たら早々にどこか手堅い役所勤めなんかしてサ。平凡な毎日を送っては、弟の成長ぶりだけが楽しみな女になっていたかもしれない」

 

 どこか懐かしむような口ぶりの“もしかしたら”を語るロロに――

 メイドはそっと近寄って、彼女の頭を撫でた。

 

「……いまの生き方を、悔やんでおいでですか?」

 

「後悔は、ないかな。ただ、別の生き方があったんじゃないかとは思う」

 そう言ってから、気遣わしげなG36の顔を見て、ロロは破顔してみせた。

 

「ああ、そんな心配することじゃない。人間だと何かの拍子に、不意にそんなことを思うものさ――あの時こうだったら。もし、あちらを選んでいたら。おかしなものさ、そんな夢想をしばしば抱いては、はっと我に返って今の人生を歩みだす……選ばなかった道なんて幻でしかないのにネ。これは人間の持つ不合理ってやつだナ」

 

「予測演算……とは異なりますね。事態発生後の解析に似ています」

「これはきみ達には理解しづらいかもね。なんせ不合理だから」

 

 ロロの言葉に、メイドはため息をついてみせた。

「それなら、なおさらスオミは面食らっていると思いますよ。不合理だろうとご主人様の言動ならなんとか理解しようと頑張るのが、あの子ですから」

 

「……スオミのことになると、〔指輪の乙女(リングス)〕は面倒見がいいなあ」

「誇れるわれらが隊長にして、“可愛い妹”みたいなものですから」

 

 G36はヘッドドレスを揺らしつつ、こくりとうなずいてみせた。

 

「どうぞ早めに、あの子のフォローをなさってください。スオミがしょげていると、わたし達もどうにも心配で普段のパフォーマンスを発揮できないのです――だから、どんなに美味しくても、本日のお茶はわたし的に七十点の出来栄えですわ」

 

 メイドは、その碧眼でロロを覗き込むように、見つめた。

「お願いいたしますよ? わたしの敬愛すべきご主人さま」

 


 

 その夜、指揮官室は妙な静けさに包まれていた。

 

 スオミはといえば、どんなタイミングで泣き出すかと狙っていた。ロロがくだんの少年の話題をまたぞろ口にだせば、頃合いを見てと思っていたのだが――

 

 当のロロが黙りこくっている。仕事上、必要なやりとりはするのだが、それだけ。いつものふざけた言葉やおどけた声かけなどがぴたっとやんでいる。おかげでスオミも真面目にこつこつと事務を片づけるしかない。

 

(気づかれたのでしょうか? いえ、それにしては雰囲気が妙です)

 

 少女は端末に向かいつつも、ちらと目線をやってロロを盗み見た。

 

 と、向こうも端末の影から、こちらをちらちらと窺っているではないか。

 

 期せずして目と目があう。

 アイスブルーの視線と、パープルタイガーアイの視線が、思わず絡み合う。

 

 慌てて、ついとそらしたのは、はたしてどっちが先だったか。

 

 スオミは思わず赤面してしまった。

 恥ずかしさのあまり茹だった頭を冷やそうと、頭から湯気が立ち昇ってしまう。

 

 少女はたまらず、かぶりを振った――何をやっているんでしょう、わたし。

 

 そんなことを考えつつ、またしばし部屋を静寂が占拠していると。

「――あー! なんかもう我慢してられないな!」

 

 突然にロロが、珍しく気色ばんだ声をあげた。

 そのまますっくと立ちあがると、すたすたと給湯室へ歩いていく。

 

「一息入れよう。休憩、休憩! スオミは応接セットに座っていて」

 

 問答無用に言ってみせるロロに、少女はたまらず声をあげた。

「あの、お茶ならわたしが淹れますから……!」

 

「いいの、いいの。たまには、私にまかせてよ」

 手をひらひらと振ってみせて、ロロは給湯室へ消えていった。

 

