仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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少年指揮官コリンの補佐役、スプリングフィールド。
前任の指揮官エヴァンを想い続ける彼女だが、
コリンはその人の甥というだけでなく、何か複雑な事情があるようで

……少年の知らない血族の因縁が、平和な日常に影を差す!?


【作者より】
第5話、二部構成のボリュームでお届けします。
今週は第一部を前後編で更新です。

いよいよスプリングフィールドさんにフォーカスです。
コリンにとっては優しい頼れるお姉さん、
そして敬愛する伯父の愛した女性。
憧れの対象ではありますが……?


ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.1 -前編-

 眠りの海でたゆたうわたしを、彼のすすり泣きが呼び戻した。

 

 聴覚センサで捉えた音声が認識領域に展開される。デフラグモードに入っていた思考パルスがフェーズを変えて回路を駆け巡る。メモリから過去の状況を検索しつつ、わたしはまぶたを開いた――視覚センサが、隣で寝ていたはずの彼を感知する。

  

 顔を両手で覆い、声を抑えて彼は泣いていた。覆った手の隙間から見える彼の唇は苦悶に歪み、指の間から涙がいくつもの滝となってこぼれている。

 

 わたしは、ふうと息をつくと――彼の褐色の身体をそっと抱きすくめた。

 睦み合いの後にお互いに寝てしまったから、彼もわたしも一糸まとわぬ姿。

 だから、彼を抱きしめると、その肌にじわと汗が浮いているのを感じた。

 

 きっと、うなされたのだろう――自然と彼の頭をかき抱く。

 わたしの胸に……女の乳房に、顔をうずめさせ、頭をそっと撫でた。

 

 短く刈り込んだ黒髪は少しちくちくして、どこかくすぐったい。

 その感触を楽しむ心持ちで、何度も何度も、優しくなぜていく。

 

 すすり泣きの声が収まり、彼がため息をついた。

 

 胸の谷間を熱い吐息が抜けていく――ぞく、と感じつつ、わたしは声をかけた。

「……また、戦争の夢?」

 そっとささやくと、わたしに抱きすくめられながら、彼が小さくうなずいた。

「ああ、まただ……ちくしょう、まただ……どうしてなんだッ」

 

 彼が、わたしの身体に腕を回してくる。

 軍人あがりのたくましいはずの腕が、この時はすがりつく幼子のそれに思えた。

 

「俺は充分に戦った……! ハワーズの務めを果たした、ハワーズの使命をまっとうしたんだ! なのに、なのに……戦友たちは俺を責める。生き残った卑怯者、裏切り者――もう亡くなったはずのあいつらが、看取ることさえできなかったあいつらが、手を伸ばして俺をつかんで引きずり込もうとする――」

 

 彼の腕に力がこもり、わたしの背に指を立てる。

 爪がわたしの表皮に食い込み、かすかな痛みが走る――けれど。

 その痛みさえ、わたしには愛おしかった。

 彼の感じる苦しみを、少しでも分かち合いたい……そう、思ったから。

 

 こんな関係になったのは、いったいいつからだろうか?

 

 けれど、たぶん、誘ったのは私の方から。

 かたくなに一線を引こうとする彼が――とても苦しそうだったから。

 何か力になれれば、慰めになれれば、と思って。

 

 それは、人形が生まれながらに持つ、ひとへの奉仕の思考かもしれない。

 けれど、好ましいと思う相手でなければ、こんなことはしない。

 

 彼の頑張りを見ていたから。彼の笑顔を守りたいから。

 だから、「わたしの前では泣いていいんですよ」と言ったのだ。

 

 彼が大きく息を吐き、わたしの胸に口づけてきた。

 触れ合わせた肌が吸いつき合い、彼が再び求めてきているのを感じる。

 わたしは微笑むと、腕と足をたくみに動かして、彼を仰向けに横たえた。

 

 彼にまたがり、ゆっくりと彼を受け入れながら――わたしは言った。

「いいんですよ、エヴァン……わたしは、あなたの味方ですから」

 

 見下ろすわたしを上目遣いに見て――彼はくしゃりと顔をゆがめた。

「……すまない……すまない、スプリングフィールド――」

 

 再び、二人の睦み事が始まる。

 未明の寝室で、わたし達の吐息が交わり、重なっていく。

 


 

 ――そこで、わたしは本当に目を覚ました。

 

 身体には寝間着をまとっていて、ベッドの隣には誰もいない。

 

