私の名は博麗霊夢、しがない巫女である。
今私は、霧の湖の近くにある痛々しい程紅い館のすぐ近くに来ている。
何故こんな事になったのかと言うことを知るためには少々時間を遡らなくてはいけない。
この日、私は何時ものように早起きをして神社の境内の掃除をしていた。別段普段と変わった所は何もなく至って平和な1日だった…筈だった。丁度私が境内の掃除を終えた辺りでいきなり雲行きが怪しくなり始めたのだ。それまでは雲ひとつない晴天だったのだが、急に大量の雲が空を覆い尽くしたのだ。しかも気味の悪い事に、雲の色が紅く染まっていた。そんな日もあるのだろうと私は勝手に結論付け、持っていた箒を納屋に投げ入れ、母屋の方に戻りおせんべいを齧っていた。
しばらく時間が経ち、丁度お昼時になった頃私はふと外にお洗濯物を干している事に気が付いた。慌てて洗濯物を取り込みに物干し竿の方に行ってみるとそこには全く以って乾いていない洗濯物と朝から何ひとつ変化のない不気味な紅色の空が広がっていた。
ほんの少し、本当にちょっぴりだけイラッとした。
すぐさま私は納屋の方に向かい、ご神木で作られた大幣と私手製のお札を乱暴に服のポケットに突っ込み、神社を後にした。
大雑把に言えばこんな感じである。まぁここにくるまでの道中で腐れ縁に会ったり闇の妖怪を倒したり、自称最強の妖精を痛めつけたりと他にも色々あったのだがそれらの事についてはまた機会があった時に話そうと思う。
そして今私は今回の元凶がいる館の目の前に着いた。
遠くから見ているだけでも目が痛いのに近くに来てみると何か心にくるものがある。
こうなったら早くこの異変を解決してまた普段のようにダラダラと縁側でせんべいを貪りながらお茶を啜るに限る。
そう思った私は館に入ろうと門に向かって歩を進めた。
「おい、貴様そこで何をしている」
突然、私が門に手を掛けた所で真横から声が聞こえた。
面倒くさかったものの、一応声のした方に視線を移してみるとそこには長く綺麗な紅色の髪をもち、向かい緑色のチャイナ服を着た女性が眼を閉じ、背中を門に預けてただそこに立っていた。
……おかしい、私は神社を出た直後からずっと気を張り巡らせ、いつ何時敵が現れてもいい様にしていた。
しかしこの紅髪の女性はこんなに至近距離になるまで気づかなかった。得体の知れない相手に少々恐怖心が湧いたもののそれを相手に悟られないようにあえて癪に触るような物言いをした。
「何って、空に広がっている紅い霧、貴女達の仕業でしょう?あれのせいでお洗濯物が乾かないのよ、とっととしまってもらえないかしら?」
「…人間風情が粋がるな、それにあの霧はお嬢様の願いが詰まっているものである、そう易々と消すことのできるものでは無い」
「じゃあ仕方が無いから実力行使で突破しても構わないのよね?」
そこまで言うとゆっくりと女性はゆっくりとその瞼を持ち上げた。
その瞳は敵意に満ち溢れていて、静かに闘志を燃やしていたのと同時に生半可な覚悟ではここを通る事が出来ない事がひしひしと伝わってきていた。
私は腰のあたりにさしていた大幣を抜き取り右手で持ち、左手で札を持つ臨戦態勢に入った。
「そこまで言うのであればここで完膚なきまでに叩きのめしても文句は言わないな」
女性はそう言って両拳を胸のあたりに構えた。
「私は紅魔館の盾 紅美鈴」
「博麗霊夢…しがないの巫女よ」
あたりに流れる静寂…
お互いがお互いの隙を窺っているが、どちらもそんなものは見せない、いたずらに流れていく時の中、不意に風が強くなった。
その時片方が動き出した。
先手を取ったのは美鈴の方だった。彼女は姿勢を低くして飛び蹴りを放ってきた、勿論その速度は普通の人間が視認できる様なものではなくまさに神速の一撃だった。
しかしあらかじめそれを予測していたのか、霊夢は流れる様な手捌きで結界を展開し、美鈴の一撃を止めて見せた。