 スオミは思わず眉をひそめたが――

 ひとまず、とりかかっていた仕事を途中保存する。それから、応接セットへ歩み寄り、長ソファにちょこんと腰かけた。膝にのせたこぶしを思わずきゅっと握ってしまう。ことお茶関係については奉仕されて当然とばかりの態度のロロが、自分で振舞うなどめったにない話だ。

 

 まさか、と少女は思った。

 なにか重大な話があるのでは――それも、あまりよくないたぐいの。

 

 そう考えて予測演算が走り出すと、もう止まらなかった。

 

 演算回路を思考パルスがぐるぐると巡り、ありうる事象をはじきだす。

 妥当性まで勘案してないから、あんなことやこんなことまで頭に浮かぶ。

 そうこうしているうちに、感情パラメータが乱れていくのを感じていた。

 

 ――もし、もしも。

 彼女が、自分に飽きたなどと言い出したら、どうしよう。

 

 そんなことを思いつくと、たちまち不安と心配がいっぱいになる。

 

 感情モジュールを切らねば、と思う。だが、論理スイッチに手をかける前に、気持ちがあふれてしまった。あふれた気持ちは、そのまま視覚センサ周りを刺激して、模倣モジュールが働いて、視覚素子の保護液を過剰に供給してしまう。

 

 気が付くと、少女の頬に、いくつも雫がつたって流れていた。

 

「――お待たせ……って、スオミ!? どうしたの、その顔ッ」

 

 給湯室からトレイにマグカップやらを載せてきたロロが、ぎょっとした顔をみせた。そのまま足早に駆け寄ると、手早くトレイをテーブルに置く。そのままひざまずいて身をかがめると、懐から取り出したハンカチーフで少女の涙を優しく拭った。

 

 所詮は人形。人間の真似事、視覚素子の保護液。

 だが、恋に揺れる心から発したものなら、それはやはり涙であった。

 

「……落ち着いた?」

 紫の瞳が少女を覗き込んでくる。

 

 スオミは、こくりとうなずきながら、か細い声で言った。

「少し、なら」

 

 その答えにロロは、ふうと息をつくと、少女の隣に腰かけた。

 

「とりあえず、コーヒーに、チョコレート。元気出るよ」

 

「……え? 紅茶じゃないんですか」

「スオミは本来はコーヒー党でしょう。たまにはいいさ」

 

 ロロは静かに言うと、ぼそっと付け加えた。

「――なんか、思った以上に負担だったみたいだね。ごめん」

 

「な、何の話ですか……」

「え、コリン坊やの話題が多すぎるって話しじゃないの?」

 

 ロロに言われて、スオミは目を丸くし――

 同時に少し驚いた様子のロロの顔をみて、安堵した。

 

「……すみません。あの、それも確かに面白くなかったんですけど、そこからなんだか思いつめちゃって――指揮官、わたしにもう飽きたのかな、とか」

 

「私が? まさか!」

 

 素っ頓狂な声をあげてから、ロロはバツの悪そうな顔をしてみせた。

「あー……でも、そんなふうに思わせちゃったのは、わたしの責任だったね」

 

 彼女はそう言うと、スオミの両頬をそっと手でくるんだ。

 

「――こっち見て、スオミ」

 煌めく紫の瞳が、少女をじっと見つめる。

 

 少女はといえば、魅入られてしまったように視線をそらせなかった。

 思考回路の奥の奥まで見透かすような眼差しに、そっと声が添えられる。

 

「わたしがきみに飽きるなんてことないじゃない。いまもそうだよ。こんな急に思いつめて泣き出しちゃうような難儀な子、ほっておけるわけないでしょ? ンン?」

 

 ロロの眼差しはどこまでも優しく――そして、どこか愉快そうだった。

 

 スオミは見つめ合ったまま、唇をとがらせて、ぼやいた。

「それなら……ちゃんと行動で示してくださいよ」

 

 少女のお願いに、ロロは束の間、考え込んだ。

 ややあって、彼女が言い出したのはこんなことだ。

 

