慈英怒〈JEIDO〉-翡翠の三日月-   作:唐揚ちきん

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第八話 師匠(後編)

「魔戒騎士同士の私闘はタブーだって知ってた? レオさん」

 

 睨み合う二人の魔戒騎士は互いに一瞬の隙も見逃さずに会話する。

 

「君がそれを言うのか。一体幾つの掟を破ったんだ?」

 

「アタシの罪? 強いていうなら、美しすぎることかしらね」

 

 オホホと高笑いする爪磨だが、瞳の奥には何処までも冷徹な意思だけが潜んでいた。

 一時期とはいえ、数年間も彼を師事していたレオには九曜爪磨の強かさを嫌という程知っている。

 戯けた態度で相手を眩惑させ、場の流れを支配する。それが彼の十八番(おはこ)の戦術。

 両者ともに魔戒法師であり、魔戒騎士である存在。法術と剣技、二つの手段が彼らにはある。

 隙を見せれば、形勢が一気に傾き、下手を打てば一瞬で片が付く。

 騙し合い、化かし合いが勝敗を分かつ決めてとなる。

 そんな彼らを爪磨の後ろから見ていた韻牙は、控えめながら手を挙げて、口を挟んだ。

 

「あ、あのー……爪磨さんのお師匠さん、なんですよね?」

 

「ああ。はい、そうですね。あなたは確か彼の協力者とかいう……」

 

「はい、韻牙って言います。初めまして。私は爪磨さんの妻になる予定のものです」

 

「妻……? は、はあ。これはどうもご丁寧に……」

 

 眼中になかった少女が突然自己紹介を始めて、閃光騎士の称号を持つ彼も多少なりとも毒気を抜かれる。

 その僅かな気の弛みを爪磨は見逃さなかった。

 カラン、と石畳の床に何か硬質なものが転がる音がした。

 反射的にレオを含めたこの場の人間は音を発したそれへと注目する。

 しかし、辛うじてレオだけは落ちたものを直視しないように、咄嗟に上を向いた。

 視線の集まった先にあったものは、ブリキでできた手のひらサイズの長方形の缶だった。

 パッケージには『ミルククッキー』と可愛らしいロゴが描かれている。

 

「っ! ……く」

 

 一方、レオが見上げた空中には球体が音もなく浮かんでいた。

 ゴルフボール大の黒い球体は中央に瞳孔のようなものが付いている。

 機械の瞳と視線が合った途端、レオの身体はまるで石になったかのように硬直する。

 

「『鶏蛇(けいじゃ)の義眼』。邪眼ホラー・バジリコックの目を再現した魔導具よ。まだ試作段階だけどね」

 

 言うが速いか、爪磨の身体を前方へ重心を傾けるように、膝を曲げて踏み込む。レオの網膜に曲線を描く刃から反射した光が届く。

 間にあった彼我の距離は瞬く間にゼロとなっていた。

 たった一歩で距離を詰める特殊歩行術、縮地。予備動作こそ必要なものの、ある程度の距離を踏み込み一つで縮める技術であった。

 偃月魔戒剣が喉元まで伸びる。

 寸前……空中にて鶏蛇の義眼が破裂した。

 

「……なっ」

 

「視界から魔導力を流し込んで石化させる魔導具。発想は見事だけど、眼球を通じて魔導力のラインが作られるということは、こちらからも力を流し込めるということだよ」

 

 コンマ数秒、爆発音に気を取られてしまった爪磨の首には、頚動脈に張り付くように魔戒剣が触れていた。

 ほんの僅かでも刃を滑らせれば、(おびただ)しい血液が噴き出し、たちまち出血死するだろうことは誰の目から見ても確かだった。

 

「僕の勝ち、でいいかい?」

 

 レオは静かに勝負の行方を尋ねる。

 石畳に手放された偃月魔戒剣が落下した。

 

「……参りました。流石はレオさんね。あんな短時間で魔導具の弱点に気付くなんて……」

 

「一応はこれでも君の師匠だからね。それでも爪磨の発想には毎度驚かされるよ」

 

 口調は柔らかいが、その声は低く、油断の欠片もないことが感じられる。

 完全に王手を掛けられた状況だ。逆転の目はないが、更なる追い討ちを掛けるべく、彼は落ちた剣の峰を蹴ってから、爪磨にその場に座るよう命じた。

 そこでようやく剣を下ろして、彼の右腕を掴みながら背後に回る。

 

「何故、僕が君に会いに来たかは分かっているだろう?」

 

「可愛い弟子の顔が久しぶりに見たくなったんでしょう」

 

 圧倒的窮地に立たされているにも拘らず、人を喰ったような調子を崩さない爪磨。

 そんな彼の腕をレオは躊躇なく外した。

 ゴリッと鈍い音がして、すぐ後ろに居た韻牙は悲鳴を上げる。

 

