アイドルマスターシャイニーカラーズ 短編集   作:むらくもさん

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──口に虚ろを重ねて嘘。だが、それが悪いことだけだとは決して思えなくて。
──結局は、その口に重ねる虚ろの善し悪しだけがそれを決める。

某所ワンドロ提出作品。お題「花の咲く木」「嘘」「皿」


虚ろな口で、世界樹の葉を食んで(黛 冬優子)

目覚まし時計から発せられる電子音が、微睡の中から俺の意識を引っ張り上げる。

 

「……んぅ、朝か」

 

瞼は重く、暫し開くことさえ億劫で。まずはこの部屋に鳴り響く音だけどうにか消そうと目を閉じたまま枕元、音の方へ手を伸ばす。

 

2度の空振りを経て、3度目の正直が目覚まし時計の頭、アラームのスイッチを叩いて止める。音が止み、再び静寂に包まれた部屋の中、俺は未だ止まぬ睡魔に身を委ね──

 

「──ちょっと、二度寝してんじゃないわよ!」

 

「ィッ!?」

 

──ることはなく。唐突に聞こえた声と掛布団を強引に引き剥された感覚という、入眠時に浴びるには強すぎる刺激を受けて強制的に意識を覚醒させられた。

 

驚いた勢いのままに上体を起こし、何事かと目を開いてみれば、いつの間に来たのかベッドの傍には冬優子が呆れ顔で立っていた。私服の上から掛けられた可愛らしいデザインのエプロンが目には新鮮で。

 

そして部屋の外からは微かに、しかししっかりと味噌汁の様な良い匂いが漂ってくるのを嗅覚が捉えていた。

 

「おはようございますプロデューサーさん♪ふゆが朝ごはん作ったので、冷めちゃう前に顔を洗って来てくれるとすっごく嬉しいです♪」

 

「ごめん……おはよう冬優子」

 

「ほーら、さっさと着替えた着替えた。今日は午前中から出るんだし、早めに食べてもらわないと困るんだから」

 

「分かってるよ。今日は買い物に付き合うって約束したもんな」

 

「そういうこと。じゃあふゆは朝ごはん盛り付けてるから……間違っても、もう一回寝ようだなんて考えるんじゃないわよ」

 

「いや、流石に分かってるって……すぐ行くよ」

 

冬優子が退室した後、着替えを終えて洗面所で顔を洗ってから食卓に着くと、既に2人分の朝食が並べられていた。茶碗に盛られた白米に、アジの干物、大根の漬物……と献立を確認していると、キッチンから来た冬優子がまた二人分の椀を置いて、対面に座る。見れば、椀の中身はわかめと豆腐を具とした味噌汁だった。

 

起床時から微かに感じられていた良い匂いがより強く感じられて、思わず食欲を刺激される。そのまま二人で手を合わせ、食べ始めた。

 

「……あれ、アジの干物なんて家にあったか?」

 

「これ?ふゆが家から持ってきたの。この前親戚が沢山くれて、実家でも消化しきれない量だったから。そこにまだあるから、好きな時に食べてくれればいいわ」

 

そう言って冬優子が指さす先には、一人暮らし用の小さな冷蔵庫の上に置かれたビニール袋。その膨らみ具合からして、まだまだ多くの干物が入っていることを想像させられた。

 

「悪いな。干物なら足も遅いだろうから、ゆっくり頂くよ」

 

「そうして頂戴。それでお米とお漬物、あとお味噌汁の具は冷蔵庫にあった物を使ったわよ。……というか、ふゆが持ってきたコレが無かったらあんたの今日の朝食は昔のお百姓さんのそれだったんだけど、買い出しとかしてなかったのかしら?」

 

話す冬優子の目が、すっと細められる。痛い所を突かれてしまって思わずごまかしたい気持ちが湧いてきたが……その呆れたような、問い詰めるようなその眼に嘘は吐けず、本当のことを話すことにした。

 

「ここ数日仕事が忙しくて……帰りに買い物に寄ろうって気も起きなくてさ……」

 

「呆れた。この感じだと、あんた夕食も外食かコンビニで済ませてるでしょ?男の一人暮らしでしかも忙しいとはいえ、あんたもそれなりにいい歳なんだから。少しは自炊するなり気を付けるなりしないと身体壊すわよ?」

 

「面目ない……」

 

久々に味わうまともな朝食に舌鼓を打ちながら、冬優子と会話を……否、お説教を受ける。冬優子の言葉は全てが正論で、ぐうの音も出ずに謝る言葉しか出てこなかった。

 

「まったく、しょうがないわね……ふゆの買い物に付き合ってもらった後、夕方にでもスーパーかどっかで食糧買い込むわよ」

 

「えっ、良いのか?折角の休日にそんな」

 

