アイドルマスターシャイニーカラーズ 短編集   作:むらくもさん

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いかなる理由があったとしても、血縁とは惜しまれるべきものだ。
――そう思えるのは、君が幸福である証なのだろう。

某所ワンドロ参加作品 「枯れ葉」「黒」「パイプ」


紫煙、服する時。(西城 樹里)

――秋。夏の残暑もすっかり収まり、冬に向けて段々と気温も下がっていくなんだか物悲しい季節。

 

初日。朝から単独での仕事の予定が入っていたので事務所に来てみると、朝にしては妙にバタバタと騒がしく、鬼気迫る表情で仕事をする彼の姿があった。

 

「おはようございまーす……って、朝からそんな急いでどうしたんだよプロデューサー?」

 

「あぁ、おはよう樹里。朝から悪いんだけど、身内に不幸があってな。俺が喪主をやらないといけなくて、今大急ぎでスケジュールの調整とか済ませたところで……」

 

「えっ……?」

 

「もう出ないと新幹線の時間がまずいな……!悪い樹里、詳しく説明してる時間はないから俺はもう行く!とりあえず仕事とかにははづきさんが同行してくれるから心配しなくて大丈夫だから、じゃあな!」

 

本当に急いでいたのだろう。普段の落ち着いた、余裕のある姿はどこへやらと怒涛の勢いで捲し立て、慌ただしくバッグを掴み事務所のドアから外へと飛び出していく背中を、アタシはぽかんと見送るしかなくて。

 

しばらくした後に、とりあえずはと今日の仕事の道中、現場へと車で送迎してくれたはづきさんの口から教えてもらえたのが彼――プロデューサーの父親が亡くなったから、喪主をするために凡そ10日ほど忌引きで休むという事だった。

 

「社長も明日はお通夜、さらに翌日の葬儀にも出られるそうなので明日出たら戻ってくるのは明後日の夕方になるみたいですよ~」

 

プロデューサーさんが居ない間は皆さんが心配しなくて大丈夫なように私も頑張りますね~、と笑うはづきさんの話を聞きながらも、アタシの思考はどこかぼんやりとしていて。

 

「そっか……プロデューサーのお父さんが、なぁ……」

 

考えるのは、両親ともに存命な自分には分からぬ、プロデューサーの心情ばかり。父親が亡くなった……その事に彼は今、どんな思いで向き合っているのだろうか。現場に着くまでの間、車の中でそんな答えの出ない疑問がグルグルと渦巻いて離れないのが、なんだか不快だった。

 

その日の仕事にミスはなかったがモヤモヤは収まらず。夜になっても、まるで眠り方を忘れたかのように眠れなかった。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

2日目。今日は午後から放課後クライマックスガールズでの雑誌のピンナップ撮影があったので、またはづきさんに同行してもらって現場へとやってくる。

 

撮影自体は順調、だったのが。

 

「……笑顔だけれど皆してどことなく表情が暗い、か。流石プロのカメラマン、細かいところまでよく見てるわね」

 

撮影を終え、戻って来た事務所の中でぽつり、と夏葉が溢した。それには返す言葉もないというように、沈黙が広がる。普段は奇麗だと感じる赤い夕陽も、今日に限ってはなんだか物悲しい雰囲気に感じられてしまって。

 

――なんか辛い事でもあった?

 

そのカメラマンの言葉は的を射ているようで、的外れだった。本来他人であるプロデューサーの――それも逢ったこともない――父親が亡くなられたショックが何故か担当のアイドルに波及し、微妙に引き摺ってしまっているなど誰が想像できようか。

 

「アタシも昨日からなんかもやっとしてるんだけどさ。まさか全員とはな……ちょっと安心したような、びっくりしたというか……」

 

「んー、私もなんでかわかんないけど……事情を聞いてから落ち着かないというか……」

 

「凛世も……プロデューサーさまのお気持ちを考えると……胸が、痛みます……」

 

アタシの言葉に、チョコと凛世も同意する。やはりと言うか、考えることは同じだったようだ。

 

「……あたしも、プロデューサーさんのお父さんが亡くなったって聞いてから……ずっと……」

 

先ほどまでいつも通りにしていた果穂も、撮影を終えてからはどこか辛そうで。無理をしていたのだな、と悟るのは容易だった。

 

「あたしもお父さんとお母さんが死んじゃったらどうしよう、どうなっちゃうんだろう……って考えちゃって……それで、昨日の夜泣いちゃって……!」

 

「……うん、果穂くらいの年頃だったらそう考えてしまうことも、仕方ないわよね……私も、両親が段々歳を取ってきたからこそ同じことを考えてしまったもの……」

 

「うう、夏葉さぁん……」

 

普段の快活さはどこへ、と言えるほどに弱弱しく縮こまってしまった果穂を、そっと夏葉が抱きしめた。果穂は暫くぐずる様に夏葉の胸の中ですすり泣いた後、気付けば寝息を立てていた。

