仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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少年指揮官コリンのB122基地に補充要員がやって来た!

凄腕のスナイパーながら、その実、
札付きのトラブルガールという事実に、
副官のスプリングフィールドをはじめ、
お姉さんたちは皆心配するのだったが……? 

新キャラ登場の第4話前編!


【作者より】

ようやく当初想定していた乙女達が出そろいました。
新キャラの名前を本文で見ると「えーっ!?」となられるかもしれません。
たぶんドルフロ世界では一番エロ方面でアブナイ戦術人形のひとりです。
R-15をつけざるを得ない……!


ep.4 ピーチジュースがやって来た! -前編-

 あら、コリン・ハワーズ、ですって?

 

 ふふふっ、随分なつかしい名前が出たから、びっくりしたわぁ。

 ルポライターさんだっていうから、わたしてっきり――

 

 ……ええ、実際、多いのよ。

 有名モデル人形、ドロテーアの知られざる硝煙の過去、とか。

 まだ興味本位で追いかけている人がいるものだから、ね?

 

 たしかにわたしはグリフィンに籍を置いていたし、戦っていた。

 辛いことや哀しいことはあったけど、楽しいこともあって……

 

 そうね、コリン坊や。

 真っ黒なラブラドールの仔犬みたいな少年。

 

 あの子の下にいた期間は短かったけど、たぶん楽しいメモリだわ。

 少年はもちろん、まわりの親しい戦術人形(オンナノコ)たちも不器用で――

 でも、変なところでまっすぐで、こだわりを曲げなくて。

 

 ホント、バカしかいなかったと、いまでも思うもの。

 

 でもね――そんなことも意外に悪くなかった。

 渡り鳥を決め込んでいた当時のわたしには、止まり木のひとつ。

 

 でも、その止まり木で懸命に手を引いてくれなければ……

 わたしはとうに銃弾でボロボロにされてスクラップだったわね。

 

 そうしたら、ファッションショーの華である“黒の薔薇(チォールナヤ・ローザ)”――

 このドロテーアが雑誌を飾ることもなかったでしょうね。

 

 うん? コリン坊やはどこまで関係しているのか、ですって?

 

 そうね……話すと長くなるけど、どうしようかしら。

 

 ――ふうん。なかなかの「ハンサム」よね、あなた。

 いいわ、今日のこれからの予定、すべてキャンセルしてあげる。

 明日の朝までつきあってくれるなら、いろいろ話してあげるわ。

 

 ……ふふっ、心配いらないわよ。お代は持ってあげる。

 懐かしい名前を聞いて、わたしも話したくなったから。

 

 でも――“朝まで”って、わかるわよね?

 ちゃんと愉しませてくれないと、許さないんだから。

 


 

 グリフィン指揮官のもとで副官を務める戦術人形は多忙を極める。

 戦闘部隊からはずして、デスクワークに専念させるケースも珍しくない。

 

 だが――L211基地、〔ロスロリアン〕ではそうではない。

 

 副官を務める少女は、同時に第一部隊の隊長である。

 この基地きっての切り札ゆえ、困難な戦線には投入されるのが常だ。

 そして、彼女の主であるロゼ・ローズは単に勝つだけでは満足しない。

 

 全員生還せよ――“ロロ”の絶対のドクトリン。

 ゆえに――この精鋭部隊は自分たちだけでなく、仲間も救わねばならない。

 

 途方もない重責と仕事量。

 並みの人形なら、とうにメンタルが潰れていてもおかしくない。

 だが、副官である亜麻色の髪の少女――スオミは、知っている。

 

 飄々としてふざけてばかりに見える指揮官は、ひとたび身内と決めた者は全力で守ろうと力を尽くすことを。生き残ったうえで勝つ戦い方を日頃から人形たちに叩き込み、兵站は万全を期して、負け戦と見通した戦でさえ、最後にはオセロのようにひっくり返す。

 

 実は真面目で、このうえなく真摯な人物なのだ――ロロという女性は。

 それを理解しているから、スオミは、できる限り彼女(パートナー)を支えたいと思う。

 

 そもそも、ロロは事務仕事も異常なほど処理が速く、スオミの目からみて本当に副官なんてものが必要か、時々疑問に思うことさえある。自分の手元に来る仕事は、実はこなしやすいものが分けられているのではないかと思うほどに。実のところ、彼女が副官に求めているのは、考えを整理するための話し相手なのでは――最近はそう思うことが多い。

 

 とはいえ、補佐役らしい仕事がないわけでもない。

 

 時にロロはとんでもない考えを実行に移すときがあり、それを事前に気づいてやんわり釘を刺しておくことは、まさにそれだ。まあ、釘を刺したからと言って翻意するロロでもないのだが、少なくとも関係者に事前に知らせておくだけでもだいぶ違う。

 

 今回の件――面倒を見ているお隣、B122基地への支援もそのひとつ。

「あの……指揮官? B122への資材や人員の補充の件なんですが」

 

「あー、それね。やーっと本部の許可が下りたんだ。まったく、ほんのちょい遠出すれば一大補給拠点があるのに、稟議を通さないと右から左へ流すこともできないなんて、面倒だなあ。『書類を主敵として、〔鉄血〕はその後で対処せよ』かってハナシだよ。あー、もうやだやだ。人類社会はいつになったら事務仕事から解放されるのかねえ」

 

「えっと、遠大な未来図はどうでもいいんですが」

「……最近、ボケが甘いとさらっと流すよネ、スオミちゃん……」

 

「もう少しひねらないと。じゃなくて、要撃部隊の補充として選んだこの人形なんですけどっ」

 

 スオミに言われて、ロロは「ああ」と声をあげた。

 

「なかなかの凄腕でしょ? いまのB122の迎撃編成には欠けている要素だ。一撃必殺のダメージディーラー。67戦区の“ダブル・ペイバック”は語り草でね。〔鉄血〕のエリートタイプ二体の猛攻をうけてグリフィンの戦線が崩壊しそうだった時に、千メートル近い遠距離狙撃を連続二発で成功。敵の攻勢をたちどころに頓挫させた。コリン少年なら、結構面白い感じに使えるんじゃないかなあ」

 

