慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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第十二話 同化(後編)

 白の番犬所の中で、翡翠の狼が黄土の獅子と激突する。

 五指の鉤爪が三日月状の曲剣を、曲剣が鉤爪を互いに跳ね除けるように競り合う。

 

「どうしたァ! か弱い女子供しか狙えねぇのかッ、この玉無しが!」

 

『くっ……餓鬼がっ!』

 

 身軽な魔獣装甲・四番が跳躍すれば、ジェイドは即座に魔導力の糸で進路を阻害し、決して逃がさないように逃げ場を徹底的に潰してゆく。

 三次元的な躍動こそ四番の戦闘スタイル。しかし、魔導の網が本来の動きを制限する。

 無論、糸を鉤爪で切り裂くという手もあるが、触れれば魔導力は少なからず魔獣装甲を焼き、絡み付いた糸は瞬時に拘束具と変わるだろう。

 それこそジェイドの思う壺だ。身動きが僅かでも止まれれば、翡翠の三日月は間違いなくその身を三枚に下ろす。

 四番が動けば動く程、番犬所内での可動域は狭まり追い詰められてゆく。

 翡翠騎士の指に嵌められているゾルバは内心舌を巻いて見ていた。

 四番が利用している魔獣は獣面ホラー・ナラシンハ。その能力は触れた物に同化するというもの。

 魔戒道に閉め出された時、爪磨に奴の力を特定して、能力を伝えたのはゾルバだが、神官や韻牙への仕打ちに激怒していた彼が冷静に戦術など編めるとは思っていなかった。

 魔胎たちの裏に居るらしき暗黒騎士を討つこと以外に関心がない彼が、真っ当な守りし者として義憤を燃やし、戦っていることも驚いたが、何より激情に支配されてなお、相手を翻弄する戦法を使う知略に目を奪われた。

 恐ろしいのは怒りという本能的な感情の中で、理性的に敵を追い詰める精神力。事実、ジェイドの優美な剣技の冴えは失われていないどころか、普段よりも切れを増している。

 心は熱く、されど肉体は冷静に動く様は、元プリズンホラーの一体として恐怖を感じざるを得なかった。

 味方でさえこれなのだ。相対する魔獣装甲の恐怖たるや想像もしたくない。

 敵ながら爪磨を本気で怒らせた四番に憐れみを懐いた。

 奴は踏んではいけない狼の尾を踏んでしまったのだ。

 

 光の蔦で覆われたジャングルと化した白の番犬所の中、四番は焦燥感を味わっていた。

 力や技ではなく、策により劣勢に立たされているという事実が老獪な魔胎を混乱させる。

 四番は自らよりも強い存在を知っている。故に自身が最強などとは毛ほども思わない。しかし、策略、知略においては“番号持ち”の中では頂点だと自負していた。

 現に自分だけが“先生”の目的に気付き、先手を打って行動している。

 強いだけの獣とは違う、知恵を持つ者。それが己だ。

 こんな餓鬼の魔戒騎士に良いように手玉に取られていていいはずがない――!

 考えろ。頭の悪い餓鬼共出し抜き、永遠の生命を手に入れるために。

 そう……そうだ。この魔戒騎士は何をここまで怒っている。

 床に転がる血に塗れたスコルと意識を失った韻牙を一瞥し、四番はほくそ笑む。

 自分はまだ終わってはいない。

 勝つのは「この儂」なのだ。

 

『のう。魔戒騎士の小僧、お前さん……儂と取引をせんか?』

 

「…………取引?」

 

 曲剣と鉤爪の応酬は止まらない。だが、斬撃をぶつけ合う両者は、一部の隙もなく会話する。

 

『このままではあの娘たちはまずいぞ。特に神官の方はすぐに治療せねば、死ぬ。だから……』

 

「逃がせ、と?」

 

 四番は、にやりと笑う。

 この魔戒騎士、やはり愚かではない。怒りに思考を浸しつつも、芯の部分では理性を完全に放棄していない。

 根の部分ではどこまでも冷めた目で世界を達観している。どれだけ昂って見える感情もその場に応じた相応しい仮面でしかないのだ。

 故に交渉が成り立つ。取引が通用する。

 

『そうじゃな。儂もまだまだ粘れる……が、この場で長引く戦闘などお前さんも儂も望んではおらぬだろうて。ここは一つ引き分けで手を打たんか?』

 