 

「……しっかり者の果穂も、まだ12歳だもんね……」

 

「まだ人の死に触れるのは慣れてねーか……つっても、アタシも殆どだけどさ」

 

「私は、少しは経験してる。老いて亡くなられた親戚の方や、まだ若いのに、突然病気で亡くなってしまった人とか……だけど、人の死って慣れるものじゃないし、慣れて良い物でもないのよ。だから私たちのこの感性は、大切にするべきだと思うわ。……勿論、それを仕事にまで持ち込んでしまった事については、反省点だけどね」

 

寝入ってしまった果穂の姿勢を変え、膝枕してやりながら夏葉は言う。例え逢ったことのない人の、話に聞いただけの死であっても慣れてはならない、悼まなければならない。その言葉は、モヤモヤしていた胸の内に、すっと入り込んできて。

 

「ああ……そうだな」

 

「死別も、人と人との別れでございますから……悲しい別れではないにせよ、寂しく感じるのは当然のことでございましょう……」

 

その後、夜になるまで言葉を交わし、ゆっくりと休んで。皆で夕食を取ってから帰宅した。今夜は、夢を見ることすらないほどにぐっすりと眠ることができた。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

3日目。昨日の夏葉の言葉に救われて眠れたお陰でストレスも無くなり、体調は万全。ただ今日は仕事はなく、学校が終われば寮に帰るのみだった。

 

夕方、電車に揺られ寮のある駅で降りる。駅の構内を歩いていると、ふと声を掛けられた。見ればそこには黒い、黒いスーツ――喪服を着た社長が立っていた。

 

「――西城か、今日は仕事もないんだったな。学校から真っ直ぐ帰って来たのか?」

 

「へ?……あ、社長。ハイ、まぁそんな感じ……です。社長こそ、今戻って来たところなん……ですか?」

 

「ふっ……別に無理に畏まらなくても良いぞ、素の口調で大丈夫だ。他の目上の人間や現場に敬語を使えないのは不味いが、俺は所属タレントとはそれなりに砕けて接したいからな……それと、その通りだ。午前中に葬儀を見届けて、今戻って来た」

 

敬語を使えないわけではないが、社長は顔も姿もよく283プロで見かける身内だからつい気安くしてしまいそうになって。そうして変な口調になってしまったのを気遣ってくれたか。社長は苦笑いしながら、ゆっくりと歩き始める。

 

「今日は寄り道する気はないな?寮までまっすぐ帰るのなら、途中までは同じ道だ。少し一緒に歩くとしようじゃあないか」

 

「え、えーっと……じゃあ、分かった」

 

駅から続く道を歩く。アーケードの地面に、街路樹から落ちた枯れ葉が広がり、歩くたびにカサカサと擦れる音、或いはパキ、バリッと踏み砕く乾いた音が耳に心地よかった。

 

夕陽も半分ほど沈み、空には夜が広がり始めていて。無言で横を歩いている社長の喪服の黒が、その内夜の闇に融けて見えなくなりそうな気さえして。

 

風も秋から冬へとバトンを渡し始めているかのような冷たさで。なんだか耐えきれなくなって、俯いたまま口を開いた。

 

「……その、プロデューサーの様子って」

 

「ん?あぁ、見た感じでは大丈夫そうだったな。慣れない喪主に四苦八苦はしていたようだが」

 

「でも、お父さんが亡くなって……それに、喪主ってことは」

 

「そうだな……西城が察している通りだ。アイツの母親は既に亡くなっている……子供のころには既に、と言っていたな」

 

「……え?」

 

社長の返答に思わず顔を上げる。そんな話は、プロデューサー本人からも聞いたことがなくて。

 

「なんだ、話してなかったのかアイツ……そうだな、良い機会だ。少しだけ、立ち止まってもいいか?」

 

そう言うと、立ち止まった社長は鞄から何か、細長い物を取り出す。手慣れた様子で紙に包まれた葉をボウルに詰めて吸い口を咥え、火をつけたマッチで着火。そのままボウルから紫煙が空へと伸びていくそれは……

 

「……パイプって中々渋い趣味してるなー社長。なんていうか、様になってる」

 

「俺はニコチン中毒ではないからな。巻きタバコよりも手軽ではないが、過程を、見た目を楽しみ、その上で味と香りも楽しめるこっちの方が好みと言うだけのことだ」

 

それだけ言うと、また社長は歩きだす。横について歩けば、ほんのりとパイプから漂う煙の臭いがした。嫌いな匂いではなかった。

 

「ていうか、社長が喫煙者だなんて知らなかったよ。事務所で吸ってるとこ見たことないし」

 

「事務所では基本的に吸ってないからな。アイツ……お前のプロデューサーが居る前では、絶対に吸わんと決めている」

 

社長の言葉に、思わず疑問を感じた。プロデューサーだって社会人だ。社長がタバコを吸うのを咎めるとは思えないし、何か理由があるのかと思わずにはいられず、聞いてしまう。その答えがどんなものかも知らずに。