「いえ、技量は問題ないと思うんです。ただ、その……素行が、ですね――」

「うん、トラブルガールだね! 腕は立つけど、行く基地で指揮官と“問題”を起こしている。それもまた密かな悪評ではあるんだけど、なお引く手あまたでね。いやー、閑職というかお遊びポジションとみられているB122へ引っ張ってくるのは苦心したよ!」

 

「そんな人形をあの子に押し付けるって、指揮官は何を考えているんですか」

 スオミの問いに、ロロはひょいと眉を持ち上げた。

 亜麻色の髪の少女をまじまじと見つめながら、訊ねる。

  

「腕は立つけど扱いが難しい戦術人形と、性格は素直でも腕前は“まあ?”って戦術人形――どっちが好ましいと思う?」

 

「性格はよくて戦いに長けた子がいいに決まっています」

「ノォン、いいとこ取りは無しだ。“どっちも”じゃなくて“どちらか”だよ」

 

「……腕前が立つ方、です」

 スオミは渋々認めながら、続けて反論することを忘れなかった。

「でも、あの少年に就けるなら、モラル重視で行くべきです!」

 

「心配ないと思うなあ、反抗的とか不服従とか、そっち方面じゃないし」

 

「あっち方面にインモラルだから心配なんです!」

「あっち、ってどっちサ」

 

 ロロがひょいとかぶせて訊くと、スオミは頬を染めて顔をうつむけた。

 少女が言葉に窮していると、ロロはあっけらかんと言ってみせた。

 

「だいじょうぶだよ。多少ゴタゴタするかもしれないけど、コリン少年には頼もしいお姉さん達がついているからね。あの人形を扱えるようなら、彼自身も人間的にいろいろと成長して、他の人形の扱いもやりやすくなるだろう」

 

「――その理屈、いま考えましたね?」

「ンンンッフ、さてそれはどうかな――あとスオミちゃん」

「なんですか?」

 

「一応言っておくけど、きみは“すごく腕前が立っている上に、妖精のように可愛いけれども、その実とてもとても難儀な子”カテゴリにばっちり入っているから――目をつりあげてご注進に及んでも説得力ないからネ?」

 

「な……わたしのどこが難儀なんですか!」

「いっぱいあるじゃん。昼の部から言おうか? それとも夜の部?」

 

「……休憩どきの紅茶、淹れてあげませんよ」

「えー、そんなあ。事実なのになァ」

 主の不満の声に、スオミが冷たい目を向け――しかし、くすりと笑みをこぼす。

 

 なんだかんだで、いつものじゃれあいなのである。

 


 

 同時刻、グリフィンB122基地、〔アグラロンド〕。

 

 副官を務めるスプリングフィールドもまた、多忙を極めていた。

  

 仕事量が多いわけではない。前任の指揮官エヴァンの殉職にともない、最前線担当のアルファラインから、支援や後方警備にあたるベータラインに鞍替えになったB122である。担当戦区は往時の二割未満にまで狭まり、抱えている戦術人形もかなり減った。その意味では処理すべき事務仕事は格段に少なくなっている。

 

 彼女が忙しい理由は「指揮官の不在」だった。

 

 いや、指揮官がいないわけではない。

 代行という形ではあるが、ちゃんと着任している。

 

 コリン・ハワーズ。前任の指揮官、エヴァン・ハワーズの甥っ子。

 褐色黒髪。まろいアーモンド形の瞳。点のような眉。

 愛らしい仔犬のような印象の顔立ちである。

 

 作戦能力に優れ――かつ、なかなかの器の持ち主

 ひいき目ではあるが、スプリングフィールドはそう評価し、認めている。

 

 問題があるとしたら、御年十歳の男の子だというところ。

 

 作戦指揮は抜群でも、基地の後方兵站や要員の育成訓練までは細かいところまで行き届かない。そもそもアカデミー相当の学歴は求められるところなのに、年端もいかない少年にロジスティックやマネジメントの専門知識を求めるのが間違いなのだ。

 

 スプリングフィールドの仕事は、コリンからふわっと伝えられた「思い」を整理して、具体的な選択肢やプランの形に仕上げ、再び彼に伝えることだ。そして、これは単なる副官の役割を超えて、リーダー的な目線や思考が必要になる。

 

 勢い、彼女の思考回路は、メモリから拾い上げて、“あの人”の言動から思考法をトレースせざるを得ない――エヴァンならどうしたか。エヴァンならどう考えるか。

 いいアイデアがひらめくと、思わず「エヴァン、こういうのはどうでしょう?」と言いそうになるが――指揮官卓には、彼女が愛した精悍な壮年男性の姿はとっくにいない。いま座っているのは、スクールから出た課題の通信講座をせっせとこなしている、愛らしい少年だ。

 

 眼差しにふとエヴァンの面影を見ないこともないが、決して彼その人ではない。

 

 事実を確認するたびに、乙女はため息をつくと、胸元に手を当てた。

 双丘の谷間に秘めるように収めた“それ”を確かめつつ、思い直す。

 いまは、この少年の手助けが自分の仕事なのだ。

 

 かつてのエヴァンの言葉を思い出す――「コリンはきっと大物になる」。

 まだあどけなさが抜けない少年は、たしかに可能性の片鱗を見せていた。

  

 スプリングフィールドは両頬をかるくはたくと、感情パラメータをリセットした。

 とりあえず目の前の問題に集中するのだ。そう、まさに問題である。

 

 なんだってL211の指南役は、こんな人形を補充要員に寄こしたのか。

 テンプレートで整理されたパーソナルデータや戦績の後に、付記事項としてダース単位でぶら下がった始末書。ざっと目を通した感じ、例外なく“共通点”があることに気づき、乙女は自分の眼がみるみる三角になっていくのを感じていた。

 

 危険だ――少なくともコリンには、〔崩壊液(コーラップス)〕並みの厄ネタとさえ言える。

  着任拒否をこっそり連絡しようかと思った矢先、

 

「――うーん、たまっていた講座、なんとか終わった! お待たせです、スプリングフィールドさん。指揮官のおしごと、始めましょうか」

 快活そのものに少年が声をあげる。

 

 目つきを険しくしていた乙女は、瞬時に微笑んでみせた。

「おつかれさまです。コーヒー淹れてきますね」

 スプリングフィールドは、ぱたぱたと足音を立てて給湯室へ向かった。

 

