慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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第二十三話 閃光(前編)

「この反応は……⁉︎」

 

 赤の番犬所内でサンジェルマンが引き続き、韻牙の内に宿るホラーを解析していた最中、白の管轄の異変を察知する。

 ゲートが開いた感覚とは異なる、突如出現した魔界の気配。

 ホラー……ではない。ホラーであるならば、ゲートが開く予兆がある。

 この歪で突発的な反応が示すものは――。

 

「魔界樹か……! それも人界では類を見ない規模の大きさだ!」

 

 管轄内に現れたのは魔界にて生まれる意志ある植物、魔界樹。

 ごく稀に魔界からのゲートを通じて、種子が人界に()かれることがあるが、それでも近代でこの規格のものが突如発生した事例は皆無だ。

 まず、間違いなく偶発的に顕現したものではない。

 そうなれば、この魔界樹の顕現は意図的に引き起こされたものと見て良いだろう。

 ……この時勢に、白の管轄で現れた事を加味するなら、“救いし者”の仕業である可能性が高い。

 

「それなら僕ら、魔戒騎士の出番だね」

 

 レオがそう呟き、隣へと目配せする。

 彼の隣に居た爪磨は肩を竦めて、溜め息を漏らした。

 

「こんな見え見えの罠に自分から飛び込みに行く気なの? レオさんだって気付いてるでしょ。これは……」

 

「例え、これが罠であったとしても守りし者として、すべきことは変わらない。君は違うのかい?」

 

 レオは諫めるというよりは問うような口振りで爪磨に聞いた。

 しかし、爪磨としては、守りし者になりたくて魔戒の人間に復帰した訳ではない。

 まして、多くの守りし者が(うた)う人間を守る使命とやらに殉ずる気など毛頭なかった。

 

「アタシは暗黒騎士ダイヤを討滅するために翡翠騎士の鎧を“借りてる”だけよ。それに加えて、言わせてもらえば、そこまで人間って存在に価値があるとは思ってないの。守る必要がないほど邪悪とは思わないけど、命懸けで守りたいと思えるほど人間は清くも尊くないわ」

 

 それこそが九曜爪磨がこの場に居る理由であり、かつて魔戒法師であった頃に学んだことだった。

 人命を守ることに異議がある訳ではないが、人命を守るために己の命まで捨て去る気はない。

 何故なら爪磨は人間という存在に対して、そこまでの価値を見出してはいないからだ。

 

「何故、君は価値がないなんて言えるんだ……? 爪磨だって、魔戒法師として、人を守ってきただろう⁉︎」

 

「だからよ、レオさん」

 

「……どういう意味だい?」

 

「そのままの意味よ。アタシは相棒の騎士と一緒に、短いながら守りし者として人間を守って来たわ。守った人間は多様性に富んでいてね、中には人殺しや強姦魔まで居たわね」

 

 レオの瞳を真正面から見返して、淡々と答えを紡ぐ爪磨。

 彼の口調は世間話でもするような滑らかなものだったが、浮かべた表情は乾き切っていた。

 

「そうね。一方的に虐げていた相手がホラーに憑かれて、殺されかけた屑共もたくさん助けたわ。また、そいつらが陰我を生み出す原因になると分かっても守ってあげた」

 

「……それは守りし者なら誰もが通る道だよ。例え、悪事を犯した人間でも僕らにはホラーから守る義務が……」

 

「傑作だったのは、そいつらの一部が今度は被害者同様ホラーに憑かれてたのを討滅した時かしら。レオさん、アタシね」

 

 爪磨はずいと顔を近付けて、レオの瞳を覗き込む。

 

「その時、とてもスッキリした気持ちになったわ。我慢していた吐き気を堪えずに、便器の中に吐き出した気分だった。でも、同時に気付いたの。アタシはこの仕事、致命的に向いてないんだなって」

 

「だから……僕に何も言わずに魔戒法師を辞めたのか……?」

 

 言葉を詰まらせた後、レオは確かめるように聞く。

 視線を逸らして、爪磨は首肯した。

 

