「それでは皆、集まったな」
お嬢様の艶やかでいてどこか幼さを残したこの声で今日の集まりは始まった。
今宵この場に集められたのはここ紅魔館でも一目置かれている者たちである。
館の門番をしている深い緑色のチャイナドレスに同じ色の帽子を被った赤髪の紅美鈴
薄紫色のネグリジェと可愛らしいナイトキャップを被りやや長めの紫色の髪を持つお嬢様の親友で、巷では七曜の魔女と呼ばれているパチュリー様とその従者小悪魔
そしてこの館の主にして永遠に幼き赤き月、ツェペシュの末裔と世間ではもてはやされている。神々しい位の銀と青色のメッシュの髪でフリルのドレスを身に纏った吸血鬼レミリアスカーレットお嬢様
最後に私十六夜咲夜である。
普段はこんな風に皆で集まることはないのだが、時たまこの様にして全員で集まって今後の紅魔館の方針を話し合ったりする。
『………』
それにしても今回は何時にも増して場の空気が重い。
鉛のように重くのしかかってくる空気のせいか誰も口を開こうとしなかった。
しかしこの静寂な雰囲気を破ったのはパチュリー様だった。
パチュリー様は持ってきていた魔道書を閉じこう言った。
「ねぇレミィいったいこんな時間に集めて何の用かしら?」
彼女は別段怒っているような雰囲気も無く、只々頭の中に浮かんだ疑問をそのままぶつけているような感じだった。
「そうだな、先ずは何も言わずにこのように召集をかけて悪かった」
先ほどまで黙り込んでいたお嬢様がようやく口を開いた、そして一呼吸置いてこう続けた。
「今宵このように此処に集まってもらったのは、他でもない我々と幻想郷の関係についてだ」
「幻想郷との関係?」
まだ話の全容が掴めないパチュリー様が再度疑問を口にした。
「そうだ、先日八雲がこの館を訪れたことは皆知っているなその時八雲に此処幻想郷で異変を起こすように命じられてしまってな」
とどこかバツの悪そうな顔をしながらお嬢様は手に持っていたワイングラスを傾けた。
先日の八雲の来館は私自身も未だ鮮明に覚えている。
あの傲慢な態度、いちいち癪に触る物言い、飄々とした胡散臭さ、彼女に対するネガティブなイメージは数え切れないほどある。
はっきり言って私はアイツのことが嫌いだ、傲慢な態度などは百歩譲って許そう、しかしアイツはあろうことかお嬢様に向かって罵詈雑言を浴びせたのである。あの時は本当に殺してやろうかと思った。
だが一つだけ、たった一つだけアイツの本質というべきか根底にあるものというべきかはわからないがはっきりしたことがある。
それは幻想郷に対する“狂愛”。
まさしく狂える程の愛をアイツは幻想郷に注いでいる、だからこそ我が子同然の幻想郷の秩序を乱すものや彼女の邪魔をするものに対しては容赦が一切ない。お嬢様もこのことに気付いたからこそあの八雲の面倒な依頼を受けたのだろうと私は勝手に推測する。
話が大分それてしまった、慌てて私は再びお嬢様の話に耳を傾けた。
「そこで我々紅魔館で異変を起こす、これは命令だ」
そこまで言ってお嬢様は再び押し黙ってしまった。あまりのお嬢様の真剣ぶりに他の面々も同様に黙ったままだった。
辺りを支配する静寂……
だがとお嬢様はポツリと零した
「ただ八雲の傀儡を演じるのは些か不本意なのでこちらとしても避けたい、そこで私はこの異変にもう一つの目的を見いだした」
するとお嬢様は目を閉じ、間を空けてからこう言い放った。
「私はこの異変を機に495年間幽閉していた我が妹フランドールを外に出そうと思う」
驚愕…正にお嬢様の放ったこの一言は正にそのの一言に尽きる。
フランドール様と言えば『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』という凶悪な能力を持っていてその能力のせいかその心の内に途轍もなく大きな狂気を孕んでいるという危険人物、紅魔館の中でも数少ない人にしかその存在を知られていない吸血鬼。
仮にフランドール様の気に障ることをしてしまえばそれは誰であろうと『壊され』てしまう。
ことの急展開についていけず皆ポカンとしてしまっている。美鈴なんかは特にひどく、正に開いた口が塞がらないといった風である。
かくいう私も普段は表情に乏しいと言われるのだが、今に限って言えば驚愕の色に染まっているだろう。
「貴女正気なのレミィ…」
呆然としているパチュリー様がうわごとのように呟いたがそれも無理は無いと思う。
先ほどお嬢様は『幻想郷との関係』について言っていた。
しかし今現在行おうとしていることはさっきの言動とあまりにも矛盾している。皆の反感を買っても仕方のないことだと私は思う。
だがお嬢様に止める気配は一切見えない。
「パチェ…お前が言いたいことはよくわかっている、しかしこれは絶好のチャンスでもあるのだ、八雲達は油断している。この機を逃すと私はまた後悔してしまう…」
お嬢様は今にも消えいりそうな声でそう言った。
普段あんなにも気高いお嬢様が手を握り締め、俯いてしまっている。
言い終えた後、誰も喋ることができなくなっていた。
「…頼む、私が自分勝手だということも、この異変がどれだけ危険なのかもわかっている…そのうえで頼む。どうか妹を救うこともできない哀れな吸血鬼にもう一度チャンスをくれないだろうか?」
それは最早懇願という形に近かった。なんとか表情だけでも取り繕うように不敵に嗤おうとしているお嬢様だが実際には、涙で顔をクシャクシャにして嗚咽を漏らしている。
私はひどい自己嫌悪に襲われた、今こうしてお嬢様は悲しんでいるのに、私は何もできていない。
普段、瀟洒なメイドなどと持て囃されているが本当に主人が助けを必要としている時に何も出来ないことが堪らなく悔しい。
意識をせずとも手を握る力が強くなる。
はぁとパチュリー様が一つ溜息を零すとお嬢様に向かってこう言った。
「泣くのはやめて頂戴レミィ、貴女が泣いてどうするの?本当に泣きたいのはフランの方じゃない」
「っうぐっ…すまない」
「勘違いしないで、私は貴女に何度も救われてきた今度は私が貴女を救う番。ただそれだけのことでしょう?」
その言葉を聞いたお嬢様は泣くのを止めた、パチュリー様も何処か楽しそうである。
するとパチュリー様はそれにと言葉を続けた
「あの八雲紫の態度も機にくわないしね」
そこまで言うとパチュリー様は再び持ってきていた魔道書に目を移してしまった。
「…ありがとうパチェ…美鈴お前も私についてきてくれるか?」
「はっ、お嬢様が言うのであれば何処でも、紅魔館の盾として貴女が望むところで力を奮いましょう」
「ありがとう美鈴…咲夜お前はどうだ?」
お嬢様は私の方に視線を移してきた。
どうだ?と聞かれても私の答えはとうの昔に決まっている。
だから私は何時ものように毅然としてこう言った。
「貴女は私の満月、必ずや貴女の望みを叶えましょう」
その答えを聴いてお嬢様は目を閉じた。
しかしその姿は先程の様に哀しみで溢れているのではなく、決意に満ち溢れていた。
「みんな…ありがとう…、っこれより紅霧異変を始める‼︎‼︎‼︎‼︎」
「行くぞ、お前達」
「当たり前じゃない…」
「了解しました」
「仰せのままに」
空を見上げて見ると何時もより肥大化したまん丸お月様が怪しく笑っていた。