三羽の鶴は二度、羽ばたかない。   作:小池蒼司

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2.オリハライザヤ

 

 

チャットルーム――・夕刻

 

《だからね、今、池袋では『ダラーズ』ってチームが凄いんだって!》

 

 三鶴はセルティに勧められ、チャットルームへ入ってみた。

 

 しかし、まだ会話の流れに慣れず、画面に次々と現れる文章を眺めているばかりだった。

 

[私は見たことないんですよね。『ダラーズ』って。噂は凄く聞くんだけど]

《地下に潜ってるっぽいですからねー! ネットでも結構話題になってますよ?》

【そうなんですか。甘楽さん、池袋に詳しいんですね】

《それほどでもないですよう!》

 

 今の話題は、ダラーズ。

 

 三鶴も噂は聞いたことがある。というより、実は所属していたりする。

 

 もっとも、誰が上に立っているのかも、何をする組織なのかも、よく分からない。所属しているからといって、この会話に付け加えられることはなかった。

 

 それにしても、甘楽という人物の文章には、妙な既視感がある。

 

 誰かに似ている。

 

 あまり思い出したくない誰かに。

 

《あ、じゃあじゃあ、黒バイクの話って知ってます?》

【黒バイク?】

[あー]

《最近、新宿とか池袋で話題の奴。昨日ニュースにも出てたよー……てか、みっつんさん、生きてる?》

 

 突然、自分の名前が出てきた。

 

 三鶴は慌ててキーボードへ手を伸ばした。

 

〈生きてるよ〉

《良かったー! みっつんさんは黒バイクの話、知ってます?》

〈噂程度には〉

《さっすがみっつん☆》

〈ウザいからやめてください〉

《んもー、つれないなぁ……》

 

 初めて話す相手にしては、馴れ馴れしい。

 

 三鶴は眉を寄せたが、会話はもう先へ進んでいた。

 

《あ、そうそう、黒バイク。昔から都市伝説みたいな感じだったらしいけど、携帯にカメラが付くようになったでしょう? それで撮る人が増えて、一気に有名になった感じです!》

[あー、知ってる知ってる。でも、都市伝説でも何でもないですよ。普通の暴走族っていうか。別に群れて走ってるわけじゃないんだけど]

《ライトもつけずに走るなんて、充分アホだって》

 

 一拍置いて、次の文章が現れた。

 

《人間だったら、だけど》

 

【話が見えないんですが】

《ああ、えっとね……ぶっちゃけ、化け物みたいなもんです!》

 

 三鶴は画面から顔を上げた。

 

 このチャットを勧めた本人が、それを読んでどう思っているのか、少し気になった。

 

     ▽

 

 新羅の家――・深夜

 

 セルティは仕事に出かけ、新羅も何やら忙しそうにしていた。

 

 三鶴は一人取り残された気分で、ソファの上に膝を抱え、テレビを眺めている。

 

『久しぶりに会えたんだ。泊まっていったらどうだ』

「そうだよ! もっと向こうでの話を聞かせて」

 

 昨日、そう勧められて、そのまま泊まることになった。

 

 積もる話はなかなか尽きず、今日も遅くまで三人で話していたが、セルティの仕事を区切りにお開きとなった。

 

 今は、ただテレビを見ているだけだ。

 

 深夜番組は特別面白いわけでもない。それでも、何も考えずに眺めていられるだけで、十分だった。

 

「三鶴、そろそろ寝たらどうだい?」

 

 背後から声がした。

 

「君、眠くなると手がつけられないくらい機嫌が悪くなるからね。今はセルティもいないし、僕には君を止められる自信がない。ほら、目も眠そうだよ」

 

 ――始まった。

 

 新羅のオカンタイムである。

 

 セルティも新羅も、三鶴には保護者のように接する。その中でも、口うるさいのは新羅だった。

 本人は親切のつもりなのだろうが、眠くなっている時に長々と話しかけられて、機嫌がよくなるはずもない。

 

「あー、分かった分かった。分かりましたよ、お母さん。寝ますぅ」

「全く変わらないね、君は」

「三年で身長は三センチ伸びましたけど」

「一年で一センチか……って、そういうことじゃない」

 