「じゃあ、チョコレート、私から食べさせてあげる」

 

 言うや、片手をスオミの頬から離して、ソーサーの上のトリュフチョコをひょいとつまみあげる。それを少女の口元――ではなく、なぜか自分の口の中に放り込んだ。そのまま少女の頬を両手でくるみ直して――

 

 そして、そっと唇を寄せていった。

 

 まさか、と少女が思う間もなく、たやすく唇が奪われる。

 重ねた唇から、ロロの舌がぬるりと少女の唇を割って侵入する。

 

 されるがままの少女の口内に、唾液でとろりとしたチョコレートが滑り込んできた。ロロの唾液と、少女の湿潤液と、溶けていくチョコが混ざり合う。とろとろとした、とてつもなく甘い何かが味覚センサを刺激し、そのトロトロが喉を伝って流れ込んでいく。

 

 チョコが溶けきり、少女がすべて飲み込むまで、ロロは唇を離さなかった。

 

「――ぷはあッ、はあ、はあ、ああ……」

 

 ようやく解放されたスオミは、荒く息をついていた。

 

 頬がたまらず上気しているのを感じる。

 感情パラメータが昂ったまま、降りてこない。

 

 それは、少女の想い人も同じようだった。

 不健康に白い頬がほんのり朱に染まり、紫の眼はどこかとろんとしている。

 

 ロロはかすかに息を荒くしつつ、つい、と少女にもたれかかった。

 

「あ……」

 

 スオミは踏ん張ろうとして、しかし、躯体に力が入らなかった。

 されるがままに、長ソファの上に押し倒される。

 

 想い人が何をしようとしているのか、何を望んでいるか。

 それが、わかってしまったからだ。

 

 だから――少女には断る理由が最初からなかった。

 

 とはいえ、場所が場所だけに、訊かざるを得なかった。

 

「あの――し、指揮官? ここで始めようっていうんですか?」

「フフン。オフィスラブってシチュエーション。なかったでしょ」

 

「ダメですよ、ここはお仕事をする場所で……ひゃん!」

 

 たしなめようとした少女は、たまらず嬌声をあげた。

 

 ロロの舌がそっと首筋から耳朶へと這いずっていく。

 耳元で、彼女はくすぐるようにささやいてみせた。

 

「いつもは、スオミにいじめられてばかりだからね――たまには、私の方からきみを弄んじゃうのも悪くないでしょう?」

「だめですよ、そんなのルール違反……ンッ」

 

 服の上から、弱い部分を指先でくすぐられていく。

 ふわふわした感覚が認識領域を占めていくのを感じながら――

 

 スオミは思った。これはこれで、たまにはいいかもしれない。

 

「それなら……ちゃんと満足させてくださいよ?」

 アイスブルーの瞳を潤ませながら、少女はささやき返した。

 

「ちょっとでも手抜きしたら、反撃しますからね」

 

「おお、怖い怖い。怖い子にはおしおきだー!」

 ロロが嬌声まじりに囃してみせる。

 

 あまりのばかばかしさに、スオミは思わず微笑んだ。

 

 そうだ。こんな人だったのだ。

 こんな人に、自分は惚れてしまったのだ――

 

 ロロが少女を抱きすくめながら、そっと服を脱がしにかかる。

 なすがままにされながら、スオミは彼女をそっと抱きしめ返した。

 

 

 結局。

 その日以来、スオミが少年指揮官のことで拗ねることはなくなった。

 

 どんな話し合いがされたのか、部隊の仲間は聞きたがったが――

 その件について少女は、はにかんで答えようとはしなかった。

 


 

 それから有為転変を経て、数か月後のS545基地。

 

 指揮官室、もとい「議長室」でくだんの少年はきゅっと唇を噛んでいた。

 向かい合うロロの端末からは、女性の音声が流れだしている。

 