 ただ、ひとりきりで迎える朝。

 

 ためしにそっと手を伸ばしても、感じられるのは自分のぬくもりだけ。

 人間の体温とは違う。必要に応じてオンオフができる、模造品の熱。

 

 デフラグ中に見た想い人の姿は、メモリの向こうへすぐ遠ざかっていく。

 

 ただ、認識領域に残った、褐色の肌と黒髪の印象に――

 わたしはもう一人のハワーズを思い出した。

 

「……あの子を起こさないといけませんね」

 

 ひとりごちながら、そっと半身を起こして髪をかき上げる。

 昨夜も遅くまで勉強していた少年は、また目覚ましを聞き逃しているだろう。

 今朝も、いつものようにコーヒーを淹れてあげないと。

 あの人の好みと同じく薄めに。あの子の好みに合わせて砂糖をたっぷり。

 

「頑張り屋さんなのは、伯父と甥でも、本当にそっくり……」

 

 わたしはそうつぶやいて、かすかに微笑んだ。

 笑ったはずの顔に――涙が一筋流れて、頬を伝っていった。

 


 

 グリフィンB122基地、コールサイン〔アグラロンド〕。

 

 現在、その主を務める少年は、モニタに映った資料を見ながらうなった。

 マグカップのコーヒーをすすりながら、ブザーのような声を洩らしている。

 彼の洩らした声を聞きとめて、副官の乙女が目をぱちぱちさせた。

 

「どうしました? コリン」

「あっ、すみません、スプリングフィールドさん――手を止めてしまって……」

 少年は恥じ入るように少し頬を染めて、言った。

 

 そんな彼に鶯色の瞳の乙女は莞爾と笑んで応える。

「いいんですよ、指揮官の補佐がわたしの役目なんですから」

 彼女はそう言うと、副官卓を立ち、指揮官卓へ歩いて行く。

 

 かけた言葉にも関わらず――そして、ここに来てからそこそこ日が経つのに、この少年は彼女に補佐されるという立場に、いっかな慣れないようだった。

 

 つやつやとした褐色の肌、肩までのさらさらした黒髪。

 少しまろいアーモンドの眼には、オニキスの瞳が煌めいている。

 ただ、目の上についた眉は、絵筆を戯れに置いたかのような、まるで点。

 全体として、どこかレトリバー種の仔犬のような顔立ちだ。

 

 精悍なシェパードを思わせる、伯父のエヴァンとはそこがまるきり違っていた。

 しかし、長じれば甘いマスクの男前になるだろう――乙女はそう思っている。

 真剣な時に見せる眼差しの光が、あの人とそっくりなのだ。

  

 だから、ときどき――少年の面差しに、彼の面影を見出してしまう。

 そのたびに感情パラメータが振れるのは……切ない、という心情だろうか。

 

「たしか、戦術人形達の巡回報告のチェックでしたよね?」

 乙女が少年の隣からひょいとモニタを覗き込む。

 コリンはこくりとうなずくと、レポートの一部を指さした。

 

「あの、ここです……『住民と交渉して必要な物資を交換した』って」

 少年が不思議そうな表情を浮かべて、訊ねてくる。

 

「……このあたりは居住区の外ですよね? 人が住んでいるんですか?」

 

 コリンの問いに、スプリングフィールドは「ああ」と声をあげ、

「――そういえば、巡回報告の通しチェック、今回が初めてでしたね」

「うん。これまでは、より分けしてくれたのだけ見ていましたから」

 

「ええと……結論から言えば、人は住んでいます。廃墟や廃材を使ったバラックとか、キャンピングカーだったものとか、端的にテントとか――28戦区全体で見ればざっと千人程度は住んでいますね。いくつか小さな集落だったり、または数家族単位で移動しているケースもあります」

 

 副官の答えに、少年はぎょっとした様子で目を丸くした。

「そんな……汚染とか病気とか〔鉄血〕とか、どうなっているんですか!?」

 

 思わず声をあげるコリンに、乙女は両手をかざしてみせた。

「落ち着いて、コリン。いくつか順を追って話します――まず彼らは、新政府が認めた市当局管轄の居住区に入れない、あるいは、敢えて入らない人達です。前者は主にいろいろな意味で“犯罪者”か“汚染者”とされて居住区の立ち入りが制限されている人々。後者は大戦の遺物探しを生業とする“ゴミ拾い(スカベンジャー)”、または主義主張や利己的な立場から市当局に敢えて従わない“野賊(バンデッド)”です――どちらにしても市当局が都市からはじき出した人間達です……ああ、そんな顔をしないで。順を追って説明する、と言ったでしょう?」

