慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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第十六話 預言(後編 其の弐)

「さあて、下らない戯言も聞き終えたことだし、そろそろこっちの知りたいことも聞かせてもらいましょうか?」

 

 偃月魔戒剣を振るい、爪磨は刃に付着した血を払う。

 相手の主張を戯言の一言で切って捨てる傍若無人な言動はおよそ魔戒騎士とは思えぬ姿が、それを咎める者はこの場には居ない。

 

「暗黒騎士ダイヤの居場所を教えなさい。そうすれば、少なくとも楽に討滅してあげるわ」

 

「くっ……、慈悲を掛けてやれば付け上がりおってぇ! ならばいい。この場で始末してやろう。私の魔獣装甲でなぁ!」

 

 

 激昂したバリス導師はその場で浮遊するように飛ぶ。

 否、飛んだのではない。

 膨張。あるいは巨大化。

 瞬間的に肉体を装甲で纏ったその身体は、赤紫色の仁王像のような様相を呈している。

 浮かんでいた目玉や指を切り落とされた右腕が欠けていた肘の断面に貼り付くと、消滅した人差し指と中指が生えて元に戻る。

 胸の中心に僅かに盛り上がり、バリス導師の顔面が浮き出た。

 

『見よ、これが私の魔獣装甲! 巨躯ホラー・ヴァーマナの力だ!』

 

 魔獣装甲・五番と化した彼は爪磨を見下ろし、高らかにそう宣言する。

 十五メートル以上の巨体に埋まったような姿は装甲というより、巨大な壁の一部にされたかのように見えた。

 対する爪磨は気圧されるどころか、呆れた調子で侮蔑する。

 

「自慢なのは大きさだけって? つまんない男ね。いい? 大きさよりも『硬さ』と『耐久力』の方が重要なのよ」

 

『一体何の話をしているだ、貴様は……』

 

「あら、鎧の話でしょ?」

 

 意味深な発言へのゾルバの突っ込みをさらりと受け流し、爪磨は懐から手のひら大の黒い正六面体を取り出す。

 宙へと放り投げたそれは質量保存の法則を無視して拡張しながら変形し、号竜〈鉄騎・アルマ〉へと姿を変えた。

 

『鉄騎か。だが、そんなものこの巨体の前ではガラクタに等しい! 騎士共々踏み潰してくれる!』

 

 魔獣装甲・五番が大きく足を振り上げ、虫けらのように踏み砕こうと降下する。

 アルマに飛び乗った爪磨は偃月魔戒剣を頭上で振るい、翡翠騎士ジェイドの鎧を召喚した。

 振り下ろされる巨大な足を避け、駆け回るアルマは翼を羽ばたかせる。白と黒しかない世界で美しい深緑の鎧が軌跡を描く。

 低空飛行で滑空し、五番の股の間を駆け抜け様に足首辺りを慈英剣で斬り裂いた。

 しかし。

 

「……手応えが浅いわね」

 

 質量があまりにも桁違い。

 斬撃を一度、二度と与えたところで表面の肉を削り取る程度の手傷しか作れない。

 

『ははははは! この程度の掠り傷では微塵も揺らがんぞ』

 

 地響きを立てるように、巨大な脚がその場を踏み荒らす。

 黒い地面がさざ波のように揺れ、激しい振動が影の大地が隆起してゆく。

 もしもここが現実世界なら街一つくらいは半壊してもおかしくないほどの被害が出たことだろう。

 転倒しそうになるアルマの重心を強引にずらして手綱を取ると、ジェイドは五番から距離を引き離す。

 

『魔戒騎士! これでは埒があかないぞ。やはりここは飛翔形態を使うべきではないのか⁉︎』

 

 ゾルバが言うようにアルマの頭部に慈英剣を接続させる変形形態〈カワセミ〉を使えば、突破力と機動性を兼ね備えることは可能だ。

 だが、手の内は既に五番には知られている。安易に切り札を出せば、待ってましたとばかりに叩き落とされる危険性は否めない。

 かと言って、新たな魔導具も持ち合わせていないのが現状だ。

 

「相手も元は魔戒の人間。鉄騎への対策ぐらいは立ててるでしょう」

 

『ならば、更に一つ工夫加えてみるのはどうだ?』

 

