心に傷を負ってまともに戦えなくなった戦術人形、AA-12。
誰もがメモリの整理が必要だと判断する中、
しかし当のAA-12から人形にとっての
メモリのあり様を聞かされた少年指揮官コリンは……
「仔犬指揮官はお姉さんが苦手です」第2話前編です!
【作者から】
お待たせしました、おねショタチャレンジの第二話です。
文中、AA-12がちょっと情けないことになっていますが、
このネタはTwitterでいつのまにか流れたダジャレネタが元です。
ただ、「なぜそうなった?」というあたりに、
意味付けや克服のエピソードを見出すのはTicoの悪癖ですね。
コリン・ハワーズかい? うん、よく覚えているよ。
いまでこそこうやって戦術人形の教官をやれてるわたしだけどさ。
過去にはまったく戦えない時期があったんだよ。
おっかしいでしょ。
銃と烙印システムで結ばれたはずの戦術人形がだよ?
後から聞いた話、人形のメンタルモデルやマインドマップは「偶然できあがった生態系のようなもの」だとかで、設計者のペルシカ博士ですらスッキリ説明できないところがあるんだって。なんか不思議な話だよね。
ああ、ごめん――話がそれた。
ちょっとさ、飴舐めていい? 糖分取らないと頭回らなくてさ。
それでええと……そうそう、“仔犬のコリン”くん。
はは、B122基地での皆からの愛称だよ。
やっぱり「ハワーズ指揮官」ってのは、あの子の伯父さんを指すからさ。
副官どのは「コリン指揮官」と呼んでいたけど、わたしたち下っ端の間じゃ、「コリン」って呼び捨てたり、「仔犬くん」とか呼んでたねえ。特にからかった時の不平の口ぶりが、それはもう仔犬がキャンキャン鳴いてるみたいでさ。皆よけいにからかうんだよな。
ただ、実際、
あんな子供を、指揮官って認めるのがさ。
でも、「良いことを言うマスコット」だと思えば、それも和らぐっていうか。
あの子を一番いじっていたヤツなんか、人一倍そう思っていたんじゃない?
本人は澄ました顔でなかなか認めようとしなかったし――
ひょっとしたら、いまでも認めたがらないかもしれないけど。
うん? そのコリン指揮官は有能だったか、って?
素質はあったと思うよ。経験を積めればなおよかったね。
けれど、そこは十歳の子供だから。至らない点はあるよ。
でもね――やっぱり子供だったから、かな。
どんなことにも一生懸命で、はぐらかすなんてしなかった。
もし、コリンが……もっとオトナの指揮官だったら。
わたしなんか、とうに基地の後方任務に回されていたか、さもなければ指先ひとつでメーカー送りでオーバーホールされて別人になっていたかもしれない。
あの子はさ、そんなことはしなかったんだ。
それは甘ちゃんかもしれないし、青臭さの表れかもしれない。
けれど――お子様なりの考えと不器用さがあったからこそ、かな。
あの時、B122基地に残った皆は、それで救われたんじゃないかと思う。
『こちら“アグラロンド”。“イレギュラーズ”、聞こえますか?』
野戦通信機から声が流れてくる。
まだ幼く、どこか舌足らずなボーイソプラノ。
彼の声を聞いて、銀髪金瞳の乙女はまったく表情を変えない。
だが、隣に並ぶ、目の下に隈を浮かべた美人は、びくりと肩を震わせた。
「こちら“イレギュラーズ”。よく聞こえますわ、指揮官」
通信に応答したのは第三の乙女。栗色の髪に鶯色の瞳の彼女は、普段は柔和な表情をこの時ばかりは凛と引き締めていた。
『ありがとう。そろそろ会敵予想地点です。注意して』
「ご心配なく、指揮官。十分前から警戒態勢に入っていますもの」
答えながら、乙女は油断なく周囲を見回した。
曇天模様の空に、靄が立ち込めていて、なかなか視界が見通せない。
事前の情報よりも早めにフォーメーションを組んだのは、彼女の判断だ。
『それはよかった……さすがです、スプリングフィールドさん』
通信の声は、やや和らいだようだったが――緊張の色が拭えない。
『くれぐれも気をつけて。増援に出せる部隊がいないんですから』
「ええ。わたし達だけで始末をつけます。ご安心を――」
そう、乙女が言いかけた矢先。
銃声と共に、いくつもの風切り音が一行をかすめていった。
「――エンゲージ! 数は十五ないし二十!」
