チャットルーム――・夕刻
《だからね、今、池袋では『ダラーズ』ってチームが凄いんだって!》
三鶴はセルティに勧められ、チャットルームへ入ってみた。
しかし、まだ会話の流れに慣れず、画面に次々と現れる文章を眺めているばかりだった。
[私は見たことないんですよね。『ダラーズ』って。噂は凄く聞くんだけど]
《地下に潜ってるっぽいですからねー! ネットでも結構話題になってますよ?》
【そうなんですか。甘楽さん、池袋に詳しいんですね】
《それほどでもないですよう!》
今の話題は、ダラーズ。
三鶴も噂は聞いたことがある。というより、実は所属していたりする。
もっとも、誰が上に立っているのかも、何をする組織なのかも、よく分からない。所属しているからといって、この会話に付け加えられることはなかった。
それにしても、甘楽という人物の文章には、妙な既視感がある。
誰かに似ている。
あまり思い出したくない誰かに。
《あ、じゃあじゃあ、黒バイクの話って知ってます?》
【黒バイク?】
[あー]
《最近、新宿とか池袋で話題の奴。昨日ニュースにも出てたよー……てか、みっつんさん、生きてる?》
突然、自分の名前が出てきた。
三鶴は慌ててキーボードへ手を伸ばした。
〈生きてるよ〉
《良かったー! みっつんさんは黒バイクの話、知ってます?》
〈噂程度には〉
《さっすがみっつん☆》
〈ウザいからやめてください〉
《んもー、つれないなぁ……》
初めて話す相手にしては、馴れ馴れしい。
三鶴は眉を寄せたが、会話はもう先へ進んでいた。
《あ、そうそう、黒バイク。昔から都市伝説みたいな感じだったらしいけど、携帯にカメラが付くようになったでしょう? それで撮る人が増えて、一気に有名になった感じです!》
[あー、知ってる知ってる。でも、都市伝説でも何でもないですよ。普通の暴走族っていうか。別に群れて走ってるわけじゃないんだけど]
《ライトもつけずに走るなんて、充分アホだって》
一拍置いて、次の文章が現れた。
《人間だったら、だけど》
【話が見えないんですが】
《ああ、えっとね……ぶっちゃけ、化け物みたいなもんです!》
三鶴は画面から顔を上げた。
このチャットを勧めた本人が、それを読んでどう思っているのか、少し気になった。
▽
新羅の家――・深夜
セルティは仕事に出かけ、新羅も何やら忙しそうにしていた。
三鶴は一人取り残された気分で、ソファの上に膝を抱え、テレビを眺めている。
『久しぶりに会えたんだ。泊まっていったらどうだ』
「そうだよ! もっと向こうでの話を聞かせて」
昨日、そう勧められて、そのまま泊まることになった。
積もる話はなかなか尽きず、今日も遅くまで三人で話していたが、セルティの仕事を区切りにお開きとなった。
今は、ただテレビを見ているだけだ。
深夜番組は特別面白いわけでもない。それでも、何も考えずに眺めていられるだけで、十分だった。
「三鶴、そろそろ寝たらどうだい?」
背後から声がした。
「君、眠くなると手がつけられないくらい機嫌が悪くなるからね。今はセルティもいないし、僕には君を止められる自信がない。ほら、目も眠そうだよ」
――始まった。
新羅のオカンタイムである。
セルティも新羅も、三鶴には保護者のように接する。その中でも、口うるさいのは新羅だった。
本人は親切のつもりなのだろうが、眠くなっている時に長々と話しかけられて、機嫌がよくなるはずもない。
「あー、分かった分かった。分かりましたよ、お母さん。寝ますぅ」
「全く変わらないね、君は」
「三年で身長は三センチ伸びましたけど」
「一年で一センチか……って、そういうことじゃない」
三鶴はべっと舌を出し、ソファから降りた。
借りている部屋へ入り、少し強めに扉を閉める。向こうで新羅がため息をついた。
聞こえたよ、と言い返しかけて、やめる。
こんなやり取りを、昔も何度となく繰り返した。
三鶴はベッドに腰を下ろし、口元を少し緩めた。
一方、新羅も閉じた扉を見て、小さく笑っていた。
手のかかる友人が帰ってきた。
明日の朝も、きっと起こすのに苦労する。
▽
チャットルーム――夕刻
《黒バイクに乗ってるのは、人間じゃないの》
【じゃあ、何なんですか】
[ただのバカだって]
〈人間じゃないなんて、ついに頭がおかしくなりましたか、甘楽さん〉
《やだ! みっつんさん辛辣ぅ!》
〈うるさい〉
《そんなところも大好きです☆ あ、黒バイクね。ドタチンなんかは、死神だって言ってる》
――ドタチン。
その呼び名に、三鶴の指が止まった。
聞き覚えがある。誰かが、誰かをそう呼んでいた。
顔まで浮かびかけたのに、名前とうまく結びつかない。思い出そうとしている間にも、画面の会話は進んでいく。
【ドタチン?】
《実はね、私も見たことがあるの。あの黒バイクが、人を追いかけてるところ》
【ドタチンって誰】
[警察とかには言った?]
