アイドルマスターシャイニーカラーズ 短編集 作:むらくもさん
P樹里朝帰り概念です。
―――のニュースが、22時をお知らせいたします。
なんでもない平日の夜。これほど遅くなれば流石に車通りも少なくなり、空いたバイパスの上で車をひたすら走らせる中、眠気覚まし代わりに掛けていたラジオから、そんな声が聞こえてきた。真か、と長らく運転に集中して見るのを忘れていた時計をちらりと見れば、なるほど確かに22時と少しを示していた。車を走らせ始めて既に2時間が経過している。正直なところ休憩は取るべきなのだろうが、可能ならばノンストップで帰っておきたかった。
「……なんだよ、もうそんな時間かぁ」
隣から聞こえてきた声に、意識を向ける。視線を横に流してみれば、助手席に座った樹里が疲れた顔でフロントガラス越しに前から後ろへと流れていく景色を見ていた。
「なんだ、樹里起きてたのか?ずっと肘突いて向こう見てたから、そのまま寝てたもんだと」
「プロデューサーも運転に集中してたみたいだったからさ。あんまり話しかけて気を散らしても悪いし、それなりに我慢してたんだよ」
言われてみれば、確かに車を走らせて数時間は渋滞に巻き込まれたり、夕立で視界が悪かったりで集中していたので、隣の樹里は殆ど気をやっていなかった気はする。素直に反省すべき点だった。
「あ、あぁ。悪い樹里。俺も疲れてたから、運転に集中しないとと思ってさ」
「あ、いや別に怒ってないって!私も日が暮れるまでの撮影とかでかなり疲れてるし、プロデューサーも疲れてるだろうからって黙ってただけだからさ……くぁ……」
「樹里、お前普段ならもう寝てる時間だろ?流石に眠いんじゃないのか?」
「まぁなー。朝早く起きたいから、このくらいの時間にいつも寝てるけど……今日は起きてるよ……」
そう口で言ってはいるが、樹里の意識はすでに半分くらいが眠りに落ちていると言っても過言ではなかった。普段少しツリ気味の目は緩み、言葉尻もどこかおぼつかなくなり始めていた。
「良いから寝てろって。別に明日は仕事もないけど、我慢して起きてても良いことないしさ」
「いや……いいよ……」
アイドルが普段の生活習慣を崩すのも良くないと思い、寝るように促してみるも、樹里は中々応じようとしない。ただ、その態度に反比例するように、今にも眠気は樹里を侵食し続けているようだった
「……プロデューサーが、頑張って起きてるのに、……アタシだけ寝るなんて……悪い、しさぁ……」
「おいおい……身体が資本のアイドルが、意地張ってもしょうがないだろ……?それに、頑張るつもりだったが俺もちょっと眠気が凄くてなぁ……樹里には悪いけど、もしかしたら俺もどっかに車止めて仮眠取ることも考えてるんだよなぁ……」
そう、この場で眠気に襲われているのは別に樹里だけではないのだ。自分も朝から遠くまで樹里を連れて移動し、一日忙しなく過ごしたせいで普段よりも肉体的、精神的共に疲労困憊であった。やり慣れたデスクワークが主な平時であれば今くらいの時間帯でも事務所で平気な顔をして仕事をしていたかもしれないが、今日は身体を張ったせいか、今なお続く帰り道が殊更長く感じられてしまう。隣に樹里を乗せている以上、当然事故を起こすなどあってはならない身であるので、仮眠をとった上での朝帰りが本格的に選択肢に上がり始めていた。
「……おー、そうかぁ……」
そんな自分の説得の意図を読み取ったか、或いは単に耐えきれなくなったか。気が付けば樹里は助手席に身体を投げ出すように委ね、すうすうと寝息を立てて眠っていた。シートベルトが力を失い、ともすれば下へとずり落ちそうな樹里の肢体を支えていた。
「……ま、流石に寝るわな。今日一番動いて疲れたの樹里だろうし」
朝から車に揺られて、撮影、プチイベント、ファンサービス。ハードなスケジュールの中、飛び込んできた予定にもなかった出来事にも、樹里は完璧に、それでいて嫌な顔――疲れた顔ひとつすることなく対応して見せた。
「――本当、よくできた奴だよ」
隣で寝息を立てる樹里に、声を掛ける。
「スカウトした時、なんだか一匹狼みたいな印象だったから少しだけ不安もあったけど。放課後クライマックスガールズの皆にもすごく優しくて、アイドルに対してもひたむきに前向きで努力家でさ」
「挙句、まさか俺の事まで気に掛けてくれるなんてなぁ。そんな優しくて頑張り屋なお前を俺は誇りに思うし、大好きだよ」
別に、聞いてもらおうと思って呟いた言葉ではない。面と向かって似たようなことを言うなら、もっと言葉を選ぶだろう。
こんな直球な言葉では、樹里はきっと照れてしまうだろうから。
だからこそ、これは誰に聞いてほしいわけでもない呟きだった。
――ふと、自分が思ったよりも睡魔に思考をやられ始めていることを悟る。
そうと決めればさっさとバイパスを降り、近くに駐車場か、或いは何か施設はないか探すと、海浜公園の駐車場入り口が目に飛び込んできた。
「あーあ、こりゃ明日の朝になるなぁ……」
それでも今仮眠をとらねばという一心で、駐車場へと車を走らせていった。
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――本当、よくできた奴だよ