 乗る。奴は乗る。

 冷静であるからこそ、下らない勝敗よりも尽きようとする命を優先する。

 それが魔戒騎士の使命であり、彼らの存在理由。

 

『どうかのう? 魔戒騎士、この場は穏便に』

 

「穏便……? そう。分かった」

 

 空中で競り合いをしていたジェイドは慈英剣の切っ先を下ろした。

 四番も鉤爪を下げ、——韻牙たちが伏す床へと下降する。

 彼女たちが倒れるその小さな空間には魔導力の網は張られていない。

 床に伏した彼女たち二人が魔導力で焼かれるのを避けた結果、そこだけぽっかりと円状に隙間ができていた。

 それだけではない。敢えて、ジェイドの意識をそこへ向けないために、四番はその場所にだけは近付かないように跳躍を繰り返していたのだ。

 

『小僧! 知恵比べは儂の勝ちじゃぁ!』

 

 獅子の顔が邪悪な笑みを浮かべた。

 意識のない韻牙であれば、同化するのは容易い。

 張り巡らせた魔導力の網が今度はジェイドの接近を阻み、慈英剣を飛来もまた困難にしていた。

 己の張った罠のせいで、かえって窮地に陥る姿は酷く滑稽だ。四番はこれ見よがしにその黄土色の腕を韻牙へと伸ばす。

 彼の脳裏には爪磨の悔しがる顔が浮かんでいた。

 

『がッ……!?』

 

 身体が締め付けられる感覚に四番はぎょっと目を剥いた。

 周囲に張り巡らせてあった魔導力の線が()()()()()()()()

 それはまるで綾取りの糸のように、絡み合い四番の肉体を捕縛している。

 

「分かったつっただろ? テメエの企みがなぁ!」

 

『まさか……これも全部罠だったと言うのか』

 

 四番が誘導したのではない。ジェイドは敢えて、その部分に網を張らなかったのだ。

 獲物がそこへ自ら飛び込む瞬間に、罠を作動させるために。

 そもそも張られた糸は引き絞るために最初から位置を調節して作られていた。

 餌に釣られてまんまと四番は誘き寄せられていた。剣を下したのは不戦の意思表示ではなく、巧妙に設置した罠を発動させるための動作だった。

 

『お前……助けるべき相手を囮に!』

 

「掛かると思ったぜ。テメエのような下衆野郎なら!」

 

 雁字搦(がんじがら)めにされた四番は、糸の絡んだマリオネットのように不格好に吊り下げられる。

 翡翠の三日月は微動だにできない彼へと斬撃の雨を降らせた。

 円を描くように振るわれた一連の剣は、彼の手足を斬り伏せる。鉤爪の生えた黄土色の腕や跳躍力を備えた獣じみた脚は床に切り離され、落ちる前に消滅する。

 

『ぐぎゃああああ! た、助けてくれ。頼む。そ、そうだ! 知っている情報を話すぞ! 探っているんだろう? 我らを統べる彼のことを、“先生”のことを……』

 

 なりふり構わず、惨めに命乞いをする魔獣装甲に翡翠騎士は剣を突き付け、冷めた口調で言う。

 

「なら話せ。聞いといてやる」

 

『あ、ああ。“先生”は自らを暗黒騎士だと言っておった。魔戒のことも、ホラーについても全て彼から聞き及んだ……』

 

 深緑の兜の中で爪磨の目は細まる。

 やはり、魔胎を生み出し、陰から糸を引いていたのは暗黒騎士・ダイヤ……!

 暗黒騎士は、ソウルメタル製の鎧を制限時間を超えて纏い続けることで起こる“心滅獣身”を経て、魔戒騎士がなるものだ。

 しかし、ただ心滅獣身になっただけでは暗黒騎士には至らない。ソウルメタルに取り込まれただけでは獣のままだ。

 暗黒騎士になるには、ホラーの祖であるメシアが書き記したとされる『闇の魔導書』に沿った手順でソウルメタルの性質を反転させ、デスメタルに変える必要がある。

 『闇の魔導書』を元老院から持ち去ったダイヤ以外の別の暗黒騎士が新たに生まれたとは考え難い。

 

「奴の目的を、暗黒騎士・ダイヤの目的を教えろ! あいつは今何をやろうとしている!?」

 