銀髪金瞳の乙女が叫ぶや、猛然と前へ駆けていく。
「ああ、Vector、出すぎないで! AA-12、カバーに入って! 他の子は火力支援開始、前面に出た敵から優先して狙ってください!」
スプリングフィールドが慌てて指示を出す。
その彼女自身も、提げていたライフルを構えた。年代物の銃だが、よく手入れが行き届き、骨董品とあなどらせない鋭い輝きを放っている。かっちりした紺の上着に、ゆったりした白のロングスカート。その布地をひるがえし、片膝をついて射撃体勢を取る。
「――ッ」
息を吸って止めた瞬間に引き金を引く。
靄の向こうで火花が散って、鋼の砕ける音が聞こえてくる。
命中したことにスプリングフィールドは安堵した――だが、いまこの場の彼女は自分だけの戦果を気にしていればいいわけではなかった。
前方の靄の中で、ぶわっと赤い光が地を這い、同時に銃撃が飛び交う音がする。
タイミングをそろえて撃ってくるのは敵――〔鉄血〕の浸透戦術部隊だろう。
それに混じって、小気味良い連射音が鳴っている。Vectorの短機関銃だ。先ほどの赤い光も彼女が焼夷手榴弾を使ったものだろう。敵をまず食い止める、という前衛の役目は果たしてくれているようだ。
ならば、あとは“盾”を押したてて敵をすり潰すだけなのだが――
呼応して射撃開始するはずの散弾銃の発砲音がいっかな聞こえない。
「――AA-12、射撃しながら前進を。聞こえますか?」
スプリングフィールドの呼びかけに、ややあって応答が入る。
「……ゲホッ、ゴホッ……ご、ごめ。脚が、これ以上動かない」
いまにも泣き出しそうな声。えずくような咳が言葉の端々に差し込まれる。
通信に交じって猛烈な銃弾がシールドを叩く音が聞こえていた。
彼女は盾役として、敵の攻撃を引き受けている――だが、それだけだ。
亀のように守りに篭って、そこからまさに手も足も出ないでいる。
「……うえ――うええええ……」
不意に、通信回線に憚ることのない嘔吐音が流れた。
それと同時に、ひそかなすすり泣きさえ混じって聞こえる。
スプリングフィールドはため息をついて少し天を仰ぐと――
「――指揮官。前進はこれ以上不可です。AA-12、ダウンです」
『えっ、怪我でもしたのっ?』
「いえ……あの、いつもの、です」
乙女の声には、諦観と申し訳なさが同居していた。
『ああ、そっか……やっぱり。うん、わかった。プランEに移行して――前衛のVector、後衛の火力部隊と連携して一時半の方角へ敵を追い立てて」
『了解――もう、やってる』
乙女の声が通信に乗るのと同時に、また前方の靄の中で赤い光が広がった。
『スプリングフィールドさんはAA-12のフォローに入って、そこから援護射撃。彼女を守ってあげて……たぶん、また動けないでいるだろうから』
回線の向こうの少年の声は、真剣そのもので緩みも呆れもない。もう何度目かのことであっても、事前に予想できていても、彼にとってはいつも緊張の本番なのだ。
スプリングフィールドはきゅっと唇を締めると、立ち上がってライフルを携えて賭けだした。靄へ飛びこんでしばらくすると、シールドを展開した陰に隠れるように、白金の髪の乙女がうずくまっていた。
そのすぐそばの地面には、彼女の“胃”にあったものが見た目の悪いスムージーと化してぶちまけられている。
「ごめ……ごめん……やれると思った。今回は、大丈夫だと――」
AA-12が顔をあげる。長い睫毛に、目の下の隈。トレードマークでお馴染みの目元が、この時はなおのこと憔悴さを増しているかのようだった。
今度こそは何か言わねばと思っていたスプリングフィールドは、しかし、
「……大丈夫よ。後衛への流れ弾はなかったもの」
結局、気休めの言葉しか口にできなかった。
戦えなかった乙女の、そのターコイズの瞳が不安に満ちて揺れるさまを目の当たりにして、どんな叱咤を放つことができようか。
スプリングフィールドはただ黙って、同僚のそばで片膝をつき銃を構えた。
所詮は“イレギュラーズ”なのだ。寄せ集めにすぎない部隊。
とはいえ――
基地でほぼ唯一の盾役に何かあっては、B122にとり大きな損害ではあった。
「だめだよ、パダワン。大目に見て四十点だ」
