慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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第二十二話 騎士(後編)

 地面に転がる懐中電灯の頼りない明かりが灯る闇の中、武蔵は真っ直ぐに進み続ける。

 カルセンティンは、一瞬彼の気配を同族(ホラー)かと誤認した。

 しかし、分け前欲しさに近寄るハイエナの如き下郎にしては眼差しが鋭過ぎた。

 ならば、ホラー喰いのホラーか。

 ――否、違う……。

 そのホラーを許さぬ強き意志の籠る瞳を持つ者はただ一種。

 守りし者、魔戒騎士に他ならない!

 

『ふふ、ようやくワタクシに相応しき猛者が現れ』

 

五月蝿(うるせ)え」

 

 高揚し、剣を掲げたカルセンティンを裏拳で殴り付け、吹き飛ばす。

 短い呻きと共に光沢のある胴体の表面に細かい亀裂が入った。

 懐中電灯の光源から遠去かり、闇の中へと弾かれたカルセンティンは視認できなくなる。

 

「無事か、お巡りさん」

 

「大和さん……あなた、何者なんだ……?」

 

 銃の弾丸より早く動く異形の怪物を、拳一つで殴り飛ばした光景に呆気に取られていた警官は正気に戻って尋ねた。

 人智を超えた化け物を意図も容易く押し除ける者は、常人から見ればそれもまた人智を超えた存在に他ならない。

 武蔵はその問いに僅かに言い淀んだ後、言葉を紡ごうとした。

 

「俺は……」

 

『魔戒騎士、ですわね?』

 

 彼が答えるより前に、歪な魔性の声音が闇に走る。

 細長い無数の触手が暗がりから鞭の如く、二人へ襲い掛かった。

 

「うわあぁっ⁉︎」

 

 恐怖する警官は咄嗟に腕で顔を庇う。

 彼を守るように回転しながら一歩前に躍り出た武蔵は背負ったチェロケースへ手を回す。

 自動的に開いたケースから、赤い戦斧を手に取ると素早い手捌きで触手を斬り落としていった。

 音もなく暗闇から忍び寄る触手の雨を薙ぎ払うその武芸は正しく神業。

 分断された触手は黒い煙となって斬撃に吸い込まれてゆく。

 

『ほほほ! やはり小手調べは必要ないご様子。ならば、こちらも本気をお見せ致しましょう!』

 

 暗がりから光沢のある巻貝頭が一瞬にして飛び出したかと思うと、激しい金属同士の衝撃音が鳴り響いた。

 カルセンティンは口元に生えた短い触手を動かし、上機嫌で喋り出す。

 

『気配こそホラー混じりではあるけれど、やはり貴方は魔戒騎士! ホラーを狩る人間の守り手! 極上の馳走(ちそう)! ああ、なんて美味しそうなのかしら。これほどの猛者を食せば、舌が肥えてしまいそう!』

 

「ほざけ、三下。お前みたいな木端(こっぱ)ホラー、こっちは何体食ってきたと思ってる?」

 

 ホラーの剣と武蔵の戦斧の刃が迫り合う中で、武蔵は相手の力量を分析する。

 既に陰我を得て素体ホラーから真の姿を取り戻しているところを見るに人間に憑依済み。

 武具を扱う種類のホラーであれば、憑依先の人間の技量によってある程度左右される。

 剣捌きからして恐らく、憑依した人間はそれなりに剣術に嗜みがある者だったのだろう。剣を振い終えた後に残心が備わっており、隙がない。

 だが、仮にも元老院にて白虎議長を務めた魔戒騎士から斧術を教え込まれた武蔵にとっては児戯に等しいものだった。

 パラシャを振るい、隙を見せない堅牢な剣術の上から烈火の如き猛攻を加えてゆく。

 

『何ですの⁉︎ この重たい斬撃の乱舞……!』

 

 とてもソウルメタル製の武具とは思えない重厚な攻撃にカルセンティンは不審を感じた。

 魔界に居た頃から同胞相手に研鑽を積んでいた彼女だから分かる。

 ――この力は……もしや。

 

『ホラーの膂力(りょりょく)……』

 

「ほう。口調ほど馬鹿でもないようだな、ホラー」

 

 武蔵が獣じみた獰猛な笑みを浮かべた。

 カルセンティンは知っていた。かつて、魔戒騎士が誕生する以前に人をホラーの被害から守る者達のことを。

 火羅人(ホラービト)

 騎士はもちろん、魔戒法師よりもなお古いホラーの天敵。

 ホラーを宿し、共生することでホラーに匹敵する身体能力を持つ希少な人間。

 愚かにも、人間達の迫害によって滅ぼされたはずの存在。

 大衆が許容するには彼らは()()()()()()()()()()のだ。

 炎は冷えた身体を温めてくれるが、触れるほどまで近寄れば、たちまちその身を燃やしてしまう。

 彼らもまた炎でしかなく、火の粉を恐れた人間によって鎮火された。

 

『まだ生き残りが居ましたのね。いえ、先祖返りというものかしら? どちらにせよ、魔戒騎士以上の強者(つわもの)に違いありませんわ……ここで召し上がって差し上げます!』