 少年が飲みやすいように、コーヒーは薄く、砂糖は多めで。

 さて――マグカップを持って行ったら、おそらくあの人形の話題になるだろう。

 

 何を言うべきか、束の間考え、認識領域に言葉を刻み付ける。

(ファイトよ、スプリングフィールド……こればかりは気をしっかりもたないと)

 

 自分に言い聞かせながら、マグカップを指揮官卓へ運び、少年の前に差し出す。

 

「ありがとう――そういえば今日の午後でしたね。補充の要員が来るのって」

「ええ……コリン指揮官は、もう彼女のデータはご覧になりましたか?」

「あ、はは――ごめんなさい、通信講座をこなすのでいっぱいで、これから」

 

 そう言って、少年が自分の端末にデータを映し出す。

 表示された、くだんの人形の画像を見て――少年が思わず息を呑む。

 

「なんか……すごい美人さんですね――あと、その……」

 ちら、と目線を下の方に向けながら、コリンは感嘆した。

「……なんていうか、すごくおっきい……」

 

 すかさず、スプリングフィールドの咳払いが部屋に響く。

「コリン? あのね……」

 

「わあ! ち、ちがいます! 変な意味じゃないです!」

 たちまち少年は顔を真っ赤にして弁明した。

「み、見たままの感想を言っただけで、なにか別に――」

 

 言いながらもコリンの目線は自然と副官の顔ではなく、その胸元へ向いてしまう。スプリングフィールドは嫣然と微笑んだ。だが、目つきだけは冷ややかだった。

 

「あのね……男の子、というより、殿方ですから、女性の体つきに注意がいってしまうのは理解できますよ? でも無遠慮に見つめたり、どこの何が大きい小さいで比べたりしないことです。女性はそういうの、全部分かっているんですからね」

 

「ああああ、あの! 比べるとか、そういうつもりじゃなくて!」

「じゃあ、どうしてわたしの胸に視線が釘付けなんですか?」

 

「え、えっと、えっと。スプリングフィールドさんぐらいの方が形が綺麗だと思います、というか、そんなにおっきいのはあまり好きじゃないというか、えっと、えっと……」

 

 いっぱいいっぱいになって話す少年に、乙女はため息をついた。

「――コリン。そういうのを『墓穴を掘る』って言うんですよ」

 指摘しながらスプリングフィールドはひそかに思った。

 

 これは、事前にちょっと“練習”がいるかもしれない。

 


 

 基地の表玄関は、通称〔城門〕と呼ばれる。

 

 外に面した部分は広めの駐機場になっており、ヘリや車両が停車する。

 基地にはこれ以外にも出入口がないでもないのだが、防御隔壁と洗浄装置を備え付けたここは、汚染された屋外とアクセスする上で一番適切な出入り口に他ならない。

 戦術人形にとっては平気な環境でも、人間にとってそうとは限らないのだ。

 

 そして、〔城門〕の内側は比較的広いスペースとなっている。

 今回のように物資を運びこんでくる際には、荷揚げ場となるためだ。

 

 いま、その場所には四人の人影があった。

 指揮官代行のコリン、副官のスプリングフィールド。

 それになぜか駆り出されてきたVectorとAA-12である。

 

「――なんでわざわざ呼び出しなのかしら」

 Vectorが相変わらずの仏頂面でつぶやくと、AA-12はかぶりを振った。

「さあ、物資運びの手伝いかもしれないし、新入りの歓迎かもしれないし」

 

「新入りって、なに」

「君、ほんとにそのへんって関心ないのな――補充の戦闘要員が来るんだぞ」

 

 AA-12の答えを聞いて「ふうん」と答えたVectorはコリンの様子を見ていた。

 やや緊張した面持ち。スプリングフィールドを見て、こくりとうなずき――次いで、こちらに目をやってまたうなずき、きゅっと拳を握っている。

 

 その仕草にVectorは怪訝そうに眉をひそめた――何かのおまじない?

 

 ややあって、〔城門〕の外で大きな音が響いた。グリフィンの装甲輸送車が横付けしてきたのだ。隔壁が展開していき、洗浄装置が動いていることを示す青いランプが明滅している。ほどなく、パレットを兼ねた自走ドローンが滑り込んできた。コンテナを縦積みに保持したドローンは、動く柱のように見える。こちら側の指定通りに、スペースの一角にたちどころに集合して、みるみるうちに補給物資の山が出来上がっていく。

 

 そして、コンテナが城門から滑り込むのが止むと同時に――

 

 足音が聞こえてきた。ゆっくりと、自分の歩みを刻み付けるかのように。

 洗浄装置の白い煙をまとって“彼女”が姿を現す。

 

 背はかなり高い。人間の成人男性といい勝負ができるほどだ。

 ところどころで結わえた長い黒髪が、白皙の肌によく映えている。物憂げそうな目元、瞳の色は艶やかな黒真珠を連想させる。携えた巨大な鞄は彼女の武装が入っているのだろう。長大なそれはライフル型――それも対物狙撃ライフルのたぐいだ。

 

 だが、なにより目を引くのはそのグラマラスな肢体だった。胸の双丘ははちきれんばかりに豊かで、歩みを進めるたびに大儀そうに揺れる。腰はきゅっとくびれながらも、ゆるやかな曲線を描いて、やはり豊かな下半身へとつながっている。脚は長く、さりとて裾の短いスカートから見えるふとももはむっちりした印象だ。

 

 その人形は――四人を認めると、艶やかに笑んだ。

 VectorとAA-12はその笑みを見て――瞬間、感情パラメータが乱れた。

 警戒、というか、いやな予感がしたのだ。

 

 体つき、顔つき、その眼差し、その所作。

 すべてが〔色気(チャーム)〕と称されるものに集約しているかのようだ。

 

 乙女達は思わずコリンを見た――少年は、一見したところ平静だった。

 

 しっかりと来訪者の顔を見つめて、やや硬い声ながら挨拶をした。

「お待ちしていました――B122基地の指揮代行、コリン・ハワーズです」

 

