ここは紅魔館のレミリア・スカーレットの私室に当たる場所、今はまだ昼過ぎなのだが、今日は予定があるので起きている。特にすることもないので優雅に咲夜の入れた紅茶を飲みながらその時を待っている。
すると音もなく咲夜がクッキーを持って入って来た。
「お嬢様、クッキーになります」
「あぁありがとう咲夜、それとこれから私の客人が来るから紅茶をもう一つ淹れておいてくれ」
用件を聞くと咲夜はかしこまりましたと一言返事をしてまた消えてしまった。
今ではもうすっかり慣れてしまったが咲夜の時止めによる瞬間移動はある種の恐怖を覚えさせるとレミリアは思っている。まだ咲夜をメイドに雇ってから間もない頃、レミリアは咲夜の瞬間移動に毎回驚かされていた。それももう懐かしいこと、今ではミス一つしない完全で瀟洒な従者にそしてレミリアにとって愛しい咲夜になった。
〜〜〜
サクリ…サクリとクッキーを咀嚼する音だけが部屋の中に響く。すると部屋の中にいきなり異音が生じた、ブゥンとしたかと思うと目の前の空間にいきなり裂け目が生じて中から金髪の美しい女性が現れてきた。すると優雅に着地して一言
「ご機嫌いかが?レミリアさん」
「人の家に門から入らないとは少し不躾ではないか?」
「まぁまぁ私とレミリアさんの仲でしょう」
「どの口が言うのだか」
端的に言おう先ほどの二人の会話の通り、レミリアは今日の客人、八雲紫のことが嫌いである。それはレミリア達が幻想郷に入ってくる時に、八雲紫率いる妖怪軍団に負けたからか、それともただ単純にそりが合わないのか細かいところはわからないがとにかく嫌いである。
そのため、レミリアにしてみれば手早く用件を済ませてとっとと家に帰ってもらいたいのである。
だから少々普段のレミリアではあまり言わないような口調になってしまうのであった。
「……」
「……」
お互い睨み合って黙りこくってしまった。しかし意外にもこの状況を打ち破ったのは咲夜であった。
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「あぁありがとう咲夜、そこのテーブルの上に置いておいてくれ」
「かしこまりました」
机の上に紅茶の乗ったティーセットを置くと咲夜は一礼してレミリアの私室を後にした。
「…まぁこのままでもなんだ、せっかく私の従者が紅茶を淹れてくれたのだから座って話すことにしようではないか」
「えぇ、では失礼して」
カチャカチャと陶器がぶつかる音だけが鳴る部屋、雰囲気は先ほどよりは良くなったものの、やはりどこか険悪である。
「…貴女の従者、とても良い子ね」
「そうだろう、咲夜は紅魔館一のメイドだからな」
少し胸を張る感じで言うレミリアに少し苛立ちが湧いたのか紫は少し意地悪なことを言った。
「そうね、つい私が欲しくなっちゃうくら…」
紫がそう言い終わる前にレミリアが先に動いた、喉元に貫手を一閃、すんでのところで止めている。
「余り、そういうことを軽々しく口にするものではないな妖怪の賢者」
一音一音丁寧に区切りをつけてはっきりとレミリアは紫に告げた。
紫も胡散臭い笑みを浮かべながらそれもそうねと答え喉元にあるレミリアの手を払った。
「で、本題はなんだ?生憎私は夜行性でね、眠いから早く用件を済ませてくれ」
「それもそうですわ、…では単刀直入に言います」
そう言って持っていた扇子をパチリと閉じて目つきを変えてこう言った。
「貴女方には異変を起こしてもらいます」
「異変?またなんのために」
いまいち話の全容が掴めないレミリアが訝しげに紫に問い返す。
「先に言っておきますがこれは幻想郷の管理者としての命令です、先の吸血鬼騒動のこと、忘れたとは言わせませんわ」
毅然とした態度で言葉を続ける紫そこには何故か焦りの表情が見て取れた。