「……ええ、そうよ。茶番に付き合ってられなくなったから辞めたの。守りし者なんて馬鹿しかやらないわ。自分の命を張るほど人間は上等じゃないわ。だから、わざわざ罠に飛び込む気はない。むしろ、焦らして痺れを切らして相手が顔を出すのを待つべきね」

 

「その間にどれだけの人が犠牲になるとしてもかい⁉︎」

 

「守りし者はいつだって後手でしょ? ホラーの出現から騎士が現場に着くまで犠牲者が出るのは今に始まったことじゃない。逆にここで無理してレオさんが命を落としたら、それこそ割合としてはホラーに喰われる人間が増えることになるわよ? 今はただでさえ、元老院付きの魔戒騎士の生き残りはごく僅かなんだから」

 

 魔戒騎士が死ねば、未来でホラーの被害に合う人間の数が増える。

 騎士同士が互いに助け合うための理屈であり、安易に捨て身に走りがちな騎士を諌めるための道理だが、爪磨から感じるのはそれとは違う。

 敵を殲滅するための冷徹な合理的判断。

 レオは強く歯噛みをし、吐き出すように言った。

 

「……君を、魔戒法師として育てたのは間違いだった」

 

「あら、そう? 奇遇ね。アタシもそう思うわ」

 

 飄々と語る爪磨に背を向け、レオは無言で魔戒道を駆けて行く。

 口を挟むことなく、二人の口論を見届けていたサンジェルマンは残った爪磨に語り掛けた。

 

「いいのかい? 君も着いて行かなくて」

 

「あそこまで愚直とは思わなかったわ。それなら、囮役を担ってもらいましょ。それより韻牙について、他に分かった情報はないの?」

 

「急激に成長させられた肉体は常に摩耗し続けている。それを防ぐためにはホラーの“陰子(いんし)”を定期的に摂取する必要がある」

 

「陰子……? 邪気ではなくて」

 

 聞いたことのない用語に思わず聞き返すと、サンジェルマンは顎先に指を当てて遠い昔を思い起すように語り出す。

 陰子――それはホラーを構成する邪気から核となる要素を抽出したもの。

 謂わば、人間で言う魂のようなものだ。

 ホラーを討滅しようとも魔界に送還するしかないのも陰子を完全に破壊する術を魔戒騎士が持たないからでもある。

 

「憑依後のホラーの特性は陰子で決まると言ってもいい。素体状態では判別ができないけれど、個々のホラーによって異なっている」

 

 サンジェルマンの説明を聞き、爪磨は薄っすらと理解する。

 今まで素体ホラーは憑依した人間の陰我によって姿や能力が変化すると思っていたが、実際は逆。

 生まれながらにホラーの核ごとに性質が決まっているなら、素体ホラーの方が自分の陰子に適した陰我を持つ人間を選んで憑依していることになる。

 そして、それについて気付いた点がもう一つあった。

 

「……もしかして陰子が発現するのは」

 

 サンジェルマンは頷いて答えた。

 

「そうだよ。人間の陰我を取り込んだ時、初めてそのホラーが持つ陰子が特性として表出するんだ。つまり、彼女を助けるには素体ホラーじゃ駄目だ。人間に憑依して陰我を取り込んだホラーでないとね」

 

 石造りの寝台に横たわる韻牙を爪磨を僅かに憐れむように見つめた。

 見た目よりも遥かに実年齢の幼い彼女は肉体を邪法で急成長させられ、定期的に人間に憑依されたホラーを喰らい続けなければ生きてゆくことすらままならない。

 

「韻牙ちゃんの身体はあとどれくらいもつの?」

 

「もって……半日、いや前回に内なるホラーを纏って戦ったせいで更に消耗している。六時間もないだろうね……」

 

 レオから聞いた話では意識をもう一人の韻牙に受け渡し、魔獣装甲を纏い、“救いし者”を撃退したという話だった。

 皮肉な話だ。共生しているとはいえ、ホラーが魔戒騎士を守ったせいで宿主共々死にかけている。

 

「魔界へ送還予定のホラーの陰子はないよ。この番犬所での送還の儀は二日前に終わってしまったからね。そして……」

 

「白の管轄には憑依したホラーはすべて魔獣装甲どもが餌にしてたせいで送還させる陰子はないってコトね?」

 

 軽薄な外観からは似合わない重々しい首肯。

 爪磨は苦虫を潰したような表情で思考を巡らせる。

 他の番犬所から送還前のホラーをもらう?

