三羽の鶴は二度、羽ばたかない。   作:小池蒼司

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7.終幕

 

「ねー、静雄はほんとに良い奴でさぁ」

 

 指定された場所へ来たものの、何をするのかは分からない。三鶴たちは、そのまま談笑を続けていた。

 

「お前、酔ってるだろ」

「酔ってないよぉ。酷いよぉ」

 

 先ほどまでは静雄の方が酔っていたはずなのに、今では三鶴の方が泣いたり笑ったりと忙しい。

 

「ね、ほらほら、ピースして?」

「おい、やめろ。勝手にカメラ向けんな。いい加減にしろ」

 

 三鶴は携帯を静雄へ向け、画面を覗き込んだ。静雄に手を押し下げられると、今度はサイモンへ向け直す。

 かれこれ数分、こんなやり取りを続けていた。

 

 そんな時だった。

 

 近くで、携帯の着信音が鳴った。

 

 一人が鳴ったかと思えば、また一人、二人。

 別々の音が次々と重なり、周囲の話し声に混じっていく。

 

 三鶴の携帯にも、新着メールの表示が出た。

 カメラを閉じ、本文を開く。

 

『今、携帯のメールを見ていない奴らが敵だ。攻撃をせずに、ただ、静かに見つめろ』

 

 三鶴は笑うのをやめた。

 

 もう一度、文面を確かめる。

 隣では静雄も携帯から顔を上げていた。サイモンも、ゆっくりと通りへ目を向ける。

 

 三鶴は携帯を手にしたまま、周囲を見渡した。

 

 同じように画面から顔を上げた人々の視線が、少しずつ、ある方向へ集まっていく。

 

 三鶴もその先を追い、メールを読んでいない人間を探した。

 

 人々の視線を受けて、戸惑う者たちがいる。携帯を取り出すでもなく、互いに顔を見合わせ、周囲を警戒していた。

 

「……あの人たち?」

 

 静雄へ小さく尋ねた、その時だった。

 

 どこかで、声が上がった。

 

 つられるように顔を上げる。人々が見ているのは、通りに面したビルの屋上だった。

 

 そこに、黒い人影がいる。

 

「セルティ?」

 

 見慣れたヘルメットを認め、三鶴は目を細めた。

 

「何してんの、あんなとこで……」

 

 言い終わらないうちに、その姿が屋上から消えた。

 

 三鶴は息を止めた。

 

 落ちた、と思った。

 しかし、黒い影を纏ったバイクは壁に沿って走り、見る間に地上へ近づいてくる。

 

「……うそ」

 

 携帯を握ったまま、三鶴はその動きを目で追った。

 

 地上へ降り立ったセルティの周囲から、人が後ずさる。先ほどまで静かだった通りが、驚きの声で満ちていった。

 

 セルティは背中から引き出した影を、巨大な鎌へと変えた。

 

 その背後へ、一人の男が近づく。

 手にしていた警棒が振り下ろされ、ヘルメットが弾き飛ばされた。

 

「おい!」

 

 三鶴は思わず声を上げた。

 

 近くで悲鳴が響く。

 人々が見つめる先には、ヘルメットの下にあるはずのものがなかった。

 

 三鶴は、その姿を知っていた。

 

 けれど、誰もが知っているわけではない。

 

 隣で誰かが後ずさり、三鶴の肩にぶつかった。それでも彼女は、その場から目を離せなかった。

 

 セルティは動きを止めなかった。

 

 鎌を手にした彼女に、男たちが次々と倒されていく。三鶴は携帯を握ったまま、その光景を見つめていた。

 

 やがて、一人の女がその場から逃げ出した。

 セルティはすぐにバイクへ跨がり、後を追って走り去る。

 

「……行っちゃった」

 

 呟いてから、三鶴はようやく周囲へ目を向けた。

 

 人々が動き始めている。

 

 連れと顔を見合わせる者。携帯をしまう者。今見たものについて話しながら、通りを離れていく者。

 

 誰かが解散を告げたわけでもないのに、集まりは少しずつほどけていった。

 

 三鶴は静雄の袖を軽く引いた。

 

「ねえ、今の……何だったの?」

 

 静雄もセルティが去った方を見ていたが、やがて三鶴へ視線を戻した。

 

「……俺に聞くな」

 

 

△▽

 

 

 人々が少しずつ通りを離れていく。

 携帯をしまい、連れと顔を見合わせ、今見たものについて話しながら、それぞれの帰り道へ向かっていた。

 

 臨也はその様子を、楽しそうに眺めていた。

 

人波が薄くなったことで、通りの向こうにいる三鶴の姿が見えた。

 

 静雄の隣に立ち、携帯をしまいながら何かを話している。静雄が顔をしかめると、三鶴は楽しそうに笑った。

 

 臨也は、その姿に目を留めた。

 

