慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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第十九話 炎人(後編)

 幼き日の大和武蔵は十四歳まで表の世界で暮らしていた。

 父親は魔戒騎士であったが、母親は表の世界に住む普通の女性だった。

 二人の馴れ初めは然程珍しいものではなかった。武蔵の父、サガミがホラーに襲われていた女を助け、それが切欠で二人は出会い、やがて結ばれた。

 息子が生まれた後、サガミは迷った。果たして、この子を自分の後を継がせ、魔戒騎士へと育てるべきなのかと。

 魔戒騎士の宿命は親から子へと継がせるのが古来からの習わし。

 しかし、サガミは半分表の世界の人間の血を持った息子を、苦難しかない道に進ませることに抵抗があった。

 妻と話し合ったサガミは息子、武蔵を表の世界で育ててもらうことに決めた。

 もしも武蔵が表の世界を知った上で、守りし者への道を選ぶなら、その時こそ後継とする。

 誰よりも愛しい我が子だからこそ、選択の余地を掟の一言で潰したくはなかった。

 

「武蔵。お前は成りたいものになれ。無名の魔戒騎士の跡なんか継ぐ必要ないぞ」

 

 小学校を卒業し、中学に上がった武蔵にサガミはそう言って頭を撫でた。

 年に数回しか会うことのできない父親だったが、武蔵は彼を尊敬して、心から愛していた。

 

「でも、俺。魔戒騎士になるよ。そりゃあ、学校とか楽しいし、友達だっているけど、父さんみたいな守りし者になりたいんだ」

 

「嬉しいこと言ってくれるな。それでもな、武蔵。お前は好きに生きていいんだ。あ、ひょっとして仲のいい友達が引っ越したからとか言うじゃないだろうな。何て言ったっけ、確か、ま……ま……」

 

「まっさんが引っ越したことは関係ないって。……まあ、あいつが自分の将来の夢語った時に、俺も何かに成りたいって思ったのは事実だけど」

 

 豪快に笑ってサガミは武蔵の頭を髪がくしゃくしゃになるまで撫でた。

 

「そっか、そっか。それじゃあ……俺が稽古(けいこ)付けてやらないとな。お前は修練場で訓練してないし、結構辛いぞぉ?」

 

「え? それって、まさか」

 

 期待を膨らませる武蔵にサガミは言った。

 

「無名の鎧で良けりゃ、継いでくれ」

 

「うん!」

 

 そのやり取りがサガミと交わした最後の会話だった。

 二か月後、街の外れで発見されたサガミの遺体は二十一箇所の損傷があり、肉親の彼でなければ判別できない無惨な姿をしていた。

 抉られた傷からは蛆が湧き、破れた臓物は鴉に(ついば)まれていた。

 目玉は抉り取られ、舌は切断されて、視界も声も念入りに奪われていたことが見て取れた。

 胸部には刺青のような毒々しい紋様が刻まれて、死後すら辱めているようだった。

 母親は発狂し、その日の午後に身を投げた。

 少年だった武蔵の心に消えようない絶望と憎悪が染みついた瞬間だった。

 それから出会ったのが『先生』。当時まだ元老院にて白虎議長を務めていた斗掻(とがき)(けい)だった。

 彼は武蔵に「破滅の刻印」と魔戒法師の反乱について教えてくれた。

 それだけでなく、斧術や魔戒法師との戦い方。魔戒に関するあらゆることを彼から学んだ。

 師事を受けてから四年後、彼が十八歳の誕生を迎えた日。

 戦いの術を叩き込まれた彼は、サガミを殺した魔戒法師を六名を一人一人見つけ出し、殺害していった。

 家族が居ると命乞いをした者も居た。心を入れ替えたから許してほしいと嘆願する者も居た。

 彼らに対して、武蔵は一片の慈悲もなく、二十一回の斬撃を加えて命を奪った。

 二十一に至るまで死亡しても、父が付けられた傷の数の分だけ斧を振るった。

 復讐を果たした武蔵に、『先生』は言った。

 これより七年間、準備を整えた後、自分は腐りきった元老院へ反旗を翻す。

 その時には、自らに付き従ってほしいと、彼は頼んだ。

 断る理由はなかった。

 恩人であり、武芸の師でもある『先生』の頼みを武蔵は快諾した。

 その時はまだ、復讐が終わっていないとは思っていなかった。

 すべての元凶、布道シグマの弟が存命だと知るまでは……。

 

 

 ***

 

 

 朱の番犬所にて、布道レオは頭を抱えていた。

 可愛い愛弟子が隠していた内容が想像よりも重要なことだった。

 斗掻(とがき)(けい)、暗黒騎士ダイヤの企みがどんなものであれ、韻牙に宿るホラーに魔胎を喰らわせるというのが手段であると見ていいだろう。

 であれば、これ以上彼女に魔胎のホラーを取り込ませることは、何としても避けなければならない。

 爪磨の話によれば、例え別の場所で魔獣装甲を撃破しても、そのホラーは彼女の元へと喰われに来る。

 ならば、魔獣装甲を倒さなければ良いのだが、“救いし者”を名乗る彼らがそれを許すとは思えない。

 特に、あの赤い武者の如き魔獣装甲。

 彼は彼らの計画とは別にレオへの個人的な恨みで動いている。

 そう考えてから、サンジェルマンへと期待せずに尋ねてみた。

 

「“火羅人(ホラービト)”という存在を知っているかい?」

 

「ああ。知っているとも」

 

「ええっ⁉︎」

 