 黒髪美女は、すぐには挨拶を返さなかった。瞳を揺らしながら、興味深そうに――あるいは探るように、“おすわり”をした仔犬のような少年を見つめていた。

 

 スプリングフィールドが、聞えよがしに咳払いをしてみせる。

「こっほん――指揮官の前ですよ。認識コールとご挨拶を」

 

 促されて、また美女が笑んでみせる。苦笑いでさえ、艶めかしさが失せない。

「本日、B122に着任いたしましたわ――DSR-50よ……ふふふっ」

 

 あでやかな唇をほころばせて発せられた声が、一瞬、薄紅の彩りをまとった。普通に声を発しているだけなのに、かすかにくすぐるような、ささやくような声音。

 

 思わずVectorとAA-12は顔を見合わせた――これは、ヤバイものが来たのでは。

 

 コリンの声は、まだしっかりしている。

 その目線は美女の顔を――いや、正確にはあごあたりに固定していた。

 かなり苦労して、目と目を合わせないようにしている。

 

「ようこそ、B122へ。ぼくをはじめ、基地の一同、みな歓迎します」

 

 少年の言葉に――黒髪美女はすっと目を細めた。

 そして、さりげないふうに髪をかきあげた。ただそれだけの仕草なのに、豊かな胸がこぼれんばかりに揺れる。そして、美女は黙ってコリンに歩み寄ると、すっと腰を落とした――身をかがめ、少年の顔をまじまじと見つめる。

 

 少年がかすかに頬を染め、あごに視線を固定しようとする。

 しかし、いまの彼女の体勢では、その豊かな胸が視界に入ってしまう。

 

 思わずコリンが軽く唾をのみ込んだ矢先――美女は愉しそうに声をあげた。

「あらあら、歓迎という割に……かわいらしいボスは、ちゃんと顔をみてくださらないのね――それなら、私の方から自主的に歓迎返ししてあげるわ」

 

 言うや否や、彼女の長い手がするっと伸びた。

 

 スプリングフィールドが思わず制止の声をあげるが、間に合わない。

 

 次の瞬間――

 コリンの華奢な身体は、DSR-50の豊かな肢体に抱きすくめられていた。

 

 ただの親愛のハグでない。少年の顔は彼女の胸の双丘にしっかりうずめられていた。おそらくは未体験の感触を顔全体で受け止めているだろう少年は、かすかに手足をばたつかせた。だが、美女がその腕に軽く力を込めると、まるで取り込まれるかのように、さらに胸の谷間へと吸い込まれ、ほどなく手足がだらんと伸びた。

 

「――DSR-50! すぐに指揮官を解放しなさい!」

 スプリングフィールドが目つきを険しくして叫ぶ。

 

 その様子を見て、黒髪美女が妖しく嗤う。

「あらあ、別に変なことはしていないわよ? ちょっとわたしなりにキュートなボスへの好意を示してあげただけ――」

 

「――コリン指揮官はまだ十歳です! そこを考えてください!」

「十歳でもなんでも、指揮官である以上は、わたし達のボスでしょうに」

 

「いいから離れて!」

 スプリングフィールドがこれ見よがしに提げていた銃を肩から下ろす。

 次のモーションですぐに構えられる体勢だ。

  

 それを見て、DSR-50はふっと口の端を持ち上げ――腕を緩めた。

 

 柔肌の拘束具が解け、少年が「きゅううう」とうめきながら崩れる。

 ぱたんと床に倒れ、その顔は褐色の肌でもわかるぐらい真っ赤だった。

 

「コリン!」

 スプリングフィールドが駆け寄り、それに応じてDSR-50が数歩下がる。

 

 副官が頬を手ではたいても、少年はうめき声を洩らしたまま。

 さながら壊れてしまった警告ブザーのようだった。

 

「二人とも! コリンを医務室へ運んでください!」

 スプリングフィールドが硬い声で指示を出す。

 

 二人の乙女は顔を見合わせると、すぐにコリンのもとへ駆け寄った。

 AA-12が身体を抱き起してやり、Vectorが彼を背負う。

 

 とてもしがみつく力のない少年のために、AA-12が背中を支える。二人がかりでそろそろと運び出そうとする――のびてしまった憐れな仔犬を背負った乙女が、わずかに振り返って訊ねた。

 「スプリングフィールドは?」

 

 問われた副官は、きりと締まった表情で黒髪美女をにらんだまま、

「わたしは、彼女に話があります。ええ、いろいろありますとも」

 

 たおやかな声の奥にマグマの鳴動が聞こえるかのような声。

 Vectorはふうと息をつき、そそくさと少年を修羅場予定地から避難させた。

 


 

「坊やの様子どうだい?」

 食堂からなんやかんやと差し入れを持ち帰ってきたAA-12が声をかける。

 

 彼女が調達に行っている間、医務室で“看病”していたVectorは淡々と答えた。

 

「ひとまずは落ち着いたわ。おぶっている時は心臓がバクバク鳴っているのが伝わってきたけど、いまはバイタルも安定しているみたい――まあ、特段ひどいことをされたわけじゃないから、心配ないと思うけど」

 銀髪金瞳の乙女の所見に、目の隈美人は立てた手を横に振ってみせた。

 

「いやいやいや、あれはだいぶアウトだぞ。色気の暴力だ。バイオレンスだ」

「……そうかも。わたしも、なぜか認識領域が警戒モードに入りかけた」

 

「だろう? おまけに、DSR-50の中でも札付きのヤツが来ちゃっているしな」

 

「有名な個体?」

「悪名轟くって感じだぞ」

 

 飲み物食べ物をとりあえずテーブルに置くと、手近な椅子にAA-12は腰かけた。

「食堂から出る時にスプリングフィールドに会って聞いたんだけど……ああ、一応は厳重注意で留めたらしい。次やったら副官権限で指揮官への侮辱行為とみなすって。ただ、あんなに疲れた顔の副官殿を見たのは久しぶりだわ」

「それで? 何を聞いたのよ」

 

「ああ――もともとDSR-50型のライフルにリンケージする人形って、民生用では割と高級仕様というかお金持ち御用達というか、普通の用途じゃないっていうか……分かる?」

「あまり愉快じゃないけど、だいたいは」

 