「爪磨さん……っ!」

 

 対して腕の関節を外された当人は表情一つ変えずに、韻牙と話す。

 

「大丈夫。心配しないで」

 

「でも、今、ゴキって骨が……」

 

「整体よ。整体マッサージ。あー、効くわ。普段の疲れが癒されるぅ」

 

 彼女を安心させようとしているのか、それともレオを挑発しているのか判断に困る強がりを言い続ける。

 腕を掴むレオもまた顔色を一切変えずに再度質問した。

 

「もう一度聞くよ、爪磨。君が犯した罪は何だか分かるかい?」

 

 右手の指に収まっているゾルバは内心気が気ではなかった。

 このレオとかいう魔戒騎士は爪磨の魔戒法師としての師なのだという話だったが、弟子である爪磨に対しても容赦がない。

 もしも彼が爪磨の罪状を正しく認識しているなら、プリズンホラーたる自分は終わりだった。

 魔界へと送還され、何十年何百年と思考するだけ物体に変えられてしまう。それだけは何としても回避すべき事態であった。

 頼むから相手の神経を逆撫でする態度は止めて、もう少し下手に出てくれ。媚びへつらってくれ。

 そう言外に願っていた。

 

「元老院の許可なく、他系譜の空位の鎧を持ち出したことかしら?」

 

「確かにジェイドの鎧を元老院に申請せずに継いだことは問題だけれど、先代のジェイド……青龍議長との間で了承されたものだろう?」

 

「アタシが無理やり脅して、鎧を奪ったとは思わないのかしら?」

 

「青龍議長は老いさらばえ重症を負っていたとはいえ、脅しに屈して鎧を渡したりはしない方だ。本人亡き後では実際のやり取りは分からないとしても、それだけは絶対に言える」

 

 断言するレオに、爪磨は皮肉げに口の端を吊り上げた。

 

「元老院の議長にえらく信頼を置いているのね。でも、裏切り者が出るような地位よ?」

 

 彼の刺を含んだ物言いを聞き、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

 

「元白虎議長のことか……。それは、あの人は」

 

「もうとっくに闇に堕ちた屑でしょうに、『あの人』なんて呼んで義理立てする必要があるの?」

 

 ホラーや魔胎に対しても基本的に激昂しない爪磨にしては珍しく、感情を露わにして悪様に言う。

 だが、レオはその態度を見て合点がいく。

 

「やはり君があれを宝物庫から持ち出したのは、彼を倒すためなんだね? 金剛騎士・帝枒(ダイヤ)……暗黒騎士・帝枒(ダイヤ)を討滅するために」

 

 仮にゾルバが人間であれば、滝のような汗を流していたことだろう。

 爪磨が元老院の宝物庫から盗み出したものといえば、己以外にあるまい。

 プリズンホラーであるゾルバリオスが魔導輪の振りをして、隠されていたことに元老院は気付いたのだ。

 全て発覚してしまった。もう自分に助かる道はない。

 魔界での禁固刑に苦しむしかないのだ。

 人喰いの魔獣でありながら、ゾルバはソウルメタルの指輪の内側で絶望感に打ちひしがれていた。

 掴んでいた右腕を離し、レオは命じる。

 

「さあ、出すんだ。爪磨。あれを……」

 

「はあ。分かりました。こうなったら仕方ないわ。大人しく渡すわよ」

 

 爪磨の左手が持ち上がる。肩の関節の外れた右腕はぶらんと床に伸びていた。

 その指先は胸の辺りまで来ると、ゾルバは心の奥で絶叫を上げていた。

 しかし、彼の手は右手の中指に来ることはなかった。代わりに向かった先は外套の内ポケット。

 奥から取り出したそれは一本の短刀だった。

 レオはそれを慎重な手付きで、彼の手から取り上げた。

 

「『破邪の剣』。僅かな切り傷ですら付けられた者を死に至らしめる剣。……これを許可なく持ち出すことは極刑に処される」

 

「なら、アタシはここで斬られる訳ね。弟子の不始末は師匠が付けるって。元老院も粋なことするわねぇ」

 

 これから殺されるというのに、口の減らない様子で爪磨は皮肉を言った。

 韻牙はレオの発言に驚き、彼に駆け寄ろうとするが、いつの間にか隣に居たハティが手で制す。

 戸惑う彼女だったが、ハティは黙って見ていてと無言でジェスチャーをした。

 レオは彼の外れた肩を一息で入れ直すと、表に回った。

 

「そうはならない。爪磨、僕と一緒に元老院に戻ろう」

 

「元老院の神官の前で処刑するのね。あの人たち、いい趣味してるわ」

 

 溜め息と悪態を同時に吐く彼に、レオは首を横に振った。

 