画面の向こうの女性は渋面を作りながら言ってみせた。
精一杯のしかめ面なのだろうが、どうにも軽い印象なのはどこか飄々とした口調が改まらないためか、それとも紫の瞳が好奇と興味で煌めいているためか。
「百点満点中の四十点だよ? スクールの教師なら赤点扱いだね」
指南役のロロ――お隣のL211基地の主だ――にずばり言われて、コリンは唇を固く結んだ。瞳が揺れながらも画面から目をそらさないが、さりとて口を開いて反論も言い訳もできない様子だった。褐色の顔で短い眉をきゅっと寄せた面差しは、さながら「待て」を言われているレトリバーの幼犬のようである。
代わりに答えたのは、傍らに立っていた副官のスプリングフィールドだった。
「お言葉ですが、ローズ指揮官。B122の要撃部隊で対処が難しい場合、L211の管轄へ追い払って、そちらに対応をお任せするというのは事前の打ち合わせ通りです。それに、敵性をL211の担当戦区へ向かわせた際の、事前の連絡も、戦術データの提供も、問題なく行えています」
鶯色の瞳の乙女が敢然と言ってみせるのに、ロロはふんと鼻を鳴らした。
「そりゃあ、そのあたりの段取りは部隊を率いていた君がやったんだからね。遅滞も遺漏もないだろうさ。でも、私が問題にしてるのは、そこじゃあない」
ロロが制御卓をぱちぱちとはじく。
モニタの一角に表示されたのは、遭遇した〔鉄血〕のデータだ。
「歩行戦車のマンティコアが出たのならまだしも、装甲型は無し。普通の歩兵型ばかり。まあ、強化歩兵のドラグーンあたりが群れで来たら厄介だが、そうでなし。数こそ多いけど、それでも二十体いかない程度――これぐらいなら、自分でお掃除してもらわないと困る」
「……ごめんなさい」
コリンがしょげた声で言う。
するとロロが苦笑しながら、愉快そうに言った。
「ンンンッフ! ごめんなさい、と来たか。なかなか子供らしい返事だネ。だけど、グリフィンの指揮官記章を代理でも付けている以上、私は君を同僚であり、指導すべき弟子として扱うよ――さて、パダワン。現状の問題は二つ挙げられる。分かるかナ?」
紫の瞳が画面の向こうからじいっと見つめてくる。
コリンがふうふうと息をつくと、オニキスの瞳で彼女を見つめなおした。
「二つだとおっしゃるなら、たぶん次の問題だと思います」
声は少し震えているようだったが、しかし、言葉によどみはなかった。
「ひとつは、指揮を執るぼく自身のそばに、人形について詳しい人がそばにいないとダメだということです。おっしゃる通り、戦術人形は〔ウォー・チェス〕の駒のようにはいきません。今後も似たような時に、ぼくにアドバイスをしてくれる誰か、が必要だと思います――ええと、カンニングとか、そういう意味じゃなくて」
少年の言葉にロロは是とも否とも言わない。
ただ、じっと見つめて、少年がさらに言葉を続けるのを待った。
コリンは、もうひとつ大きく呼吸してから、言った。
「もうひとつは、やっぱりAA-12の問題です。彼女が満足に戦えるようになれば、要撃部隊のパフォーマンスは安定します。なにか悩みがあるみたいだから、それを解決してあげれば……えっと、その――どんな方法がいいかは、まだ思いつかないんですけど」
そこまで言って、コリンは顔を赤くしてうつむいた。
額にじわりと汗が浮かんでいる。そばで見守っていたスプリングフィールドがハンドタオルをそっと差し出すと、少年は小さく「ありがとう」と言って受け取った。
褐色黒髪の少年が汗だくになって出した答えに、ロロはおごそかに言った。
「よくぞ苦難に立ち向かったネ、若きパダワン。自分の至らない点を認めるのは難しい。そしてそれを埋める方法を考えることはなお難しい。なるほど、本部のヘリアンさんもこれなら、と思うはずだ――ンンン、実に悪くない!」
モニタの向こうのロロはそう言うと、椅子に寄りかかった。
画面越しに伝わってきた圧がそれだけでふわとやわらぐ。
「そうだね、スプリングフィールドは下げて君のフォローに回ったほうがいい。現場での指揮は別のものに任せればいいだろう――前線に出せる戦術人形が減るが、そこはなんとか補充してもらえないか、私から本部にかけあってみるよ」