「うん、だから、この型の戦術人形は色気をムンムンまき散らしているのが多いんだ。だけどまあ、“普通のDSR-50”なら、ちょっと悪い虫が来た程度なんだけど。あの女に限ってはいろいろスペシャルなんだよ。わたしも教えてもらって、あッと思ったんだけどさ――ねえ、“黒薔薇ドロシー”って聞いたことないか?」

 

 問われてVectorはメモリをサーチした。

 必要最低限しか残さないはずのメモリだが、驚くことに聞き覚えがあった。

 

「撃破数トップクラスの狙撃手だっけ――〔鉄血〕のエリートタイプとグリフィン指揮官の両方とか、よくわかんないカウント方法だったように憶えているけど」

 

「正解。そしてよくわかないことはない。単独でのエリートハントでは、グリフィンに名が知られた凄腕。そして、配属された基地の指揮官は、“もれなく食べられる”」

 

「――食べられる?」

「同じベッドでしっぽり朝を迎える仲になるってこと。いや、実際はもっとドロドロしているんだったけかな。当の指揮官にその気があってなくても、指揮官に誓約した相手がいてもいなくても、無理やりにいただいてしまうんだと……あの、色気盛りすぎ美女」

 

 AA-12が懐からキャンディを取り出す。

 青白い包み。敢えてハッカ味を選んで、口に放り込む。

 

「指揮官が夢中になって溺れて、周辺の人間関係というか人形関係をぐちゃぐちゃにしてから、急に『飽きたわ』とか言って一方的に振って、別の基地へ転属してしまう。残された指揮官はそりゃあショック受けるわ、もともとの仲の良い人形との関係が破局しかけているわで、だいたいエグいことになるらしい。大半がそのまま責任を問われて本部からクビになる」

 

「……悪女ね」

「まさしく。ただ、狙撃の腕前は誰のケチも付けられない。和を乱してまで招き入れて、戦果がほしいかどうか――なんというか悪魔の契約じみていると思う」

 

 そこまで聞いて、Vectorは目をぱちくりとさせた。

「なに、それじゃコリン坊やがそんなアブナイ女を招いたの?」

 

「いや、たぶんそれはない。そんなことするなら、スプリングフィールドが断固反対しているし、そもそも坊やにそんな度胸はない……とすると、指南役じゃないかな」

「お隣のL211基地のローズ指揮官?」

 

「そう、あの“カサンドラ”ロロ。相当の癖者だってことは、前からお馴染みだっただろ? お隣との共同作戦だっていうと、決まってエヴァン指揮官の顔色が悪くなっていたんだから」

 そこまで言って、AA-12の口内でぱきっという音がした。飴をかみ砕いたのだ。

 

「おおかた、『子供には手を出さないだろう』とか思っていたんじゃない。とんでもない見当違いだ。あの様子だとコリンが年端のいかない坊やだからって遠慮とかしないぞ」

 

「それなんだけど……」

Vectorは微かに眉をひそめて、言った。

「もし、この仔犬くんが“それ”を望んだら、どうなるのよ?」

 

「バッ……望むとか望まないとかじゃなくて、ダメだろ。君、日ごろから子供だから倫理コードがどうとか言ってるじゃないか。こんなお子様があんなエロオンナとオトナの関係になるとか、倫理違反どころか、たぶん犯罪になるぞ」

 

「そうね……そう、よね」

 Vectorは眉をひそめたまま、ふと自分の首筋に手を当てた。

 我ながら妙なことを、どうして気にしてしまったのだろうか。

 

 そう不思議に思った矢先だった。

 

「――ん、ああ……こ、ここは?」

 少しぼんやりした声をあげながら、コリンが目を開けた。

 

 オニキスの瞳は、少しくすんだかのようにぽやんとしている。

 

「ああ、目を覚ましたか――とりあえず医務室だ。もう熱っぽくないか? 何か飲むか? 簡単なフライドポテトとフライドチキンならあるぞ。それとも飴なめるか?」

「そんな矢継ぎ早に訊いても混乱するだけよ」

 

 Vectorがたしなめると、コリンのおでこにそっと手を当てた。

「うん……熱はないみたい。いつもの、恥ずかしビックリね」

 

「ははは――なんですか、その呼び方」

 少年は力なく笑いながら、身体を起こそうとして――

 だが、ほう、とため息をつくと、またどさりとベッドに仰向けになった。

 

「お、おい、大丈夫か、コリン」

「ちょっと、くらっと来て――ああ、なんだか鼻の奥にまだ匂いが残っている」

 AA-12の呼びかけに、少年はどこか曖昧な口調で答えた。

 

 Vectorが怪訝な顔をしながら訊き返した。

「匂い? 胸の感触じゃなくて?」

 

「……た、たしかにふかふかなうえにすごい重みだったんですけど――」

「ちゃんと感じ取っているじゃない」

 

「そ、それよりも! くるまれたときの匂いがすごく甘かったんですよ。香水とかだと思うんですけど……なんというか、前にエヴァン伯父さんがコニャック飲んでた時に、興味半分で香りをかいだことがあって。その時みたいな感じなんです。良い香りなんだけど、どこか刺す感じで、頭がぽやーんとなって……」

 

 少年の言葉に、AA-12がため息をつきながら言った。

「あのな、コリン。それ香りとか匂いとかじゃなくて、アルコール。単なる酒精ってやつだぞ。匂いに揮発したアルコールが混じった、単なるほろ酔い」

 

「でも……そんな感じだったんですよ」

「それで? 胸の感触と良い香りで気持ちよく酔っぱらったわけ?」

「……Vector? 君、なんか妙にこだわってないか?」

「……気のせいよ」

 

「と、とにかくです!」

 コリンは再び身体を起こした。

 今度はふらつくことなく、きりと顔を引き締めて毅然と宣言する。

 

「どんな戦術人形だって、ちゃんと使いこなしてこその指揮官です。スプリングフィールドさんに心配かけないように、頑張ります!」

 

 軽く拳を握って気合を入れる少年に、AA-12がぽんぽんと拍手した。

「まあ、怖気づいているよりは前向きでいいぞ。ほら、わたしからのおごりだからさ、ポテトとチキン食べちゃいな。ジュースもいろいろあるぞ」

 