「――だからね、コリン。後のことは、お父さんがなんとかしてくれるから、もう帰っていらっしゃい。あなたの成績のことは悪くならないように取り計らってくれるし、そのためならハワーズの長老にだって頭を下げます。あなたの無事がなにより心配なの。もうこれ以上、お母さんにハラハラさせないで。その、ローズ指揮官も、あなたを家に帰すことには賛成してくだっているの、もう帰っていらっしゃい。あなたはちゃんと務めを果たしたわ……お願い、あなたにはエヴァンのような道はたどってほしくないの」

 

 そこで音声が切れる。

 少年――コリンはロロを睨みつけながら、訊ねた。

 

「これを聞かせて……ぼくが、わかりました帰ります、とでも?」

 

 不機嫌とか不満とかではない、もっと鋭い何か。

 ロロの傍らにいたスオミが思わず、ぞくりとしたほどだ。

 

 直に会ってみると、そして、その気になれば、この子はこんな鋭利さを見せることができるのか――少女は、改めて人間の持つ“成長”という概念に驚いていた。たった一日の出来事で、ひ弱な仔犬が猛る猟犬へと変じることができる。人形とは違う、人間の底知れなさは、想い人で理解していたつもりだった。しかし、こと子供に関しては自分の認識メモリをアップデートする必要を感じた。

 

 いまなら、数か月前に「こんな弟がいたら」と言ったロロの真意が分かるような気がした。未熟で、無知で、つたないように見えて、人間の子供とは可能性の塊なのだ。なればこそ、ロロもあれだけ話題にしたのだろう。ロロが選ばなかった可能性、なれなかった未来も含めて、この小さな体にぎゅっと詰まっている。

 

 それは、人形の眼から見ても、どこかまばゆい何かに思えた。

 

「――まあ、きみから言い出すのが穏当だけど、たぶん承服しかねるだろう。でもね、もうヒーローの時間は終わりだ。民間軍事会社の無粋な制服は脱いで、プライマリスクールの制服に着替えて、学校へ復帰すべきだ」

 

「ぼくは、もう不要だという事ですか」

 

「いまは、ね。いまは、だ」

 ロロは二回繰り返すと、言った。

 

「きみがグリフィンで見聞きして思ったこと、感じたこと、たくさんあったはずだよ。あとは考えていく中で、自分が目指したいもの、そのために必要なものが見えてくる。わたしは厄介払いするわけじゃない。これからは修行の旅だと言っているんだ。世界はここだけじゃない。もっともっと色んなものを知って、自らを高めなさい。そして、いつの日かどこかで、私の方から頭を下げて助けてくれ、と頼りに行ける人物になってくれ」

 

 そこまで言うと、ロロは莞爾と笑んでみせた。

「そういう話だ。若きジェダイよ」

 

 彼女が最後にそう呼んで、コリンはハッとした顔をした。

 そのまま、少しだけ考え込んで、少年は口を開いた。

 

「――わかりました。グリフィンを離れます」

 

「当然だけど、人形達は連れて行けないからね」

「その件で……ロロさんにご相談があります」

 

 コリンが少し声を低めて言う。

 ロロは目をぱちくりさせると、傍らのスオミに声をかけた。

 

「ンン。これは二人きりで聞いた方が良い話みたいだ。悪いけど、コールするまで少しはずしてくれないかな――悪いね」

 

 少女は、コリンに少し目をやってから、ロロに敬礼してみせた。

「はい、指揮官。おっしゃる通りに」

 


 

 S545基地の食堂はようやく本来の機能を回復していた。

 

 ほんの数日前まで、まだ修理中の人形であふれていたのだ。

 

 首尾よく撤退できたとはいえ、グリフィンは傷ついていた。

 羽根をもがれ、くちばしを折られ、かぎ爪を損なった状態。

 それが、なんとか傷をいやして戦えるまでになった。

 