 駄目だ。一体理由はどう付ける。下手を打てば、韻牙の存在が元老院に露見する危険がある。

 その場合は確実に討伐対象として手が下されるのは想像に難くない。

 別の管轄で憑依済みのホラーを狩る?

 魔戒騎士の数が足りていない現状であれば、人界に現れたホラーの数も増えている。

 だが、どの道、他の番犬所の神官の耳には入ってしまう。

 となれば……。

 中指に嵌った己の魔導輪に目を落とす。

 犬の頭蓋骨を(かたど)った魔導輪ゾルバ。

 真の名を死肉ホラー・ゾルバリオス。

 通常の魔導具と違い、この魔導輪には直接短剣状にされたホラーのオブジェが封入されている。

 

「……それはできないわ」

 

『俺もその言葉をして安心したぞ。最も冷酷なお前が小娘如きのために、暗黒騎士すら嗅ぎ分ける俺の鼻を手放すとは思えなかったがな』

 

 カチカチと金属音を響かせてゾルバが言う。

 ここでゾルバを失うのはあまりに悪手。

 韻牙の存在が暗黒騎士ダイヤの差し金だったとしても、この差し迫った状況で取り返しに来ないところを見るにそこまでの利用価値はないものとして判断された可能性が高い。

 それに加えて。

 

「あら、心配してたのね。アタシが相棒を切り捨てる訳ないじゃない」

 

『ふん。どうだかな。少なくとも一考している素振りに見えたが』

 

「やだ、ゾルバちゃんたら本当はアタシに捨てられないかビクビクしちゃってたクセに~」

 

『口の減らない魔戒騎士だな、お前は……』

 

 爪磨としても、この関係性をそれなりに気に入っている。

 つまり、取れる選択肢はこの分かりやすい罠を張った魔獣装甲を斬り、その身に宿すホラーの陰子を韻牙に喰わせること。

 ゾルバとのやり取りを怪訝そうな顔で見ているサンジェルマンに爪磨は言った。

 

「ジェルム。魔界樹が顕現した場所に魔戒道を繋いでくれるかしら?」

 

 

 ***

 

 

 ビル群を覆うように伸び、灯りすら呑み込んで(おぞ)ましく繁茂(はんも)する巨大な樹木。

 中央で球体状に黒い魚の骨にも似た蔦が集合し、浮かび上がる陰影はまるで巨大な眼球のような容貌(ようぼう)(てい)している。

 現実感を損なう異様な光景。

 けれど、光のない街並みに逃げ惑う人影はなく、代わりに地べたに這いつくばるように倒れ伏した人々の姿があった。

 現場に到着していたレオは近くで倒れていたうつ伏せスーツ姿の男性に触れる。

 体温も呼吸もある。目を瞑り、定期的な呼吸音から見て昏倒ではなく睡眠。

 その背に赤黒い粉のような付着していた。

 

「これは……」

 

 魔導輪エルバに伺うとしわがれた老婆が答える。

 

『魔界樹の花粉だね。人間に対して催眠効果があるのさ。本来は邪気の強い魔界の森でしか花粉を飛ばさないはずだけど……』

 

「邪気の強い? ……そうか。邪気が濃度が高いこの街を、魔界樹が魔界と誤認したんだ」

 