 

「へ?プロデューサーってタバコ駄目なのか?喘息持ちとかだったり……」

 

「……西城、お前はアイツの右肩を見たことがあるか?」

 

突然質問を質問で返され、面食らう。その上で考えてみると、夏服で二の腕を晒すことはあったが、肩というのは見たことがないかもしれない。

 

「いや、見たことがない……」

 

「奴の右肩には、丸い火傷の痕が3つある――幼少の頃に父親から、タバコを押し付けられた痕だそうだ。故に近くでタバコを吹かされるとトラウマを刺激されて調子を崩す。だから俺はアイツの前では吸わんと決めた」

 

「……は?」

 

思わず、声のトーンが低くなったのを感じた。頭が冷えていく。血の気が引いたのが分かる。思わず社長の顔を見れば、神妙な顔でパイプの煙を吹かしていた。

 

「なんだよ、それ……」

 

「……俺とて故人に鞭打つ気はない。喪主を果たして見せたアイツの面子にも関わる話だからな。だが、昔……アイツが283プロに入った頃に話してくれた事を考えるなら。アイツの父親は自分の息子に穏やかに弔ってもらえるような人間ではなかった、と言うことだ」

 

「俺も、アイツと親子ほど年が離れているわけじゃあない。精々、年の離れた弟と言った感覚だがな……それでも、アイツが283プロに転職してきてすぐ、前職で受けていたストレスと一緒に吐き出してくれた奴の境遇を聞いたときに、こいつもまた283プロで幸せになるべき人間だと思ったよ」

 

社長の言葉を聞きながらも、眉間に寄った皺が解れない。死者に対する怒りに、口調が少し荒くなりそうなのを、必死に堪えた。社長に当たっても、何もならないことを理解しているが故に。

 

「……アタシは、プロデューサーの父親が亡くなったって聞いた時、プロデューサーは今何を思って葬儀を取り仕切ってるんだろうなってことを考えてた。でも、まさか父親がそんな奴だったなんて思わなくって……」

 

「当然だな、予想など出来るはずもない。それで、そんな父親の死を受けて奴は何を思ったか、だったな……普通に死を惜しんでいたよ。社会人になった後ぐらい、一度ぐらい顔を出して和解でもなんでも決着はつけておくべきだったとな」

 

「……ははっアタシがその立場だったら、喜んでたかもしれねぇ……やっぱ、プロデューサーは人間できてるんだな」

 

「西城はその立場におそらく立つことは無いだろうがな。例えどうしようもない奴だったとしても、肉親は肉親、血縁は血縁、と言うことだ。いかに決裂していても、最後の肉親を失えば悲しむし惜しむ。そういう物だ……」

 

静かに、良かったアタシを諭すような口調で語りかける社長の手元で、パイプから伸びる煙がゆらゆらと天に伸びて消えていく。それを見て、少しだけ落ち着きを取り戻せた気がした。

 

「……すいません、社長相手に、少し言葉が過ぎたかもしれません」

 

「構わん、若者のやり場のない怒りを受け止めることができるのは、大人の特権だからな。ここの交差点でお別れだな、寮に戻ったらゆっくりと休めよ」

 

そう言って、社長は別の道へと歩いていく。向こうの道の先に、社長の自宅があるのだろう。

 

「社長も、長旅で疲れてるだろうしゆっくり休んでなー!プロデューサーが戻って来た時に社長が倒れてたら、きっと引き摺るからよ!」

 

「俺も今日は疲れている、流石にそうするつもりだ。――西城、お前もアイツの事を支えてやってくれ。きっと、お前の立場からでしかできない支え方もあるからな」

 

社長の問いかけ、それに対しての返答は決まっていた。寮への道を歩き、手を振りながら答える。

 

「そんなの当然、約束する!プロデューサーがもう寂しくないように支えるさ……アタシも、アタシたちも!」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

10日目。社長と帰り、約束してから一週間。

 

あれからいくつかの仕事と、何日かの休日を過ごして。

 

今日プロデューサーは出社してくるということで、アタシは朝早くに事務所に来て、彼のデスクを掃除していた。

 

「おはようございま……あれ、樹里?なんでこんなに早いんだ?今日朝から仕事あったっけ?」

 

「ああ、おはようプロデューサー」

 

事務所の始業時間よりも早く出社してきたプロデューサーは、其れよりも遥かに来ていたアタシを見て面食らい。

 

その顔を10日ぶりに見たアタシもつい笑みが漏れた。

 

ピカピカに掃除を終えたデスクを離れ、プロデューサーに駆け寄り。

 

「あぁ?なんでって、そりゃ決まってんだろ?――プロデューサーに『おかえり』って、最初に言ってやりたかったんだよ!」

 

朝日よりも眩しい、心からの笑顔を浴びせてやった。

 

もう彼が、寂しいなんて思わなくても、よくなるように。

 

 

 

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