アイドルマスターシャイニーカラーズ 短編集 作:むらくもさん
花の幸せを定義することは、人の傲慢にすぎない。
――想われる花よ、存分に嘆かれよ。
「お疲れ様、凛世。疲れてないか?」
「はい…ご心配なく。プロデューサーさまも、凛世に色々な便宜を図ってくださり、ありがとうございました」
晴れた日の午後、俺と凛世はとある自然公園の中を歩く。
県外の広大な自然公園、その中で雑誌のピンナップに使う写真撮影の仕事だった。
午前中から始まり、昼休憩を経た後夕方まで掛かる予定であったが思いのほか早く撮影が進み、昼下がりの頃には撤収できるまでになった。
「いやぁ、それにしても意外と早く終われて良かったな凛世。これなら、なんとか日が暮れた頃には帰れるよ」
俺が声を掛けると、凛世は少しだけ考え込むような素振りを見せる。その横顔は嬉しそうでいて、仄かに物憂げで、儚げな印象を受けるのは、普段の凛世の持つ印象からか。
「……はい。明日にも、お仕事はありますので……休む時間を取れるのは、ありがたく思います」
「だよなぁ。俺としてもありがたい限り、ってそうだ凛世」
終わった話題に、新たに何かを乗せようとする声に凛世の首が小さく傾き、横に纏めた髪に付いた飾りが小さく揺れた。その仕草が妙に愛らしくて、笑みが思わず漏れてしまう。
「……プロデューサー、さま?」
「あぁ、ごめんごめん。元々の予定では夜に帰る予定だったから、夕食をどこかで取ろうって話だっただろ?ちょっと早くは帰れるけど、事務所の近くに来る頃なら結構良い時間だしさ、折角だから夕食はその辺で食べてから事務所に帰ろうかと思うんだけど、凛世はどう?」
「……!は、はい…!是非、凛世もご一緒に……!」
俺の誘いに対し、快く同意してくれる凛世。これもひとえに、今まで短くない時間を共に過ごしてきたが故の信頼の賜物、ということだろう。
「ははは、俺も一人で食べるのはちょっと寂しかったから、ありがたいよ……お?」
「?」
感謝の気持ちを素直に伝えていると、ふと目の端……道脇の芝生の上に、細い茎、小さな青味の強い紫色の花が咲いていた。
「なんだこの花?目立つ大きさも形もしてないけど、ずいぶん奇麗な色してるなぁ。凛世、花とか分かるか?」
「多少は分かりますが……申し訳ございません、凛世にも見覚えがない花でして…」
「そっかぁ。名前とかは分からないし、地味に感じる花だけど……奇麗なもんじゃないか」
俺には花の善し悪しは分からないが、それはこの特徴的な形の花と直面して出た、心からの言葉だった。
「はい……凛世も…この花はとても美しい色をしていると思います」
凛世も、きっと同じことを思ってくれたのだろう。顔を綻ばせ、自然な笑顔を見せてくれる凛世に。
「……凛世の笑顔も、まるで花のようだなぁ」
「ッ!?…プロデューサーさま…何を…?」
「凛世、俺はさ。アイドルをプロデュースするのが仕事なんだ……例えば、こうやって野に咲いていて。それだけでは輝けているとは言えない花を奇麗に整え、その花の持つ本来の美しさを引き出して。そして多くの人の目に触れるところに植えてやることで輝かせていく。そんな仕事だと思っているんだ。そんな役割を仕事として担えていることが、とても楽しくて、誇らしい」
「それは……とてもご立派なことだと、凛世も思います。……現に、プロデューサーさまは…そう、プロデューサーさまは凛世を、こうしてアイドルとして輝かせてくださっております…」
「そうだよな……こうやって野に咲いている花を、花に疎い俺でも見つけて、奇麗だと感じて。そんな花と同じ思いを凛世にも感じて。改めて、自分の感性とプロデューサーという職業って良いもんだなって思えたよ。……ちょっと、臭い事言っちゃったかな」
恥ずかしくなり、思わず頭を掻いてしまう。そんな誤魔化す姿を見て、凛世の笑みは更に深く、その笑みは咲いた花にも似た美しさを発していた。
「さぁ、帰ろうか。あんまり長居しちゃ、折角稼げた時間も無駄になっちゃうもんな」
俺が花に踵を向け、駐車場へ向けて歩き始めると、凛世もその1歩後ろに続くように歩き始める。
「……約束するよ、凛世。俺は君を、今よりも更に輝き、見てもらえるステージに連れて行く。必ず、な」
ついてくる足音と、気配を背中に感じながら。
面と向かってはとても口に出せない、月並みな誓いを後ろの凛世に投げかけてみれば。
「はい…凛世も、プロデューサーのご期待にお応えできるよう。…いつまでも、頑張って参る所存でございます」
凛世もそれに、応えてくれた。それが嬉しくて、口元がにやけるのを、後ろにいる凛世に見られずに済んだことに安堵しながら。
駐車場へ向かい、歩いていた。
―――――――――――――――――――――――――――
「――凛世の笑顔も、まるで花のようだなぁ」
「ッ!?」
心の臓が跳ねる、というのはなるほどこういうことか。
普段なら足を止めぬような、目立たぬ青紫の花を眺めていた彼から唐突に飛び出したその言葉に、自分の胸が、心が跳ね上がるような感覚を覚え、思わずびくりと全身が震える。
「…プロデューサーさま…何を…?」
突然の衝撃に言葉は詰まりそうになるも、それでも声が震えないようにだけ気を付けて問う。今の言葉の真意を、正しく知りたくて。
それに対し、彼は語ってくれた。野に咲く花を整え、魅力を引き出し、人の目に触れる機会を用意して輝かせる事こそが彼の……プロデューサーとしての本懐だと。
そしてそれこそが、野に咲く花の望みであるかの様に。
――本当に、そうでございましょうか?
