慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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第十八話 炎人(中編)

 蝋燭の明かりを灯された細長い通路、『魔戒道』をレオが先導して歩く。

 

「話は僕だけでなく、番犬所にも通してもらうよ」

 

「白の番犬所? スコルはまだ病み上がりなんじゃないの? 大体あの子まだ神官見習いって話だったけど」

 

 後ろに続く爪磨が歩きながら彼に問う。

 魔獣装甲・四番の襲撃により、白の番犬所を受け持つ神官・ハティは死亡。彼女の妹であり、神官見習いとして補佐していたスコルは深手を負い、療養中だと聞かされていた。

 神官が魔戒騎士以上に枯渇しているとはいえ、身内を失ったばかりの見習いに管轄を一任するのは精神的にも能力的にもあまりに(こく)だ。

 レオはその質問に首を左右に振って答える。

 

「場所を探知された白の番犬所は一時封鎖されたよ。今は一番管轄の立地が近い、『(あか)の番犬所』が白の管轄も受け持つことになった。せっかくだから、紹介も兼ねて君を連れて来た。……彼女のことも診てもらう必要がありそうだしね」

 

 ちらりと爪磨が背負っている少女へを一瞥(いちべつ)する。

 穏やかな寝息を立てて眠る少女、韻牙。

 一見すると、あどけない十代の少女にしか見えない彼女だが、その実、得体の知れないホラーを宿している。

 馬頭の魔獣装甲を纏い、大号竜リグルですら一蹴した魔獣装甲・六番と渡り合った様は今なおレオの網膜に焼き付いている。

 更にあのモノトーンの異空間を抜ける時に一瞬だけ、小さく縮小したホラーをその身に取り込んでいた姿を見た。

 見間違いではない。韻牙の中のホラーはホラーを喰らうことで、捕食したホラーの特性や能力を獲得することができるのだ。

 新種のホラー。未知の魔獣。

 如何に彼女自身が善良であろうともそんな存在を内包する人間を野放しにすることは許されない。

 深刻な面持ちでレオは魔戒道を通り抜け、朱の番犬所へと辿り着く。

 あの神官であれば、彼女の中のホラーのことも解き明かせるかもしれないと期待を秘めながら。

 薄闇の中で照明もないというのにくっきりと見える黒布。それに覆われた六角形の舞台上で、狼の頭部を模した石像が侵入者を威圧するように鎮座している。

 厳かな雰囲気漂う番犬所。中央に一人の男が赤いロッキングチェアに腰掛ける後姿が見えた。

 男はレオたち一行の気配に気付くと、立ち上がり、くるりと回って振り返る。

 

「ボンジュール! 我らが騎士(シュバリエ)たち。ご用件は何かな?」

 

 胸元に片手を置き、上機嫌で挨拶を述べてみせた。

 十八世紀のヨーロッパ貴族がしていたような金髪の巻き毛に、これまた時代掛かった乗馬服を着こなす姿は、とても神官には見えない。

 爪磨は彼を上から下まで眺めると、レオに尋ねた。

 

「何なの、この色物は?」

 

「君も言えた義理じゃないと思うけど……。彼はサンジェルマン。これでも朱の番犬所の神官だよ」

 

「はっはっは。“これでも”は余計さ、閃光騎士ロード。そちらは……翡翠騎士ジェイドだね。噂はかねがね伺っているよ」

 

 巻き毛を掻き上げ、高らかに笑うと紹介を受けた神官、サンジェルマンは一礼した。

 見た目だけでなく、名前まで神官らしさのない彼だが、元老院付きの魔戒騎士であるレオが太鼓判を押すのなら、爪磨も信用する他ない。

 

「よろしくね。それにしても格好といい、言動といいフランスに固執し過ぎじゃないかしら。サン・ジェルマン伯爵の名前を借りるなんて度が過ぎってるって感じね」

 

「別に偽名ではないんだけどねぇ。ま、僕の名前が気に入らないなら『ジェルム』とでも呼んでくれ(たま)え。それが神官として使っている名前だからね。僕としては本名で呼んでくれた方が嬉しいんだけど」

 

 (とぼ)けたようにそう言うと、サンジェルマンはロッキングチェアに座り直す。

 

「神官として使っている名前って……。まるでいくつも名前があるみたいな言い方ね」

 

「いくつもあるとも。僕には七十二通りの名前があるからね。知識と名前はあればあるだけ困らないよ。当人が忘れない限り、だけどね!」

 

