慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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長くなりそうだったので切りの良いところで、後編を分割することになってしまいました本当にすみません。


第十五話 預言(後編 其の壱)

 黒と白だけで構成された異様な空間。

 それ以外の色を放逐したかのようなモノトーンの世界。

 ブロック状の黒い岩が空に固定されたようにいくつも浮かび上がっていた。

 その中で赤い服をジャケットを身に纏った青年が凶悪な笑みを浮かべ、レオを睨んでいる。

 肩に赤銅色の両手斧担ぎながら青年、否、魔獣装甲・六番こと大和武蔵は言う。

 

「この空間じゃ、魔界と同じく魔戒騎士の鎧の制限時間はねえ。思う存分、楽しもうや、閃光騎士ロード!」

 

 台詞に含まれるのは憤怒か、歓喜か。彼の言霊には激しい感情以外は読み取れない。

 しかし、相手の熱気に当てられることなく、冷静な態度でレオは返した。

 

「申し訳ないが、その期待には応えられそうにはないよ」

 

「……何?」

 

「ロードの鎧は君に付けられた損傷の修復が終わっていないからね。悪いけど、鎧無しでやらせてもらう」

 

 レオは黒い魔法衣の懐から魔導筆を取り出し、それを魔戒剣へと変える。

 隠すことなく、鎧が召喚できないことを明かし、剣を構えるその態度に武蔵の目尻が吊り上がった。

 ……こいつは俺を舐めてやがる。

 鎧なしで充分だという挑発と受け取った彼は、煮え滾る怒りを抑え、あえて笑みを作る。

 

「いいぜ。それならこっちも付き合ってやる。魔獣装甲はトドメを刺す時まで取っておいてやるよ」

 

 だから、掛かって来いとばかりに指を曲げて、レオを招くように誘う。

 無論、レオの発言が虚偽である可能性も武蔵には想定していたが、それ以上に彼に屈辱を与えたいという趣向が上回った。

 仮に鎧が召喚できてもこの魔戒法師かぶれの騎士一人、技量のみで捩じ伏せられる。

 (おご)り、ではなく、自負としてそう感じていた。

 レオの純然たる剣士としての実力は先の戦闘で底が知れている。

 元老院付きの指折りの魔戒騎士と期待していたが、不意打ちとはいえ、初撃で得物を砕かれるような技量の持ち主では話にならない。

 まして、術に頼って敵前逃亡をするような者など断じて敵ではない。

 魔戒騎士とは、真正面からホラー及び、それに類する敵を討滅する力を持っている者なのだ。

 その態度を見取ったレオは、相対する彼へと即座に一歩踏み込む。

 大きく踏み込んだ一歩で数メートルはあった彼我の距離を一瞬で縮めて見せた。

 縮地と言わざるを得ない足捌き。同時に振り抜いた魔戒剣が武蔵の脇腹を袈裟斬りに捉える。

 当たれば、生身の肉体など一太刀で両弾せしめる速さと鋭さを兼ね備えた斬撃。

 鈍重な斧では防ぐことはできない。かと言って身を逸らして躱すことも難しいだろう。

 ソウルメタルの刃が、武蔵の筋肉に接触する……寸前。

 

「うっ……⁉︎」

 

 キンという甲高い金属音が彩度のない世界に響く。

 剣を握るレオの腕に衝撃が走った。

 すかさず、彼はその衝撃に逆らわず、力の流れに沿って距離を取る。

 武蔵は、にまにまと意地の悪い表情で見つめてくる。

 その指先で紅の戦斧をペン回しのペンのようにくるくると回していた。

 

「どうしたよ、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔して。俺は別に特別なことはしちゃいないぜ?」

 

 何のことはない。彼はホラーの力を使った訳でも、魔戒法師のような特殊な術で防いだ訳でもない。

 単純に斧を指先で回転させて、レオの剣撃を弾いたのだ。

 重心の乗ったレオの渾身の一撃をたった五本の指で回した斧で防いでみせた。

 力だとか速さだけで片付く話ではない。

 取り回しのし辛い戦斧を軽々扱う経験。放たれる刃の角度や力の向きを刹那の中で視認し、受け流す技術。

 それらが伴ってようやく可能とされる(わざ)