「ありがとうございます……ローズ指揮官」
「ンン、その呼び方は違うぞ。“師匠”、と呼びたまえ」
「……あ、ありがとうございます――師匠」
「よろしい――こら、そんな目をするな。ローズ指揮官、なんてかしこまって呼ばれるとこっちは背中がかゆくなってくるんだ。さて、若きパダワン、もうひとつの問題の方が重大だよ。戦えない戦術人形を戦えるようにする、なんてなかなか難題だ」
ロロの言葉に、コリンは真剣にうなずいてみせた。
「分かっています――なんとかします」
「それだけじゃあ不安だなあ。当てはあるのかい? あるとしても、それまで君のところの要撃部隊を動かせないことになるよネ?」
たたみかける師匠の問いに、幼い弟子がぐっと言葉に詰まった時。
助け舟を出したのは、またしてもスプリングフィールドだった。
「お意地が悪いですよ、ローズ指揮官……AA-12のことはなんとかしてみます。少なくとも前線に志願してくる時点で見込みはあります。あとは、最後の思い切りですから、そこはコリン指揮官だけでなく、他の人形たちも一緒になって解決すべき問題です。それと、要撃部隊が動かせない問題ですが――」
その話題に触れた時、スプリングフィールドが嫣然と微笑んだ。
「――そこはL211基地の秘密部隊におまかせしたいですわね」
言われたロロは目を丸くしてみせた――口元はにやついていたが。
「おや? 何のことだい、私にはトンとわからないなー」
「おとぼけになるのでしたら、これをご覧ください」
スプリングフィールドが制御卓を操作した。画面の一角に交戦データが地図上に表示される。B122の作戦区域から追い払われた鉄血部隊は、そのことごとくがL211の担当区域に入った途端にキルマークがついていた。
「ああ、うちの戦闘報告を整理したんだね? 何が言いたいのかな?」
ロロがにんまりと笑みながら訊いてみせるのに、答えたのはコリンだった。
「……あの、ちょっと『早すぎるな』と思ったんです。この箇所に防衛部隊を張り付かせているのかと思ったのですが、それにしては境界ギリギリですべて撃破されています――師匠、もしかしてなんですけれど。うちの戦域に、ひそかに自分の部隊を潜り込ませているんじゃないですか?」
コリンの言葉に、ロロは「ククッ」と笑みを洩らした。
「ンンン、面白い話だが、直接その秘密部隊とやらを確認したわけじゃない。状況証拠だけでは何とも認めるわけにはいかないが――その謎解きは誰が考えたんだい?」
「えっと……最初に『あれ?』と思ったのはぼくです。それをとっかかりにスプリングフィールドさんが関連する情報を整理してくれました」
少年の回答に、ロロはしばし瞑目すると、つぶやくように言った。
「なるほど――ハワーズの血はやはりハワーズ。そしてエヴァンのヤツ、本当に佳い女をのこして逝ったわけだネ。まったくもう……」
ひとりごちてみせると、彼女が再び目を開いた。紫の瞳が、煌めいている。
「よろしい。面白い謎解きを聞いた引き換えに、私もちょっと魔法を使わせてもらおう――そうだな、五日間だ。それまでは君の戦区で〔鉄血〕が出ても、いつのまにか狩られていることを約束しよう。ただし、守護者の加護は五日間だけだ。それまでにAA-12をしゃんとさせる方法を考えなさい」
そう言うと、ロロは軽く敬礼し、その指をぴっと掲げてみせた。
「若きパダワン。君はあたまの良い子だ。それに一生懸命でもある。それは得難い資質だ――自分を信じて課題に取り組みたまえ。では五日後、朗報を待つヨ」
通信回線が切れて、モニタが灰色の画面に変わる。
コリンは太く長い息を吐きだしながら、溶けるように椅子にもたれかかった。
少年の頭をそっと撫でて、スプリングフィールドが言う。
「おつかれさまでした――コーヒー、淹れましょうか」
B122基地との通信を終えるや、ロロはたまらずうめいた。
「だァーッ、疲れた! なんで毎度こんなに疲れるんだい!」
「変な師匠キャラ作って臨むからですよ……アイスティにしておきました」
「おお、さすが、わがパートナー! 分かっているネ!」
グラスをそっと差し出す副官のスオミに、ロロはにまっと笑んでみせた。
「……あの。横で通信聞いていましたけど、肝心かなめのことをちゃんとアドバイスしてあげなくてよかったんですか?」