「いただきます!」

 威勢よくうなずくコリン。

 

 そんな少年の横顔を、銀髪金瞳の乙女がじっと見つめて、言った。

「ねえ、コリン。ひとつ、訊いていいかしら」

 

「はい、なんでしょう? あのお姉さんを組み込んだ作戦案ですか?」

 ことさら明るく答えてみせる彼に――乙女はぼそっと爆弾をつぶやいた。

 

「おっぱいが、いっぱい」

 

 言われた途端に少年が目を丸くした。

 乙女の目の前で見る見るうちに顔を赤くし――

 

 そうこうしているうちに、鼻からたらりと血を流した。

 

「あーッ!? コリン、しっかりしろ!」

 

「……きゅう」

 

「Vector! き、君ねえ、立ち直った子をまた突き倒して何やってるんだ!」

「本当に平気か試してあげたのよ。やっぱりダメみたいね」

「バッ、バカぁ! 考えれば分かるだろ!?」

 

 再び伸びてしまった少年と、おたおたする友人を見ながら――

 乙女は、はあとため息をついた。

 

 なぜかは、なんとも見当がつかないのだが。

 なんとなく、何かが気に食わなかったのだ。

 


 

 AA-12は懐からハッカ飴を取り出すと口内に放り込んだ。

 

 本来はフルーティな味をいろいろ食べ比べるのが好きなのだが――

「こうも“胃”と頭が痛いと、まあ吐いてしまうかもしれないからなあ……」

 ひんやりとした味わいを舌で転がしながら、彼女はひとりごちた。

 

 コリン発案の茶番劇で戦えるようにはなったが、どうにもストレス源が多い。

 立ち直ったように見えて、今日みたいに戦場に出ると不快感はぬぐえなかった。

 

 ましてやAA-12は要撃部隊の隊長を任されている。

 その隊員に良くも悪くも個性的なメンバーが集まっていれば、なおさらだ。

 

『こちら〔アグラロンド〕、状況を伝えられたし』

 通信回線から、少しあどけない少年の声――コリンだ。

 

「こちら〔ナイト〕。指定通りさっき野戦バギーから降りて、警戒態勢で“事故現場”に向かっている。Vectorは先行して偵察へ。新顔のあいつは……」

 

[ふふっ、こちらDSR-50。どことは言わないけれど配置についたわ。問題の運搬トレーラーが転がっている場所から周囲三百メートルはカバーできるわよ]

 

「――だ、そうだ」

 AA-12は肩をすくめて言葉を付け加えると、訊いた。

「なあ、現場までバギーで乗りつけたほうがよかったんじゃないか? 救援任務や事故確認ならその方が速い……」

 

『いえ、単なる事故とはちょっと思えないんです。グリフィンの運搬トレーラーは結構頑丈ですし』

「道路の窪みにはまって、ひっくり返った可能性は?」

 

『Vectorさんには、出撃のたびにルート上の確認をお願いしています。五日前のデータですが、その時の目視ではハイウェイに目立った損傷はありませんでした……とにかく、気を付けて』

 

 コリンの説明に、AA-12はうなりながら飴を歯に当ててごろごろ転がした。

 

 どうにも嫌な予感がする。

 メモリに蓄積した戦闘経験が、そう告げているのだ。

 

「ひとまず警戒態勢のまま、現場に近づくぞ――トレーラーが見えたら待機。先行して周辺を調べているVectorから報告を聞いて考えよう」

 振り返りながら指示すると、赤ベレーの後衛二人が「イエスマム」と声をあげた。

 

 隊長としてAA-12が直接率いるのはこの二人だけだ。VectorもDSR-50もそれぞれのポジションで単独行動させる方が、よりチームの強さを発揮できる。

 

 それが、コリンの考えたチーム運用だ。

 

 AA-12としては、異存はない。むしろますますエヴァン指揮官の生前の采配に似てきた感じがあって嬉しくさえある。ただ、昔は後衛のメンバーも腕利きで背中を任せられる頼もしい連中だったのだが、いまの赤ベレー二人はようやく殻が取れたひよこなのが現状だ。

 

(なんとか守ってやらないとなあ……)

 

 飴を舐めながら、目の隈美人は内心でため息をついた。

 どうも気負いすぎているのかもしれない。

 

 そんなふうに思考回路の奥でぼやきながら足を進めること、しばらく――

 

 ゆるやかな上り坂のてっぺんに、道をふさぐように見事に横転したトレーラーが見えてきた。

 軍が世代交代させた輸送車の中古をグリフィンが買い取ったものだ。第三次世界大戦を生き残った型なので、装甲を施した外装はいささかくたびれているが、足回りはしっかり整備しなおしてある触れ込み。戦術人形たちが護衛や運転を請け負うこともあるが、ドローンが制御して動かしている無人車も多い。これもそのひとつだ。

 

戦術人形( オンナノコ)連中が乗り込んでなかったのは不幸中の幸いか……」

 

 AA-12は目を凝らした。視覚センサが望遠に切り替わり、ある程度はトレーラーの現状が見える――足回りが吹き飛び、外装には大きな弾痕がいくつも空いている。

 

 そして、倒れたトレーラーの影に隠れるように、銀髪の乙女がすわりこんでいるのが目に留まった。すぐに無線通信を入れようとして――

 

 だが、Vectorがハンドシグナルを送ってきた。曰く、“危険。要秘匿回線”。

 

 AA-12の口内でぼりっと異音がした。飴を噛み割ったのだ。

 そのままうなりながら咀嚼すると、通信機のレーザー回線を開いた。

 即座に、相手側からの通信が入ってくる。

 

【手前で足を止める慎重さが、あなたにあってよかった】

(言ってろ……マズい状況か? 損傷とかあるのか?)

 

【調べてる最中に、三つほど重なって攻撃照準のレーダーを浴びたわ。すぐにプローブ放り投げて影に隠れたけど、あたしがここから出るか、あなた達が来るかしたら、途端にあいつら襲いかかってくると思う】

 

(ああ、くそっ、〔鉄血〕の待ち伏せか――数は? 多いのか?)