 

 説明を聞くうちにみるみる眉が寄っていく少年を、乙女はなだめた。

 

「それで……ですね。グリフィンは軍と市当局から委託を受けて“居住区の安全確保”のために治安維持の請負契約を結んでいます。いまでこそ〔鉄血〕と戦うのがグリフィンの役割みたいになっていますけれど、本来はこういう〔まつろわぬ人々(They Not Obey)〕が居住区へ厄介を持ち込まないようにするのが主な任務なんです」

 

 コリンの仔犬のような顔が、たちまち不機嫌になる。口元をへの字に曲げて軽く唇を噛んだ顔は、意に添わず“待て”を強いられたかのようだった。

 

「一応、わかりました。スクールでは少しだけ習いましたし、他にも学校の噂とか、あとは、その……ブロードキャストのドラマとかアニメでよく“わるもの”として出てきますから。ただ――」

 

「ただ? なんですか?」

「自分と関わりのあるところに出てきて、ちょっとびっくりしたっていうか。どこか遠い外国とか別の世界とか、そんなふうに思っていましたから」

 

 そこまで言うと、少年は表情を改めた。じっと目を凝らし、カーソルで指し示す。

 

「あの、話を戻すんですけれど――『交渉して交換』って、結局は何ですか?」

「端的に言うと“交易”とか“支援”です――少し、失礼しますね」

 

 スプリングフィールドはそう言うと、コリンの目の前の制御卓を引っ張ってきて、カタカタと鳴らした。巡回班のレポートから〔物資〕の項目を拾い出して、リスト化したものを表示してみせる。ずらりと並ぶ品目名を見て、少年は目をぱちぱちとさせた。

 

「医薬品……電子部品……?」

「こちらから提供しているものですね。代わりに向こうからはグリフィンの役に立つものをもらいます――戦場跡で拾った装備品とか、人形の躯体から拾ったコアとか。もしくはそれ自体は役に立たなくても、行くとこへ行けば取引に使えるものですね」

 

 副官を務める乙女がまたキーをパチパチと打つ。

 今度は、提供品の代わりに受け取った雑多なものがずらりと並ぶ。

 画面とにらめっこのコリンは、寄り目になったまま、言った。

 

「なんか……あやしい裏取引とかそういう……」

「違いますよ。きちんと説明すると――」

 スプリングフィールドが声をあげた時、副官席でコール音が鳴った。

 

「あら、通信? どこからかしら?」

 ぱたぱたと足音を立てて席へ戻った乙女は――

 呼び出し主の名前を確認して、かすかに目を見開いた。

 

 数瞬の間をおいて、何事もないように彼女は言ってみせた。

 

「この通信、少し長引きそうなんです。よかったら、すこし休憩していらしたらどうですか? いつものメンバーなら、もう少し実地の話が聞けると思います。この時間帯なら食堂にいるでしょうし」

 

「うん? そう……それなら、うん」

 妙に熱心に勧める乙女に、少年は不思議そうにしながらもうなずいた。

 

 ぴょんと跳ねるように椅子から降り、携帯端末をたずさえて指揮官室を出ていく。

 直前に、少年が振り返り、朗らかに言ってみせた。

「そうだ! 食堂へ行くなら、なにかお茶菓子見てきますよ。スプリングフィールドさんのコーヒーによく合う感じの美味しいの!」

 

 弾む声で少年は言い残すと、軽く駆け足で去っていく。

 それを笑顔で見送ってから――

 スプリングフィールドはこわばった顔でモニタに向き直った。

 通信回線を開いた途端、しわがれた老人の声が流れだす。

 

『……わたしを待たせるとは、いささか礼を失しておるな、“メラニー”』

 

「……コリン君に、あなたとの会話を聞かせるわけにはいかないでしょう?」

 鶯色の瞳がいつになく緊張の光を放っている。まるで、戦場にあるかのごとく。

「ここへの直接通信は控えるようにお願いしたはずです……ゲオルギー翁」

 


 

「裏取引……まあたしかに、裏取引かもしれないけど」

「そんなにたいそうなものじゃないわ」

「市当局が公認していないんだから、間違いでもないぞ」

「黙認しているんだったら、結局は同じよ」

 