 野戦病院もかくやという中で、仔犬のような少年指揮官の存在は傷を負った人形たちにとって束の間の癒しであった。何がどう役に立ったわけではないだろうが、それでもできることを精一杯に奮闘する少年というのは、女性型の自律人形にとって庇護欲をかきたてられる存在だったには違いない。

 

 だからこそ、スオミの口から少年の離脱を聞いた仲間たちは残念そうだった。

 

「えー! あの坊や、お家に帰っちゃうの!?」

 目をぱちぱちさせて長いおさげをぶんぶん振ったのはヴィーフリである。

「落ち着いたら一緒に遊べると思ったのに!」

 

「あの……彼は曲がりなりにも指揮官です。遊び相手ではありませんよ」

 

 そっとたしなめたのはコンテンダーだが――

 彼女もかすかに顔を翳らせて、つぶやいてみせた。

 

「『さよならにがっかりしてはならない、再会できるようになる前には、別れが必要である』――とはいえ、さびしいのは確かですね。ちょっとだけの付き合いしかないわたし達でさえ、そうです。B122の人形達はもっと落ち込むでしょう」

 

「あら、そんなことはないんじゃないかしら」

 

 反論してみせたのはFALであった。

 マグカップの縁を指でくるくるとなぞりながら、彼女が言うには、

 

「B122の子達には、最初から分かっていた別れだもの。残念に思うだろし、今夜あたりはお酒が必要な子もいるかもしれないけど、見送りはちゃんと笑顔になるわよ。そうしないと、あの坊やと気持ちよくお別れできないでしょう?」

 

 FALは腕組みしつつ、言葉を続けた。

「そもそも、子供があんな撤退戦を指揮したのが結構な無茶振りだったもの。ひき留めたいと思っても……この基地に首尾よく退いた時の、坊やの泣きっぷり。知らない人形はいないわ。皆もそのあたりはわきまえているわよ」

 

 彼女の言葉に、G36がこくりとうなずいてみせた。

「その通りです。多少、感情パラメータのわだかまりはあっても――数時間のデフラグでなんとかなってしまうのが、人形というものです。つくづく便利ですね。我ながらあきれてしまうほどです」

 

 そっけなく聞こえるメイドの言葉に、指輪の乙女(リングス)は揃ってうなずいた。

 一人を除いて、だが。

 

「えー。そうかな? 割り切れない子もいると思うけど?」

 カップを両手で持ち、こくこくとコーヒーを飲みつつ、ヴィーフリが言う。

「だって、B122の、銀髪のあの子なんか、どう見たって――」

 

 彼女が言いかけた途端、指輪の乙女(リングス)達はずいっと詰め寄った。

 

「ちょっと、ヴィーフリ! 何か知っているんですか?」

「『重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる』と言いますよ?」

「ええっ、何か見ちゃったの? 聞いちゃったの? ねえ、ねえ?」

「はっきりなさい。わたし達の間で隠し事は無用ですよ?」

 

 けたたましく訊ねられて、ヴィーフリは顔をひきつらせた。

 

「みんな怖い怖い怖い! わたしだって、もしかしたらっていうのをちょっと見ただけだから――ほら、B122のVectorって子いるじゃない。あの子、修復処置が仮で終わらせてすぐに施設の外へ出て行ったのよ。で、しばらくしたら、あのコリンって子を連れてて――二人で手を繋いでて、坊やの方がちょっと頬を赤くしてて、お互いになぜか目を合わせないようにして……それだけ! それだけよ! わたし、たまたま歩哨をしていたから、ちらりと見ただけ!」

 

 彼女が必死に説明してみせると、指輪の乙女(リングス)達はうーんと考え込んだ。

 

「……懇意になっている子がいるとは、予想外でした」

「いえいえ、『恋愛に年齢はない。それはいつでも生まれる』と言いますよ」

「これは、ちょっと困ったかもね。Vectorって子、引きずっちゃうかも」

 

 仲間たちが口々にかしましく言うのに、少し考えこんでいたスオミは――

 