「やるな人間」
「だから私には霊夢っていう名前があるのだけど」
涼しい顔で攻撃を防がれたのが気に障ったのか、美鈴は無言で攻撃を続けた。
一発一発が必殺の威力を秘めている拳を霊夢は最も簡単に避けていく、時折霊夢自身も回避するだけではなく霊力で作った弾を飛ばして反撃している。霊夢が放った弾の一つが美鈴の頬を掠った。
すると美鈴はバックジャンプで距離をとった。
自分の腕で頬を擦る美鈴、そこには自分の頬の血で汚れた腕があった。
少々動揺の色を見せる美鈴、しかしすぐに落ち着きを取り戻し、眼を閉じて一言、「推して参る」と呟いて霊夢に攻撃を仕掛けた。
強い、私がこの博麗霊夢と戦って思ったことはその一言に尽きる、まだ少ししか手合わせをしていないが、人間離れした反応速度、冷静な判断力など数えればキリが無いのだがその中でも彼女の保有する霊力、この一点に関して言えば私がこの紅魔館であしらってきた他の誰よりも高い。
現に、今までの門番業務で傷一つつかなかったこの私がただの人間に傷をつけられてしまった。
久方ぶりに現れた強敵に私の胸はどうしようも無いほどに高鳴っていた。しかし昂ぶっているだけでは相手には勝てない、私は極限まで自分を落ち着かせるために一度大きく息を吐き捨てて、一言つぶやいた
「推して参る」と別段この言葉に深い意味などはない、唯私が強敵と巡り合った時に気合をいれるためのものである。
ここで再び目の前の戦いに意識を集中させ、さっきとは真逆に息を大きく吸い込んで人間の方に飛び込んだ。
美鈴は再び飛び蹴りを試みた、と思ったが今回はただのフェイントで霊夢の懐に潜り込んだ、霊夢も次も飛び蹴りだろうとたかをくくっていたので反応に遅れ、美鈴からの有効打を貰ってしまう。
ここで再度言っておこうと思うがこれは人間同士の戦いではなく妖怪との戦いであるということだ。
霊夢は美鈴の圧倒的な妖怪としての力により大きく吹き飛ばされてしまう。やがて近くにあった木に激突し、そこで止まった。
血こそ出ていないものの身体中が悲鳴をあげるほどの痛みが霊夢を襲う。
痛みで顔を歪ませながらも必死に呼吸を整えようと空気を吸い入れていた。
「これ以上やっても無駄だ、私も命まで奪るつもりは毛頭ない、傷が酷くならんうちにとっとと家へ帰ったらどうだ?」
美鈴は無表情のまま霊夢にそう言った。それは妖怪としての至極真っ当な驕り、圧倒的戦力差のある人間に対する配慮の様なものだった。
屈辱的な思いをする霊夢。圧倒的な戦力差に為す術なく打ちのめされてしまいあろうことか、敵に配慮まで受けてしまう始末である。
しかし霊夢の目はまだ死んでいなかった。
何か自分にできることはないか?相手に付け入る隙はないのか?など自分が勝利する為には何が必要なのか?ということを考え続けていた。
そして見つけた、ー勝利への活路ーを
「…諦める?馬鹿言ってんじゃないわよ、私を誰だと思っているの?私は博麗霊夢、この幻想郷において博麗の巫女という極めて重要な役割を担うものよ?」
いきなり霊夢はそう言ってすっくと立ち上がった。だが、すでに肩で息をし、その膝は震えていた。まさに満身創痍といった風である。
「ほう…まだ立つか」
これには美鈴も敵ながら天晴れといった感じだった。しかしすぐに敵意の籠った瞳を霊夢に向ける。
美鈴は紅魔館の盾という役職以前に武闘家だった。
だから相手が全力を出せば、それに敬意を払い全力を持って相手をする、これが美鈴のポリシーだった。
今回も同じである、相手が満身創痍であろうが人間であろうが関係ない、全力を持って相手をするただそれだけだ。
美鈴は自身の能力である『気を操る程度の能力』で両拳と両足に気を流した。せめて苦しむ事なく一撃でという彼女なりの考えだった。
息を整え、精神を研ぎ澄ませ、一言
「これが最後だ」