「そんなことは分かっている、だからなんのためにと聞いているのだ」
「簡単に言いますと、次代の博麗の巫女の育成と新しいスペルカードルールの普及、この二点ですわね」
「その為に私達紅魔館組が生贄になれと」
「そういうことになりますわね」
少し考えるような仕草を見せるレミリア、しかしすぐに不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「断る、私達にはそんな役は似合わんからな」
レミリアが取ったこの選択はこの空間の空気を凍てつかせた。そしてこの返答を聞いた瞬間紫の態度が一変した。
つい先ほどまであんなに飄々としていた彼女がその顔から一切の笑みを無くし、妖力を全開にして高圧的な態度を取り始めたのだ。
「何ふざけたことを言ってるのかしら?貴女方自分たちの置かれている立場が分かっているのかしら」
もうこうなってしまっては止められない、紫は口早にレミリア達のことを罵り始めたのだ。
「大体誰のお陰で今貴女達が生活出来ていると思ってるの?言ってみなさいよ、それに最初から気に入らなかったのよ、貴女達のこと、人が命を削って作った世界にずかずかと入ってきて、図々しいことこの上ない
それに………」
紫の言葉はまだまだ続くしかしレミリアは以前態度を変えることなく、紫の話を聞き流していた。
「………特に貴女、その高圧的な態度止めた方がいいと思いますよ、まぁこんなことお子ちゃまのレミリアちゃんに言ったってわからないとは思いますけ……」
紫の子供じみた罵倒がついにレミリアのことについてのものになったと思ったその瞬間、なんと紫の背後に一人の女性が立っていた、銀の髪、藍色のメイド服をその身に纏い眼に静かな怒りを灯す十六夜咲夜がその手には少し大ぶりな銀のナイフが握られ、紫の首筋にピタリと据えられている。
そして特大の殺気を込めて紫に一言
「お客様、少々お遊びが過ぎてはいませんか?それ以上罵倒を続けるというなら貴女の首をこのナイフで切り落とすことになってしまうのですが」
ダラリと一筋の冷や汗が紫の首筋をなぞるようにして零れ落ちた。そしてこの部屋に残ったのは静寂のみ、
未だ動けずに呆然と立ち尽くしている紫、それを唯々見ているだけのレミリア。
「…気が変わった、その異変引き受けよう、だからお前の用はもう済んだのだろう、早く帰ったらどうだ?」
この均衡を崩したのはレミリアだった、すると耐えきれなくなったのか、紫は黙ってスキマを使って帰ってしまった。
「すみませんお嬢様、いきなり横槍を入れてしまって、なんなりと私に罰をお与えください」
「罰?そんなもの与えるわけがないだろう、それに私の事を思って、行動してくれたのだろう?私はとても嬉しかったよ咲夜、やはり咲夜は幻想郷一のメイドだ」
「勿体無いくらいのお褒めの言葉ありがとうございます」
深く深く頭をさげる咲夜、その声には若干の喜色が滲み出ていた。
「それより咲夜、私は眠いから眠ることにする」
「かしこまりましたお嬢様」
咲夜がそういうと先ほどまで出ていたクッキーとティーセットが下げられ、代わりに完璧に整えられたベットがそこにあった。そしてレミリアは一度大きく伸びをしてそのベッドに入っていった。
こうして今日もここ紅魔館では平和な1日が過ぎていった。
※
スキマの中にて紫は今日あった出来事を思い返していた。
…少し頭に血が上っていたとはいえ私もまだまだかしらね、あんな対応は二度とないように気を付けないと…
それにしても紅魔館の戦力を舐めていたわね、評価を改めるべきかしら?特にあのメイドの十六夜咲夜、いくら苛立っていたからと言って、大妖怪である私が反応できないなんて、要注意ね…
願わくば異変で私の愛しい霊夢が傷つかないで済むように…