「あ……もしかしたら、あの子が指揮官に言っていたの、って……」

 思わず口に出して、少女は、ハッと口を押さえた。

 

 〔指輪の乙女(リングス)〕の仲間の視線が、今度はスオミに揃って向けられた。

 

「何か知ってる? 知ってるのね!」

「『最も困難な三つの事柄は、秘密を守ること、受けた害を忘れること、余暇を着用することである』だという言葉をご存じですか?」

「ちょっとォ! スオミったら、あなたも教えなさいよッ!」

「コーヒーをお淹れしましょうか? 口の滑りがよくなるように」

 

 たちまちに質問でつつかれて、スオミはぶんぶんとかぶりを振った。

 

「わー! いまはまだ何も言えません! 指揮官の考え次第です」

 

 少女は声をあげると、軽く咳払いして、言った。

「……わたし達の指揮官ですよ。きっと良いようにしてくださいますから、結論が出るまで少し待っていましょう――この件、他言無用ですからね?」

 

 スオミの言葉に乙女達は顔を見合わせ、揃ってうなずいた。

 

 傍から見ていた別の人形達にしてみれば――

 なにやってんのあの子達、となったのは言うまでもない。

 


 

 それから三日後、同じ食堂。

 

 銀髪金瞳の乙女の手を取った少年は、割れんばかりの拍手に包まれていた。

 

 少年は、はにかみつつも堂々と祝福を受け取り――

 選ばれた乙女はなぜか不機嫌そうな顔をしていた。

 

 だが、彼女が微かに頬を染めているのを見れば、その心情は明らかだった。

 

 拍手を送るB122の人形達、そのずっと後ろ。

 ロロとスオミは、そこから事の顛末を見守っていた。

 

「――こんな時にあんな顔なんて、コリン君も難儀な子を選びましたね」

 

「そう? スオミちゃんだって、どっこいどっこいじゃない?」

「なんですってえ?」

 

「あたた! つねるの無し! つねるの無し!」

「口は災いの元、ですよ」

 

 スオミは呆れ顔で答えてから、ぼそりとつぶやいた。

 

「グリフィンの指揮官って、皆さんあんな感じなんでしょうか。ここを去る時は、誰か選んで自分の人生に連れていく……」

 

「ンン、そうだな。よくできる子を退職金代わりにもらう人は多いネ」

 ロロはそう言いつつ、肩をすくめてみせた。

 

「もっとも、そのグリフィンがこんな状態だ。スポンサーのめどはついたけど、さてこれからどうなるかねえ。以前みたいに穏便な去り方はできないかもね」

 

「あの……えっと――指揮官?」

 もじもじしながら、少女は遠慮がちに訊ねてみた。

 

「もしも……もしも、ですよ? あなたがグリフィンを去る時、その……連れていってくれますか?」

 

「ハッ、いまさら何を言うんだい!」

 ロロは声高らかに言ってみせた。

 

「きみはもちろん、指輪の乙女(リングス)も、L211の人形達もみんな連れていくさ! しかしそうなると、転職先が限られるネ……そうだな、賞金稼ぎにでもなるかな」

 

 そう言ってみせる彼女に、スオミはとびついた。

 ロロの薄い身体を両腕で抱きしめながら、少女は言った。

 

「どこでもいいです! あなたと一緒なら、どこでもお供しますよ!」

 

「……それはありがたい。ひとまず、しばらくはグリフィンでよろしく」

 そう言って微笑むと、ロロは少女の額にそっと口づけた。

 

 スオミは満足げに笑みながら、彼女にすがるかのように――

 あるいは彼女を守るかのように、抱きついて離れなかった。

 


 

 時間は戻って、〔鉄血事変〕から十年後。

 

 イエローエリアの場末の酒場。

 

 二時間ぐらいかかっただろうか……紫の瞳の女性の尋問は熾烈を極めた。

 

