アイドルマスターシャイニーカラーズ 短編集   作:むらくもさん

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スリープオーバー。人工の毛皮では人にも獣にも成り切れぬ乙女。

某所で見かけた果穂のクマパジャマ着た円香が可愛かったので初投稿です。


ヒグ(チ)マ(ドカ)嵐(樋口 円香)

「へぇ、初めて来たけどこんなに奇麗な場所なんだな。写真で見るのとは大違いだ……円香もそう思わないか?」

 

 空には雲一つなく、そのまま見ていれば吸い込まれそうな深い青がどこまでも広がっている。

 

「そうですね。貴方と感性が合うことは少しだけ遺憾ですが……私も、同感です」

 

 眼下に広がる大地は一面鮮やかな紫、黄色、赤紫……と風変わりな虹が広がっていた。

 

 遮る雲がない故か、真夏が近づいていることを示す様に烈日は爛々と輝くも共に吹く風は時期には意外なほど涼しく。

 

 結果として自分が想像している初夏のイメージとはかけ離れた程に快適な気温が保たれているのは、北国故か。

 

 ──北海道に一泊二日、俺と円香は雑誌の撮影で富良野のラベンダー畑に来ていた。

 

 目に鮮烈な色とりどりのラベンダーを、背にカメラマンの要求に応えてポーズを取っている円香を眺める。

 

 円香がアイドルになった当初を思い返してみれば、随分と自然体でカメラに向かえるようになったものだ。

 

 アイドルとしての活動に真摯に向き合ってはいても、その重圧に心が悲鳴を上げていて。それを必死に隠していたのが、彼女だった。

 

 (まぁ、それに関しては俺にも責任があったからな……)

 

 何せ、アイドルになった経緯が経緯だ。283プロのアイドルの中でも一番スカウト迄の流れは妙であった、と思う。……同時に、あの時引き留めた自分はやはり正しかったとも。

 

『はい樋口円香さん撮影終了でーす、お疲れ様でしたー!』

 

 聞こえてきたカメラマンの声に、しみじみと感傷に浸っていた自分を現実へと引き戻す。 

 

 スムーズに撮影を終え、戻って来た円香に労いの言葉を掛けた。

 

「お疲れさま、円香。喉とか乾いてないか?」

 

「大丈夫です。撮影前に買っておいた分がまだ残ってますから、それを飲むので。それより、着替えて来ても?」

 

「あぁ、この後はもう撮影はないから。着替えたら市街に戻って、軽く明日の撮影の打ち合わせだけしてからホテルにチェックインすることになるけど、問題ないか?」

 

「問題はありません。……ホテル、部屋は二つ取ってあるんでしょうね」

 

「あ、当たり前だろ……ちゃんと個室を二部屋取ってあるよ」

 

「なら良いです」

 

 円香からのいきなりな疑いに、若干動揺してしまった。慌てて否定すれば素っ気なく締めくくられる。

 

「……全く。流石に一度くらい、俺を何だと思ってるのか聞いてみても良いかもしれないな」

 

 では着替えてきます、と足早に更衣室へ向かった円香の背を眺めながら、思わず独り言ちた。

 

 夕食も円香の要望で軽めに済ませ、明日のロビーへの集合時間だけ打ち合わせてからそれぞれの個室に入って一時間。

 

 これがアイドルの伴わない出張であれば、本当に軽く一杯……と思わなくもないが、流石に同伴で来ていてはそんな気も起きず。

 

 社長への定時連絡や仕事のメールなど、ホテルでも持ち込んだノートパソコンでできる範囲の仕事をこなしていた。

 

「ん?」

 

 ふと、携帯が着信音を鳴らす。手に取れば、メッセージアプリからの通知だった。画面の中、時計の部分を見ればいつの間にやら時刻は23時を越えていて。

 

『まだ起きてますか?』

 