「ンン? だってさ、私の答えじゃ『とりまベッドでニャンニャン』だから――」
「……えいっ」
「――あだっ! ちょっと、金属トレイではたくの禁止!」
亜麻色の髪の少女がため息まじりにぼやく。
「あなたは色ボケだと思ってましたが、ここまで救いようがないなんて」
「あのねっ、一例であって、つまりコミュニケーションなんだよっ。私ならそれが手っ取り早いというだけで、コリン君には彼なりに最適な方法があるだろう――私はオトナだが彼は子供だ。そしてこれは優劣の問題でなく、どう自分の属性を活用するかって問題に収束するんだよ」
「ええと……子供であることを最大限利用しろ、ってことですか」
「身も蓋も底もない言い方をするとそうなるネ」
「あなたって本当に性根の悪い人なんですね……はあ」
「あ、いまの切ないため息いいね。『そんな人に惚れちゃったわたしって何なんだろう』とか思った? 思っちゃったのかなー、スオミちゃーん?」
「……えいえいえいえいっ」
「だだだだ! 角は! トレイの角で連打は痛いから!」
「――本当に、だいじょうぶなんでしょうか」
「さあねェ。ま、『試みは予期したよりも容易なものだ』と言うでしょ?」
マグカップにコーヒーが注がれ、黒琥珀の色からかぐわしい香りが立ち昇る。
さらに横のお皿には、湯気がほんのりと立つマフィンが並べられていた。
コリンが目を輝かせるのに、スプリングフィールドは莞爾として笑んだ。
「おなかすいたでしょう。ちょっとした補給ですわ」
「ありがとう……いただきま――」
少年が言いかけて手を伸ばそうとした矢先、
「――あぁ、あの子のフォローも疲れる……あら、お茶会なの?」
指揮官室の扉がさっと開き、銀髪金瞳の乙女が遠慮なく入ってきた。
「ちょっと、Vectorさん! 入室前にコールぐらい鳴らしてくださいな」
「ああ、ごめん副官どの。考え事しながら歩いていたら、忘れてた」
悪びれた様子もなく――そもそも表情がぴくりとも変わらないのだが――彼女はけろりとした様子で答えてみせた。
「コーヒーにマフィン? いいわね、あたしのぶんは?」
「あなた、いま来たばかりでしょう。都合よく三人めの準備なんかしてませんよ、もう。ちょっと待ってて……」
言うや、スプリングフィールドがぱたぱたと足音を鳴らしながら給湯室へ消えていく。残された乙女はひとまず手近な椅子に座ると、テーブルの上の軽食にじいっと視線を注いでいた。
「あ、あの。Vectorさん、良かったらぼくの分を半分こしませんか?」
コリンが笑顔を向けてみせるのを、銀髪金瞳の乙女は少し見つめてから、
「そう? じゃあ、ありがたくいただくわ」
そう言うと、少年の目の前のマグカップをしれっと手に取り、遠慮もなくこくこくと飲んでみせた。コーヒーがきっちり半分の量になったマグカップを、そのままとんと少年の目の前に置く。
「……マフィンは手で割ったほうがいいかしらね」
「あああ……Vectorさあん、なんでカップから直に飲むんですかあ」
コリンが頬を赤らめて抗議の声をあげると、乙女は目をぱちぱちさせた。
「なにって、半分こでしょう?」
「そうですけど! そうじゃなくて!」
「なにか問題?」
「これじゃ、その、か、かかかかか……」
「かかか?」
「間接キッス、になるじゃないですかあ!」
少年がぶんぶんと腕を振りながら言う。
当の乙女はといえば、理解できないという顔で小首をかしげてみせた。
「それがどうかしたの? あたしは気にしないけど」
「ぼくは気にするんです!」
「人形は人間と違うから、雑菌がついていたりとかは心配しなくていいわ」
「そうじゃなくて! Vectorさんは、お、おおお――」
そこまで言ってコリンの羞恥心が限界を迎えた。口は「おねえさんだから」という形に動いているのだが、声は出ないまま顔を真っ赤にしている。“おすわり”が限界にきた仔犬のような有様の彼を見て、Vectorは軽く肩をすくめた。
「――はい、三人目ぶんですよ……って、コリン? どうしました!?」
戻ってきたスプリングフィールドが目を剥いた。
「Vectorさん、あなた何かしましたね!?」
