静雄と臨也の騒ぎから抜け出した三鶴たちは、一度、古今東西へと戻った。
三鶴の部屋を整え、荷物を置いているうちに、すっかり時間が経ってしまった。ようやく一段落ついた頃には、三人とも腹を空かせていた。
「今度こそ、ご飯行こうよ」
「賛成。もうお腹ぺこぺこ」
二奈の提案に三鶴も頷き、向かった先は露西亜寿司だった。
店先の大きな人影に、三鶴は手を振った。
「サイモーン! 食べに来たよー!」
「オー、イラッシャイ。さっきシズオ、帰ッタばっか」
「えー! 静雄来てたのかよー! もっと早く来てたらよかった」
「いやいや、やめてよ。お姉ちゃん酒癖悪いんだから」
二奈はすぐさま首を振った。
三鶴は不満そうに唇を尖らせる。
「まだ飲むって言ってないじゃん」
「シズ先輩が飲んでたら、絶対『私もー!』ってなるでしょ」
「……よく分かってんね」
「何年、妹やってると思ってんの」
言い返せなくなった三鶴を見て、サイモンが笑った。
「寿司、食ベる。腹イッパイ、仲良くなる」
「ほら、お姉ちゃん。今日はお寿司食べに来たんだから」
二奈に背中を押され、三鶴は店内へ入った。
「はいはい。じゃ、とりあえずお寿司とビール」
「お姉ちゃん!」
そんな二人を横目に、笹木はしれっと寿司を注文していた。
「そういえば、
「ん? 笹木さん、一姫のこと知ってるの?」
お冷を飲んでいた三鶴は、思いがけない名前に顔を上げた。
「はい。何度かお見かけしたことはありますが、そこまで接点はありません」
「そうなんだ……それで、一姫がどうしたって?」
「池袋に来ているみたいです」
「……は?」
聞き返す間に、笹木は鞄からノートパソコンを取り出した。慣れた手つきで操作し、画面を三鶴たちへ向ける。
映っていたのは、防犯カメラの映像だった。
通りを歩く人々の中に、見覚えのあるツインテールが揺れている。
――一姫だ。
普段は折原臨也の事務所に入り浸っている妹は、家も学校も新宿にある。わざわざ池袋まで来る用事など、三鶴には心当たりがなかった。
いや、一つだけある。
「絶対、折原臨也に言われて、お姉ちゃんに会いに来てるよね」
二奈が三鶴を見る。
三鶴はしばらく黙って画面を見つめた後、深くため息をついた。
「一姫がこっちに来てるのは分かった。……それより、笹木さん何者?」
車を出してくれる、気のいい運転手。
つい先ほどまで、三鶴の中ではそういう認識だった。
だが、二奈の隣に当然のように控え、今は防犯カメラの映像まで見せている。本人の言う「ただの運転手」で納得するには、無理があった。
笹木は一度、二奈へ視線を向けた。
彼女が頷くのを確認してから、改めて三鶴に向き直る。
「申し遅れました。元国家秘匿ハッカー組織『タイラン』の笹木です」
三鶴の目が丸くなった。
しばらく口を開けたまま、笹木と二奈を交互に見る。
「は、は……ハッカー!?」
思わず上がった声に、二奈が口元へ人差し指を立てた。
「お姉ちゃん、声」
「いや、だって! ただの運転手って言ってたじゃん!」
「今は運転手ですので」
笹木は、至って真面目な顔で答えた。
「ウチ、訳ありの従業員しかいないって言ったでしょ?」
「ばっ、それは聞いたけど、国家!?」
「“元”です」
律儀に訂正されても、三鶴は驚きを隠せなかった。
「なんでそんな人が二奈のとこにいるのよ」
「ちょっと色々あったんだよねー」
二奈はあっさり答え、届いた寿司へ箸を伸ばした。これ以上、今ここで説明する気はないらしい。
博多時代にも、世話になったハッカーはいる。
ただ、三鶴にとってはそいつが唯一の基準だったため、目の前の笹木とはどうにも印象が結びつかなかった。
きちんとしていて、気が利いて、運転もする。頼んでもいないのに車を回し、今は妹の姿まで見つけている。
……いや、だからこそ、なのか?
