アイドルマスターシャイニーカラーズ 短編集 作:むらくもさん
星は輝き、君を見守る。
某所ワンドロ参加作品
お題「星座」「雑巾」
日も暮れて、薄暗くなり始めた事務所の中。ガタガタとミシンが音を立てて布地に糸の縫い目を走らせていく。縫い目はひたすらに真っ直ぐ、真っ直ぐに――とは、ならなかった。
「……ううむ。完成はしたが、大分不格好になってしまったな……我ながら不器用なこった」
彼――プロデューサーは先ほどまでミシンを走らせていた布……即ち、完成した雑巾を手に取りため息を吐く。
そこに近づき、声を掛ける女性が一人。彼の担当アイドルの咲耶だった。
「おや、プロデューサー。アナタがミシンを使っているなんて、珍しいこともあるものだね」
「咲耶か、まぁ……たまには俺だってミシンくらい使うさ」
「ふふっ。縫い上がりを見て落胆しているところを見るに、本当にたまにの様だね」
プロデューサーは虚勢を張るように強がって見せるが、その強がりは咲耶にはお見通しだった。というより、口では強がっていても表情がしょげていては分かりやすいにもほどがある、というのが真相だった。
「それで、何を縫っていたんだい?」
「雑巾だよ。古着が増えて来たんで、折角だから雑巾にでもしようと思ったが手縫いは面倒くさいし家にはミシンがない。だから、事務所で借りてるってわけ」
「雑巾……?ふふっ……はははっ」
そう言って完成した雑巾を広げて見せるが、その雑巾は合わせた布の合わせも悪くズレており、外周の縫い目は少しガタついている程度で済んでいるが、真ん中の斜めに走る縫い目が悪かった。真っ直ぐにしようとして何度か向きを変えたのだろう努力の跡がうかがえるように、線はカクカクと波打ち、まるでWを描くかの様にジグザグの様相を示す。そのあまりにもあんまりな出来に、咲耶はつい噴き出してしまった。彼女の凛々しく、されど女性らしい高さの笑い声が事務所に響く
「……笑いすぎだ、咲耶」
「いや、すまないね。プロデューサーが四苦八苦しながら縫ったのが想像できて、つい」
「糸を一々切るのが面倒くさくて、一筆書きの形にしたのが失敗だったかな……」
そんな問題かな?咲耶はそう尋ねてみたかったが、なるほどそれなりに努力したのは事実なのだろう。それをこれ以上笑われてしまえば、彼とて今度こそへそを曲げてしまうかもしれないので、聞きたい心をぐっと堪える。
「それで、まだ雑巾は縫うのかい?」
「あぁ、布地もあるし、折角だから5,6枚縫えるだけ縫おうかなと思ってさ……布を必要数切ってはあるんだ」
「なら、私がやろう。これでもミシンは使える方でね、納得の仕上がりを約束してみせるが、どうかな?」
咲耶の提案は青天の霹靂。突然の申し出にプロデューサーは多少悩むも、手に持った雑巾のようなそれと咲耶を数度見比べ、やがてがっくりと肩を落とした。
「……頼めるか?」
「あぁ、頼まれたとも。見ていてくれれば、すぐに終わらせるさ」
プロデューサーから譲られた椅子に座り、ミシンに向かう。糸をセットし、布地を取り付け縫い始める。その縫い手に迷いはなく、縫い線には乱れなく。極めてスムーズに、努めて丁寧に、即ち上等な雑巾が見る見るうちにに出来上がっていく。その様を見て、プロデューサーはひゅうと口笛を吹いて感心して見せた。
「随分上手いんだな。正直、咲耶は裁縫のイメージはなかったから驚いてるよ」
「忘れたのかい?私は子供のころから家に一人でいることが多かった。だから、こういう縫い物も自分でやっていたというだけさ」
「あー……なるほど。なんかごめんな」