夢を、見ていた。
――優しくて
彼が、言葉をくれる夢を。
――頑張り屋なお前を、俺は誇りに思う
それはアタシが、彼に掛けて欲しい言葉ばかりで。
――大好きだよ
だから、きっとこれは夢なんだろうなって、思った。
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ぶるり、と勝手に身体が震えるのを感じて目を覚ます。
「……ぁ」
意識が浮上してくるのと共に、少し冷えた空気がアタシを刺激した。だが、寒いのは手足や顔だけで、胴体は寒くないことに気付く。
そこまで厚着しているわけではないし、この気温なら寒いはず……と思ったのだが。
「さむ……く、ない?これか……?」
見れば、身体にスーツの背広が掛けられていた。寒さをそこまで感じなかったのは、これのおかげらしい。
自分にこれを掛けたのは……まぁ一人しか居ないだろう。思わず横を見れば、背広を態々脱いで掛けてくれたであろう、プロデューサーがワイシャツ姿で眠っていた。
寒くはないのだろうか、声は掛けた方がいいのだろうか。時計を見ればまだ4時前。窓から外を見ても辺りはまだ薄暗く、どこか公園か何かの駐車場の一角であることしかわからなかった。微かに聞こえるのは波の音か。ならば、海の近くであろうというくらいの推測はできるが……所詮その程度だった。
「……ま、寝るんならしっかり寝かせてもらうかな」
迷ったが、ここで起こすのも忍びなく。背広を返しても彼はきっと遠慮して心配してくるだろうから。ここは上着を掛けてくれたプロデューサーの心意気に甘えようとして。ふと鼻腔を普段嗅ぎ慣れたような、安心できる匂いがくすぐった。言うまでもなく、目の前の上着から発せられる、プロデューサーの匂いだった。
それを認識すると同時に身体が熱を持ったような錯覚を覚える。顔が熱くなり、背広に覆われていない手足が鋭敏になって空気の冷たさをより敏感に感じ取ったような気さえしてくる。
「くそ、これのせいかよ……」
きっと、この匂いと温もりに包まれていたせいで、あんな夢を見たのだろう。
アタシの聞きたい言葉が詰まった、願望みたいな夢を。
熱くなった顔を隠すように口元まで背広を持っていくと、鼻に近づいた襟元から香ってくる匂いにますます顔が赤くなったような気がして。
「もし夢じゃないなら、ちゃんと面と向かって言ってくれりゃ良いのにさ……」
なんて、悪態なんかついてしまったりして。それでも身体はまだまだ疲れていたのだろう。それから程なくして、アタシの意識は再びまどろみの中へと落ちて行った。
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翌日、昼過ぎ。結局日が上がってからの帰宅となり、樹里はシャワーを浴びて身支度を整えた後、当たり前のようにレッスンをしに事務所へと足を運んでいた。
放課後クライマックスガールズの他の4人も自主トレーニングの為に午前から来ていたが、同じく朝には普通に出勤していたプロデューサーの「樹里は朝送ったから、仕事もないし多分今日は休むだろう」という発言に、てっきり寮で休んでいると思っていただけに、ジャージ姿で現れた樹里を認めた際、一様に驚いていた。
「樹里……貴女昨日相当ハードだった上に、昨日の内に帰れなかったんでしょう?こんな時くらい、寮で休んだ方が良いんじゃない?」
「あー、夏葉の心配はごもっともなんだけどさ……実際帰りの車では殆ど寝ちゃってたし、さっき帰って来たって言っても睡眠時間は十分に取れてるからさ」
むしろ、車の中で寝たせいか身体が強張ってるし、レッスンルームでがっつりと柔軟とか軽く運動したかったんだよな。と樹里は背筋を大きく伸ばす。どこかの関節がパキリ、と小さくなったのがその場に居た面々にも聞こえた。
「でも樹里ちゃん、今日は朝帰りってやつですね!大人です……!すごいですー!」
「いや果穂、別に朝帰りは凄くないっていうか……なんか変な意味に聞こえるような……」
「プロデューサーさまと狭い車内で一夜を……凛世も、興味がございます……!」
「凛世ちゃんも乗らないで!?あーもう、果穂の教育に良くないよぉ……!」
果穂は見当違いの憧れに目を輝かせ、凛世は何を思ったかそれに乗っかる。間に挟まれた千代子は思わず頭を抱えてしまっていた。
「ふふ、でも樹里の話を聞く限りだったら別に浮いたことはなかったみたいね。あのプロデューサーが仮眠を取るほど疲れていたんでしょう?それ、私の経験上なら相当の事だし……でも、実際のところどうだったのかしら?私も「あの」プロデューサーのことだから何もなかったとは思うけど、狭い車内、二人きりで一夜を過ごした感想は聞いてみたいわね、樹里?」
夏葉に尋ねられ、樹里は言葉の意味を反芻し。
「べっ……別に……」
不意に鼻腔の奥にあの香りを、あの温もりを思い出して顔を赤くする。
「……いや、そうだな」
恥ずかしさを隠すようにジャージの袖で隠された口元は。
「まぁ……そう悪いもんでも、なかったよ」
――だらしなく、笑みを浮かべて緩んでいた。