 したり顔で爪磨たちの顔を見て、ウインクをする。

 上手いことを言ったと言わんばかりの態度に鬱陶しさを感じたが、レオは無視して彼に聞く。

 

「それより、サンジェルマン。頼んでいた鎧の方はできているかい?」

 

「勿論だとも。僕を誰だと思っている? 魔導錬金の腕ならこのサンジェルマン以上に精通した者は居ないだろうよ。依頼されていたロードの鎧は……この通り、完璧に修復されている」

 

 パチンと指を鳴らすと、番犬所の上部から宙に浮かんだ薄紫色の鎧が現れる。

 レオがその鎧へと一歩近付くと、ロードの鎧は彼の肉体に瞬く間に装着された。

 

「着心地はどうかね? ソウルメタルの鎧は身に纏う騎士の心との親和性が重要だ。こればかりは錬金術でもどうにもならないのだよ」

 

「見事な仕上がりだよ、サンジェルマン。月光でも直り切らなかった鎧の損傷が完全に消えている。感謝するよ」

 

 鎧を魔界へと返還したレオは丁寧に彼へ礼を述べた。

 サンジェルマンという神官を測りかねていた爪磨もそれを見て、彼の有能さを認識する。

 ソウルメタルを加工する技術には強固な精神力と卓越した技巧が必須とされる。

 爪磨自身、魔導輪を作りあげる術をレオから学んだからこそ、その困難さが嫌でも理解できた。

 手のひら大のソウルメタルでも一苦労。まして、魔戒騎士の鎧の錬成など失われた技術と言っても過言ではない。

 だが、爪磨にとって、それは信を置けるかはどうかは別の話。

 ホラーを宿す韻牙のことを神官に話すにはあまりにリスクが大き過ぎる。

 自然と目付きが険しくなるが、視線を向けられたサンジェルマンは朗らかに笑った。

 

「そう睨まないでくれ給え。僕は君の背負う少女には何もしないさ。例え、……魔胎であってもね」

 

「! ……レオさん」

 

 レオへ視線を動かした爪磨を宥めるようにサンジェルマンは手で制す。

 

「おっと、勘違いしないでくれよ。僕は別に前以ってレオから聞いた訳ではないよ。そうだね、この辺は神官としての年季の違いさ。並みの神官なら気付けない微量な邪気にも僕には分かる」

 

 お道化(どけ)るように手をひらひらと動かして、彼は地面を足の裏で叩く。

 その途端、石できた寝台がゆっくりとせり上がり、爪磨の前に出現する。

 警戒する彼に対して、可能な限り誠実にサンジェルマンは告げた。

 

「僕は元老院の頭の固い奴らとは違う。同じ事例を過去に見たこともあるし、問答無用でその娘を処断するような真似はしない」

 

「…………」

 

「戦いに殉じてこの世を去った全ての英霊たちの魂に誓おう。君が危惧するような行動は取らない。僕は味方だ。信じてほしい」

 

 茶化すような態度は鳴りを潜め、真面目な表情で爪磨を見据える。

 しばしの見つめ合いの後、彼は韻牙を寝台に寝かせた。

 

「ありがとう……」

 

「ちょうどいいベンチが目の前にあったから、この子を寝かせただけよ」

 

 頭を下げるサンジェルマンへそう返す。

 彼は苦笑して巻き毛を揺らした。

 

「ではベンチの作り手として、彼女がこれからも健やかに眠れるよう努力しよう」

 

 それから程なくして、爪磨はこれまでの経緯や彼女についての話を信頼できる仲間へ語った。

 話の途中でレオは何度となく、額押さえる仕草をし、サンジェルマンは感心するように大仰に首肯した。

 全てを話し終えると、爪磨は大きく息を吐き出す。

 己が思っている以上に重大な事実を隠していることに心的疲労が募っていた様子だ。

 

「せめて僕だけにはもっと早く教えてほしかったね……」

 

 レオが珍しく嫌味を漏らすが、爪磨はどこ吹く風だ。

 

「言ったら、レオさん。この子のこと斬っていたでしょう」

 

「否定はしないね。魔胎である魔獣装甲たちと対峙したからこそ、僕には彼らの脅威が分かる。確かに韻牙さんは善良だが、その内にある別の意識はそうとも限らない」

 

 二人を宥めるようにサンジェルマンは紙コップを差し出す。

 