「折角の休日だから時間あるし行くんでしょうが……あんた、ふゆが見てないと買い出しでもカップ麺とかばっかり買い込みそうだもの。多少保存が利きつつ、ちょっとのアレンジで美味しく自炊できる食材教えてあげるわ」

 

冬優子の指摘に、ますます縮こまる。人は正論をぶつけられ続けると恐縮以外に出来ることがなくなるのだな、と妙なことを悟るも……相手が冬優子で、自分の事を想って言ってくれていると思えば当然嫌な気もせず。

 

「助かります……それからご馳走様。美味しかったよ、冬優子」

 

「はいはい、お粗末様……じゃあ食器だけ洗っちゃったら出るから、あんたはちょっと待ってて」

 

「いや、良いよ冬優子。浸けといてくれれば帰った後で俺洗うから」

 

「……」

 

「……ど、どした?」

 

そこまで気を遣わせるわけにもいかず、食器を持っていこうとする冬優子に待ったをかける。すると、冬優子は動きを止めてじっとこちらの目を見つめてくる。視線が交差すること5秒ほど、こちらが行動の意味が分からず首を傾げると、呆れたように首を横に振り。

 

「……はぁ。信用できないわね、このままふゆが洗うわ」

 

そのまま、食器を持って行って洗い始めてしまった。

 

「はは、信用ないなぁ……」

 

洗うつもりはあったんだけどな、と苦笑いを浮かべながら、テレビのスイッチを入れる。

 

テレビに映るのは朝の情報番組、キャスターが天気情報を伝えていた。本日も晴天、お出かけ日和の週末なり──。

 

 

――――――――――――――――――――

 

「──それで、今日は何を買うんだ?」

 

「とりあえずはマグカップとか、お皿みたいな食器類ね。なるべく可愛いデザインの奴」

 

まだ昼にしても早い午前中。多くの人が行き交う街中を冬優子と歩きながら、尋ねる。隣を歩く冬優子はいつも通りマスクで顔を隠したまま答えた。

 

「冬優子が欲しがるような可愛い系って言うと、ファンシー系か?」

 

「何言ってんのよ。確かにそういうのは好みだけど、あんたの家にそういうのがあったら他にお客さんが来た時にびっくりしちゃうでしょ。だから、可愛いにしてもどちらかと言えばお洒落なデザインの奴が良いわ。男の一人暮らしの中にあっても違和感のない奴」

 

冬優子の欲しがるデザインを聞き、近くにそういう店はないかと検索でも掛けようかと携帯を手に取り……瞬間、思考が先の会話で感じた違和感を数秒遅れで指摘した。思わず冬優子を見る。

 

「え、俺の家に置くの!?自分用じゃなくて?」

 

「あんたの家に置く、ふゆ用の食器に決まってるでしょうが……あんたとこういう関係になって3か月、それなりの頻度で家に行ってるのにいつまでも『男の一人暮らしです!』って感じの無地の食器使い続けるのもふゆの趣味じゃないし。別に、食器棚のスペース余ってるんだから良いでしょ?」

 

「いや、そりゃ……良いけど」

 

「……?なによ、歯切れ悪いわね」

 

「……いや。まさか家に彼女の食器とか物を置く日が来るなんてなぁ、と思ってさ」

 

「っ……そういう台詞、禁止!」

 

「イ?っ……!?」

 

正直に胸の内を伝えた直後、冬優子に背中を思いきり叩かれる。拍子に肺の中の空気が意思に関係なく漏れ、反射的に咽てしまう。

 

咳き込む苦しさを早く抑えようとするあまりにしっかりと見ることはできなかったが、冬優子の横顔はほんのり朱を帯びていたような気がして。気のせいだったかもしれないが、その朱はマスクの白でより際立っていたようにも見えた。

 

その後、歩きながら軽く携帯で検索を掛け冬優子の希望を叶えられそうな雑貨屋や食器屋を探す。出てきた店を当たり何軒か回るものの、冬優子の希望にはイマイチ沿わず。時間もそれなりに経ったので、次に見た店でダメなら一旦どこかで昼食を取ろうと決めた時。俺は道を挟んで向かい側にあった物を見つけて、冬優子に声を掛ける。

 

「なぁ、あれ雑貨屋じゃないか?看板に食器もあるって書いてあるし……」

 

それはオフィスビルの1階のスペースに入っていたお店だった。コンクリ打ちの無骨なビルの一面にガラスのショーウィンドウが張られており、そこから覗ける店内は木の板を打ち付けたログハウスの様なレイアウトで。看板には「北欧雑貨」とある。

 

「あらほんと、店構えも悪くなさそうだし……じゃあ、見てみましょ」

 