「工夫って?」

 

 聞き返したジェイドにゾルバは言った。

 

『肉は生が一番だが、たまには火を通してみるのも乙なものだ』

 

 韜晦(とうかい)のような空惚(とぼけ)けた台詞回しだが、それだけで充分なほど伝わった。

 

「あはっ、なるほどね。それじゃあ、コンロに火を灯さないといけないわ」

 

 五番に背を向けて逃げていたアルマを旋回させ、反転。一直線でその足元へと疾走させる。

 好機とばかりに五番は片膝を突き、右腕を振るって狙いを定め、地面ごとジェイドが乗るアルマを砕くように叩き付けた。

 指を開いた平手打ちが凄まじい破裂音と共に黒い大地を打つ。

 アルマがあった位置にクレーターが生まれ、五番の手のひらが深く埋まり込んでいる。

 にやりと装甲の胸部でバリスが笑みを浮かべた。

 ひしゃげた死体を確認すべく、地面へ潜り込んだ手を引き抜く。

 

『これは……⁉︎』

 

 しかし、手を退けた先にはモグラでも通ったかのような縦穴しか残されていなかった。

 

『奴め、地面を潜り逃げたのかっ⁉︎ 一体どこへっ?』

 

 視界を彷徨わせ、叫ぶ五番への答えはすぐに出た。

 彼の左脇の地面から深緑に煌めくアルマが地上へと飛翔する。

 その額には三日月のような魔戒剣を生やしていた。

 ジェイドを背に乗せ、上昇するアルマ。その三日月状の一本角が狙うのは魔獣装甲・五番の胸部。

 即ち、バリスの顔が浮き出た場所。

 

『しまった! この距離では防げない…………とでも言うと思ったか、この小童め!』

 

 瞬時に五番の巨躯が各部位ごと分離し、その内、分たれた両腕が飛翔形態のアルマを圧殺しようと迫る。

 搭乗するジェイドごと纏めて掴み取った巨大な手が、容赦なく握り潰す。

 

『今度こそ潰れ死ね! 守りし者の誇りも持たぬ面汚しめっ!』

 

 渾身の力を込めて、破壊しようと力を込めたその時。

 

「あら、誇りだの語る気概があったのね。ホラーモドキの癖に」

 

 掴んだ手の間から黄色の炎が舞い上がる。

 五番の腕を激しく焼き焦がす炎は、翼状に広がり、炭化しかけて両の手を突き破った。

 宙へと躍り出た一角を持つ鉄騎は黄色の炎に彩られ、炎の翼を羽ばたかせた。

 

『これは魔導火……烈火炎装か⁉︎ 魔導馬でもない魔戒獣にそんなことが……!』

 

「何でも試してみるものね。ま、もうそんなに持たないと思うけど」

 

 燃ゆる鉄騎は火の粉を撒き散らし、一直線に魔獣装甲の胸部へと飛んでゆく。

 苦し紛れに分離した肉体を盾のように集めた五番だが、黄色の炎はそれすら燃やし尽くして直進する。

 

『誇りも使命もないお前がっ! “救い者”に選ばれた私を殺すのかぁぁぁ⁉︎』

 

 もはや肉片と化した装甲を手当たり次第に撃ち出して来る五番。

 アルマで宙を駆けるジェイドはそんな彼に冷めた口調で言い放つ。

 

「誇りだと使命だの、そんなものは必要ないわ。教えてあげる。アタシにとって、魔戒騎士や魔戒法師なんて肩書きはね……」

 

 炎を纏う三日月が魔獣装甲の胸部を、バリスの額を両断する。

 

「……ただの“飯のタネ”よ。それ以上でも、以下でもないわ」

 

 黄色の魔導火が貫いた五番の巨体を残らず包み込む。

 激しく爆発と共にその影法師は、跡形もなく灰のように崩れ去った。

 大役を終えたアルマは爆風に押され、ぐらりと地上に落下してゆく。

 飛び降りたジェイドのすぐ後ろで焼け焦げた鉄騎は地面に衝突し、飛散する。

 

「流石に無理が過ぎたわね。お疲れ様、アルマ」

 

 鎧を魔界へ返還し、爪磨は完全に機能を停止した鉄騎の頭部を撫でた。

 慈しむような視線を向ける彼を意外に感じつつも、ゾルバは声をかける。

 