 三鶴はべっと舌を出し、ソファから降りた。

 借りている部屋へ入り、少し強めに扉を閉める。向こうで新羅がため息をついた。

 

 聞こえたよ、と言い返しかけて、やめる。

 

 こんなやり取りを、昔も何度となく繰り返した。

 三鶴はベッドに腰を下ろし、口元を少し緩めた。

 

 一方、新羅も閉じた扉を見て、小さく笑っていた。

 

 手のかかる友人が帰ってきた。

 

 明日の朝も、きっと起こすのに苦労する。

 

▽

 

チャットルーム――夕刻

 

《黒バイクに乗ってるのは、人間じゃないの》

 

【じゃあ、何なんですか】

[ただのバカだって]

〈人間じゃないなんて、ついに頭がおかしくなりましたか、甘楽さん〉

 

《やだ! みっつんさん辛辣ぅ!》

〈うるさい〉

《そんなところも大好きです☆ あ、黒バイクね。ドタチンなんかは、死神だって言ってる》

 

 ――ドタチン。

 

 その呼び名に、三鶴の指が止まった。

 

 聞き覚えがある。誰かが、誰かをそう呼んでいた。

 

 顔まで浮かびかけたのに、名前とうまく結びつかない。思い出そうとしている間にも、画面の会話は進んでいく。

 

【ドタチン?】

《実はね、私も見たことがあるの。あの黒バイクが、人を追いかけてるところ》

【ドタチンって誰】

[警察とかには言った?]

〈言っても無駄でしょ〉

 

《なんていうかね、あんなものを持ってる時点で普通じゃないんだけど》

【スルー? ドタチンって誰!?】

《最初はよく分からなかったんだけど、あいつの体からね……》

 

 そこで、甘楽の発言が途切れた。

 

【……】

【?】

【甘楽さん? どうしました?】

 

〈落ちたみたいですね〉

 

【ええ!? そんな、どっちの話も中途半端なのに! 体から何が出てくるの!?】

【そして、ドタチンって誰――!】

 

 ――甘楽さんが入室しました――

 

《落ちてたよー。っていうか、今日なんか接続悪いから、そろそろ寝ますー》

 

[おやすー]

〈おやすみなさい〉

【話の続きは? ドタチンって……】

 

《今度話しますよー。ふふう、最後に一つだけ》

 

《黒バイクに乗ってる男にはね、首から上がないの》

《首が綺麗になくなってるのに、動いてるんだって》

 

《じゃ、おやすみなさーい》

 

 ――甘楽さんが退室しました――

 ――セットンさんが退室しました――

 ――田中太郎さんが退室しました――

 

〈……おやすみなさい〉

 

 返事をする相手がいなくなってから、三鶴は送信した。

 

 ――みっつんさんが退室しました――

 

     

 

 

 

▽

 

 

 

 

 チャットルーム――深夜

 

 ――田中太郎さんが入室しました――

 

【こんばんはー】

[ばんわー]

〈こんばんは〉

 

【あ、セットンさん、みっつんさん。今日、見ましたよ】

【例の黒バイク!】

 

[? 田中太郎さん、池袋に来たの?]

 

【ええ。実は私、今日から池袋に住むことになりまして。今は友達の家から繋いでますけど、明日から駅の近くのアパートに住むんです】

【プロバイダの契約は済ませてあるので、すぐネットにも繋げられると思います】

 

〈おめでとうございます。一人暮らしですか?〉

【はい】

〈そうなんですね〉

 

[黒バイクを見たのって、夜の七時頃?]

【あ、知ってるんですか? 私はサンシャインのそばで見たんですけど】

[うん、まあ。私もそこにいたから]

 

【!?】

【本当ですか? じゃあ、知らないうちにすれ違ってたりしたのかもしれませんね!】

 

[そうかも]

 

【うわー! こんなことなら、前から言っておけばよかった!】

〈いいなあ。私も見たかった〉

【みっつんさんは、見なかったんですか?】

〈その時間は家にいました。もう眠くて〉

 

 実際、今も眠い。

 

 三鶴は片手で目元を揉み、画面を見直した。

 

[ともあれ、池袋にようこそー。何か聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いていいっすよー]

 

【ありがとうございます!】

【あ、そうだ。じゃあ早速】

 

[はいはい]

 

【オリハライザヤって人、知ってます?】

【友達に、近づかない方がいいって言われたんですけど】

【怖い人なんですか? って、知ってるわけないですよね。すみません】

 

 眠気が、少し引っ込んだ。

 

〈……オリハラ、イザヤ〉

 

[田中太郎さんの友達って、その筋の人?]