冬優子もそれに同調し、二人で入り口をくぐる。店内は想像していた通りにログハウスを思わせる板張りの壁に囲まれたレイアウトだった。店内の広さに対して商品の量はそれほど多くなく、棚の中に食器やアクセサリーが陳列している、というよりは展示されていると言った方が良さそうな感じで並んでいて。ただの雑貨屋にしては妙に厳かなイメージを感じさせた。

 

「へー、中々お洒落じゃない。食器も花柄だったり食器の柄だったりで可愛くはあるけどシックな感じ……ここで良いのあったら買おうかしら」

 

早速その雰囲気を気に入ったか、冬優子は棚の食器を眺めてどれを買おうかと没頭し始める。

 

冬優子の食器を冬優子の趣味で選ぶ以上、俺が口を挟むのもどうかと思ったので俺は俺で少し離れた所で食器や雑貨を眺める。飾られているポップ広告によればスウェーデンやアイルランドからの輸入品が多い、とのことで。

 

デザインもなんとなくその辺の国のイメージに合うような気がする、草木や自然をコンセプトにしたようなものが多かった。

 

「これ、冬優子に似合うかな……ん?」

 

ふと、店の一角へと視線が向く。そのスペースには商品棚はなく、ただ板張りの壁に1枚の大きな絵画が飾られていて。

 

なんとなくその絵が気になり、近くへと歩み寄る。

 

──そこに描かれていたのは、大樹だった。

 

巨大、と形容することさえ躊躇われるほどに巨大、その大樹の周辺に描かれている木々を束ねても敵わぬ太さで大地に根を張り、スケールが狂っているのではと思うほどに巨大な幹は空を突き雲を貫いて聳え立つ。そこから数えきれぬ程の枝を伸ばし、先々には青々とした気持ちの良い緑の葉と、鮮やかで様々な色の花を咲かせて。

 

他の何物にも負けず、気にも止めないとでもいう様にただ雄大に存在する大樹の姿が、俺の背を超えるほど大きなキャンバスに力強く描かれていた。

 

「──」

 

その絵の力強さ、壮大さ、それらだけでなく他にも言葉に形容できない様々な何かに惹きつけられ、暫しその絵をただぼんやりと眺める。

 

ふと絵画の横、同じ壁に別の木のプレートが打ち付けられているのが見えた。何やら文字が彫り込んである。

 

「なんで読むんだこれ?ユ、ユギ……?」

 

それはどうやら絵のタイトルの様なのだが、読み方が分からない。見たことのない綴りのそれに思わず頭を捻って考えていると。

 

「……なーにやってんのよあんた、ふゆをほったらかしにして」

 

「あ、冬優子」

 

後ろから声を掛けられ、振り向けばそこには少しむくれた顔をした冬優子の姿。なんだか朝にも似た光景を見たなと思いながらも、絵を見ていたことを伝える。

 

「いや、なんか凄く大きくて奇麗な絵だったから気になってさ。でも、タイトルが読めなくて」

 

「タイトル?えーっと、Yggdrasill……ユグドラシル。世界樹、ね」

 

「世界樹?これ、実在する樹なのか?」

 

「馬鹿、そんなわけないでしょ。……神話とかに出てくる、世界よりも大きな樹のことよ。ふゆも詳しいわけじゃないんだけど……ファンタジー物のゲームとかアニメ触ってたら、結構出てくるのよね」

 

「神話に出てくる樹かぁ……それでこんなに大きいんだな」

 

冬優子の知識に感心して思わず腕を組んで唸る。世界に迫り、ともすればそれよりも大きな樹。それでこんなにも壮大な風貌なのかと納得していると。

 

「そうね。昔の神話って、こういう感じで世界とか神様とか、話のスケールがやたら大きかったのよ。それで当時の人たちはそれを信じて、信仰してたってわけ」

 

そこで会話が途切れて、暫しの間二人で絵を眺める。他に客の居ない店内は物静かで、雑貨屋に居ながらも今だけは美術館を思わせるような静寂を楽しんでいると。

 

「……所詮は架空の話、嘘なのにね」

 

それまで蘊蓄を語っていた冬優子が、ポツリと溢した呟きを耳にし思わず隣を見やれば、そこには絵を感慨深そうに眺める冬優子の姿。その横顔にはなんらかの感情の色が見えて。けれど、俺にはその感情が何なのかは分からなかった。

 

「なにか、絵を見て感じたことがあるのか?」

 

「まぁ……そんなところね。アイドルとして人前に見せてる『ふゆ』だって、この絵に描かれた世界樹と同じで本物ではないでしょう?けれどファンはそんな嘘のふゆを、本当のふゆだと信じて応援してくれてる」

 

