三羽の鶴は二度、羽ばたかない。   作:小池蒼司

2 / 21
1巻:首なしライダー
1.セルティ・ストゥルルソン


 

 

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい、セルティ」

『行ってくる』

 

 PDAの画面を新羅に見せて、私は玄関を出た。

 今日も、いつものように仕事へ向かう。

 

 バイクで街を走れば、道行く人々がこちらを振り返る。『首無しライダー』という声が聞こえてくるのも、すっかり日常の一部になっていた。

 

 今日の依頼は、至って簡単なものだった。

 キャリーバッグを探し、指定の場所まで届けてほしい。

 

 依頼人は池袋へ着いたものの、どこかに荷物を置き忘れてしまったらしい。

駅で最後に見たというので、まずはそちらへ向かった。

 

 しかし、教えられた場所にキャリーバッグはなかった。

 

 …まあ、そうだろう。人の多い駅で、いつまでも置きっぱなしになっているとは思えない。

 近くの交番で尋ねると、幸い、それらしい落とし物が届いていた。依頼人に連絡を取り、確認を済ませてから受け取る。

 

 あとは届けるだけだ。

 

 そう思って指定の場所へ向かった私は、ベンチに座る女性を見つけ、足を止めた。

 

 長い茶色の髪を、高い位置で一つに結んでいる。丸い伊達眼鏡の奥には、見覚えのある顔。

 

 ――桜庭三鶴だ。

 

 三年前、池袋を出ていった時と変わらない姿で、彼女はそこに座っていた。

 

 こちらからは見えない携帯の画面を眺めている。私が隣に腰を下ろすと、何気なく顔を上げ、それから目を丸くした。

 

「あ、セルティ?」

 

 続いて、その視線が私の持ってきた荷物へ移る。

 

「てか、私のキャリー! あったんだぁ」

 

 驚いたと思ったら、もう嬉しそうに笑っている。

 忙しい奴だ。そういうところも、ちっとも変わっていない。

 

『お前が依頼したんじゃないのか』

 

 キャリーバッグを指さし、PDAを見せる。

 

「そうだよ。でも、セルティが来るとは思ってなかった」

 

 三鶴は荷物を引き寄せ、持ち手を握った。

 

「ありがと。助かった」

 

 聞きたいことは、いくらでもあった。

 

 いつ帰ってきたのか。博多での生活はどうだったのか。これから、どうするつもりなのか。

 けれど、道端のベンチで立て続けに尋ねるのも落ち着かない。

 

『積もる話もあるだろう。うちに来ないか?』

 

 新羅も、三鶴が帰ってきたと知れば喜ぶだろう。

 彼女は画面を読んで、少し考えるように首を傾けた。

 

 私はもう一言、打ち込んだ。

 

『どうせ、行く宛てはないんだろう』

「ああ、まあ、最初はそうだったんだけど。今は二奈のとこにいるんだ」

『二奈? 古今東西で働くのか?』

「その予定」

 

 妹の店に落ち着いたというなら、ひとまず安心してよさそうだった。

 それでも、なぜ帰ってきたのかは気になる。

 

 最後に会ったのは、彼女が池袋を離れる直前だ。あの時、私に仕事を頼んで以来、一度も連絡を寄越さなかった。

 

 ……その理由は、分かっているが。

 

 今、目の前にいる三鶴は、キャリーバッグが戻ってきたことに満足しているらしかった。

 

 私はPDAに視線を落とした。

 

『三鶴にラーメン屋が務まるとは思えない』

「おいおい! 失礼だな。私だって頑張ればできるっつーの」

 

 勢いよく言い返す彼女に、私は肩を揺らした。

 

「まあ、今日やることないし。お邪魔しようかな」

 

 三鶴は少し申し訳なさそうに言った。

 

 今さら遠慮することもないだろう。学生時代には、ちょくちょくうちへ来て、そのまま泊まっていくこともあったのだから。

 

『新羅も喜ぶよ』

「ほんと? じゃあ、何か買ってく?」

『いい。お前はその荷物を忘れずに持ってこい』

「もう忘れないって」

 

 三鶴は笑いながら立ち上がり、キャリーバッグの持ち手を伸ばした。

 

 私もPDAをしまい、立ち上がる。

 

 三年も会っていなかったのに、少し話せば、こんなふうに気兼ねなく言い返してくる。

 それに、ほっとしている自分がいた。

 

 

▽

 

 

「で、いつ帰ってきたんだい? 何があったか教えてよ」

 

 新羅は向かいのソファに腰を下ろすなり、そう尋ねた。

 セルティに連れられて歩いた道も、この部屋も、三年ぶりだった。見覚えのあるものが目に入るたびに懐かしくて、少し気を緩めたら涙が出そうになる。

 

 座るように促され、目の前にはお茶まで用意された。

 新羅はいつも、こうして歓迎してくれる。ありがたい。

 

「帰ってきたのは昨日。元々、お金が貯まったらこっちに戻るつもりだったんだけど、その前に会社が襲撃されて、なくなっちゃって」

『なくなることがあるのか』

 

 隣に座ったセルティが、PDAの画面をこちらへ向けた。

 

「それが、社長がちょっとやんちゃしたみたいで。相手が社長もろとも全滅させちゃったの」

「……君は?」

「私は戸籍を変えたばっかりだったし、向こうでは死んだ扱いになってたから、セーフ。みたいな?」

 