 

 カルセンティンの戦術が変わる。

 剣技を中心に据えた武人然としたものから、身体を覆う触手のマントを自在に操り、相手に反撃の暇を与えない怪物としての戦い方へと変更された。

 それは武蔵を技を競い、喰らうための獲物ではなく、恐るべき天敵と認めたからだ。

 ホラーにさえ人間と認識されていないことに、武蔵は小さく鼻を鳴らした。

 感じたのは怒りや悲しみではない。呆れだ。

 人間として見られないことに僅かでも衝撃を感じた己への呆れ。

 認める他にない。未練があった。

 魔戒騎士として、守りし者として、戦うことへの未練をこの後に及んで懐いていた。

 ……半端者だな、俺も。

 彼の自重にも付き合わず、カルセンティンはマントを皮膜のように広げ、そこから四方八方へ触手を伸ばした。

 先ほどの小手調べとは比較にならない量の触手。そして、その奥で居合い抜きの構えで握られた剣。

 触手の群れへ手を回せば、その隙を突いて必殺の剣が来る。逆に剣を警戒すれば、集中が削がれ、触手の群れの餌食となる。

 魔界で一度の敗北も知らぬカルセンティンが持つ、最強の布陣だ。

 されど、彼女は一切の油断もなく、武蔵へと攻撃を放つ。

 勝負の世界に絶対はない。あるのは最後に立っていた者が強かったのだという結果のみ。

 

『お死に遊ばせ! 火羅人っ‼︎』

 

 迫る触手の嵐が、留められた居合いが武蔵へ向けて襲い来る。

 

「パラシャ……」

 

 窮地の最中で、己が得物へ静かに呼び掛けた。

 

「――やるぞ」

 

『良いのだな?』

 

「……ああ、構わない」

 

『クククッ、承知した……!』

 

 途端、闇より黒い炎が渦を巻き、伸びる触手の群れを一斉に焼き尽くす。

 尋常ならざる熱波が斜め下段で構えていたカルセンティンを炙りながら、押し流した。

 

『な……! こ、これは真魔界の炎……魔獣火!』

 

 邪気ごと触手を焼かれゆく彼女は迷いなく燃えるマントを斬り裂き、身を焦がす前に脱ぎ捨てる。

 文字通り、我が身の一部を間髪入れずに捨て去る判断力はこの場に置いて最良の選択だった。

 しかし、その選択は徒労に終わる。

 黒い炎の渦から飛び出した赤い武者の如き魔獣装甲によって、一太刀で斬り伏せられたからだ。

 回避する間もなく、構えていた剣ごと横一文字に分断された彼女の肉体は振われた戦斧に吸収されてゆく。

 ――まさか、これほどまでに彼我の差があったなんて。

 武人としても、魔獣としても格の違いを見せ付けられたカルセンティンは口惜しさを懐きながら、パラシャへと喰われていった。

 魔獣装甲・六番が地面に降り立つと、魔獣火は吹き消された蝋燭の火のように鎮火する。

 六番は熱で融解した懐中電灯の残骸に目を落とした後、緩慢な動作で振り返った。

 背後には燃え滓として、焼け焦げた布地が落ちていた。

 元々は、鮮やかな青い布地だったそれは今や黒く焦げ付いていて、見る影もない。

 ホラーすら容易く焼き尽くす魔獣火に炙られた人間がどうなるかなど愚問だろう。

 これが武蔵の、魔獣装甲・六番の戦い方だ。

 何も守らない。

 誰も救わない。

 ただただ、眼前の敵を破壊し尽くすだけの闘争。

 武蔵はそれに何も感じなかった。

 矜持も未練も、敵と同じくたった今焼き尽くしてしまった。

 あったのは納得だけ。

 何があろうと、己の在り方を変えられないのだという納得だけが燃え残った。

 装甲を解いた武蔵は上着のポケットに入っていた“箱”を取り出す。

 魔戒文字が刻まれた長方形のそれに、パラシャの刃で薄く切り裂いた親指を付けた。

 赤く滴る鮮血がじんわりと“箱”の表面に滲み、刻まれた魔戒文字が淡く発光する。

 封印の解かれたそれを武蔵は闇夜に放り投げた。

 

「ごめん、まっさん。……俺はとっくに親父に顔向けできるような奴じゃなくなってたわ」

 

 神妙な表情でここには居ない親友に謝るよう呟くと、牙を向いて獣のような笑みを夜空に向けた。

 

「待ってろ、閃光騎士ロード。必ず、俺がお前の全てを焼き尽くしてやる……」

 

 瞳に灯された復讐の炎は、どす黒く、煌々(こうこう)と燃えていた。




『ゾルバだ。こうして予告をするのも久方ぶりになるな。永劫の月日を生きる俺のようなホラーには時間というのは無限だが、定命の人間にとってはまさに瞬く光のようなものだろう。特に魔戒騎士などという生き急いだ連中にはな。次回「閃光」。一瞬の煌めきのために燃え散る覚悟はあるか……?』
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