『油断するな、魔戒騎士。奴の臭いはまだ完全には消えてはいない』

 

 その程近くから肉体を崩壊させながらも、元の姿に返ったバリスが現れる。

 

「しぶといわね。何、まだやる気?」

 

「いや……私の負けだ。もう身体を維持する魔導力もない。だから、最期にお前の運命を占ってやろう……」

 

 恨み言や崩れていく自身の肉体にも言及せず、バリスは手のひらに乗せた水晶玉を彼へと向ける。

 魔戒導師としての意地か、どこまでも役割を軽んじる爪磨に対する意趣返しか、バリスは彼の前で最後の力を振り絞り、水晶玉に一つの映像を投影する。

 その映像は、偃月魔戒剣を振り上げた爪磨が酷く辛そうな表情で、何かを斬る場面だった。

 

「九曜爪磨……お前はいつか愛する者をその手で斬ることになる。これは預言だ……お前には誰も、守れない……」

 

 白骨化して崩れるバリスはその手から水晶玉を落とし、完全に消滅する。

 足元に転がった水晶玉を数秒だけ眺めた後、偃月魔戒剣がそれを砕き割った。

 

『魔戒騎士……』

 

「なぁに、ゾルバちゃん?」

 

『いや、何でもない。気にするな』

 

 魔導輪は仮初の相棒に何か声を掛けようとして、止めた。

 不要だ。そんなものは必要ない。

 この男には何の価値もないものをわざわざ申し立てて、くれてやるほど世話焼きでも物好きでもない。

 いずれ、ホラーとしてその牙を剥くまでは要らぬ波風は立てずに置こう。

 

 

 ***

 

 

「そろそろ小競り合いも飽きてきたな……」

 

 幾度となく繰り広げてきた剣劇の最中、武蔵の上段からの戦斧がレオの魔戒剣を弾き飛ばす。

 手から離れ、地面に転がった剣が魔導筆へと戻る。

 間髪入れずに方向を一瞬で変えた刃がレオの頭部を砕こうと昇った。

 

「ノマレ!」

 

 レオの口から発された言葉に呼応するように、魔導筆は武蔵の真横へと伸び上がり、再び魔戒剣へと変化する。

 勝利を確信させてからの術による遠隔操作。

 並みのホラーであれば、見事にこの戦術に引っ掛かり、逆転していたことだろう。

 しかし……。

 

「もうそれは前に見たぜ、法師かぶれ」

 

 剣は武蔵に踏まれ、地面に落ちていた。

 ……騎士の誇りである魔戒剣を手放し、術に頼るなど笑止千万。

 恥知らずの魔戒法師らしい恥も知らぬ汚らわしい戦法。

 軽蔑しきった眼差しを剣へ向けた武蔵は、改めてトドメを刺すために戦斧を振り抜く。

 

「それは残念だよ。ではこれならどうかな?」

 

 戦斧によって頭蓋を砕かれる寸前、レオが繰り出したのは直径三十センチほどの石板。

 箱は起動音と共に開かれて、刹那の速度で組み上がったそれは彼を覆い隠す球体へと変形した。

 回転する球体は戦斧を弾き、その場を跳ねたと思うと空中に浮かんだ。

 

「それは……号竜か!?」

 

「ご明察。君の嫌いな僕の兄、シグマが設計した搭乗型の大型号竜……その名を」

 

 ――リグル。

 女性のような半顔とホラーの顔を無理やり繋げたような異形の顔。

 両腕から生えているのは巨大な刀剣を持った像。強靭な上半身を支えるべく、太く短い脚が突き出している。

 

「……どこまで俺を苛立たせれば気が済むんだ、てめえ!」

 

 シグマの魔戒騎士抹殺計画によって、破滅の刻印を刻まれ、魔戒法師の裏切りに合い、命を落とした。

 それが大和武蔵の父親であった魔戒騎士。

 その事実を知ってなお、シグマが設計したリグルで迎え撃つのはあまりにも容赦がない所業と言えた。

 激情に駆られた武蔵は躊躇いなく、魔獣装甲を纏うとリグルを破壊せんと吼える。

 

『死に腐れぇぇぇ! 魔戒法師ぃぃ!』

 