 新羅とセルティが、揃ってこちらを見る。

 そんな顔をされても、無事だったのだからいいじゃないか。

 

『……まあ、辞めたがっていたし、よかったのか?』

「うん。それは、ほんとに」

 

 セルティは少し首を(ないけど)傾げるような仕草をした。

 高校生の頃から、ずっと辞めたいと言っていたのを覚えていてくれたらしい。

 

「あれ、そういえば、どうして博多に行ったんだっけ?」

 

 新羅に尋ねられ、カップへ伸ばしかけた手を止めた。

 確かに、急に池袋を離れた理由を、新羅にはちゃんと話していなかった気がする。

 

 何と答えようか迷っていると、横からPDAが差し出された。

 

『折原臨也と、いざこざがあったと聞いた』

「あー……うん。間違ってはないっていうか。私が逃げたかったっていうか」

「折原君と喧嘩したっていうのは、僕も聞いたよ。本当だったんだね」

「いや、喧嘩っていうか……」

 

 新羅によれば、私が池袋からいなくなったあと、いろいろな噂が流れていたらしい。

 元々この街を拠点に仕事をしていたのだから、急に姿を消せば、裏稼業の連中も何かと勘繰るのだろう。

 

 中でも、よく聞いたのが、折原臨也と揉めたという話だったそうだ。

 

「まあ、臨也といろいろあったのは本当。でも、あんまり聞かないで。あいつの話するとムカつくの」

『まるでどこかのバーテンダーだな』

「それ、前にも誰かに言われた気がする」

 

 セルティのツッコミに磨きがかかっている。三年で成長したのか。

 私がカップを持ち上げると、新羅は軽く手を打った。

 

「とりあえず、三鶴も戻ってきたことだし。また昔みたいに遊びに来なよ」

 

 セルティを見ると、彼女も頷いた。

 

『遠慮せず、気軽に来い』

 

 差し出された画面を読んで、ようやく肩の力が抜けた。

 

「ありがとう。二人はほんと優しいな。どっかの誰かさんにも学んでほしいよ」

「はは。連絡しようか?」

「やめて!」

 

 思わず腰を浮かせた私を見て、新羅が笑った。

 セルティまで肩を揺らしている。

 

「冗談だよ」

「新羅の冗談、たまに冗談じゃないから嫌なんだよ」

 

 携帯に手を伸ばしていないことを確かめてから、私はソファに座り直した。

「てかさ、帰ってきてたなら、僕たちにも連絡してくれればよかったのに」

 

 新羅が拗ねたように言った。セルティまで頷くので、私は少し気まずくなった。

 

「したかったんだけど、向こうに行ってから連絡先を一新したし。こっちで連絡取れるの、二奈くらいだったから」

 

 カップの縁に指を添え、少し声を落とす。

 

「……あとはまあ、何かの拍子に、臨也に連絡が行くのが嫌だったっていうか」

『また付きまとわれたら、たまったものじゃないな』

「そうそう。あいつ、博多まで来そうじゃん? あー、やだやだ」

 

 想像しただけで背筋がぞわっとして、私は自分の腕を抱えた。

 セルティが手元で文字を打ち、再び画面をこちらへ向ける。

 

『臨也が嫌いなのは分かるが、あいつのところには、お前の妹がいると言っていなかったか?』

 

 私は画面を読んで、小さく頷いた。

 

「ええと、一番下の妹だっけ。三鶴、二奈……」

「一姫」

 

 新羅の言葉を引き取る。

 

「……それも、あいつが嫌いな理由なんだよ。私を追い回すために、一姫を洗脳して利用してる」

 

 口にすると、また腹が立ってきた。

 

「臨也さんが正しい、臨也さんはそんなことしないって。何を言ってもそればっかり。私があいつを悪く言うと、私の方が怒られるの」

 

 新羅は口を挟まずに聞いていた。

 

「一姫が自分でそう思ってるつもりなのも、嫌なんだよ。あいつは、それが分かってて使ってるくせに」

 

 私は腕をほどき、膝の上に手を置いた。

 

「だから、あいつから離れたくても、一姫のことは放っておけない」

『これからどうするつもりなんだ?』

 

 話を区切るように、セルティが画面をこちらへ向けた。

 

「とりあえず、殺し屋はもう卒業。これからは坂堂芹奈として生きていくよ。憧れの、普通の女の子にね!」

 

 少しおどけて言うと、新羅が笑った。

 

「あはは。頑張ってね、としか言えないや」

『この街に戻ってきたのは間違いだったな』

「……だよねえ。私も着いてから思った」

 

 否定できないのが悲しい。

 知っている道も、迎えてくれる人もいる。帰ってきてよかったと思う瞬間は、今日だけでも何度かあった。

 

 ただ、会いたくない奴まで同じ街にいる。

 

「ま、二奈がうちで働けって言ってくれたし。せっかく帰ってきたんだから、もうちょっと頑張ってみるよ」

『そうか』

 

 セルティは頷き、続けて文字を打った。

 

『困ったら連絡しろ。今度は連絡先を消すなよ』

「うん。ありがと」

 

 私は携帯を取り出した。

 

 まずは、この二人の連絡先を登録するところからだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。