一瞬嫌なことを思い出させてしまったかと、プロデューサーは謝罪する。が、その謝罪を咲耶は軽く笑って返した。
「ふふっ、構わないよ。確かに寂しい思い出だけど、その時の経験が今こうしてアナタの役に立っているんだ。私にとっては、そのことへの嬉しさの方が勝っているよ……ほら、できたよ」
話をしながらも手は止めず、気付けば咲耶は用意されていた布地を全て雑巾へと変貌させていた。
「早いな……でも助かったよ、咲耶が居なかったら、俺はこの雑巾未満と同じものを明日の朝まで作ってるとこだったと思うからさ……」
「気にしないでくれ、人には適材適所というものがある。それから、まだやることはあるよ」
「まだ?」
「あぁ、君の持っているそれ、どうせだから外側を少し縫い直して雑巾と言える形にはしてしまおうか」
「お、それもできるのか?じゃあ頼むよ」
致せり尽くせりだな、と雑巾になり切れなかったそれを受け取った咲耶は、手で広げまじまじと見つめる。外周さえ少し直してはみ出た部分を縫い込んでしまえば、多少歪だが見てくれはかなり改善が期待できそうだった。それよりも目を引くのは、真ん中のジグザグとした縫い線だ。
「これは……中々、真ん中の縫い目は難航したようだね。真っ直ぐ縫おうとしてこんなにもジグザグになっているのは見たことがないよ」
「ははは……返す言葉もない。真っ直ぐ縫いきるつもりが、いつの間にかこんな、カシオペヤみたいになって……」
「カシオペヤ?」
プロデューサーから発せられた、聞きなれぬ比喩。それに思わず咲耶は聞き返した。
「あぁ、カシオペヤ、星座だよ。こう、こんな感じでWを描くように並んでる星座でさ……結構、星座とか好きなんだよ」
「へぇ、それこそ意外だね。アナタにそんなロマンチストな一面があるなんて、今日は中々収穫の多い一日だよ」
咲耶の笑みに気恥ずかしさを覚え、彼はそっぽを向く。だが、自分の趣味を褒められたのは悪い気がしなかったのだろう、その表情は少し得意げだった。
「それで、カシオペヤだったね。どんな季節に見れるんだい?この雑巾の縫い目と似てると思ったら、俄然興味が湧いてきたよ」
「縫い目と似てるって言っても、大まかなもんだけどな……見やすいのは秋から冬だけど、一応日本でなら一年中見えるよ。ポラリスのすぐ近くにある星座だからさ、見つけるだけなら簡単だと思う」
「ポラリス……あぁ!北極星の事か。成程、それなら北の空を見ればわかりやすいね……っと、出来たよ。真ん中のカシオペヤはそのままだが、雑巾として恥ずかしくない形には整っただろう?」
「おぉ……流石だな……ありがとう咲耶、お陰で助かったよ。今度、何かお礼するよ」
出来上がった雑巾を受け取り、プロデューサーは頭を下げる。そんな彼に、咲耶は少し考えて。
「それなら今度の休日の夜に、どこか星が見やすい所へ私を連れていってくれないかな?それで私に、星の事や星座のことを教えてほしい」
「星座を見に?構わないけど……言っちゃなんだけどそこまで面白い物でもないと思うぞ?」
「構わないよ。と言うより……アナタの好きなものを知りたいし、アナタの好きなものを好きになってみたいんだ。どうか、約束してもらえるかい?」
「そこまで言うなら、今度の休みだな?任せとけ、車にお高い望遠鏡を積んで持っていくからさ。なるべく、退屈させないよう努めるよ」
咲耶のその言葉と、浮かんだ爽やかな笑顔。そのストレートな好意を知ってか知らずか。プロデューサーも笑顔で同意する。
二人が笑いあう事務所の外、北の空。二人が探しに来てくれることを待ち侘びるかのように、カシオペヤとポラリスは燦爛と輝きその身を寄せ合っていた。