 外見年齢でいうなら弟子である爪磨と同じ二十代前半程度でしかない青年とは思えない玄人の剣技だ。

 認める他にない。

 この青年の騎士としての実力は自分を上回っている。

 そして、それとは別にもう一つの違和感に気付く。

 

「……その斧、ソウルメタル製じゃない。けれど、普通の金属じゃ魔戒剣は弾けない。まさか……」

 

『レオ! その斧からは僅かに邪気が放たれているよ。その斧はホラーだ!』

 

 レオの指に嵌っている魔導輪エルバが彼の予想を裏打ちする。

 武蔵の表情が微かに変わる。嘲笑から好戦的な笑みへと変遷した。

 

「ご名答。こっちも挨拶してやれ、パラシャ」

 

 視線をずらさず、戦斧に語りかけるとくぐもった人外の声音が返ってくる。

 

『吾輩は戦えればそれでいいのだが、紹介されたのなら名乗ろう。吾輩の名はパラシャ。武蔵の肉体に宿るホラーだ』

 

「魔胎として取り込まれているのに自我が表に出ているのか?」

 

 レオは野猪ホラー・ヴァラーハのことを思い出す。

 奴は魔獣装甲・三番の中に縛り付けられ、自我すら封じられていた。

 ホラーに対してこう思うのも変な話だが、魔胎による被害者とさえ思っていた。

 魔胎とは通常の憑依とは逆で、一方的に人間側がホラーを支配していると考えていたが、彼らの口振りからはそんな様子は感じ取れない。

 むしろ、魔導具と魔戒騎士のような信頼関係さえ伝わってくる。

 

「おいおい、弱らせたホラーを纏っただけの半端者共と一緒にするなよ。俺は奴らとは違う、真の『火羅人(ホラービト)』だ」

 

火羅人(ホラービト)……?」

 

「魔戒法師成立以前に居た(いにしえ)のホラーを宿した戦士のことだ。都合の悪い歴史を抹消したがる元老院の奴らが隠蔽しようとしたが、それでも多少なりとも名残は隠し切れなかった」

 

 武蔵が跳ねるように前に駆け出す。

 呼吸を乱して会話を中断することなく、平時のような呂律のまま語る。

 

「なあ、お前の指に嵌ってる魔導輪……元を正せば、そいつもホラーだ。おかしな話じゃねぇか? ホラーを討滅するためにホラーの力を借りるなんてよ」

 

 刃同士が衝突し合い、重低音の金属音があたかも打楽器の演奏の如く、一定の間隔で響く。

 レオの魔戒剣と武蔵の戦斧が互いに重心を掛けて競り合う。

 

「それは……」

 

 魔戒騎士や法師であれば、誰もが目にする矛盾。そして、誰もが暗黙のルールとして受け入れている矛盾。

 理性ある魔界の住人として封印され、意識だけを魔導具へと移している状態とはいえ彼らも(まご)うことなきホラーの類。

 その証拠に彼らと契約する魔戒騎士は一年に一度その寿命を対価として捧げている。

 

「それだけじゃねぇ。神官の中には未だ火羅人としての性質を持ち続けている者も居る。現にかつて起きたメシア復活の裏で暗躍していた神官ガルムとその息子コダマ。奴らがそうだった」

 

 武蔵の発言で昔盟友である銀牙騎士ゼロの称号を持つ魔戒騎士、涼邑(すずむら)(れい)から聞いた話を思い出す。

 彼らは魔戒の者でありながら、ホラーの力を使い、その身を戦闘形態へと変貌したという。

 

「彼らもまた、火羅人だったというのか」

 

