キィンと私の投げたナイフが防がれる音が館のエントランスに広がる。私が投げたナイフを巫女が札やお祓い棒で撃ち落としていく。もうかれこれ10分以上この光景が続いていると思われる。
いい加減被弾の一つや二つしてもおかしくないのに巫女は淡々と丁寧に対応している。正直に言って既にお手上げに近い状態だった。
私は能力がずば抜けていたとしても所詮は人間なのである。美鈴の様に全てをねじ伏せる様な圧倒的武力もパチュリー様の様に魔法を行使する事も出来ない。つまるところ致命的な程の火力不足なのである。
それでも私は太腿の辺りにあるホルスターに手を伸ばして銀のナイフを掴む。
「そろそろ諦めたらどう、かしら!」
「立場上、そう言う訳にもいかないわ、貴女こそそろそろ諦めて当たって欲しいんだけど」
「そうしたらお洗濯ものが一生乾かなくなるじゃない!」
一向に進展しない現状に痺れを切らした霊夢が腰の辺りにあるポケットに手を突っ込み、今までの札とは明らかに雰囲気の違う札を取り出した。
そしてそれを高らかに空に掲げる。
「これで終わりよ!霊符『夢想封印』‼︎」
巫女がそう宣言すると七色に輝く巨大な弾幕が私を呑み込まんと迫ってくる。まさに必殺の一撃で被弾すれば間違いなく私は吹き飛ばされてしまう。一応飛行による回避を試みたがどうやらホーミング性能があるらしくぴったりと私の後ろに張り付いていた。
徐々に速度を上げて距離を詰めてくる無数の巨弾、遂に追いつき、炸裂しようとしたその瞬間、私は能力を発動させる
「時よ、止まれ」
刹那、世界が銀色に染まりあらゆる物の動きが止まった。
止まった時の中、私は大きく息を吐き出した、目の前には今正に炸裂せんとするいくつもの巨弾、後一瞬でも時を止めるタイミングが遅れていたら今頃私の意識は刈り取られてしまっていたことだろう。
取り敢えず、爆発の影響が及ばないであろう位置まで移動する。
乱れている呼吸を無理矢理整え、余計な思考を排除していく。再び始まろうとしている強敵との戦いに全神経を集中させる。
覚悟を決めた私は小さく呟く。
「そして時は動き出す」
色を失っていた世界が少しずつ色を取り戻していく、そして世界に色が戻った瞬間、七色の光弾が勢いよく炸裂した。
博麗霊夢は勝利を確信していた。
それは驕りや余裕などではなく、彼女にとってそれは至極当然な結果なのである。
彼女の必殺技、霊符『夢想封印』は発動した瞬間、七色に輝く巨大な光弾が相手を自動で追いかけていき、触れた瞬間に炸裂するという。とてもシンプルで、それ故にとても凶悪なものであった。
実際に彼女はこの技で何体もの妖怪を倒してきた。
今回もそれと何ら変わりは無い、私にとって敵が妖怪であろうが能力を持つ人間だろうが関係ない、私の邪魔をする奴は容赦無く叩き潰すただそれだけの事。
発動した夢想封印がメイドの事を追いかけ回し、そして炸裂した。
全く持っていつもと変わらないつまらない光景である。
久々に少し骨のある奴と戦えると思っていたのだがどうやらそれは見当違いだったようだ。
私はスペルカードを腰のホルダーに再度しまい、この異変の元凶がいるであろう館の奥を目指そうと移動しようとした。
すると突然夢想封印が炸裂した場所から無数のナイフが飛んできた。
慌ててお祓い棒で撃ち落とそうと試みたものの、気づくのが遅かったのか一つだけ弾きそびれてしまい、私の顔めがけて飛んでくる。
間一髪、直撃は避けられたが鋭い切っ先は私の頬を薄く切り裂いた。
ぬめっとした液体が私の頬を伝い首筋に落ちていく
私はぶるっと身震いした、それが恐怖からくるものか、はたまた歓喜からくるものかは分からない。ただ一つ分かるのは今私が笑みを浮かべている事だけだ。
私は炸裂した際に生じた土煙の付近を隈なく探した。
まだ生きている筈のメイドを見つけるために…