 食堂に行ってAA-12とVectorの姿を見つけたコリンが、“現地住民”との取引の件を訊いてみた時の反応がこうであった。AA-12はいつも通り飴玉をごろごろ転がしながら。対して、Vectorはなぜか目の前にメダルを積んでいた。数えているふうでもないのだが、ヒマつぶしの遊びにしてはどういうルールなのか見当がつかない。

 

 どうにも意見の一致をみない二人の回答に、少年は首をかしげた。

 

「えっと――つまり、グリフィンがなにか違法行為に手を出しているわけじゃない。でも、おおっぴらに会社のアピールに使えない、ということでしょうか?」

 

 コリンが出してみた答えに、AA-12が親指を立て、Vectorが軽くうなずいた。

「さすが坊やだ。飲み込みがはやいなあ」

「意外。もうすこし潔癖な反応するかと思ったけど」

 

「……ここに来るまでに、歩きながらちょっと考えたんです」

 少年は携帯端末に提供品のリストを出しながら、言った。

「居住区の外の人にとって一番困るのは、医薬品じゃないかな、って。崩壊放射線の影響が少ない地域で暮らしているとしても、怪我や病気にはなります。街の外にいると、医者や病院とかないでしょうし――そうすると、いやでも居住区へ来ようとしますよね?」

 

 コリンの説明に、乙女二人がうなずいてみせる。

「だとしたら、あらかじめ最低限のものを渡してあげれば、そういう人が街へ寄らなくすることができます……グリフィンも、戦術人形を使って威嚇しなくても、最低限の見回りだけでいいですし」

 

 少年が話し終えると、AA-12が感嘆のため息をついた。

「そこまで分かるとは、さすがエヴァン・ハワーズの甥っ子だ。まあ、ひとつ訂正というか補足しておくぞ。こちらが取引に持っていく物資の予算だけどな、市当局から出ているんだ。契約金の中にコミコミなんだけどさ。つまりグリフィンのお仕事には〔鉄血〕と戦う以外に、こういう居住区外の人間のコミュニティが厄介なことにならないようにする、っていうのもあるんだ」

 

「実際、こういうのは後方支援の任務に当たっている子達の役目だけどね」

 AA-12の説明をVectorが引き取って続けた。

 

「外のコミュニティの人間達にとっては、命綱になる物資を受け取ることができる。グリフィンにとっては、戦闘で喪失した人形のパーツや装備品を回収したりできる。市当局にとっては、つなぎの仕事をグリフィンというちゃんとした会社を通すことで、犯罪組織の資金源になることを防ぐ――」

 

 そこまで言って、Vectorは別のメダルの塔を建てながら言った。

「――まあ、実際には、もうちょっと深入りしてるんだけど。戦術人形は見た目はか弱い女の子かもしれないけど、並みの人間よりは力持ちだもの。道の整備をやってあげたり、家の修理をしてあげたり、井戸掘ってあげたり……とか」

「ああ、やったなあ。特にエヴァン指揮官がそのへん熱心だったから」

 

 AA-12が入れた合いの手に、コリンは目をぱちくりとさせた。

「……伯父さんが、ですか?」

 

「あれ、聞いてなかったんだ。エヴァン・ハワーズは〔鉄血〕相手の作戦も上手かったが、熱心に力を入れていたのは、むしろこっちの方だぞ」

「初耳です……たしかに、軍隊とは別のやりがいがある、って聞いてましたけど」

 

「グリフィンには、地域住民との対応マニュアルがあるんだけど――」

 Vectorがまた別のメダルの塔を築きながら言った。

「――実際、それを使える形にしたのがエヴァン指揮官なのよ。いまでは人形の配属時にメモリ内のライブラリに自動登録されるから、誰もマニュアルだなんて意識しないけど。時間を見つけては、人形に同行して割とちょくちょく外に出てたわね」

 

「……伯父さんが……」

 Vectorの言葉に、少年のオニキスの瞳が煌めいたかのようだった。

 携帯端末を操作して、28線区の全体地図を表示して、じいっと見つめる。

  

 あまりに真剣な顔に、乙女二人が怪訝そうな顔したところへ、

「あ、あの! お願い、ていうか、命令、でもなくて、その……」

 なにやらつんのめった調子で少年が声をあげた。

 

「……ぼ、ぼくも、そのコミュニティを見てみることはできませんか!?」

 精一杯にひらいたまなこ。きゅっと結んだ唇。かすかにひそめた眉。

 