 もしそれが正しい情報であれば、ガルムたちがメシアを呼び出そうとした未だ謎の多い造反は魔戒騎士へ向けての自分たちの火羅人の復権だった、とも取れる。

 まるでそれでは……同じではないか。

 魔戒騎士という存在を憎み、自分たちこそが主導権を握ろうとした兄、シグマの野望と……。

 

「だろうとは思うが、別に奴らと交流があった訳じゃねえからな。強いていえば、ホラーを身に宿しても魂まで喰らわせないこの技術は奴らからの発展ってとこだ」

 

 剣技を繰り出しつつ、前蹴りも織り交ぜたレオの攻撃を難なく捌きつつ、武蔵はそう答えた。

 

「なら、君らの望みは彼らと同じく、魔戒騎士や法師から立場を奪還するため……なのかい?」

 

 彼らもまた追われた立場なのではないか。それを取り戻すための戦いなのか。

 そう尋ねたレオに武蔵は一瞬だけ、表情を失い、――突如弾けるような哄笑を漏らした。

 

「あはははははははははははは! 俺たちがお前の兄貴みたいに魔戒騎士憎しで、復権でも企んでると! そう思った訳か! ははははははははっ‼ こりゃ傑作だ!」

 

 武器を下し、顔を手で押さえて大笑いをする彼に思わず、呆気に取られてレオもまた攻撃の手を止めた。

 あまりにも激しい笑い声に思わず、戦意を削がれ、戸惑いの声を吐く。

 

「……違うのかい?」

 

「違うに決まってんだろ! この間抜けがぁ!」

 

 顔を押さえていた手が退き、打って変わって怒気に溢れた表情を見せた武蔵は叫ぶ。

 同時に振り下ろされた戦斧は今までよりも鋭い殺意を兼ね備えていた。

 

「っく……」

 

 避けられたのはほとんど奇跡に近かかった。

 反射的に背後に浮かんでいた岩へと飛び乗ったレオは間一髪で斬撃を避ける。

 しかし、微かに触れていた彼の髪が切断され、はらりと空を舞った。

 

「『先生』がお前ら、カスみたいな魔戒法師共と同じような考えを持つとでも思ったのか!? 最大の侮辱だ。俺たちはそんなしょうもないことのために居るんじゃねぇ!」

 

 浮遊する黒い岩に乗ったレオを指差し、武蔵は続ける。

 

「いいか、よく聞け! 俺たち、『救いし者』の目的はなぁ……!」

 

 

 ***

 

 

「我々の目的はホラーに憑依されない世界を作ることなのです」

 

 魔獣装甲・五番、バリス導師は爪磨にそう宣言した。

 大仰に語る彼に対して、爪磨の返答は冷めたものだった。

 

「無理な話ね。一体、何千年その試みがなされていたと思っているの?」

 

 魔戒の歴史は遡れば紀元前からあるとされる。

 その度にホラーの居ない世界を夢想した者たちがあらゆる手段を試み、そして失敗していった。

 故にホラーとは根絶不可能な存在として、今日まで事後対処されている。

 

「ホラーは必ず現れる。人の心に陰我がある限り、永遠にね」

 

 その言葉に導師は頷いた。

 

「ええ。そうでしょうとも。人の陰我がある限り、ホラーは我々の前から消え去ることはありません」

 

「あら、主張を撤回するの?」

 

「私が述べたのは『ホラーの居ない世界』ではなく、『ホラーに憑依されない世界』でございます」

 

 どう違うかと尋ねようとして、気付く。

 目の前の右腕がいつの間にか、肘の辺りで消失していることに。

 

『魔戒騎士! 上だ! 上からホラーの臭いがする!』

 

 ゾルバの放った言葉に素早く反応し、偃月魔戒剣を振るうが、刃が弧を描く間合いにはそれは接近して来なかった。

 巨大な腕。紫色の生物感のある数メートルに及ぶのその物体は、腕としか名状できないものだった。

 

「これが私の身に宿るホラー、巨躯(きょく)ホラー・ヴァ―マナ。あまりにも多く過ぎるのでこのように一部しかお見せすることができません」

 