…いた、無数のナイフを両手に携え、尖ったナイフの様に鋭い目で私の事を睨みつけるメイドが。
思わず、大きな声で笑ってしまいそうになるが、その気持ちを抑え込んで平静を装う。
「あら、生きてたの」
「当然でしょう私は紅魔館のメイドですから」
こんなにドキドキしたのはいつぶりだろうか、メイドの声を聞くだけで胸が高鳴る。
どうやって避けたかは分からないが、このメイドは私の夢想封印を避けた。
「少しだけ驚いたわ、私あの技には結構自信があったんだけど」
「驚いてくれて嬉しい限りだわ、じゃあ驚きついでにもう一つ驚いて頂戴、玄幽『ジャック・ザ・ルビドレ』‼︎」
メイドがそう宣言すると突如目の前には先程まで無かった筈の夥しい数のナイフが視界を覆い尽くしていた。
私はそれを落ち着いて、一本一本丁寧にナイフを躱していく、時にはお祓い棒を駆使してはたき落とす様な事もあった。
ナイフを一本避ける度に私の表情が自然と緩んでくる。
全てのナイフと霊弾を回避し終わる頃にはもう頭の中に異変解決の事など微塵も残っていなかった。
もっとその甘美な響きを持つ声を聞いていたい、もっと貴女の事を知りたい…そんな気持ちが私の心を支配しそうになる。まるで恋い焦がれる乙女の様に。
しかし私は一切そんな感情を表に出さないし出す必要も無い。
ただ、今はこのひと時を味わい尽くせばいいのだから。
私はナイフを避け続ける巫女の事を見惚れてしまった。
ーあぁなんて美しいんだろうー と
艶やかな輝きを放つ烏の濡れ羽色の髪、激しく動いた際に衣服の下から見える陶器の様に白い素肌、儚げにものを見るその瞳
彼女の持つ全てのものがこの世のものとは思えない程の美しさを持っていた。そして彼女はさながら神楽を舞う巫女の様に辺りに広がる銀世界を避け続けていた。
ただそれは一瞬だけ、本当はもっと見ていたいのだが生憎今の私にはそんな事をしている余裕など微塵もない。
私にとってお嬢様が至高であって、それ以外は例外を除けば全て有象無象に変わりは無い。そんな私にとって当たり前のことを再び確認して私は次の行動に移る。
「玄幽『ジャックザルビドレ』‼︎」
再び私は同じスペルカードを宣言する。そして時を止めて先程と同じように丁寧に配置していく。ただ、一本だけ先程よりも多く配置する、それも巫女から見たら他のナイフの陰に入っていて全く見えないような配置である。
あの巫女は必ず油断する。私の中に1つの確信めいたものがあった。
何故だか分からない、だけど私の中の
さて、この選択が吉と出るのか凶と出るのか
そんな今考えても答えの出る筈の無い問について考えながら私は再び時を動かし始めた。
「同じスペルカードに引っかかる程甘くはないわよ、私」
そう言って霊夢は先程同様に忽然と現れたナイフをさっきよりも余裕を持って回避している、それだけではない先程は回避に専念していたのだが今回は時折札を飛ばして反撃をしてきている。
そして先刻と同じように彼女が最後の一本をお祓い棒で弾いた次の瞬間変化は起こった。
なんと彼女が弾いたナイフの背後にもう一つナイフが隠れていたのだ、これにはさしもの霊夢も反応することができずあえなく被弾してしまう。
鋭いナイフの切先が霊夢の肩口を切り裂いた。
切り裂かれた肩口からは鮮血が滴っていて霊夢は苦痛に顔を歪める。
しかしその顔には諦めや恐怖といった負の感情を浮かべている訳ではなく、ただ無表情で何か物思いに耽っているようだった。
すると霊夢はいきなり口を開いた。
「もしかしてあんたって『時に干渉する能力』でも持ってるのかしら?」
「っ!………」
「沈黙は肯定と取るわよ」
これを聞いた咲夜は表情は変えなかったが心底驚いた、だって自分は自分の持っている能力については一言も喋っていないのだから。
それなのにこの巫女は自分の能力をズバリと言い当てた、そんな事実が改めて咲夜に霊夢がいかに規格外かということを思い知らせる。