 懸命な“おねだり”に、片方の乙女が苦笑し、もう片方の乙女は肩をすくめた。

 

「いや、いやいや。そりゃダメだぞ、コリン。グリフィンが出向いていって上手くやってるのは、戦術人形達がみんなきちんと武装してて、地域住民が喧嘩できる相手じゃないからだぞ。無法者のたぐいだって、グリフィンを敵に回したらその場限りでもヤバいって知ってるから――」

 

「――でも、エヴァン伯父さんは行ってたんですよね?」

「バッカ、エヴァン・ハワーズは第三次世界大戦でバリバリに戦っていた野戦士官じゃないか! わたしはあの人がアラスカでドンパチしてたって聞いてるぞ」

 

「戦術人形の皆さんに守ってもらえれば……」

「あのな、そういう弱みは見せたら付け込まれるんだよッ。申し訳ないけど、コリンはどこからどうみても可愛い男の子だから、絶対に注目の的になる。それはいろんな意味でトラブルの種だ……だいたい、“外”だぞ? すぐに死ぬとまでは言わないけど、子供の身体にはよくないってば」

 

 AA-12が懸命に言い聞かせながらも、コリンの眼差しはいっかな怯まない。そんな少年の様子を見て、Vectorがメダルをテーブルに立て、くるくる回しながら言った。

 

「環境面の問題なら、28線区の西側は割と大丈夫じゃない? まあ、防護服着込んでいくと不審に思われるから、前もって複合ワクチン打って、浄化剤を携行して……あとはそうね、上手い偽装の方法があればなんとかなるんじゃないかしら」

 

 Vectorの言葉に、コリンがぱあっと表情を明るくする。

 説得役を務めていたAA-12は友人の思わぬ“裏切り”に口をぱくぱくさせたが、

 

「だー! 無理だって! どんな理由つけてこの子連れていくのさ」

「偽装させるっていったじゃない……どんな姿がいいかはアイデア浮かばないけど」

「ほらあ、ダメじゃん。この話ナシ! はいはい、しゅうりょ――」

 

「――終了させるのは、まだ早いんじゃないかしら。ねえ?」

 切り上げさせようとしたAA-12にかぶせて、艶やかな声がかけられた。

 

 声の主を確認して、コリンが軽くぎょっとした顔をし――

 そして、乙女二人がすかさず少年をかばうように、さっと腕を広げる。

 

 鉄壁のディフェンスに、DSR-50は黒髪をかきあげながら、ため息をついた。

「……嫌われたものねえ」

 

「当たり前だぞ。前科一犯」

「近づかないで。色情魔」

 

「言いたいふうに言ってくれること……大丈夫よ、その子に手は出さない」

 物憂げな口調で黒髪美女は言うと、遠慮なしに手近な椅子に腰を下ろした。

「副官さんにきつーく念押しされたもの。おイタする気はないわよ」

 

 そう言って、艶然と少年に微笑みかける。

 コリンは少し警戒したふうながらも、彼女に向かって訊ねた。

 

「いいアイデアがおありなんですか? その……偽装する方法の」

「簡単よ。坊やは素材がいいもの。きっとバレないと思うわ」

 

「待て。コリンに言う前にわたし達に聞かせてくれ」

「また彼が精神攻撃を受けるようなことは慎んで」

 

 乙女二人が揃ってカバーに入るのに、黒髪美女はにんまりと笑んだ。

「いいわよ。別に変なアイデアではないもの」

 

 耳を寄せる二人に、DSR-50がこそこそとささやく。

 聞いた瞬間こそ、乙女達は目を丸くしたが――ややあって考え込む顔をした。

 

「ね? これなら、この子に変なちょっかい出すヤツはまずいないでしょ? 念のために誰か付き添っておく必要はあるでしょうけれど、それにも言い訳が立つし」

 

 DSR-50の言葉に、AA-12がうなってみせる。

「いや……確かに理にかなっている。一見突拍子もないけど、これなら地域住民を変に刺激することもないだろうし、コリンにもありのままを見せられる、けど……」

 AA-12がちらと少年を見て、言葉をよどませる。

 

 Vectorはといえば、胡乱な眼差しをしながら、発案者に訊ねた。

「アイデアはいいけど、だいぶあなたの趣味が入っていない?」

 