「この絵の樹を見てたら、今のアイドルとしてのふゆって絵に描かれた樹みたいなものなんだなぁって、なんとなく。……でもこの絵を見て感じたのは、それだけじゃない」

 

それだけ喋ると、冬優子は伏目がちの表情のままにマスクを外す。俺はその仕草が冬優子にとって本音を話す為の行動だと理解していた。だから次の言葉を待つために、姿勢を正して耳を傾ける。

 

「そうやって嘘でも信じられているこの樹はまず、それを思い描いた誰かが絵に描いてくれなきゃ人に見てもらえることもなかった。当然よね、実物がない架空の存在が人の目に触れるには、絵か何かの形で描かれるしかないんだもの」

 

「そしてそれは、ふゆも同じ。アイドルとしてのふゆの原型はずっとずっとふゆの中にあったけれど、ふゆの力だけじゃどうやったってアイドルにはなれなかったし、ましてファンの皆の目に触れることだって絶対になかったと思う」

 

そこまで喋って、一呼吸を置いて。それまで下を向いていた冬優子の視線が、俺のそれと交わる。目を目で見つめて、正面から冬優子は俺に言葉をぶつけてくる。

 

「ふゆの中のふゆを最初に信じてアイドルという形に描いてくれたのはあんたなんだって思ったらね、それがすっごく幸せなことに思えたの。……これは嘘でも何でもないふゆの、黛冬優子の素直な気持ち」

 

「──改めて、ありがとうプロデューサー。樹どころか芽でもなかったふゆを見つけ出してここまで大切に育ててくれたこと、本っ当に感謝してる。きっと、あんたが描いた以外のふゆだったらここまで大きくはならなかったし、こんな幸せな気持ちも知らなかったと思うから」

 

素顔のまま此方へ向き直り、満面の笑みで感謝の気持ちを伝えてくる冬優子。普段ここまで素直に感謝を伝えられることがないだけに、不意にこちらの顔が熱くなるのを感じる。おそらく赤くなったであろう顔を直視されるのが恥ずかしくて、思わずそっぽを向いてしまう。

 

「こ、こちらこそ……ありがとう?」

 

「……なによ、人が素直になったら照れちゃって。でも、ふゆのアイドル人生はまだまだこれから。もっともっと大きな樹に育って、それこそ神話を打ち立ててやるくらいの勢いで成長してやるわ!だから──」

 

「だからこれからもふゆから目を離すな、だろ?言われなくても、俺はふゆから目を離さないよ。なんと言っても、俺は冬優子の最初のファンだからな」

 

「っ!?……そ、そうよ!わかってんじゃないの……」

 

気合を入れ直すかのように勢いよく放たれた冬優子の言葉に、被せる様にして答える。そんな俺の不意打ちに、今度は冬優子が顔を赤くして照れる番だった。

 

――――――――――――――――――――

 

「とりあえず、今日のところはこれだけ買うことにしたわ」

 

絵画を後にし、改めて食器類を見繕い。最終的に買ったのは大中小とサイズ違いの皿3枚とマグカップと箸を……2セットずつだった。それらに描かれているのは、俺も冬優子も気に入った世界樹の絵。

 

「もっと他にも買わないのか?ほら、スープボウルとか……お金なら出すしさ」

 

「いいわよ、今日のところはこのくらいで。お洒落な店だっただけあって、それなりに値段もするし……他に買いたいものがあれば、またあんたとこうやって買いに来れるでしょ?それから折角ペアで買うんだし、お代はふゆも出すわよ」

 

元々はふゆのお金でふゆの分だけ買うつもりだったしね、と締めくくられてしまってはこちらには最早断る材料はなく。むしろ無理に断れば機嫌を損ねそうだと大人しく割り勘で購入して、店を出る。

 

食器選びや絵を眺めている間、それなりの時間が経過していたのだろう。太陽は頂点を通り越し、既に西日へと落ち始めていた。

 

「そういやお昼、食べ損ねちゃったわねー……よし、気が変わったわ。スーパーで食材買った後であんたの家にふゆも帰るわよ!そのまま晩御飯もふゆが作ったげる」

 

「何?明日は仕事だけど、それだと遅くならないか?」

 

「良いわよ、そのまま泊ってくし。折角買ったこの食器、早速使わずしてなんとやらってね♪」

 

そう悪戯っぽく笑う冬優子にこちらも笑みを返しながら、二人連れあって街中を歩いていく。

 

──それなら、夕食を食べ終わったら渡そうかな。

 

絵画を見かける前、冬優子が物色しているうちに買っておいた髪飾り。ポケットの中に入れたそれに触れる。

 

指先に感じる硬い感触に、これを渡した時の冬優子の反応を夢想する。喜ぶか、驚くか、照れるのか──今の内から、その反応を見ることが楽しみで仕方がなかった。

 

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