 決して声を荒げたり脅したりはしない。

 ただ、こちらがほんの少し濁したり、ほのめかしたことを適切に掘り返そうとしてくるのだ。ごまかそうとしても、鋭い推察と質問に、答えざるをえなかった。

 

 ようやく彼女が満足した頃には、私の頭はカラカラになっていた。

 

 この件で大事にため込んだネタをすっかり吐き出せられている。

 持ち込むところへ持ち込めば金になるだろうし、あるいは私の命も危なくなるだろう。それだけの価値はあるネタだ。そうでないと私がそれこそ地を這うようにして、調べた甲斐がない。

 

 それが、銃口に脅され、質問責めにされて、このざまだ。

 

 ぎり、と歯噛みした私に――その女性は莞爾と笑んでみせた。

「ンン、誰にも言わないし、どこにも洩らさないヨ」

 

 何の保証もないのに、その約束はやけにずしりと重く聞こえた。

「ただ、コリン坊や――ああ、もう坊やは失礼だな。ハワーズ氏の害になりそうな人物か試していただけだよ。いささか好奇心は大きいが、きみの興味は今を時めくイーストリムのヒーロー。その実像に迫りたいのだろう?」

 

 彼女がそう言うと、事もなげに言ってみせた。

「なら、直接、ハワーズ氏にインタビューすればいいじゃないか」

 

 その提案に、私は別の意味で歯噛みした。

「……簡単にはいかないから、こんなことをしている。相手はイーストリムを取り仕切る治安会社のトップだぞ。業界では一番クリーンだとはいえ、結局は地回り組織、ギャングの一種みたいなもんじゃないか」

 

「ギャングねえ……彼がそんな認識をされるのは、私も心外だな」

 

 彼女はそう言うと、懐からペンを取り出した。

 自身の襟元の何かをはぎとると、それにさらさらと書きつける。

 

「ほら、門をくぐるのに必要な通行証だ」

 

 そう言って彼女がよこしたのは――

 羽根を模した徽章だった。

 

 裏に書かれたメッセージは、L211/ロゼ・ローズ。

 

「ただし、行き先が天国か地獄かは、入ってからの交渉次第だネ」

 

「ちょっと待ってくれ……もしかして“カサンドラ”って、あなたなのか!?」

「さあてね。少なくとも、いまの私の名は、ロザリア・ローゼスだ」

 

 彼女はそっとウィンクしてみせると、立ち上がった。杖を頼りに立ち上がる彼女を支えるように、素早く亜麻色の髪の少女が手を貸す。主人と従者、人間と人形――だが、それで片づけるには、二人の動きも仕草もとても自然に見えた。

 

「それではルポライター君、居住区までは気を付けたまえ」

 彼女は穏やかに笑みつつ、言い残した。

 

「第三者の立場でいまのコリンの評価を知りたかったんだ……楽しみにしてるヨ」

 

 その言葉にけれんなど一切なく。

 ただ、どこか、教え子の話をする教師のように聞こえた。

 

 私は、サインされた徽章をそっと握った。

 門の鍵が思わず手に入ったのだ。ならば、ノックせざるをえないだろう。

 

 

 私は酒場の外へ出て、彼女達を見送った。

 

 いくつもの車両に分乗して集落を去っていく賞金稼ぎ達のキャラバン。

 それらが掲げた旗は、意匠こそかつてと異なるものの――

 

 まぎれもなく、有翼獅子(グリフィン)をあしらったエンブレムだった。

 

 

〔Ep.Ex.1 「スオミさんは心配が絶えません」 End〕

 

〔Next.Ep――Ex.2 「おすわり、まて、おあずけ」〕




次も番外編で、いよいよラストエピソードです!

次回エピソードは、
グリフィンを去ってから三年後のVectorさんとコリン君の後日談。

とりあえず連れて行った&ついて行った二人だけど、
ちゃんと結ばれるには色々あったよね、と、そのあたりを描く予定です。

お楽しみに!


……来週アップに間に合うかな? 頑張ります!
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