次の瞬間美鈴がいた周辺の地面が無くなった。正確に言えば、彼女の爆発的な力によって地面が爆ぜたのだ。
さらに先程までとは比べものにならない程の速さの拳を霊夢に見舞うその姿はさながら地を這う龍の様に見えた。
かつてこの技を見たレミリア.スカーレットは彼女の勇敢な姿とその万物を喰らい尽くす様に猛っている龍に敬意を表して、この技をこう名付けた。
曰く、ー龍昇天ーと
しかしこの技が霊夢に直撃する事はなかった、なんと霊夢に当たる直前で幾重ものお札が美鈴の腕を絡め取り止めたのである。
眼を見開き信じられないといった表情をする美鈴。
「ふぅ…良かったわ貴女が私の信じた通りの性格で」
巫女服についた泥などを手ではたきながら霊夢は美鈴にそう告げた。
「…どういう事だ」
悔しそうな表情で美鈴がそう呟く。
「そのままの意味よ、私は貴女が必ず全身全霊を込めた一撃で私の事を仕留めにくると、だからその瞬間を狙わせて貰ったわ」
「何故そう思ったのだ」
「何故って、そんなの勘に決まっているでしょう?ただそれだけではないけどね」
「詳しく教えろ」
「貴女一度私に傷をつけられた後、推して参るっていったわよね?そこからなんとなく律儀だって事がわかった。だから私が全力を出せば貴女も全力でくるだろうって思っただけ」
「全てはお前の掌の上だったという事だな…」
「そういう訳ではないわ、これは私にとっても賭けだったのだから」
霊夢は肩をすくめながらそう言った。
「これで貴女は動けない、この勝負私の勝ちって事でいいかしら?」
「そうだな、しかし私は紅魔館の盾、例え相手と刺し違えてでも止めなければいけない時がある‼︎‼︎」
そう言って美鈴は強引にお札でできた鎖を引きちぎり、再び霊夢に殴りかかろうとした。しかしそこまで計算していたのか霊夢は飛んできた拳を軽くいなして霊力を込めた掌底を美鈴の鳩尾に決めた。
流石の美鈴もこれには堪らず気絶してしまった。けれどもその表情はどこか満足そうにしていた。
美鈴を倒した霊夢は息を整え、紅魔館の扉にてをかけた。中は外見と同じく紅に染まっていた。しかしその点を除けば別段普通の屋敷とは何ら変わらないものだった。
コツコツとヒールが地面に当たる音が聞こえた。霊夢は大幣を再び構え臨戦態勢わ作ってからおとのする方へ眼を閉じ向けた。
するとそこには銀色の髪を左右で三つ編みにし、紺色のメイド服をきた女性が佇んでいた。
「外に門番がいた筈なんだけど、それはどうしたの?」
女性は不意に私にそう語りかけてきた。
「門番なら外で気持ちよさそうに昼寝していたわ」
最大限皮肉を込めて霊夢はそう女性に告げた。
「そう…なら後でお仕置きをしないとね」
しかし女性はそんな事を気にする風でもなくただ返事をした。
すると次の瞬間、ギィ…バタンと扉が閉まる音が聞こえた。慌てて振り返ってみるとそこには先程まで霊夢の目の前にいた筈のメイドがドアを閉めていた。身の危険を感じた霊夢は大きく後方に跳躍しメイドとの距離をとった。
「貴女、何者?」
霊夢は思った事を口にした、彼女は一瞬たりともメイドから目を離さなかったのだがメイドは忽然と姿を眩まし、次の瞬間、霊夢の後ろに回っていた。
「私?、私はこの館に雇われているただの人間メイドよ」
メイドはあっけらかんとした感じでそう霊夢に告げた。
「嘘おっしゃい、普通のメイドが瞬間移動なんて出来る訳ないでしょう」
「さぁそれはどうかしら、少なくとも私はできたわ」
霊夢の疑問に対しメイドは不敵にもそう答えた。
「…茶番はこれくらいにしてとっとと片付けさせてもらうわよ、早く神社に戻ってだらけながらおせんべいを食べたいんだから」
「あら奇遇ね、私もとっととこの戦いを終わらせて溜まっている家事をしないと」
こうして戦いの火蓋は切って落とされた。
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