 この白の管轄、取り分けこの近辺は邪気が寄り集まっている。

 恐らくは魔獣装甲の餌として、素体ホラーを呼び寄せるために街全域のエレメントに細工したのだろう。

 そして、人界ではあり得ない高濃度の邪気がこの魔界樹を巨大に成長させたのだ。

 レオがそれに気付いた時、魔界樹の複数もの蔦が伸び、眠れる人間たちへと襲来する。

 とっさに左手で懐から取り出した八卦札の一種、(しん)の札を中空に張り巡らせ、レオは簡易的な結界を作り上げた。

 震の札は予め念を込めておくことでホラーが触れられない結界を形成することができる。

 だが、札そのものに接触した場合しか効果はなく、またホラーではない魔界樹相手では付け焼き刃程度のもの。

 魔戒法師だけでは到底防ぎ切れない一般人への犠牲。

 そう、魔戒法師だけならば。

 震の札の結界により、僅かに弾かれた蔦を魔戒剣が瞬く間に斬り伏せた。

 寸断された黒い蔦は枯れ落ちるように消滅する。

 魔戒法師と魔戒騎士。二足の草鞋(わらじ)を履く布道レオにとっては造作もない。

 ……このまま、一気に魔界樹の核を斬る。

 切っ先を使って頭上で円を描き、光の輪を作り上げると、その中心を剣で突く。

 ガラスのように砕け散った光の輪から、薄紫色の鎧が召喚され、レオを包み込んだ。

 猛牛の角に似た湾曲した耳を持つ狼の騎士、閃光騎士ロードとなり、大地を蹴って跳ね上がる。

 魔界樹の枝を足場にして、踏み付けながら一直線に駆けると、中央に(そび)える球体状の蔦の集合体に狙いを澄ませ、一閃。

 薄紫の青龍刀のような形状になった魔戒剣・閃光剣が振るわれた。

 

「…………っ!」

 

 振り下ろされた閃光剣は戦斧に阻まれ、鈍い金属音を響かせる。

 

『こいつは邪魔が入らないようにするための舞台装置なんでな。早々に壊されちゃ堪らねえ』

 

「魔獣騎士……」

 

 赤い鎧武者の如き、魔獣装甲。

 甲殻類を彷彿とさせる生物感漂う外骨格を見せ付けるように、蔦の集合体の上に佇んでいる。

 魔獣装甲・六番。大和武蔵。

 布道シグマの思想に賛同した魔戒法師たちによって、魔戒騎士であった父を殺された被害者であり、暗黒騎士ダイヤと共に元老院を襲撃した加害者。

 中空で激突した刃同士が離れ、レオは蔦の集合体の上に降り立った。

 

『ハハ。騎士と呼ぶのか、俺を。“救いし者”でも“火羅人”でも“魔獣装甲”でもなく、騎士と。俺からその未来を奪った魔戒法師(おまえら)が。……悪い冗談だな』

 

 魔獣装甲・六番は吐き捨てるように言う。

 対して、レオはそれに何か返そうとするが気の利いた返答は浮かばない。

 かつて一太刀でロードの鎧を半壊させ、兄の最高傑作の号竜リグルすら容易く打倒した強敵。

 いくら万全の鎧とはいえ、剣技だけでも格上の、更にソウルメタルをも溶かす魔獣炎を有する魔獣装甲相手に勝ち目は限りなく薄い。

 ……鋼牙さん。貴方ならこんな時でも堂々と臆することなく、こう告げるのでしょうね。

 ――お前の陰我、この俺が断ち斬る!

 己が知る、最も強く、誇り高い魔戒騎士を脳裏に浮かべた。

 僕は貴方ほど強くは()れなかった。

 一足遅く到着する分からず屋の弟子の気配に気付きながら、振り向かず語る。

 

「……今から君に本物の“魔戒騎士”を見せる。よくその目に焼き付けておくんだ」

 

 それでもあの子には、魔戒騎士と在り方を伝えなければならない。

 例え、この命を失うことになろうとも、それこそが僕が黄金騎士ガロから学んだものなのだから。

 




長らく放置してしまいましたが、そろそろ更新していきたいです。
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