 円香からのメッセージだった。普段は業務連絡くらいでしか向こうから送ってくることはないだけに、何かあったかなと思い。

 

『こんな時間にどうした?』

 

 返信すれば、すぐに既読の文字が浮かぶ。どうやら、向こうも返答を待っていたようだった。十秒ほどして、新たに通知音が鳴る。

 

『少しだけ話したいことがあるので、そちらの部屋に行っても?』

 

『ああ、分かった』

 

『では今から1分後にチャイムを鳴らすので、すぐに開けてください』

 

「……?」

 

 それを最後に、携帯を机に置く。円香からの指示に妙なものは感じたが、ひとまずはそれに従うことにした。ドアの前まで移動し、チャイムを待つ。

 

 おおよそメッセージにあった通りの間の後、チャイムが鳴った。すぐにドアを開けると、飛び込んでくる茶色い影。俺の脇をすり抜け、素早く部屋の中へと駆け込んだ。

 

「円香、そんなに急いでどう……」

 

 こんな時間に話したいことがあるというのも妙で、人目から逃れる様に素早く入り込んできたことも円香らしくなくて。

 

 とりあえずは話を聞こうと振り向いて、思考がフリーズした。それほどまでに、目の前に立っている円香が想定外だったからだ。

 

 ──全身をすっぽりと覆う茶色くふわふわとした、柔らかそうで暖かそうな生地。

 

 ──普通のパジャマではあまりない、フードの上には丸い耳が二つ。円香の茶色がかった髪色とも良く似合っていた。

 

 ……熊だ。俺の目の前には熊が居た。いや熊ではなく、目の前に居るのは担当アイドルの樋口円香で──。

 

「……ええと、円香」

 

「……ヒグマ」

 

「……えっ」

 

「ヒグマです。今の私は樋口円香などではありません、ヒグマのマドカです」

 

 俺の問いかけを許さないとばかりに言葉を被せて、有無を言わさないように振舞ってはいるが、フードの中の顔は若干赤らんで、身体もどこかもじもじというか、そわそわしている。

 

「えぇ、と、うん」

 

 ……訂正する。目の前に居たのは熊だった。

 

「というか、そのパジャマ……俺見たことあるな」

 

 動揺から復帰した時、改めて目の前の円香を見て気付く。

 

「それ、確か果穂が着てた奴じゃないか?」

 

 確か、放クラが夏葉の家でパジャマパーティーをしたと写真を送って来た時、お揃いの着ぐるみパジャマの中で、果穂が全く同じ熊クマのパジャマを着ていたと思ったが……

 

「あぁ、その通りですよ。引ん剝いてきました」

 

「嘘だろ!?」

 

「勿論冗談です。北海道だから夜は冷えると思って何かしら買おうとしたところで偶然会いまして。お勧めされたので、そのまま」

 

「そ、そうか……あ、それより話ってなんだ?」

 

 真顔で冗談を飛ばす円香。普段にない、しかし彼女らしいキレのある返しをしてくる彼女に気圧されながらも、本題を思い出した。その途端に、円香の纏っていた雰囲気が変わる。

 

「……」

 

「円香……っと……?」

 

 本題を振った途端、俯いて黙り込んだ円香を心配に思い近づく。とん、という軽い衝撃を不意に胸に受け、よろめくのを感じた。

 

 目の前に居た円香が見えず、視線を下に移せばそこにはふわふわと触り心地の良さそうなクマの耳。俺は円香に、正面から抱き着かれていた。

 

「ど、どうしたんだ急に……」

 

 円香に抱き着かれている、という事を自覚した瞬間に感覚が戻って来たかのようだった。部屋着越しに感じるふわふわとした着ぐるみパジャマの感触、その先にある物は敢えて考えないようにした。

 

「……ベアハッグ、です。ヒグマですから」

 

「……ベアハッグは、プロレス技だ」

 