【あ、いえ。普通のやつですよ】

[あ、そうですか。すみません。折原臨也には関わらない方がいいよー。マジでやばいっす]

 

 その通りだ。

 

 三鶴が返事を打とうとしたところで、新しい文章が割り込んだ。

 

《あー! 田中さん、こんばんはー! 今日はみっつんさんもいるじゃないですかー!》

 

【!? 甘楽さん、いたんですか?】

 

《ちょっと電話してたからー。今ログ読みましたけど、東京に来たんですか? おめでとうございますー! 今度オフ会でもやりますか?》

 

【あ、いえいえ、お構いなく。あー、でもオフ会はやりたいですねえ】

【みっつんさんが美人って噂もありますし】

 

〈何その噂。これ始めたばっかなんですけど〉

 

《あははー。それはないですよぅ》

 

〈甘楽さん、どういう意味ですか〉

 

 返事はなかった。

 

《あ、そうそう。オフ会といえば、心中オフってあるじゃないですか》

 

[あー]

[去年流行りましたねえ。ネットで知り合って心中]

 

【嫌な話ですよね】

【でも、最近はニュースになってませんよね】

 

〈未遂で終わってるのか、珍しくなくなって報道されないのかもしれませんね〉

 

《さあ、それはどうでしょう。沢山あるけど、誰も気づいてないだけかもしれませんよ!》

 

〈え?〉

 

 少し間が空いた。

 

《もしかしたら、まだ死体が見つかってないとか》

 

【うわあ】

[不謹慎ですよ]

〈最低です〉

 

《みっつんさんに嫌われたら生きていけない!! でもほら、最近、失踪事件も多いし》

 

【? そんなニュースが?】

 

《大抵、不法滞在してる外国人とか、地方から家出してきた子とか。池袋から渋谷の間あたりで多いみたいだよー》

《ダラーズの連中が取って食ってるんじゃないか、って噂まであるぐらいですよ。フフウ?》

《みっつんさんも女性ですから、気をつけないと!》

 

〈甘楽さんもでしょ。ありがとうございます〉

 

【へえ。やっぱりダラーズって有名なんですね】

 

《ダラーズは凄いんですよ! チャイニーズマフィアと話をつけたらしいし、こないだヤクザが刺された事件も、ダラーズの下っ端の仕業なんだって!》

《前まで騒がれてた池袋の殺し屋、『斬鬼』もダラーズらしいし!》

 

 三鶴は画面を見つめた。

 

 先ほどまでなら、噂好きの相手が話を膨らませているだけだと、流せたかもしれない。

 

 けれど、その呼び名まで出てくると、少し話が違った。

 

[甘楽さんって、どこからそういう情報を仕入れてくるの?]

 

《知り合いに詳しい人がいるから。それでですよう》

 

 知り合い。

 

 三鶴はその言葉を読み返した。

 

【うう、詳しく聞きたいけど、明日は早いので、今日はこの辺でー】

 

《あ、お疲れ様でっす!》

[田中太郎さん、おやすー]

[あ、私もちょっと用事があるので、今晩はこれでー]

 

【すみません……あー、ドタチンって人のことも、今度教えてくださいね】

【ではではー】

 

〈皆さん、おやすみなさい〉

〈甘楽さんはどうしますか?〉

 

《そうですねー。今日はこれで解散ですかね。他に誰も来ないですしー。みっつんさんは?》

 

〈私も、これで落ちようかと〉

 

《了解でーす。おやすみなさーい☆》

 

 ――田中太郎さんが退室しました――

 ――セットンさんが退室しました――

 ――甘楽さんが退室しました――

 

 三鶴は、最後にもう一度ログを見た。

 

 画面越しの、顔も知らない相手だ。

 

 それなのに、妙に疲れた。

 

 ――みっつんさんが退室しました――

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