 問われたDSR-50は、破顔して答えてみせた。

「あらあら。“たまたま”趣味と実益が一致したまでよ。それに……ちょっと見たいと思わない? あつらえられた彼がどんな姿になっちゃうか」

 

 その言葉に、守護者役だったはずの乙女達がそろってうなる。

 二人して振り向くと、コリンをじっと見つめながら、言った。

 

「……準備には、わたし達も立ち合わせるんだぞ」

「……チェック役は、複数名いた方がいいものね」

 

 お姉さん三人の視線を集めて、少年は目をぱちぱちさせた。

 三者三様なにやら含んだ表情に――どうにも不穏な気配を感じながら。

 


 

 少年がお姉さん達に半包囲されていた頃――指揮官室では。

 

『なるほどな。コリンは上手くやっているようだ』

 スプリングフィールドから少年の近況を聞き、回線の向こうの老人は嘆息した。

 

『やはりハワーズの血を引く者はハワーズか。一族に嫌気がさして出ていこうとし、結局は中途半端にぶらさがった娘がもうけた子だ。さほど期待してはいなかったが……やはり直系筋だな。よく我らの魂を継いでいる』

 

「お言葉ですが、ゲオルギー翁」

 スプリングフィールドは敢然と反論してみせた。

「エヴァンの生前から、コリンはあの人に憧れを持っていました。彼がここに来て見せた才覚は、持ち合わせていたものに加えて、エヴァン・ハワーズの残したものに触れたからですわ。そこをお忘れになられては困ります」

 

『もちろんだとも。エヴァンは真にハワーズの後継者だった。だが、彼がいなくなったからこそ、その遺志に共鳴する資質の持ち主は、得難いと思わんかね』

 

 老人の言葉に、乙女は顔をうつむけ、黙り込んだ。

 しばしの沈黙の後、老人が再び嘆息した。

 先ほどとは、いささか色合いが異なっていたが。

 

『ふむ。その様子ではコリンに“あの件”は話しておらぬのだな?』

「……まだ十歳の子供ですよ。どこまで何を話して――それに」

『それに、自分の想いはエヴァン・ハワーズに捧げたもの、か』

 回線の向こうで老人が苦笑いを浮かべてみせた。

 

『人形の“情”は時に、ひと以上に一途だな。だからこそ、ひとの側がそれを模造品であることを忘れてしまう。まったく、エヴァンも随分と難儀な相手と連れ添うなど言い出したものだ』

 

「あの人の……エヴァンのくれた、言葉も愛も本物でした。人形のわたしから捧げた愛や想いが、主人と定めた人への庇護と従属の倫理コードから出た、まがい物だとしても」

『ならば、その彼が最後に遺した意志も、尊重すべき真実だとは思わないかね』

 老人の声は諭すようであり、それでいて厳然と突きつけるかのようだった。

 

『――自分の死後、ハワーズ本家の有する“基金”の処分権は、エヴァン・ハワーズが妻と認める“メラニー”が新たに誓約した相手が有することとする。誓約相手はハワーズ一族の血を引く者とし、その第一候補としてコリン・ハワーズを指名する。ただし、自分の死後、三か月以内に“メラニー”が誓約相手を得られない場合、“基金”の処分権は長老で合議の末、決定する――』

 

 滔々と老人が述べる内容を、乙女は唇をきゅっと噛んで聞いていた。

『あと十日で期限が来る。わしとしては、一族が築き上げた“基金”が分割されることは避けたいと願っている。そのためにも先代当主の遺言は尊重したいが、当のお前が煮え切らないのであれば、ここまでかもしれん。ただそうなれば、お前への市民権付与の話しもなかったことになる』

 

「わかっています――でも……」

 小さくかぶりを振るスプリングフィールドに、老人はみたび嘆息した。

 

『割り切れぬ、か……エヴァンめ、こうなることを予想できただろうに、なぜこの人形にハワーズ一族の今後を左右する鍵を渡したのか――まったく、度し難い』

 

「ゲオルギー翁、それは……!」

『ふむ、わしとしたことが感情的になってしまったようだ。隠遁の身ながら一族を見守ってきたが、あの男にはどうにも読めないところがあるものでな』

 

 老人はそこまで話すと、あくまでも穏やかな声で言った。

『まあ、よくよく考えることだ。老人でも、待ちくたびれることはあるでな』

 

 その言葉を残して、通信回線は唐突に切れた。

 

 灰色になったモニタには、乙女の顔が映っている。

 瞳を当惑で揺らしている、どこか疲れた女の顔が。

 