「とにかく、近々、一姫さんとの接触があると思われます。ボスも言ったように、折原臨也の指示で姉御に近づくでしょう」
「前から思ってたけど、その呼び方何?」
三鶴は画面から顔を上げ、笹木を見た。
「ボスが二奈で、姉御が私?」
「はい」
「なんで?」
「ボスのお姉様ですので」
三鶴は隣の二奈を見る。
二奈は寿司を飲み込んでから、何でもないことのように頷いた。
「分かりやすくていいじゃん」
「私は普通に三鶴さんでいいんだけど」
「承知しました、姉御」
「承知してないじゃん」
二奈は小さく笑った。
しかし、次に口を開いた時には、その声から軽い調子が消えていた。
「途中までとはいえ、一姫も訓練を受けた人間ではあるから、気をつけなよ。お姉ちゃん」
箸を止めた二奈が、三鶴を見る。
三鶴も笑うのをやめた。
「……分かってる」
ーーあの子に同じことをさせたくなかった。
だから終わらせたはずだったのに、今は、その時に教え込まれたものを警戒しろと言われている。
「一姫が何しに来たって、私の妹なのは変わんないよ」
「うん。だから言ってるの」
二奈は三鶴から目を逸らさなかった。
「お姉ちゃん、一姫だと油断するでしょ」
三鶴は答えられず、テーブルの上の画面へ視線を戻した。
そこには、もう一姫の姿は映っていなかった。
△▽
同日、夜11時
寿司を食べながら話を続け、ひとまず区切りがついたところで、三鶴たちは解散することにした。
「私、ちょっと風に当たってから帰る」
「ちゃんと帰ってきてよ? 今度は連絡なしで泊まったりしないでね」
「分かってるって」
二奈と笹木を先に見送り、三鶴も外へ出た。
夜風が火照った頬に心地よい。
思わず大きく息を吸ったところで、隣からサイモンの手が伸びてきた。
「飲ミスギ」
「そんな飲んでないっつーの!」
そう言い返す顔は、しっかり赤かった。
サイモンに肩を支えられながら店先を離れると、少し先の街灯の柱に寄りかかっていた男が、こちらへ顔を向けた。
「……お前、何やってんだ」
「あれ、静雄?」
三鶴は目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。
「帰ったって聞いたのに!」
「その辺にいただけだ。つーか、飲んだのか」
「ちょっとね」
「ちょっとって顔じゃねえだろ」
静雄は柱から背を離すと、二人の方へ歩いてきた。
「なぁ、聞いてくれよ」
三鶴とサイモンを見比べ、静雄は先ほどの出来事を語り始めた。
「人生って何だ? 人は何の為に生きている? 俺はそう問いかけられて、そいつをまあ死ぬ寸前までぶん殴ってやったわけだ。ポエマーな女子中高生が言うならまだしも、二十歳を過ぎてヤクザになろうとしたけど小間使いが嫌で逃げ出したような奴が言ったら、これはもう犯罪だろ」
「ソウダヨ!」
「いや、自分の人生について考えるのは自由だし否定はしねえ。だけどよ、その答えを他人に求めてどうするってんだよ。んで、俺は瞳孔が開きかけてるそいつに『これが手前の人生だ、死ぬ為に生きろ』って言ったんだが、相手が店長だった事を考えると俺はまた間違ってしまったんだろうか」
「ソウダヨ!」
「……サイモンさんよぉ、俺の言ってる事よくわかってないだろ」
「ソウダヨ!」
三鶴は静雄とサイモンを交互に見ていたが、三度目の「ソウダヨ!」でとうとう吹き出した。
「サイモン、全部それじゃん」
「三鶴、笑ウ。元気、イイこと」
「お前もちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたよ。店長ぶん殴って、仕事なくなったって話でしょ?」
「……まあ、そうだ」
三鶴は笑いを収め、静雄の隣で柱に背を預けた。
「じゃあ、今は別の仕事してるの?」
「借金の取り立て。先輩と一緒にな」
「へえ。私は無職」
「知ってるよ。さっさと仕事見つけろ」
「うわ、耳が痛い」
三鶴は大げさに耳を塞いだ。
静雄は呆れた顔をしたが、今度はため息だけで済ませた。
その時、三鶴の鞄から携帯の振動音がした。
「……ん?」
耳から手を離し、携帯を取り出す。
届いたメールを読むうちに、三鶴は少し首を傾げた。
「ダラーズの集会だって」
「お前も入ってんのか?」
「一応ね。でも、何する集まりなのか全然知らないんだよね」
登録はしたものの、これまで特に何かに参加したことはなかった。
三鶴たちは指定された場所を確かめ、通りの先へ目を向ける。
「近いじゃん。ちょっと覗いてこようかな」
「酔ってんのにか?」
「それ言ったら静雄もでしょ。まー見に行くだけだって」
三鶴は携帯を鞄へ戻し、柱から背を離した