「何もしてないよ。コーヒーを半分ごっこしただけ」
「ほら、何かやってるじゃないですか!」
「何を騒いでいるのか理解できないわ」
「はいはい、そうでしょうとも――はあ、本当にあなたは変わりませんね」
鶯色の瞳を憂い半分呆れ半分に揺らして、副官はお子様指揮官の肩をたたいた。
「ほら、コリン、しっかりして。この子のいつもの悪い癖です」
何度も肩をぽんぽんと優しくノックされて――少年は我に返った。
「……ふわあ……ぜーはー、ぜーはー」
「気が付きました? お水持って来ましょうか?」
「ううん……だいじょうぶ、びっくりしただけ」
目を丸くしながら、呼吸を荒くしているコリンを見てVectorが言う。
「一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで添い寝とかしたら、ショック死しそうね」
不穏当な発言に、たちまちスプリングフィールドが目を三角にした。
「……冗談でもやったら、わたしのライフルで撃ちますよ」
「そうね、気を付けるわ」
反省しているのかどうにも窺えない銀髪金瞳の乙女。
鶯色の瞳の副官が剣呑な目でにらんで、場の空気が歪むかに思えた、その時。
「あ、あの――ほら、Vectorさん? AA-12さんはどうだったの?」
遠慮がちにコリンが訊いた言葉で、緊張感がなんとか緩んだ。
「……なんとか落ち着いていたし、次は頑張るって言ってたけれど……『次こそは』って聞くのはもう何回目だっけ? まあ、前線に出てくるのは彼女なりに頑張っている証拠だけど、いざ誰かを守る場面になると思い出しちゃうみたい……その――」
Vectorがちらとコリンを窺う。少年がこくりと頷くと、彼女は言葉を続けた。
「――ハワーズ指揮官の最期の様子をさ」
それを聞いて、コリンがきゅっと唇を結んだ。
スプリングフィールドが腕組みして、軽くうなってみせた。
「やっぱり自己デフラグじゃ限界なのかしら……メーカーとまではいかないけど、グリフィン本部のメンテスタッフならなんとかしてくれるかも――すぐ手配すれば、そう、四、五日程度あれば何か改善が見込めるかもしれないけど……」
そこまで言って、副官は鶯色の瞳を揺らした。
「……そうか、ローズ指揮官のタイムリミットって、これが理由なのね」
「あの――その場合、AA-12さんはどうなるんですか?」
おそるおそる訊いたコリンに、スプリングフィールドはかすかに愁眉を見せた。
「上手くすれば、トラウマに近い症状が緩和されて帰ってきます――でも、彼女のような場合、一番多く取られる手法は〔ロールバック〕になりますね」
「……巻き戻し?」
「ええ。端的に言えば、事件の起こる直前までメモリを削除します。彼女の場合、ハワーズ指揮官が目の前で亡くなったことが思考回路のノイズになっていますから、それを取り除いてあげれば、解決するはずではあるんですけど……」
「あの、でも、それじゃあ!」
いたたまれずに、コリンは声をあげた。
「だとしたら、AA-12さんがずっと悔やんでいた時間が無駄になるじゃないですか! それだけじゃないです、ぼくが就任あいさつの時に決心して応援しようと思ってくれた、その想いまで消しちゃうことになるじゃないですか!?」
「それは……そうではありますけれど――」
「――深く考えないで。あたし達は人間ではないの。人形よ」
スプリングフィールドの言葉を、Vectorが引き継いで言った。
「メモリは単なる電子データ。感情だって模倣品。人形のライフサイクルは、自然人の生涯とはまた違うの。どこか故障があれば、取り換えが効く。それがあたし達なんだから」
「でも……だとしても、ぼくがあの人の立場だったら、きっとイヤですよ……」
「どうかな? 案外、素直に受け入れるかもよ?」
「そんな……」
「信じられないなら、自分で確かめるといい」
Vectorはそう言うと、スプリングフィールドに顔を向けた。
「ねえ、コーヒーを保温ポットに淹れなおして、マフィンを包んであげて。差し入れを持って来たって名目なら、この子も彼女に話しかけやすいだろうし」
その提案に、副官を務める乙女は意外そうな顔を一瞬見せたが――
すぐにうなずくと、てきぱきと立ち回って、素早く“てみやげ”を整えてみせた。