 両の手でそっと顔を覆いながら、ため息のように彼女はつぶやいた。

 

「エヴァン……どうして、こんな役目を――」

 

 感情パラメータが波打って止まらなかった。

 抑えきれない波形が自身を刺激していく。

 視覚素子の保護液が涙となってあふれそうになった、その時。

 

 指揮官室の扉のコールが鳴った。

 

 はっと顔をあげると、スプリングフィールドは表情を改めた。

 

 

 いまは、誰にも悟られてはいけない。

 

 仲間の戦術人形たちはもちろん――コリンにさえも。

 


 

「コリンが“外のコミュニティ”の見学、ですか」

 部屋を訪れたAA-12の申し出に、スプリングフィールドは目を丸くした。

 

「見学というよりも、視察が正しいんだろうけどな」

 AA-12は口内の飴をごろごろ転がしながら言った。

「どうにもわたし達が引率して、社会科見学という感じになるよな」

 

「そうですか……コリンは、そんなに熱心にこの件を?」

「んあ、エヴァン指揮官が結構力を入れていたと教えたら、急に眼の光が変わってさ――君も知ってるでしょ。黒い瞳に一等星が輝く感じ。もう完全に興味と好奇心がフルに入ったアレ」

 

 そう言って、AA-12はふうと息をついた。

「似てるよなあ――そういうところ、エヴァン・ハワーズにそっくりだ」

「そう、ですね……本当に、そうだわ」

 

「とりあえず候補地は基地から西南西の“旗の野営地(フラクラゲリア)”。あそこなら、まあ環境も悪くないし、住民の友好度も悪くないし……なんだか“悪くない”で決めちゃってるけど、なにせ外はその後は“悪い”がどんどんレベルアップしていく感じだからな。仕方ないという気がするんだが」

 

「いえ――ひとつ大事なことを忘れていますよ」

 スプリングフィールドはAA-12をじっと見つめた。

 鶯色の瞳が、いつになく強い光を帯びたかのようだった。

 

「“旗の野営地(フラクラゲリア)”は、エヴァンが初めて足を踏み入れて、関与を始めたコミュニティです。その意味では、あの人の足跡や息遣いがいまでも残っているでしょう」

 

「……なるほど、“始まりの地(Where it all started)”ってわけだ」

 

 AA-12はうなずいてから、ふと眉をひそめた。

「そういえば、コリンの見学自体には反対しないんだな。スプリングフィールドのことだから、てっきり猛反対するんじゃないかと思ってたぞ」

 

 言われてから、鶯色の瞳の乙女は「あぁ」と声をあげ、次いで苦笑いしてみせた。

「わたしはそこまで過保護じゃありません……危険地帯なら反対はしますけど、場所的に問題は少ないでしょうし、なによりコリンが、あの人の残したものに触れたいのなら、その機会は積極的に与えるべきだと思っていますから」

 

 そこまで言って、乙女はぴくっと眉をつり上げた。

「でも、あの子を連れていく名目が要りますね。グリフィンの制服は目立ちますし、普通の恰好は別の意味で注意を引きますし……避難民の恰好とかそういう」

 

「ああ、それなら良いアイデアがあるんだ。ちょっと見てくれないか」

 AA-12はそう言うと、扉に向かって「おぉい」と声をかけた。

 

 指揮官室のスライド式のドアが静かに開くと、そこに姿を現したのは、黒髪の美女――DSR-50と、それに並んで立っているVector。そして、小さな人影が二人に隠れるように、潜んでいる。

 

 前科ありの黒髪美女を認めて、副官乙女がじとりとした眼差しになった。

「……また何か悪だくみとかしていないでしょうね、あなた」

 

「ひどいわあ、今回はちゃんとお目付け役二人付きなのに」

 DSR-50の言葉に、Vectorが神妙な顔でうなずいてみせる。

 

「確かよ。カモフラージュの最中には、わたしとAA-12も一緒だったし。彼も最終的には同意したし、いかがわしいことは一切ないわ」

「……その割には、当のコリンが隠れて出てこないんですけれど?」

 

 スプリングフィールドがわずかに眉をひそめると、Vectorが背中に隠れているらしい少年になにやら話しかけた。ささやき声だが、短い押し問答の末――

 

 恥ずかしそうに出てきたのは、なんとも愛らしい“戦術人形(オンナノコ)”だった。

 