 魔界の知識を有する魔導輪でも知り得なかった知識を、一介の神官でしかない彼が持っているとは思いもしなかった彼は素っ頓狂な声を上げた。

 ミルクティーをドリンクサーバーから汲み入れていた爪磨も思わず驚いて振り向く。

 

「どうしたの? ミルクティー飲む?」

 

「飲まない! ……サンジェルマン、言っておくけど今回ばかりは冗談だったじゃ許さないよ?」

 

 紙コップを差し出してくる爪磨を押し退けて、サンジェルマンに猜疑の目で見る。

 だが、彼は寝台に横たわる韻牙の情報を解析する片手間で答える。

 

「嘘でも冗談でもないさ。ホラービト……それは炎人(ほのおびと)のことだよ」

 

 サンジェルマンはかく語る。

 烈火炎装の起源になったとされる逸話の中に登場する、炎人という炎を意のままに操る異能を持った者。

 逸話自体は、巨大なホラーに苦戦し自我を見失う所だった魔戒騎士の鎧を、 生み出した火柱によって金色に光らせ再び立ち上がらせたという内容の話であるが、そもそもこの異能の人間については異端視され、迫害を受けたとしか伝わっていない。

 そういった異能者が魔戒法師の始祖となったなどと締め括られているが、その場合、魔戒法師の発生が魔戒騎士や鎧よりも後になってしまう。

 実際はその逆。魔戒騎士が生まれたのも、ソウルメタル製の鎧が作られたのも魔戒法師誕生よりもずっと後の話だ。

 そもそも魔戒法師の技は異能でなく、技術である。仮に異能が体系化して技術として広まったと考えるなら、現代の法術に炎を操る術がないことがおかしい。

 そして、何より魔界の炎たる魔導火が、異能を持つとはいえ単なる人間から発生するのは不自然だ。

 

「そこで疑問を懐いた僕は調べたのだよ。この矛盾だらけの逸話の出処を」

 

 魔戒騎士のルーツがあるとされるヨーロッパ諸国。特に古代ローマがあったイタリアを中心にサンジェルマンは遺跡や古の文献を調べて回った。

 その調査で見つけたのが、炎人の真実。

 炎を操る異能者の正体こそ、ホラーをその身を宿して共に生きる人々だった。

 ホラーに魂を食われることなく、共生する術を持った者たちは魔獣(ホラー)であり、人間(ヒト)

 

「即ち、ホラービト、という訳さ。魔戒法師の始祖というのは改竄された歴史。実際は太古の騎士たちと一時期協力関係を結んでいたようだが、騎士や法師の勢力が整うに連れて危険分子と認識されるように、最期にはホラーとして討滅されたみたいだね」

 

 魔戒の歴史は輝かしいものばかりではない。

 頭では理解していたつもりでいたレオだったが、他者の言葉を介して伝えられるとその事実が重く圧し掛かる。

 

「炎人は……やはり魔胎のことなんだね」

 

「うーん。それは少し違う。魔胎とは憑依したホラーが人間の魂を喰らえずに拮抗した状態でいる、あるいは人間の自我に呑まれている状態を言うのだよ。もしも何らかの手段で弱らせたホラーを人間に取り込ませることができたなら作為的に作成することは不可能ではない。だが」

 

 火羅人へと呼ばれるまでに至るなら、人間とホラーの魂同士に干渉し合う必要がある。

 つまり、信頼関係を持ってホラーと共生している人間のみが到れる境地だ。

 

「ホラービトはホラー側と人間側の両者合意の上にしか成立しない。そして、その両者の想いが形に成った時生まれる炎こそ、真なる魔界の炎……」

 

「『魔獣火』……」

 

 レオが言葉尻を継ぐ。

 己を燃やしかけた黒い炎を想起する。

 頷いたサンジェルマンは、指を鳴らして番犬所の天井にドーム状の半透明な膜を作った。

 そこに魔戒文字と共に、複数の情報が出現する。

 

「そして、この韻牙という少女も炎人の可能性がある。ただ、それとは別に一点、気になるところを見つけたよ。……彼女、外的な要因で無理やり肉体を成長させられたみたいなんだ」

 

「どういうこと?」

 

 今まで黙って話を聞いていた爪磨が割り込む形で、彼に尋ねた。

 心無しその表情は険しい。

 

「肉体そのものが急激な成長により痛んでいる。細胞なんかはめちゃくちゃだね。翡翠騎士ジェイドから話を聞いた時は、彼女が寝ているのは内なるホラーの力を使ったためだと考えていたのだが、もっと物理的な問題として人体が悲鳴を上げているのさ」

 

「それなら、韻牙ちゃんは本来は見た目よりもずっと幼いってこと?」

 

「推定だが、元の肉体年齢は五歳以下……下手をすると幼児段階で強制的に成長されたと思われるね」

 

 それを聞いたレオは彼女に懐いた幼すぎる印象に納得を感じた。

 記憶喪失との話だったが、性格には記憶自体が元々存在してなかったのだろう。

 乗馬服の胸倉を掴み上げて、爪磨は詰め寄った。

 足元には中身をこぼした紙コップが転がっている。

 

「あの子は……あの子の身体は大丈夫なの!? 教えなさい!」

 

「……もって一年というところだね。その一年もホラーの力があってのものだろう。それがなければもっと衰弱しているはずだよ」

 

「そんな……」

 

 爪磨は眠ったままの韻牙へと目を落とす。

 すやすやとあどけない寝息を立てる彼女は、人体を弄り回されて上でホラーの力に頼らなければ一年も生きられない。

 何たる悲惨な境遇か。

 如何なる思想にも染まらず、飄々(ひょうひょう)と生きてきた彼でさえ、本気で彼女には憐憫を感じ得なかった。

 

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