 喉が破けんばかりに叫んだ咆哮と共に、より凶悪な形状へと進化した戦斧の斬撃が放たれる。

 リグルの顔が変形し、ホラーの顔がずれて白い女性の顔が揃った。

 その口から吐き出されたのは輪のような光線。

 飛び出した魔獣装甲・六番の身体に纏わり付き、空中でその身を(はりつけ)にせしめた。

 

『こんなものでぇぇ!』

 

「……済まないね。もし君が最初のように冷静さを保持していたら、リグルでも勝ち目はなかった」

 

 彼の境遇に対して、レオとて思うところはある。彼の語る、『救いし者』の言い分にも理解はできる。

 だが、それはそれとして布道レオはどこまでも職務に忠実な魔戒騎士であり、法師であった。

 前回の戦いから相手の戦力を分析し、もっとも勝率の高い方法として、兄シグマの号竜・リグルを使用することを選択していた。

 

「僕は守りし者として、どんな理由があろうともホラーの力を持って世界を動かそうとしている者を見過ごせない。降参、してくれないかい?」

 

 懇願のように見えて、勝者からの一方的な命令。

 この状況でレオは既に影の世界に引きずり込んだ黒衣の男の対応を観察していた。

 リグルの拘束光輪は単独での破壊はほぼ不可能。であれば、必ず仲間を助けるために黒衣の男が姿を現すはず。

 危険度であれば、直感だが白兵戦のみ武蔵よりも異空間を創造できる彼の方が高いだろう。

 そこを逃さず、リグルの火球で迎撃し、討滅する。

 そして、その後に武蔵を拘束したまま、術で眠らせて更なる情報を聞き出すために番犬所まで連れ帰るつもりであった。

 

 けれど、どれだけ待とうと黒衣の男は現れる素振りすら見せない。

 ……何故、来ない? こちらの目的を見抜かれたのか。

 レオの心に疑問が過った瞬間、魔導輪エルバの声が鞭のように飛ぶ。

 

『レオ。あの魔獣装甲の気配がおかしいよ! 何か邪気が膨れ上がるような……』

 

 拘束光輪によって縛り付けられた魔獣装甲・六番は叫ぶ。

 

『パラシャ! 使()()()()()()()

 

『そうでなくてはな。待ちくたびれたぞ、武蔵!』

 

 ホラーと協力し、何かをしようとしている!

 そう判断したレオは予定を変更し、拘束されている六番をリグルの腕で斬り伏せようとした。

 刀剣を抱き着くように生えた刃の腕が魔獣装甲へと伸びた。

 

「……!? 何だ、これは……」

 

 伸ばしたリグルの腕は半ばに何か纏わり付いている。

 黒く揺らめくそれは炎。

 自然界では見られない異様な炎。レオはそれを身近なものとして知っている。

 

「黒い、()()()……!?」

 

 魔界の炎、魔導火。魔戒騎士がホラーに憑依された人間を調べる際や鎧を強化するために使用される炎だ。

 

『魔導火? 違ぇよ。こいつこそが本物の魔界の炎。不滅のホラーがその生命を燃やして灯す無限の篝火。――魔獣火だ!』

 

 拘束光輪を燃やし、装甲に黒い炎を纏わせた魔獣装甲・六番が燃える斧を叩き付ける。

 頭部を破壊されない限り、自己再生ができるはずのリグルの外殻は炎によって焼き切られてゆく。

 圧倒的な火力でリグルが破壊されつつある中、レオは思い出す。

 歴史上、初めて魔導火を使った魔戒法師の祖の名を。

 

 『炎人(ほのおびと)』と呼ばれる特殊な力を持った存在を――。

 

「まさか、『炎人』と呼ばれていたのは……」

 

 黒い炎が視界を歪める。装甲を砕き、搭乗部にすら入り込んで来た魔獣火はその内側に居るレオへと牙を伸ばす。

 朦朧とする意識の中、レオは誰かの声を聞いた気がした。

 




『ゾルバだ。魔界の炎には癖がある。ホラーや邪気を燃やし尽くすって嫌な特性がな。そういう意味ではホラー燃料なのかもしれんな。次回「炎人」。だからって、無暗に火を点けるなよ』
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