だが、咲夜にとってやることはなんら変わらない、霊夢がいくら咲夜の能力を看破したとしても、霊夢は止まった時の中では動くことすらままならないのだから。
太腿のホルスターから何本かナイフを抜き取り、再び臨戦態勢を取る。
「タネが分かればもう怖くないわ、あんたのタネなし手品もこれで終わりよ」
「貴女っておかしなことを言うのね、私の能力を見破った事に関しては賞賛の一言に尽きるけど、貴女は時に干渉する事は出来ないわ」
「それはどうかしら?」
「っ!もういいわ、貴女のその減らず口を直ぐに塞いであげる‼︎幻世『ザ・ワールド』‼︎‼︎」
そう言って私は三度時を止める。ゆっくりと辺りの色が失われていく。
今度は先程の様に短い時間ではなく、長い時間だ。確実に巫女にとどめを刺すために先程よりも多量のナイフを配置する。つもりだった
しかし、それは現実にはならなかった。
先程まで眼前にいたはずの巫女が忽然と姿を消したのである。
慌てて周囲を見渡すが何処にも巫女らしき人影が見当たらない。
するといきなり上空の方から聞こえる筈のない声が聞こえた。
「ふーん、これが止まった時の中か…なんか思ったよりも殺風景なのね」
それは先程まで戦っていた巫女だった、巫女はさも当然の様に動いて時が止まった空間を物珍しそうに見ながらそう言ったのである。
「っ!なんで貴女、止まった時の中で動けているの⁉︎」
「あら言って無かったかしら、私の能力は『空を飛ぶ程度の能力』、これはただ単に空を飛ぶだけじゃなくて概念や理なんかからも飛べるのよ」
巫女は微笑みながら私に向かってそう言った。
私はこの時初めて巫女の事を怖いと思った、今までは時を止めればそこは私だけの空間だった、それはたとえお嬢様であったとしても絶対に踏み入ることの出来ない領域だった。
しかしこの巫女はいとも簡単に私の領域に入ってきた。
気づけば巫女は浮遊をやめて私の近くに着地をし、一歩また一歩とその距離を縮めてきている。
私もそれに合わせる様にして後ずさりをした。
ナイフを持っている腕に力が全く入らない、それどころか足が震えてしまっている。
「くっ、来るなぁ‼︎」
ついには私はこんな事を叫んでいた、得体の知れない恐怖が私の体を這いずりまわる。
だが巫女はその歩みを止める事は無かった。
そんな時、私はふと思った。この巫女になら負けても仕方がないんじゃないか、とだって私の能力が通用しないのだから。
お嬢様だって負けてもこんな私の事を許してくれる筈。ここで負けてしまってもきっとお嬢様がなんとかしてくれる。
そんな希望的観測が脳裏をよぎる。
だけれども次にはこんな事も頭をよぎる。
ーもし、お嬢様に捨てられてしまったらー
…嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだイヤだイヤダイヤダイヤダ‼︎‼︎!
もう孤独は絶対にイヤダ、小さい頃実の両親に捨てられ、あてもなく路頭を彷徨う日々に戻るのはゼッタイニイヤダ。
なら今するべき事はなんなのか、それは私の四肢が吹き飛ばされようとこの命が尽きようともこの巫女を止める事。
ナイフを握る手には血が滲んでいる、それでも私は構う事なくその手に力を込め続ける。強く歯を食いしばり覚悟を決める。
かつてお嬢様は私に向かってこう言った。
ーお前は私の後ろで輝き続ける十六夜だーと、この時はこの言葉に対して満足していた、でも今は違う。私はお嬢様の隣でお嬢様の事を照らし続けたい、十五夜の満月でありたいと、一従者が生意気な事を言っているという事は理解している。それでもこの気持ちを抑えつける事は出来ない。
私はこの日初めて自らの意思を持って昨日までの自分を超える。
だから私は十五夜に手を伸ばす。
十六夜から十五夜へ
ついに私は夜の頂へ手を掛けた。