「まあ、好みの飲料でも飲んで落ち着き給えよ。僕の番犬所にはドリンクサーバーを導入してるからね」

 

「うっそぉ」

 

 とんでもない発言に目を剥く爪磨だったが、サンジェルマンが指差す方向にドリンクサーバーを見つけて、絶句する。

 どこからともなくスマートフォンを取り出すと、思い出したように付け足した。

 

「あと、ここはWi-Fiも飛んでいるよ」

 

「……うわ。本当だ。電波のアンテナもバリバリ三本立ってる。何ここ、小粋な隠れ家的カフェだったの?」

 

「……番犬所だよ」

 

 喜ぶ爪磨に、頭を押さえてレオが呻いた。

 

 

 ***

 

 

 白い建物の一室で、苛立った表情の青年は戦斧を振るう。

 開けた広い部屋の中央で、赤いジャケットを身に着けた彼、大和武蔵は憎々しさを虚空にぶつけるように幾度も幾度も素振りを行なう。

 ……殺し損ねた。あの忌々しい魔戒法師かぶれの騎士を取り逃してしまった。

 得物であり、相棒でもある戦斧、パラシャが声を掛ける。

 

『苛立っているな、武蔵よ。解る、解るぞ……その想い。吾輩もまた不完全燃焼だ! この煮えたぎる感情の向けどころがない! 無念! 実に無念である!』

 

「黙ってろ、パラシャ。俺は虫の居所が悪いんだ」

 

 既に数十万回を超える素振りをしても、高ぶった怒りが収まらない。

 “救いし者”、“ホラーを克服した新たなる世界”。

 そんなものは彼にとって、実のところ建前にしか過ぎなかった。

 父を殺した魔戒法師たちに復讐する力を与えてくれた『先生』には感謝している。

 だからこそ、その思想に命を捨てる気概もあった。

 しかし、父が無惨に死ぬ原因を作った張本人、布道シグマの弟が存命ならば話は違う。

 それだけは自らの手で始末しなければ、武蔵の復讐は完結しない。

 

「……誰だ!」

 

 背後に気配を感じ、振り返ると眼鏡を掛けた初老の男が立っていた。

 

「精が出るね。六番」

 

「『先生』か……」

 

 音もなく、武蔵の背後に現れたのは自分が付き従う指導者であり、戦う力と方法を教えてくれた師だった。

 

「けれど、力み過ぎだ。雑念が混じっている」

 

「……そっちの方が都合良いでしょう。俺が負けて十番に喰われれば、また一歩、あなたの悲願に近付くんですから」

 

 目を背けて、卑屈にそう吐く武蔵。

 だが、『先生』は彼の肩に優しく手を置いて言う。

 

「六番……いいや、武蔵。私は君に斧術を教え、ここまで導いて来た。君を息子のように思っている。可能であれば、君自身の望みも叶えてあげたいと思っているよ」

 

 武蔵の視線が彼の顔へ向く。

 穏やかで、優しい仏のような顔。

 それを眺めていると苛立った激しい感情がすうっと抜けていくように、収まってゆく。

 

「『先生』。俺は……」

 

「大丈夫。君は閃光騎士に勝てるよ。君が持つべきものをすべて出し切れば、彼に勝利するのは難しいことではないさ。ただ、彼は単独ではない」

 

 彼の脳内に馬頭の魔獣装甲の姿たちが浮かぶ。

 魔戒騎士だけならば、排除することは容易い。しかし、あの魔獣装甲が妨害を仕掛けて来れば今回の二の舞になるだろう。

 複数のホラーの能力を自在に操る存在。それだけでも十分に厄介だが、それ以上に“救いし者”としての目的を鑑みれば、決して傷付ける訳には行かない相手だ。

 

「なら、どうやって……」

 

「これを貸そう。『器』を傷付けずに、程よく時間を稼ぐならちょうどいいと思う」

 

 『先生』は武蔵の手に何かを握らせた。

 渡されたのは、手のひらに乗る程度の大きさの長方形のケース。

 表面には魔戒語の羅列がびっしりと刻まれていた。

 

「検討を祈るよ、武蔵。願わくば、君が悔く、役目を果たせるように願っている」

 

 そう言って、『先生』は部屋から去って行った。

 残された彼はただ黙って、手のひらのケースを握り締めていた。




今回登場した神官はnavahoさんより頂いたオリジナルキャラです。
ここに改めて、応募してくださったお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
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