 円香の冗談か本気か分からない言葉に返しつつ、好きにさせておこうと思いそのまま動かぬこと数分ほどか。円香もやがて満足したのか、ゆっくりと腕を解いて離れていった。

 

「それで、話って」

 

「……忘れました」

 

「え?」

 

「話したいこともあったから来たけれど……今のやり取りで……話すこと忘れたから今日は終わり。部屋に帰らせてもらいます」

 

「え、ちょっ……」

 

 先ほどまでのノリはなんだったのか、急に元の円香に戻ったかと思えばドアに向かって歩みを進め始める。

 

「では──」

 

「円香! その……なんて言えばいいか分からないけど……話してくれる時を、待ってるから」

 

 ドアノブに手を掛けた円香に、今掛けられる精いっぱいの言葉を伝える。「話をしたい」という円香の意思は本音からの物だと思ったから。

 

 例え今日が、先のベアハッグでしかそれを伝えることができなかったとしても。

 

 例え今日引き留めて聞くことが出来ずとも、いつかは言葉で伝えてほしいと、俺は思った。

 

「……そうですね。また、いつか。──では、おやすみなさい」

 

「……あぁ、おやすみ」

 

 そうして、いつになく素直で、いつになく珍妙な格好をした円香……いや、ヒグマのマドカは部屋を出ていった。隣の部屋だから、人に見つかる前にさっさと自分の部屋へ逃げ帰ったのだろう。

 

「……はぁ。多分夢でも見てたってことにしておいてあげた方が、良いんだろうな」

 

 勿体ないが、明日これを話題に出せば機嫌が悪くなることは目に見えている。それなりに長い付き合いの中で、円香の扱い方というのも多少の心得が出来てきたじゃないか……自分で自分を褒めてやりたかった。

 

────────────────────

 

 

「──あぁ、おやすみ」

 

 その言葉を背に部屋を出た私は、誰にも見られぬうちに隣の自分の部屋の鍵を開けて、中へ飛び込む。

 

 当たり前だが誰も居ない個室の中、ふらふらとベッドに近づき、飛びつくように転がった。奇麗にベッドメイキングされたパリパリのシーツに皺が寄る。

 

「……最悪」

 

 呟くように、毒づくように言葉が口から洩れた。それは呪詛。珍しく『彼』絡みで、けれど矛先は『彼』ではなく、他ならぬ自分への呪詛だった。

 

 何のためにミス・ヒーローガール──小宮果穂に頼み込んであのパジャマを売っていた店を教えてもらったというのか。

 

 なんのためにそれを……こんな、自分らしくないパジャマを着こんで迄彼の部屋に行き、道化を演じたというのか。

 

 全て……折角普段住んでいる地から遠くに、二人来たこの夜くらいは素直になろうと、自分で決めたからじゃないか。

 

 日頃の感謝や、胸の内を伝えられたらどんなに楽だったか。それを伝えたくて、このポリエステルの毛皮に身を包んだというのに。結局、自分は人にも獣にもなれず彼に伝えるためにできたのはあんな不格好で力任せの抱擁ただ一つ。

 

 その事実が、猶更に自分を凹ませていた。

 

 涙は流さない。泣くような結末になったわけではないからだ。ただ、熊になってまで貫こうとした物が貫ききれなかった自分の普段の気性を呪いたくて仕方がなかった。

 

──話してくれる時を、待ってるから。

 

 脳裏に、彼の言葉がよぎる。目を閉じ、何度も何度もその言葉を、その声をリフレインさせて反芻し。

 

「本当、簡単に言ってくれる。人の気も知らないで……」

 

 遅くまで起きているから、それとも先ほどまでの緊張と妙なテンションの反動か。急激に眠気が襲う。抗う気も起きぬまま、微睡に身を任せていく。

 

 私には今感じている温かさがパジャマによる物か、それとも先ほど抱き着いた彼の体温が移った物なのか。鈍っていく思考の中では、区別がつきそうもなかった。

 

 

 

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