 なめらかな褐色の肌、それに映える銀の髪や眉。衣装は上半身をぴっちり覆うタイプのスーツだったが、胸の辺りは慎ましやかなふくらみがあった。下はミニスカートだが、その下にはタイツをはいていて細い脚をきちんと覆っている。色合いは全体的にパステルカラーのピンクを基調にまとめられており、ちょんとのったベレー帽には愛らしい仔犬のピンバッジが付いている。目元は透明なゴーグルをかけているが、そこから見える瞳の色は淡い緑。そして、胸のホルスターには小ぶりな拳銃が申し訳程度に収まっている。 腕章にはグリフィンのエンブレム。

 

 どこからどうみても、戦術人形(T-Doll)

 やや外見が幼すぎるようにも見えたが、見ないこともない外見である。

 

「ふふっ、名付けて“Colin Mk.10”ちゃんよ」

「ふええ……」

 

 DSR-50の紹介に、戦術人形が情けない声をあげる。綺麗なソプラノの声は変えようがなかったのだろう――聞き覚えがありすぎる“彼”の声に、スプリングフィールドは目を丸くした。

 

「……コリンなんですか!?」

 

「すごいよなー。どこからどう見てもグリフィンの戦術人形。まあ、多少ぎこちなかったりするかもだけど、そこは誰かついておいて『新入りの実地訓練だ』とか言えば済むし。グリフィンの戦術人形なら、言葉で冷やかすやつはいても、実際にちょっかいを出すヤツはそうそういない――うん、似合ってるぞ」

 

 AA-12が声をかけると、Colin Mk.10、もといコリンは右手で胸元を隠し、左手でスカートをひっぱりながら、頬を染めて嘆いた。

「似合ってる、ってうれしくないです! まるきり女の子じゃないですか!」

 

「あらあ、これでもイロイロ配慮して露出はおさえたのよ?」

「な……最初はどんな格好させるつもりだったんですかっ」

 

 わめくコリンの肩にVectorがぽんと手を置き、もう片方の手で頭を撫でる。

「だいじょうぶよ、しっくりしすぎて怖いぐらいだから。あとはもう少し堂々としていればいいかしらね――どう、スプリングフィールド? これならわたし達と同行しても、怪しまれないと思うけど」

 

 Vectorの言葉に、副官乙女の鶯色の瞳がじっと“少女”を見つめる。

 

 頭の先からつま先まで、スキャンするかのような鋭い眼差しで撫でた後、

「……そうね。あとは写真を撮って認識票を作っておけば、完璧です」

 スプリングフィールドが品質検査の合格を告げた。

 

 乙女たちは揃って満足げにうなずき、“男の娘(コリン)”はがくりと肩を落とした。

 

「これなら偽装としては申し分ないでしょう――ただし、わたしも同行します。コリンに何かあったら大変ですから」

 

「それはいいけど。でも、指揮官と副官が同時に基地に不在って、マズくない?」

 Vectorが指摘してみせると、スプリングフィールドは不敵に笑んだ。

 

「お隣のL211に連絡しておきます。ローズ指揮官ならこういう状況も想定しているでしょうし、そのためにこっそり自分の部隊をうちの戦区に潜ませていますから」

 

「……ときどき、副官殿って遠慮ないことあるよな」

 AA-12が洩らすようにつぶやくと、スプリングフィールドはぽんと手をたたいた。

 

「お出かけは明日にしましょう。『日が照っている間に干し草は作れ』と言いますもの。だから、コリン――いえ、Colin Mk.10は特訓です」

 

「と、とっくん?」

 なめらかなソプラノの声が、戸惑い気味に訊ねる。

 スプリングフィールドは満面の笑みで答えた。

 

「女の子らしい歩き方や笑い方ですよ」

「ええええ」

「だいじょうぶ、あなたの憶えは速いから、すぐに馴染みます」

 

 スプリングフィールドは朗らかに言ってみせた。

 その明るい笑みに、VectorもAA-12もやれやれと肩をすくめたのだが――

 

 DSR-50だけは何か言いたげに目を細め、彼女の顔を見つめていた。

 

 

(part.1 後編へ続く)




次回、part1の後編は明日更新予定です!


巡回報告から“外”の住人に興味を持つコリン。

“旗の野営地”で
スプリングフィールドの口から明らかにされる、
伯父エヴァンの足跡。

乙女と少年の交流は和やかに深まっていくように思われたが……!?


お楽しみに!
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