「……なるほどね。これがあなたたちの方法って訳ね」

 

「左様でございます」

 

『どういうことだ、魔戒騎士』

 

 分かり合う二人に話に着いて行けないゾルバが聞いた。

 

「つまり、これが奴らのいう、『ホラーに憑依されない世界』のための方法ってことよ」

 

 魔獣装甲を自在に操る魔胎。これこそが『救いし者』がホラーに憑依されない世界創造のための技術。

 どういう理屈でホラーを取り込んで無事でいるのかまでは理解できないが、これが彼らの掲げる『救い』の方法だということは分かった。

 すべての人間が魔胎となれば、少なくとも彼らの言うようにホラーに憑依される危険性はなくなるだろう。

 

「それだけではございません。たとえホラーの血をその身に浴びても、魔胎であれば『血に染まりし者』にはなりません。ホラーに対する完全な抗体を持つ魔胎には、あなたの弟君(おとうとぎみ)のような悲劇も起こりません」

 

 黙って話を聞いていた爪磨の表情が影が入る。

 それでも口は挟まずに、彼の主張に耳を傾けていた。

 

「何より、すべての人間が魔胎となれば、もはやホラーは恐れる存在ではなくなるのです。ホラーは人の一部となり、やがては人がホラーを狩る存在となる。その頃にはきっと魔戒騎士も魔戒法師も不要となるでしょう。魔を持って魔を制する。これが我ら『救いし者』の理論です」

 

 恍惚の表情で理屈を語るバリス導師に爪磨は尋ねる。

 

「……それで、ここまでアタシに聞かせてどうしようっていうのかしら?」

 

「魔戒騎士など辞めて、『救いし者』に加わる気はありませんか? 大恩ある『先生』の息子を手に掛けるのは忍びないですし、何よりあなたを観察していた私個人としても是非仲間に引き入れたいと思っておりました」

 

 バリス導師は片目を瞑る。

 その途端、彼の陰から巨大な目玉がぬうと姿を現し、俯瞰するように爪磨を眺めた。

 

「この街にやって来たあなたはホラーに対する憎しみを懐いていない。いや、それどころか、プリズンホラーすら己の目的のために使役している」

 

 巨大な瞳孔が伸縮し、爪磨の指に嵌るゾルバへと焦点が当たる。

 

「あなたは『救いし者(こちら側)』の人間です。ホラーというだけで何も考えず討滅対象にする愚かな騎士共とは違う、知性ある存在です」

 

「……確かにアタシはホラーに憎しみを懐いてはいないわ」

 

「おお! では我々と共に……」

 

 頭上に浮いた紫の大きな腕が握手を求めるようにするすると爪磨の元へと降りて来る。

 ゾルバはそれを無言で眺めていた。

 寄り添うように差し伸べられたその腕を爪磨は一瞥する。

 

「でもね、別にすべての人間を救いたいとも思っていないわ」

 

 大振りで振るわれた偃月魔戒剣は差し出された腕を斬り付け、人差し指と中指を切断した。

 黒い血が流れ、切り離された大きな指は溶けるように消えてゆく。

 

「ぐおおおおおおおっ! 私の指をぉ!」

 

 苦悶の表情を浮かべるバリス導師に皮肉気な笑みを返す。

 

「お生憎様。ずっと見てくれていた割りに理解してくれてないのね。アタシはホラーは憎んでいない。でもね、アンタらの親玉……暗黒騎士ダイヤには殺意を懐いているわ。それなのにアンタらのお仲間になんか加わる訳ないでしょう?」

 

 色っぽく流し目を作り、一言罵倒した。

 

「ホント、お馬鹿さん」

 

『貴様は本当にそういう奴だよなぁ……』

 

 呆れとも感心とも取れる台詞が、彼に使役される魔導輪から上がった。

 




二つの場面を同時進行させるというのをやってみた結果、両方とも終わらないという展開になりました。
どちらか話を分けるべきだったとやや後悔。
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