「違う。元老院に君の恩赦を嘆願する。例え、元老院付きの騎士の座を捨ててでも、僕は爪磨を助けるよ」

 

 真正面から爪磨の瞳を覗くレオの表情には何の迷いもなかった。

 魔戒騎士、魔戒法師の最高機関である元老院。そこに直接所属することは魔戒の者たちの最大の誉れ。

 それを弟子の恩赦のために捨てようというのだ。伊達や酔狂ではない。

 

「爪磨。僕と共にもう一度、魔戒法師として歩もう。君ならきっと誰もが認める最高の魔戒法師になれる」

 

「レオさん……」

 

 爪磨の前に彼の手が差し伸べられた。

 この手を取れば、間違いなくレオは全力で自分を助けてくれることだろう。

 だが。

 

「レオさん。容姿端麗で騎士としても法師としてもトップクラスの優良物件が今も手付かずなの、何でか分かる?」

 

「急に何を言い出すんだ?」

 

「それはあなたが故人と重ねて、他者を見るからよ」

 

 爪磨はその手を払い退けた。

 

「爪磨……」

 

「あなたがアタシをそうまで助けたいのは、亡くなったお兄さんの代わりでしょう?」

 

 鋭い刃物のような指摘に、レオは言葉を失う。

 その表情は予想だにしないタイミングで図星を突かれたことを物語っていた。

 

「布道シグマ。あなたのお兄さんが起こした魔戒法師の叛逆。闇に葬られた事件は宝物庫の中で本に書き残されていたわ」

 

 かつて、一人の魔戒法師によって起こされた魔戒騎士を排斥を目的とした事件。

 彼は“破滅の刻印”という呪いを全ての魔戒騎士に掛け、魔号竜『イデア』という人間を動力源とした究極の魔戒獣を魔界に送り込み、ホラー殲滅を目論んだ。

 黄金騎士を筆頭とした守りし者により、事態は収束したが、騎士と法師の間の確執として、後世の歴史からは抹消されていた。

 実際に被害にあった騎士も負の歴史として一切の口外を禁じられたということだった。

 

「元老院には……いいえ。守りし者には闇がある。それ自体は当たり前のことだけど、問題はそれを無かったことにしようとする動きよ。暗黒騎士ダイヤの件も、彼を討滅した後に秘密裏に闇へ葬る気でいるんでしょう?」

 

「それは違う。確かに兄さんとの関係を修復できなかった過去がある。君に兄さんに似た部分があるのもまた事実だ。たが、元白虎議長のことは元老院に任せておいてくれないか?」

 

 レオは必死に説得を続ける。

 

「君にこれ以上、身内を斬って欲しくない。弟子に心を削って欲しくないと願うのはそんなもおかしいことなのか?」

 

 九曜爪磨の過去を知っているからこそ、更に重荷を背負わせたくはなかった。

 エゴであることは自覚していた。それでも尚願わずにはいられないのは、この弟子を実の弟のように想っているからだった。

 十二年前に出会ったあの死人のような眼差しの少年だった彼に戻したくなかった。

 

「レオさんは優しいわね。でも、あなたはあの事件の後、布道シグマを自分の手で斬るべきだったと考えなかった?」

 

「……それは」

 

「文献には布道シグマを斬ったのは黄金騎士ガロだと記されていたわ。……アタシだったら耐えられない。せめて、身内の手で終わらせたいって思う。それがケジメだとアタシは考えてる」

 

 レオも考えたことがない訳ではなかった。

 兄シグマを斬ったのが、ガロではなく、自分であったなら……。

 あの時、心に決着を付けられたのではないかと。

 ガロを恨んでいるのではない。だが、兄の最期に関われなかったことが心に一抹の(しこ)りを残したのは事実だ。

 両目を瞑り、そして爪磨を再び見つめた。

 

「……分かった。なら、この件は君に任せる」

 

「レオさん!」

 

「ただし、元老院付きの騎士の監視の下で行うものとする」

 

 レオはハティに破邪の剣を手渡して、そう爪磨に告げた。

 

「それじゃあ……」

 

「僕が君と共に暗黒騎士ダイヤを追う。それまで処罰は一時保留だ」

 

 レオはもう一度、爪磨に手を差し出した。

 今度の手は払い退けることなく、しっかりと握り締められた。

 引き起こされて、立ち上がった彼はにこやかに己の師に話し掛ける。

 

「ありがとうね。レオさん」

 

「現金だな、君も……」

 

 その笑みを見て、レオは久しぶりに弟を見守る兄の気持ちを実感した。

 




『ゾルバだ。魔戒騎士の奴、俺の許可なく元老院付きの騎士と協力をするだと! まったく何を考えているのだ! 何も考えずに直進する猪か、貴様は。次回「猛進」。突き進む先に何があるかを考えろ!』
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