「ほら、行っといで。自分で確かめるといいわ」
銀髪金瞳に促されて、コリンはこくんと頷いた。
“てみやげ”が入ったバスケットを手にして、慌て気味に扉へ向かう。
部屋の外へ出る瞬間、少年は二人の方を振り向いて、言った。
「ちゃんと話をしてきます――ぼくは、ここの指揮官ですから!」
元気に声をあげると、ぱたぱたと足音を立てて駆けて行く。
「……転ばないといいんだけど。本当に仔犬みたいよね」
銀髪金瞳の乙女がそっとつぶやくのに――
はたして、栗色の髪の副官が胡乱な視線を彼女に送った。
「ねえ、Vector? あなた、どこまで意識して仕組んでいます?」
「仕組む? 何を? そんな器用なことができるパーソナリティじゃないことぐらい、副官を務めてきたあなたが一番よく知っているじゃないの」
さも当然との言葉に、鶯色の瞳の乙女はため息まじりにひとりごちた。
「……そっか、自覚、ないんですね」
「……何のはなし?」
「いいえ、なんでもないです」
スプリングフィールドは苦笑いを浮かべると、胸元にそっと手を当てた。
目の前にずいと差し出されたバスケットを目にして、
「あー……なんか、ごめん。コリン坊や」
バツの悪そうな声をあげたAA-12であった。
そして、彼女の言葉を聞いた少年は、軽く眉をひそめてみせた。
「坊やじゃないです。訂正してください」
「ええと……コリン君――?」
相変わらずロリポップを咥えている目の隈美人であった。
二人がいるのはレクリエーションルームの一角、休憩スペース。往時であれば賑やかであったこの区画も、戦術人形の多くが去った今では閑散としている。それでも人影がないでもないのだが――
「と、とりあえずさ。バスケット置いて座りなよ。君がそのかごを両手で突き出しながら、わたしの顔とにらめっこなんて……さっきからじろじろ見られているし」
ははは、と笑ってみせたAA-12の声はどこか乾いている。
「じゃあ、そうします……お隣、失礼します」
そう言って、彼女の隣に少年がちょこんと座った。
いったんは思い切りよく腰かけたくせに、二人の距離を確かめるや、コリンは少し頬を赤くして心持ち間隔を空けた――その様子に、AA-12は内心で苦笑した。本当に女性を意識しすぎて、あまりにウブすぎる。
真面目でも、女性の扱いは手慣れた感のあったエヴァンとは大違いであった。
ただ、そんな恥ずかしがり屋が、わざわざ自分を探しに来たのだ。
何を話しに来たのかは、AA-12には概ね検討がついていた。
人間と人形とはいえ、少なくとも精神のオトナ具合では自分が上なのだ。
「……グリフィン本部のメンテチェックの話かい?」
ぼそっと口に出してみると、コリンがぎょっと目を丸くした。
「え――どうして、それを……」
「わたしだってさ、満足に戦えない状況のまま前線でグダグダやっていて、何にも反省していなかったわけじゃないんだぞ――メーカー送りがイヤなら、それが一番いいのかな、とは思っていた。本当はさ、前はそれも御免だったんだけど――君のために必要なら、そうした方がいいんだろうなと思ってる」
「……あの、ひとつお聞きしていいですか」
「なんだい」
「どうして、すぐにメーカーの再調整を受けなかったんですか」
「――エヴァン・ハワーズを忘れたくなかったんだ。あの人からかけてもらった言葉とか、自分で認識した感情とか、あの人の……最期の様子、とかさ」
「でも、人形のメモリは、バックアップが使えるんでしょう?」
コリンが不思議そうに訊ねるのに、AA-12は舌で飴を転がして言った。
「そうだね、人間――自然人にはちょっとわからない感覚かも……ああ、そうだ。君は本を読むかな? それも物語とか、フィクションのたぐいとかさ」
「はい……あの、わくわくする冒険ものとか、ちょっとドキドキします」
「じゃあさ、その冒険小説でいいや。主人公がピンチにあったり辛い目にあう時、自分が同じ感覚になったりする? 言い直すと、自分の体験と思いこんだりとかする?」
「えっと、感情移入とは違うんですよね? ドキドキする場面に遭遇して、自分もドキドキはしますけれど――本を閉じた後まで、自分がその世界にいるとは思わないです」