頭の中に沸いた疑問は、理性で抑圧する。それを今問うのは、彼が花を眺めて得た答えに、早々に冷や水を浴びせる行為だと理解しているが故に。
「それは……とてもご立派なことだと、凛世も思います」
だから、正解はこう。同意こそがこの場において最善。
「……現に、プロデューサーさまは…そう、プロデューサーさまは凛世を、こうしてアイドルとして輝かせてくださっております…」
事実、凛世はプロデューサーが居なければアイドルにはなっていなかっただろう。あの時、草履が切れて前にも後ろにも進めずに停滞してしまった自分。
あの時自分は野に咲く花であり、誰からも見向きもされず、手を差し伸べられる存在ではなかった。
そんな自分を見つけ、救い、導いてくれたお方。私が想い慕う、尊き人。
例えあの時救ってくれたのが別の誰かであったとしても、このような想いを抱くことはなかったとさえ言えるほどに、自分が感じる彼との出会いは、運命だったと確信を持てている。
そのような想いを込め、されど見透かされることは無いよう言葉を選び。彼に事実と感謝を伝える。彼の感性は、彼の仕事は、貴方様が思うが如く正しい物だと。
自分の言葉に、嬉しそうに、照れくさそうに彼は笑う。そして、言うのだ。凛世の言葉に、肯定に彼自身がすんなりと同意できたことを。
彼が他でもない自分の言葉で更に活力を、自信を得ることができたのが嬉しくて……嬉しくて。多幸感の陰に隠れた、チクリとした物を飲み込んで、笑う。
彼の言う、花の笑顔。それを意識し、咲いて見せる。
しばらくそうして笑みを見せあい。やがて彼が満足げに駐車場の方へと向かうのに合わせ、自分もその一歩後ろを歩く。
「約束するよ、凛世。俺は君を、今よりも更に輝き、見てもらえるステージに連れて行く」
一歩前、背を向け歩く彼から投げかけられた言葉。それを聴いた自分の表情はどうなっていたか。少なくとも笑みの形を取っていないであろうことは分かった。
――貴方さまの後ろを歩いていて、本当に良かったと思うのです。今の凛世の顔をお見せすれば、人の機敏に敏いプロデューサーさまならきっと何かに気付いてしまうから。
彼は、野に咲く花の喜びは人の目に触れ輝き続けることだと言った。……実のところ、凛世はそれを正解だと感じてはいなかった。
――凛世は…そうは思いません。
そう言えれば、どれだけ楽か。彼に自分の想いを伝えることができれば、その先に何が待っているかは分からずとも彼とならばきっと進める。その確信が凛世にはあった。
だが、言えない。凛世のそれは、先に聞いた彼の矜持と真っ向からぶつかる物だから。
――花は、いつしか枯れていきます。
万物は流転し、劣化する。世に根差す以上花も、人も、アイドルでさえもまた然り。
――花は、自分を見つけて『奇麗』だと言ってくれた誰かの物になりたいのです。
人の目に触れ輝いても、いずれはその輝きにも終わりはやってくる。なればこそ、花を愛でてくれる誰か、花が愛でてほしいと思う誰かに、独占してほしいと思うのはエゴなのだろうか。
――嗚呼、凛世のプロデューサーさま。貴方さまが気付いてくださった花の、貴方さまが気付けなかった花の想う喜びとは。
「……はい。凛世も、プロデューサーのご期待にお応えできるよう。…いつまでも、頑張って参る所存でございます」
――その花こそが好きだと思ってくださる誰かに手折られ、枯れ果てるまでお手元に置いて愛でていただくことにございます。
言えぬ思いを、言える言葉に乗せて前を歩くその背に渡す。いつか、いつか。この想いを伝えられれば良いなとその日を夢見ながら。
駐車場へ向けて歩く彼の背を、追いかけた。