 魔導の呪縛がより、その拘束力を増す。切断面から墨汁のような血が染み出た。

 

『ぐおおお! か、彼はホラーという病をこの世界から取り除く、そう言っていた! そのために十番を器として……』

 

 そこまで四番が言ったところで、天井から何かが音もなく飛来する。

 ジェイドは衝突の前に後ろへ跳んで避けるが、拘束されていた四番は回避することも叶わず、その身を串刺しにされる。

 決して脆くはない魔獣装甲を貫通して、胸部を貫いたのは一本の矢だった。

 獅子の顔は解けるように溶け、白目を剥き、口を開いた老人の顔が下から出て来る。

 老いた男のその顔は一目で絶命していることが判断できるものだった。

 

「これは……矢!」

 

 上を見上げた時、群青色の魔獣装甲が黒の天蓋に逆さまの姿勢でぶら下がっている。

 その手には巨大な弓が握られている。四番を射殺したのは間違いなく、奴だ。

 

「別の魔獣装甲!? いつの間に番犬所に……」

 

『“先生”を裏切る不徳者には死を……。そして、種火には薪を……』

 

 群青色の弓使いの魔獣装甲、“七番”は淡々と矢を射り、今度は自らが足場にしている天蓋を穿つ。

 放たれた群青の矢は天蓋に風穴を開けた。そこから小さな紫色の猪型のホラーが飛び込んで来る。

 魔獣装甲・三番の肉体から抜け出たホラー・ヴァラーハは、あるべき場所へと向かうように疾駆し、倒れている韻牙の腕へと向かう。

 当然、ジェイドはそれをみすみす見逃すはずもなく、斬ろうと慈英剣を振るうが、天から降り注ぐ矢が彼の動きを阻んだ。

 

『邪魔をするな、魔戒騎士。これはお前たち、守りし者の悲願でもあるのだ』

 

「……韻牙にアンタら、魔胎のホラーを喰わせて何をする気?」

 

 白の番犬所に入り込んだヴァラーハや四番の死骸の腹を割って飛び出したナラシンハは、韻牙の右手に吸収されるように消えてゆく。

 それを横目で歯痒く見ながらも、七番の攻撃を警戒して、黙認するジェイド。 

 

『ホラーが人に憑依しない世界の創造だ』

 

「そんな世界来るはずないでしょ! 守りし者が何千年、ホラーと戦い続けていると思ってんの?」

 

 七番は蔑むような声音で言う。

 

『だから、所詮お前らは“守りし者”止まりなのだ。無意味な現状維持、全てを救えぬ停滞。私たちは違う。我らは“救いし者(ダーシャヴァ―タラ)”』

 

「御大層なお題目ね。あの下衆野郎のお仲間とは思えないわ」

 

『五番以下は偉大なる計画すら知らされていなかった数合わせに過ぎん。それより、そろそろ鎧を装着していられる限界時間ではないのか? 心滅してもいいなら別だが……』

 

 ……見抜かれている。

 舌打ちをして、ジェイドの鎧を魔界に返還し、爪磨は黄緑の外套姿に戻る。

 鎧の制限時間は勿論、心滅獣身さえ知られているとなると、彼らは想像よりも魔戒の知識に精通しているということになる。

 四番のように暗黒騎士・ダイヤから教えられた知識……だけではないと彼は感じた。

 先ほどの弓の使いを見るに、今まで戦って来た魔胎とは一線を隔す戦闘技術を備えている。

 

「ひょっとして、あなた。元魔戒騎士なんじゃないの?」

 

『…………』

 

 無言。しかし、話術に長けた爪磨はそれが触れられたくない図星を指された者の反応だと見抜く。

 彼は更に続けて、推理を七番に披露する。

 

「魔戒騎士でも弓を扱う騎士は名門中の名門。魔戒騎士の始まりはホラーの爪を矢にしたことからだとされているわ」

 

『……黙れ』

 

 ぼそりと告げられた制止の声を無視して、彼は言い切る。

 

「今の一撃。一矢に置いて、ホラーを討滅する弓術・『一矢必滅』。それは旭杜(ひのもり)流の伝統だったわね」

 