 今日も結局、ろくに話せなかった。

 連絡先も、まだ聞けていない。

 

 静雄に向けられる屈託のない笑顔を眺めながら、臨也はゆっくりとそちらへ身体を向けた。

 臨也がそちらへ足を向けかけたところで、近くに停められていたバンのドアが開いた

 

「今まで……本当にあれだけの人がいたのか?」

 

「お、ドタチン久しぶり。あー、この東京23区はね、人の数の割に驚くほど狭い。人口密度世界一は伊達じゃないさ。どこにでも現れて、どこにでも消える」

 

「三鶴も戻ってきたんだな」

 

 門田の言葉に、臨也は足を止めた。

 

「そうだね。君ももう会った?」

「いや。車の中から見かけただけだ」

「じゃあ、声をかけてくれば? 向こうにいるよ」

 

 そう言いながらも、臨也の視線は三鶴から離れなかった。

 

 門田はその横顔を一瞥する。

 

「……お前、またあいつに何かしたのか」

「やだなあ。久しぶりに帰ってきた友達を歓迎してるだけじゃないか」

「だったら、普通に声かけりゃいいだろ」

「それができたら苦労しないんだけどね」

 

 臨也は笑った。

 門田は返事をせず、三鶴の隣に立つ静雄へ目を向けた。

 

 二人がそんな会話をしていると、通りの入口にセルティが戻ってきた。

 

「それと臨也……アレは一体、なんなんだ?前にも見たが……人間、じゃあないよな?」

「見ただろう?化物さ。敬意を持ってそう呼んでやれ」

 

門田に冗談のような口調でそう告げると、臨也はセルティの方へと歩を進めていった。

 

「ねえ、三鶴ちゃんも知ってるの?」

 

 バンから降りてきた狩沢が、門田のそばで尋ねた。

 

「何をだ」

「セルティのこと。さっき、ヘルメットが飛んだ時も逃げなかったじゃない」

 

 遊馬崎も、通りの向こうへ目を向ける。

 

「むしろ、叩いた奴に怒ってる感じでしたね」

「昔から付き合いがあるんだろ」

 

 門田が答えると、狩沢は納得したように頷いた。

 

「そっか。三鶴ちゃん、帰ってきても知り合いばっかりね」

「静雄さんとも普通に話してましたしね。三年ぶりって聞かなきゃ分かんないっすよ」

 

 静雄の隣で、三鶴がこちらに気づいた。

 笑って手を振る彼女に、狩沢も手を振り返した。

 

 

 

 

「見失ったみたいだな」

 

セルティの戦う姿を見た直後にも関わらず、臨也はいつもの調子で彼女に声をかける。

波江を取り逃がしたのが悔しいようで、セルティは疲れたようにバイクへと寄りかかった。

 

「まあ、ふっきれたみたいだな」

 

 セルティは臨也を見て、それから彼の肩越しに目を向けた。

 

 三鶴が手を振っている。

 こちらへ来ようとしていたが、静雄が何かを言うと、足を止めて彼を振り返った。

 セルティはすぐに文字を打った。

 

『三鶴も来ていたんだな』

「そうだね。シズちゃんとずっと一緒にいるよ」

 

 臨也も振り返る。

 その声が少しだけ不満そうに聞こえて、セルティは彼へ視線を戻した。

 

『お前は話さなかったのか?』

「話したよ。でも、すぐ帰っちゃったんだ。連絡先くらい教えてくれてもいいと思わない?」

 

 セルティはしばらく彼を見つめてから、再び文字を打った。

 

『またか。本人が教えないなら諦めろ』

「そんな簡単に諦められるなら、君に何度も聞いてないよ」

『何度も聞くが、どうしてそんなに三鶴にこだわるんだ?』

 

 臨也は画面を読み、笑みを浮かべた。

 

「三年も会ってなかったんだよ。聞きたいことなんて、いくらでもあるじゃないか」

 

 答えながら、また三鶴へ目を向ける。

 

 セルティは携帯を下ろした。

 三鶴がその視線に気づいた様子はなかった。

 

「そういや、結局誰も殺さなかったな。あの鎌って何、切れないの?」

 

臨也は三鶴の話をしたあと、気になっていたことを付け足して聞いた。

その言葉を黙殺し、セルティは黙々とヘルメットの埃を払い続ける

 

「三鶴ちゃん、こっち来ればいいのに」

 

 狩沢が呟くと、門田は静雄の方を見た。

 

「臨也がいるからだろ」

「ああ……そっか」

 

 遊馬崎もつられて目を向ける。

 三鶴は静雄と並んだまま、こちらの様子を窺っていた。臨也と目が合うと、それまで上げていた手をすっと下ろす。

 

 臨也は構わず、彼女へ笑いかけた。

 

 その仕草を横目で見ていたセルティは、手にしたヘルメットへ視線を戻した。

 

 

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