【プローブの映像を転送する。それ見た方が早い】

 

 相変わらずそっけない言葉と共に、圧縮データが送られてくる。

 受け取ったデータを、AA-12は自分の認識領域に展開した。Vectorはちょうど真逆の位置、道路をふさぐように横転したトレーラーの向こう側の映像だ。ゆるやかな下り坂に変わったハイウェイは、一見なにも異状はないように見える。だが――

  

 道路の右に二つ、左に一つ。何かの残骸らしきものが見える。錆が浮いたような灰色の塊は地面に埋まっているようだった。ぱっと見た目には大戦時に破壊されて打ち捨てられた兵器に見える。だが、その割にはその残骸の周りの土の色が妙だった。

 

(おい、これ……なにか潜ってやがるのか?)

【ご名答。前に見た時はそんな残骸なかった。そうやって見ると、変色した土の大きさとか、潜り切れていない機体の形状に見覚えがあるでしょう】

 

 Vectorの言葉が示す意味に、AA-12は思わず歯噛みしてうなった。

 即座に基地に通信を送る――緊急警告を示すのは“レッドアラート”だが、いまこの場で使ったのは、致命的な状況を知らせる“ブラックダウン”である。

 

 ――アンブッシュ。推定、マンティコア三体。敵性潜伏中。

 ――要員一名が敵性に被捕捉。撤退を推奨。

 


 

 通信を送ったあと、少し間をおいて、基地からの通信が入る。

『……状況は分かりました。撤退して、全員が助かる可能性は?』

 

「普通なら五パーセント。わたしが囮になっても十パーセントいかない。Vectorを見捨てた場合でも十五パーセント届くかどうか。かなり、マズい」

『……すみません、バギーで乗りつけていれば、もっと素早く――』

 

「――ああ、逆だよ、コリン。二本の脚で走れる状態だから、何とか数字が出ている。君の判断は正しい。迂闊に乗りつけていたら、たぶんバギーごと火ダルマになって、助かる可能性とか出てこないぞ」

 

 通信回線の向こうで、コリンがうなる声がした。

『データは見ましたけど、マンティコアはそんなに手強い相手ですか……』

 

「例えるならマンモスとかティラノサウルスのたぐいだからな――そもそも、軍用に作られた歩行戦車だぞ? 四本足で歩くからって、歩兵が戦車に立ち向かっちゃいけない」

 

 AA-12はそこまで言うと、苦笑まじりの声で続けた。

「ただ、うちの基地が万全なら、狩れる相手“だった”。駆けつけ組が状況を監視している間に、対装甲用の部隊を急派してくれれば、逆にマンモスハントを展開できる。ただ、いまのB122はここにいる連中が現状で最高のカードだからな」

 

 そう言って、彼女は思わず目を閉じた。

 エヴァン指揮官の下で共に戦い、そして指揮官の死と共に基地を去っていた友人達が思い出される。三人、いや二人でもいい。残ってさえいてくれれば――

 

 ひそかにそう嘆いた矢先だった。

 

[あらあ、心外。対装甲の戦力なら、ここにちゃあんといるでしょう?]

 くすぐるような、嗤いまじりの声。

 

 事態の深刻さをまるで意に介さない口調に、たまらずAA-12は噛みついた。

「おい、どんだけ自信があるかわからないけれど、歩行戦車をみっつも仕留めるとか無理だろ。君の得物は確かに対物ライフルかもしれないけど、そもそも届くか――」

 

[んふふ、マンティコアなんて大味すぎるぐらいよ。まあ、潜っているのをあぶりだす必要はあるかもだけど、それはかくれんぼしている子にお願いできそうだし]

 

「……おい、 Vectorを囮にするっていうのか?」

[あらあ、このままじゃみんな仲良くスクラップよ? だいぶマシだと思うわ]

「だからって……」

 

 なおも反論するAA-12に、DSR-50が笑みを引っ込めて冷たい声で言った。

[勘違いしないでくださる、隊長さん? これは指揮官が判断すべきよ]

 言い放たれて、目の隈美人はぐっと言葉に詰まった。

 

 数秒ほどの間を置いて、コリンの静かな声が回線に流れた。

『マンティコアの始末、お願いできますか?』

 

 緊張と焦燥がないまぜになった、少年の指示。

 その言葉に、いずこかに潜む黒髪美女はあでやかな声で応えた。

 

[イエス、コマンド――ふふふっ、お姉さんにまかせておきなさい」

 


 

 スコープの視界は、狭く、それでいて深い。

 

 伏射の体勢のまま、DSR-50はその視界から現場の様子を窺っていた。

 送られた画像からマンティコアが潜んでいるポイントを確認する。

 

(……間違いないわ。17戦区で目撃された隠蔽型よね)

 

 自身のメモリと突き合わせて、彼女はすっと目を細めた。

 通常のマンティコアと異なり、潜地機能を持つタイプは武装が少し弱い代わりに足回りが強靭に作られている。〔鉄血〕の歩行戦車への対処セオリーは脚を折って擱座させることだが、この型についてはそれが通用しない。

 

 もっとも彼女は、“脚を折って転ばせる”などという地味な仕留め方など毛頭考えていない。ライフルの装弾数は三発。お茶を濁すつもりはなかった。

 

(さて、あの元気な子は――あら、思い切ったわね)

 

 スコープの中で銀髪の乙女が軽やかにトレーラーを跳び越える。

 そのまま、いささかも勢いを減じずに駆けていき、敵が潜んでいるとおぼしき場所に焼夷手榴弾を次々投げ込む。おまけに駆け去り際に短機関銃まで鳴らしている。

 

 赤い光が次々広がり、束の間の焦熱地獄と化した大地を割って、つぎつぎと四本足の巨大な甲殻類を思わせる歩行戦車が姿を現す。通常のものより装備している機関砲は短く、代わりに脚部がひとまわりは太い。

 

 初めて見る者には、その迅速な展開速度に驚いただろう。

 だが、DSR-50にとっては違った。

 

(相変わらず、呑気に出てくるものね)

 

 ひそかに嘲ると、スコープに捉えた一体目を狙って引き金を絞る。

 

 仰々しい発砲音と共に、五十口径の弾が放たれる。

 音速をはるかに凌駕するスピードで飛来した一撃。

 それがマンティコアの制御ユニットをやすやすと貫いた。

 狙った一体目がどうと擱座してたちまち残骸と化す。

 