 怒声の代わりに射られた矢が予備動作さえ見せずに飛ぶ。

 爪磨は偃月魔戒剣を瞬時に頭と心臓を守るように構えた。七番の狙いが正確無比であるからこその急所のみの防御。

 しかし、ホラーの力で射られた(やじり)はソウルメタルで構成された刀身を貫通し、彼の額を浅く切り裂いた。

 幸い、そこで矢の直進は停止したが、彼が本気であったなら、剣を圧し折り、爪磨の頭蓋を吹き飛ばすことも可能だっただろう。

 

『次は殺す……』

 

「あら、今回は見逃してくれるの? フェミニストなのかしら」

 

 額から流れた血を舌で舐め取り、不敵に笑う爪磨。

 圧倒的な劣勢に立たされてなお、その瞳に宿る感情に恐怖の二文字はない。

 七番はそれ以上、何も言わずに天蓋の穴からその身を翻して、消える。

 それを見送った後、死に掛けているスコルに治癒の術を施してから、彼女の容態を確かめた。

 呼吸は微弱だが、脈もある。やや熱があったが、骨折によるものだろうと彼は断定し、治療に専念した。

 背後で目を覚ました韻牙は男口調でぼやく。

 

「寝てた間に色々あったみてぇだな」

 

「おはよう。寝坊助さん。暇ならスコルを壇上に連れて行くの手伝ってくれる?」

 

「ん? ああ、いいぜ。任せろ」

 

 もう一人の韻牙。彼女の中に宿るホラーの人格。

 指示を出しながら、爪磨は七番が何故韻牙を攫わずに捨て置いたのかに思考を巡らせた。

 彼女の存在は奴らの計画に必要なものだったはずだ。四番は途中で殺されたためにその全容を知ることはできなかったが、韻牙に魔胎のホラー……特定のホラーを吸収させることが目的のように思える。

 もしその予想が合っているなら、それを討滅する可能性のある爪磨の手元にあるのは愚策でしかない。

 彼は唯々諾々とスコルの救命活動を手伝う韻牙の顔を眺め続けた。

 

 

 ***

 

 

『おいおい。それでも元老院付きの魔戒騎士の生き残りか?』

 

 赤銅のような真っ赤な鎧武者が両刃の斧を振るい、閃光騎士を追い詰める。

 薄紫色の鎧には亀裂が入り、青龍刀のような形状の剣は半ばで折れていた。不意打ちじみた最初の一撃により、相当な損傷を与えられた彼はどうにかして折れた剣で激しい猛攻を防いでいた。

 彼ほどの剣の技量がなければ、早々に決着は付いていたことだろう。そもそも、最初の一撃をあそこまで軽減できたのもレオだからこそだ。

 並みの魔戒騎士であれば、亀裂どころか、致命傷に達していたことは想像に難くない。

 だが、ロードにここまでの手傷を負わせた魔獣装甲・六番もまた並ではなかった。

 ……強い。

 単純な筋力やホラーとしての能力がではなく、戦士としての技巧がある。

 斧という一見武骨な武器を使いながら、その体捌きは滑らかで、こちらの動きを観察した上で一番嫌なタイミングを見計らって打ち込んで来る。

 明らかに武人の動きだ。一朝一夕で学べるものではない。

 そして、魔戒の歴史の闇に葬られた布道シグマの名を知っているという事実。

 そこから導き出される答えは一つしかない。

 

「“破滅の刻印”……」

 

 ぼそりとロードが呟いたその台詞に、六番は面白いほどに露骨な反応を示す。

 

『それッ!? お前ぇ……!』

 

 苛烈さを増す戦斧の軌道。折れた閃光剣では防ぐのも難しくなってゆく。

 しかし、これで相手の背景が鮮明になってきた。

 

「君は……あの事件で父か、兄を失った魔戒騎士だね。だから、首謀者の弟である僕に憎しみを懐いている。違うかい?」

 

 レオの兄、シグマが起こした魔戒騎士を壊滅させようとした強行。

 魔戒法師の立場を取り戻すために起こされたその事件は、“破滅の刻印”という呪いを全ての魔戒騎士に掛けるものだった。

 この刻印をその身に刻まれた者は騎士の鎧を召喚する度に寿命を削る効果を持っていた。

 事件解決後に刻印は、全ての魔戒騎士から取り除かれたことを元老院が確認したが、それはその時まで存命だった騎士全員だ。

 破滅の刻印を受けてなお、ホラー討滅のために鎧を召喚し戦った魔戒騎士は……刻印により事件が収束する前に命を落としていた。

 罪滅ぼしのために、彼らの遺族に謝罪がしたいと申し出たレオだったが、後世の魔戒騎士と魔戒法師の間に禍根を残すことを恐れた元老院はその歴史を闇に葬り、事件を知る全てに緘口令(かんこうれい)を敷いた。

