コツと小気味よい音がこの長い長い廊下に響く、今はだいたい午前零時を少し回ったところ。
昼間は活発に妖精や人々が動いているのだがもうそんな時間はとうの昔に終わってしまった。今は夜、闇夜の王と言われている吸血鬼の時間。
一応名乗っておくと私は十六夜咲夜、この紅魔館にて吸血鬼であるレミリア・スカーレットお嬢様に仕えるメイドである。吸血鬼に仕えるからと言って私も人間以外のナニカだと思われがちだが残念ながら私はまごうこと無きただの人間である。では何故ただの人間が吸血鬼などに仕えているのか?という疑問に答えるには少し時を遡らなくてはならない。
私も小さい頃は父親と母親と一緒に暮らしていた。
とても裕福な家庭とは言えなかったが、家族3人の笑い声が響くとても良い家庭だった…筈だった。そう、あんなことが起こるまでは………
ある日、私はいつも通り仕事に行った父と母の帰りを家事をしながら待っていた。
父の稼ぎだけでは生活するのは厳しかったため、母も働きに出ていて家事をするのは必然的に私だった。当時私はとても小さかったので何をするにも一苦労で時間が足りなかった。
そんな時ふと、私はこう思ったのだ、ー 時間が止められたらな ーと、するとあたりから音が消えていった。
気が付くと私以外の世界がすべて灰色に染まっていた。止まったまま流れずに静止している水、宙に浮いたままのりんご、まるで彫刻のように動かない人々、文字通り時間を止めることが出来た瞬間である。
そして、しばらくして再び色を取り戻して動き出す世界。私はしばらくその場を動けずにいた、そしてその時の私はとてもいい笑顔をしていたと思う。自分にしか出来ない、自分は特別なんだという優越感が幼いわたしを支配した。
今思えばこんな優越感なんてなければもっと平穏に暮らすことができたのかもしれない。
そして運命の歯車は狂い出す、静かに、けどイヤラシイくらいに着実に…
しばらくして、私はこの力を誰かに自慢したくなった。
最初の内は我慢出来たが、段々その欲望は溜まっていき、ついに私は父と母にこの能力のことを話して実際に見せてみた。
褒めてくれると思っていた。だって私にしか出来ないから。
でも現実はとても残酷だった。
おおよそ自分の娘に向けるものではない異物を見るような目。
そして二人は短くこう言った
ーバケモノーと
そこからは速かった。
直ぐに父と母は私のことを家から追い出した。小さな銀のナイフを一本私に渡して
そこからは色々あった。
スラム街みたいなところで溝水を啜ってやっとの思いで命をつなぎ、襲われそうになったりしたこともあった。
その度に私は自分の生きている意味を見失いかけて、何度も死のうともした。でもその度にもう名前すら覚えていない父と母のくれたナイフが私に勇気をくれた。このナイフがあったから私はもう少し生きてみようと思えた。
そして狂った運命の歯車がついに噛み合った。
あの日は確か、満月が綺麗な十五夜の夜だったと思う。暗い森の中私は1人でうずくまっていた。
すると前から二人分の足音が聞こえた。何事かと思って前を見てみると、そこには銀と蒼が混ざったような髪と桃色のドレスを身にまとったとても小さい少女が傘をさして立っていた。顔は整っていて女の私でも少しの間見とれてしまった。
後ろから射す月光が相まってそれはもう美しいを超えて神々しかった。
そしてその少女は私に近づいてきてこう言ったのだ。
ー見つけたーと、それから少女は何も言わないで私のことを抱きしめてくれた、自分が汚れてしまうことも厭わないで。
嬉しかった。
皆からバケモノと言われ続けた私のことを抱きしめてくれる人が居たから。
久しく感じていなかった人のぬくもりを感じることができて、私も生きていて良いんだと思えて。そう思うと涙は止まらなかった。両親と別れてからもう泣かないと決めていたのにまだ年端もいかない少女の腕の中で年甲斐もなく思いっきり泣いた。
その時の少女の髪を梳く動作が母親に似ていてなんだか懐かしくなってしまった。
これが私とレミリアお嬢様の出会いの顛末である。
本当は他にも色々あったのだがそれはまた別の機会にしようと思う。
私とした事が少々長い時間思慮に耽ってしまっていたようだ。
さてこれからお嬢様達の食事の時間だ。今日はお嬢様の好物の血の滴るようなレアステーキだ。
私は足早に調理場に向かった。