〈言っても無駄でしょ〉
《なんていうかね、あんなものを持ってる時点で普通じゃないんだけど》
【スルー? ドタチンって誰!?】
《最初はよく分からなかったんだけど、あいつの体からね……》
そこで、甘楽の発言が途切れた。
【……】
【?】
【甘楽さん? どうしました?】
〈落ちたみたいですね〉
【ええ!? そんな、どっちの話も中途半端なのに! 体から何が出てくるの!?】
【そして、ドタチンって誰――!】
――甘楽さんが入室しました――
《落ちてたよー。っていうか、今日なんか接続悪いから、そろそろ寝ますー》
[おやすー]
〈おやすみなさい〉
【話の続きは? ドタチンって……】
《今度話しますよー。ふふう、最後に一つだけ》
《黒バイクに乗ってる男にはね、首から上がないの》
《首が綺麗になくなってるのに、動いてるんだって》
《じゃ、おやすみなさーい》
――甘楽さんが退室しました――
――セットンさんが退室しました――
――田中太郎さんが退室しました――
〈……おやすみなさい〉
返事をする相手がいなくなってから、三鶴は送信した。
――みっつんさんが退室しました――
▽
チャットルーム――深夜
――田中太郎さんが入室しました――
【こんばんはー】
[ばんわー]
〈こんばんは〉
【あ、セットンさん、みっつんさん。今日、見ましたよ】
【例の黒バイク!】
[? 田中太郎さん、池袋に来たの?]
【ええ。実は私、今日から池袋に住むことになりまして。今は友達の家から繋いでますけど、明日から駅の近くのアパートに住むんです】
【プロバイダの契約は済ませてあるので、すぐネットにも繋げられると思います】
〈おめでとうございます。一人暮らしですか?〉
【はい】
〈そうなんですね〉
[黒バイクを見たのって、夜の七時頃?]
【あ、知ってるんですか? 私はサンシャインのそばで見たんですけど】
[うん、まあ。私もそこにいたから]
【!?】
【本当ですか? じゃあ、知らないうちにすれ違ってたりしたのかもしれませんね!】
[そうかも]
【うわー! こんなことなら、前から言っておけばよかった!】
〈いいなあ。私も見たかった〉
【みっつんさんは、見なかったんですか?】
〈その時間は家にいました。もう眠くて〉
実際、今も眠い。
三鶴は片手で目元を揉み、画面を見直した。
[ともあれ、池袋にようこそー。何か聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いていいっすよー]
【ありがとうございます!】
【あ、そうだ。じゃあ早速】
[はいはい]
【オリハライザヤって人、知ってます?】
【友達に、近づかない方がいいって言われたんですけど】
【怖い人なんですか? って、知ってるわけないですよね。すみません】
眠気が、少し引っ込んだ。
〈……オリハラ、イザヤ〉
[田中太郎さんの友達って、その筋の人?]
【あ、いえ。普通のやつですよ】
[あ、そうですか。すみません。折原臨也には関わらない方がいいよー。マジでやばいっす]
その通りだ。
三鶴が返事を打とうとしたところで、新しい文章が割り込んだ。
《あー! 田中さん、こんばんはー! 今日はみっつんさんもいるじゃないですかー!》
【!? 甘楽さん、いたんですか?】
《ちょっと電話してたからー。今ログ読みましたけど、東京に来たんですか? おめでとうございますー! 今度オフ会でもやりますか?》
【あ、いえいえ、お構いなく。あー、でもオフ会はやりたいですねえ】
【みっつんさんが美人って噂もありますし】
〈何その噂。これ始めたばっかなんですけど〉
《あははー。それはないですよぅ》
〈甘楽さん、どういう意味ですか〉
返事はなかった。
《あ、そうそう。オフ会といえば、心中オフってあるじゃないですか》
[あー]
[去年流行りましたねえ。ネットで知り合って心中]
【嫌な話ですよね】
【でも、最近はニュースになってませんよね】
〈未遂で終わってるのか、珍しくなくなって報道されないのかもしれませんね〉
《さあ、それはどうでしょう。沢山あるけど、誰も気づいてないだけかもしれませんよ!》
〈え?〉
少し間が空いた。
《もしかしたら、まだ死体が見つかってないとか》
【うわあ】
[不謹慎ですよ]
〈最低です〉
《みっつんさんに嫌われたら生きていけない!! でもほら、最近、失踪事件も多いし》
【? そんなニュースが?】
《大抵、不法滞在してる外国人とか、地方から家出してきた子とか。池袋から渋谷の間あたりで多いみたいだよー》
《ダラーズの連中が取って食ってるんじゃないか、って噂まであるぐらいですよ。フフウ?》
《みっつんさんも女性ですから、気をつけないと!》
〈甘楽さんもでしょ。ありがとうございます〉
【へえ。やっぱりダラーズって有名なんですね】
《ダラーズは凄いんですよ! チャイニーズマフィアと話をつけたらしいし、こないだヤクザが刺された事件も、ダラーズの下っ端の仕業なんだって!》
《前まで騒がれてた池袋の殺し屋、『斬鬼』もダラーズらしいし!》
三鶴は画面を見つめた。
先ほどまでなら、噂好きの相手が話を膨らませているだけだと、流せたかもしれない。
けれど、その呼び名まで出てくると、少し話が違った。
[甘楽さんって、どこからそういう情報を仕入れてくるの?]
《知り合いに詳しい人がいるから。それでですよう》
知り合い。
三鶴はその言葉を読み返した。
【うう、詳しく聞きたいけど、明日は早いので、今日はこの辺でー】
《あ、お疲れ様でっす!》
[田中太郎さん、おやすー]
[あ、私もちょっと用事があるので、今晩はこれでー]
【すみません……あー、ドタチンって人のことも、今度教えてくださいね】
【ではではー】
〈皆さん、おやすみなさい〉
〈甘楽さんはどうしますか?〉
《そうですねー。今日はこれで解散ですかね。他に誰も来ないですしー。みっつんさんは?》
〈私も、これで落ちようかと〉
《了解でーす。おやすみなさーい☆》
――田中太郎さんが退室しました――
――セットンさんが退室しました――
――甘楽さんが退室しました――
三鶴は、最後にもう一度ログを見た。
画面越しの、顔も知らない相手だ。
それなのに、妙に疲れた。
――みっつんさんが退室しました――