 兄の不始末を詫びることさえ許されなかったことを悔やんだが、元老院の意向には逆らえなかった。

 それがこうして回り回って、自分に返って来ることになろうとは。

 兜の中でレオの顔が苦々しく歪んだ。

 

『人を心を見透かしたような台詞吐きやがって。……魔戒法師かぶれってのは何処までも卑劣だな!』

 

 肯定するように六番は折れた閃光剣を更に砕いた。

 そして、柄だけになった剣を握るロードを見下ろす。

 

『いいぜ。教えてやるよ。ご明察通り、俺の親父は破滅の刻印が原因で死んだ。でも、そいつは直接の死因じゃねぇ』

 

「なら、ホラーに……」

 

 ロードの答えに六番が毒を含むように嘲る。

 

『いいや。俺の親父を殺したのは当時相棒だった()()()()だった。そいつはお前の兄貴に同調者(シンパ)だった。魔戒騎士を疎んじたその魔戒法師は刻印で苦しむ親父を殺したんだ』

 

「……ッ!」

 

 想定していたものよりも根深い闇にレオは兜の奥で息を呑む。

 彼の憎悪はシグマの肉親であるレオ個人に向けられていると思っていた。

 だが、違う。六番が向けている憎しみの矛先は魔戒法師、いや、“守りし者”全てだ。

 話すつもりはなかっただろう。しかし、一度蓋を開けてしまった怒りは言葉をなって、零れ出る。

 

『酷いもんだったぜ。親父の死体には術でできた傷が二十一個もあった。元々表の人間だったお袋は心を病んで自殺した。魔戒法師ってのはそこまで立場の復権が大事らしいな。長年付き合ったダチすら裏切るなんて……ホラー以下だぜ。おまけにその事実さえ、元老院は揉み消しやがった』

 

 魔獣装甲に隠れた彼の顔は見えない。

 声だけは笑っていた。理不尽な仕打ちと堪え切れない憤りによって、怒りも悲しみも通り過ぎてしまった乾いた自嘲だ。

 

『死ねよ。お前も他の守りし者も、皆死ね。人類は俺たち、“救いし者”が救済してやる。だから、お前らはただただ見っともなく死ねよ』

 

 六番は死刑執行人のように、ロードの頭上へと戦斧を大きく振り上げる。

 自分はここで死ぬべきなのかもしれない。閃光騎士・ロードは、布道レオはそう思った。

 思ってしまった。

 守りし者の歪みをこの目で知っているからこそ、レオは六番に反論しなかった。

 彼はロードの鎧を魔界へと返還する。

 

「すまない……」

 

『死ねぇ!』

 

 それを潔く諦めたのだと理解した六番は渾身の力で刃を振り下ろした。

 レオは申し訳なさそうに呟いた。

 

「だけど、僕はまだ――死ぬ訳にはいかない」

 

『……!?』

 

 背後から六番に急接近する何かを感じ、戦斧の軌道を強引に変えて、振り向き様に切り捨てる。

 深紅の斧の刃と接触したのは折れた閃光剣の先端部。砕かれて放置されていたそれが異様な動きで飛んで来たのだ。

 

『術か! どこまでも汚い魔戒法師かぶれめッ!』

 

 振るった斬撃が刃の破片を打ち砕く。

 粉砕されたソウルメタルは斧の中に呑み込まれるように消えてゆく。

 向き直った六番の後ろには既にレオの姿はなかった。

 謀られたのだと気付いた彼の喉からは怒りの咆哮が迸る。

 魔獣装甲・六番。大和ムサシは布道レオを必ず、この手で殺すと胸に誓った。

 




『魔戒導師というのを知っているか? 法師ではなく、導師だ。奴らは占星術の類を得意とする守りし者の一種なのだが、法師の台頭により消滅してしまった役職だ。守りし者にも流行り廃りがあるらしい。「次回・預言」。俺の流行りは空に浮かんだ雲の形が何に似ているか考えることだ!』
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