「うん。人形のメモリ整理ってさ、実はそんな感じなんだ」
目の隈美人は、ははは、と、また乾いた笑いを浮かべてみせた。
「普段のデフラグで処理するぶんには、自分ごととして整理できる。でも、バックアップから復帰した時とか、外部から強制的にメモリを整理した時は、体験した記憶はいろんな繋がりを断たれて、単なる情報になってしまう。もちろん、後から見ることはできるよ? チェックしながら、これは自分の体験だと理解はできる。でも、それまで、なんだ。まるで本を読んでいるみたいに、他人事みたいに感じられてしまう――それが人形の記憶ってやつさ」
「そんな……それって寂しくないんですか」
「惜しむやつもいる。気にしないやつもいる。Vectorは気にしないタイプだね。あいつは自分は道具だと割り切っているから、人間みたいな悩みを持ったりしない。少なくとも、本人はそう言ってる……けど、わたしはイヤだった――だから、B122基地へ来た」
「え――どういうことです?」
「元は別の基地の所属だったんだよ。そこもアルファラインの拠点で、わたしは実戦部隊のリーダーだった。仲間を守るために、文字通り自分を盾にして戦って……その結果、何度か“死んだ”ことがある。最初はどうともなかった。けど、何度も死ぬうちに、自分の記憶がなんだかよそよそしくなっていく感じがしたんだ……自分から剥がれていくっていうのかな」
言いながら、AA-12がまたごろと舌の上で飴を転がす。
しばらく飴を歯に押し当てる軋み音をさせてから、彼女は言葉を続けた。
「それがイヤになって、エヴァン・ハワーズ指揮官のところへ転属願いを出した。ハワーズ指揮官はさ、そのあたりを理解してくれた。つらいことなんだね、と声をかけてくれたし、現にわたしを前線に出しながら、決して死ぬような目にはあわせなかった。他の子もそれぞれに事情はあっただろうけど――あの人は、そのあたりをすり合わせて、チームとして人形を使うのが上手かった。だから、ここに来てからのわたしの記憶は自分自身のものだって、自信を持って言える」
目の隈美人が、ターコイズの瞳をコリンに向ける。
その双眸は、かすかに潤んでいた。
「こんな言い方、お笑い草なんだけど――生きてるって、実感があったんだ」
そう言った瞬間、AA-12の口内でぱきっと音がした。
歯で飴玉を噛み割ったのだ。そのまま、ぼりぼりと咀嚼して飲み込む。
「でも、だよ。乗せられたかはともかくとして、わたしは君を支えるって宣言しちゃったんだ。そう決心しちゃったんだ。だったら、手助けすると決めた人のために、自分ができる限りのことはしなきゃ――でないと、戦術人形《オンナ》がすたるってもんだ」
「あの……でも、それじゃあ、ずっと大事にしてきたものが!」
口をへの字に結んで、とがめるようでさえあるコリンの顔。
そんな少年の肩に、AA-12はポンと手を置いた。
「君みたいな子供にそんな顔させてちゃ、お姉さん失格だ。自分の始末は自分でつける――悪いんだけど、スプリングフィールドに本部メンテの手続きをとってもらうように伝えてくれない? これはさ、一介の人形が勝手に申請できないから」
そう言うと、AA-12はバスケットを手に取って、立ち上がった。
「今夜、本部行きの準備をしておくよ――いつもの深夜ラジオを聞きながら、せいぜい荷造りと気持ちの整理をしておくさ」
「……でも、けれども……」
「もう、そんな顔するなって。ただでさえ仔犬みたいなのに、お預けくらって泣きそうな顔になってるぞ、坊や――差し入れ、ありがと。部屋で頂くよ」
そう言って、目の隈美人は少年を置いてその場を去った。
去り際に、少年が洟をすする音が聞こえたように思える。
泣かせてしまったのかもしれない。
でも、その時の彼女には気遣う余裕はなかった。
乙女のターコイズの双眸にも、涙があふれて、こぼれそうだったからだ。
(後編へ続く)
【後編予告】
ラジオを通じてお互いの意思を確認する乙女と少年。
そしてコリンから指揮官同行の偵察任務が発せられる。
エヴァンを撃った犯人の手掛かりを探すべく、
戦えない乙女と少年は廃墟へと足を踏み入れるが……?
AA-12の奮闘が熱い、第2話後編は明日更新です!