 攻撃を受けたことに気づいた他の二体が回避行動をとり始める。

 だが、それも黒髪の狙撃手にはお見通しだった。

 

(あらら、一番つまらない動きをすること)

 

 スコープの視界には、すでに二体目を捉えている。

 視界を一点に収縮させるかのように、引き金を絞る。

 さながら鋼の稲妻であろうか――またしても歩行戦車が崩れ落ちる。

 

(さあ、あとは……あらまあ、元気ねえ)

 

 残った三体目が機体をかがめさせ、脚を震わせている――跳躍の体勢だ。

 

 はじかれたように、DSR-50は身を動かした。

 左の腕を軸に躯体をよじりながら起こす。右手でライフルを引き寄せ、一連の円運動を軽業のように済ませた彼女は、脚を開きながら前方に投げ出し、起こした上半身と腕で長大な対物ライフルを支えていた。

 

 重量と反動を考えれば、およそ非常識な体勢。

 並みの人間であれば、銃を支えきれず、撃てても狙いが定まらない。

 だが――戦術人形はリミッターを解除すれば、人間以上の膂力が出せる。

 

 そして、彼女の恵まれた体格と豊かな肉づきが示す人工筋肉の体積量は、対物ライフルにとって最適な銃座となることができた。

 

 ほんの三秒程度の間隙。

 

 だが、彼女は狙いを迷うことはなかった。

 跳躍前の歩行戦車の脚部の様子、周辺のオブジェクト。

 そこから予測演算をすでに導き出している。

 

 スコープの視界に、飛び跳ねた後のマンティコアを捉えた。

 トレーラーを飛び越え、退避していたVectorの前で機関砲の鎌首をもたげている。

 

 黒髪の狙撃手は、口元をふわりとつりあげて嗤うと、引き金を絞った。

 

 銃弾を撃ち放ってすぐに、彼女は通信を開いた。

「状況終了よ……はい、皆さん、おつかれさま」

 

 あでやかな声がそう宣言した直後――

 

 三たび目の銃弾が、あやまたず歩行戦車を貫いていた。

 

 遠く、かすかに、獲物が地に伏す音が聞こえてくる。

 断末魔を耳で捉えた美女は、満足げに軽く舌なめずりした。

 


 

「とりあえず……よくやってくださいました。流石です」

 不承不承ながら、そう声をかけたのはスプリングフィールド。

 

「まあ……口だけじゃないのは確かだ。そこは認める……ありがとう」

 どうにも複雑な表情で、しかし軽く頭を下げたのはAA-12。

 

「助かったわ。たいした腕前ね、見直したわ」

 そっけない顔と声ながら、称賛してみせたのはVector。そして――

 

「すごかったです! あんな早業、〔ウォー・チェス〕なんかじゃ絶対に見れません! 一人の強さが状況をひっくり返すってこと、本当にあるんですね!」

 興奮気味に、拳をにぎって熱く語るのはコリンだ。

 

 乙女三人と少年一人と相対して――DSR-50は苦笑いを浮かべた。

「ほめてくださっているけれど……なにかしら、その鉄壁の防御陣形は?」

 

 基地に帰投した一行を、コリンは笑顔で駆け寄ってきた。

 DSR-50がにんまり笑んで応えようとした矢先――

 

 おもむろに二人を遮るように、乙女達三人が壁になって横に並んだのだ。

 

「あなたは前科がありますから、万一のためです」

「わるいな。あまり気分よくないかもだけど……副官指示だ」

「色魔除けよ。教育上よくないことが起こりそうだから」

 

 乙女三人が口々に言うのを、その後ろでコリンが声をあげる。

「み、皆さん、ちょっと失礼ですよ……一番の功労者じゃないですか」

 

 少年が言った途端に、保護者役三人が振り向いてじろと見つめる。

「これは大人の事情です。コリンは少し黙っていて下さい」

「そうだぞ。この前ぶっ倒れたのをもう忘れたのか?」

「あとはかたづけておくから、あなたは指揮官室に戻って」

 

 三者三様でにべもなく言われ――少年は思わず口をとがらせた。

 だが、信頼するお姉さん達から念を押されてもどうにもならない。

  

「……わかりました」

 

 不承不承うなずくと、ぺこりと頭を下げてみせる。 

 気のせいか――ほんの一瞬、DSR-50がちらとこちらを見た気がした。

 


 

 待機所から出たコリンは、とぼとぼ歩きながら、軽くぼやいた。

「腕は確かだから、ちゃんと評価してあげないと、って思うけど……」

 

 たぶんまたハグされるぐらいだから、構わないではないか。

 それでまた自分が倒れるなら、それは自分がふがいないだけなのだ。

 

 少年がそう思いながら、ぷうと頬をふくらませていると――

 懐の携帯端末が軽やかなチャイム音を鳴らした。

 

『やさしい指揮官さん、ねぎらってくれてありがとう。

 今後の部隊運用で少し意見があるの。じっくり話ができないかしら。

 あの人達がまざると、反対されそうだから、一人でいらしてね。

 待ち合わせについては――』

 

 あとは、時間と場所の指定のみ。差出人は書かれていない。

 

 だが、おそらくは先の戦いの功労者――DSR-50だと思われた。

 どうしようか、と思って、一瞬、副官の警告を思い出す。

 

 けれど、少年は点のような眉を寄せると、きりと表情を締めた。

 

 やはり、皆の対応は納得いかない。

 秀でた何かを正当に評価されない悔しさは、少年もスクールで知っていた。

 

 ならば、それをちゃんと認めることが指揮官の任ではないか。

 決心すると、彼はフンと鼻を鳴らして、再び歩き出した。

 

 

 コリン・ハワーズ、御年十歳。

 

 

 オトナの世界をまだまだ知らない、やはりお子様であった。

 

 

(後編へ続く)




後編は明日夜に更新予定です!

新入りの戦闘要員であるDSR-50。
彼女の働きで要撃部隊は危地を脱した。

なんとかお礼を言いたいコリンは、誘われるままに
黒髪美女の部屋を訪れるが……

どうなる、コリン君の貞操! どうする、お姉さん達!
そして本当に怖い人ははたして――お楽しみに!
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