「ねー、静雄はほんとに良い奴でさぁ」
指定された場所へ来たものの、何をするのかは分からない。三鶴たちは、そのまま談笑を続けていた。
「お前、酔ってるだろ」
「酔ってないよぉ。酷いよぉ」
先ほどまでは静雄の方が酔っていたはずなのに、今では三鶴の方が泣いたり笑ったりと忙しい。
「ね、ほらほら、ピースして?」
「おい、やめろ。勝手にカメラ向けんな。いい加減にしろ」
三鶴は携帯を静雄へ向け、画面を覗き込んだ。静雄に手を押し下げられると、今度はサイモンへ向け直す。
かれこれ数分、こんなやり取りを続けていた。
そんな時だった。
近くで、携帯の着信音が鳴った。
一人が鳴ったかと思えば、また一人、二人。
別々の音が次々と重なり、周囲の話し声に混じっていく。
三鶴の携帯にも、新着メールの表示が出た。
カメラを閉じ、本文を開く。
『今、携帯のメールを見ていない奴らが敵だ。攻撃をせずに、ただ、静かに見つめろ』
三鶴は笑うのをやめた。
もう一度、文面を確かめる。
隣では静雄も携帯から顔を上げていた。サイモンも、ゆっくりと通りへ目を向ける。
三鶴は携帯を手にしたまま、周囲を見渡した。
同じように画面から顔を上げた人々の視線が、少しずつ、ある方向へ集まっていく。
三鶴もその先を追い、メールを読んでいない人間を探した。
人々の視線を受けて、戸惑う者たちがいる。携帯を取り出すでもなく、互いに顔を見合わせ、周囲を警戒していた。
「……あの人たち?」
静雄へ小さく尋ねた、その時だった。
どこかで、声が上がった。
つられるように顔を上げる。人々が見ているのは、通りに面したビルの屋上だった。
そこに、黒い人影がいる。
「セルティ?」
見慣れたヘルメットを認め、三鶴は目を細めた。
「何してんの、あんなとこで……」
言い終わらないうちに、その姿が屋上から消えた。
三鶴は息を止めた。
落ちた、と思った。
しかし、黒い影を纏ったバイクは壁に沿って走り、見る間に地上へ近づいてくる。
「……うそ」
携帯を握ったまま、三鶴はその動きを目で追った。
地上へ降り立ったセルティの周囲から、人が後ずさる。先ほどまで静かだった通りが、驚きの声で満ちていった。
セルティは背中から引き出した影を、巨大な鎌へと変えた。
その背後へ、一人の男が近づく。
手にしていた警棒が振り下ろされ、ヘルメットが弾き飛ばされた。
「おい!」
三鶴は思わず声を上げた。
近くで悲鳴が響く。
人々が見つめる先には、ヘルメットの下にあるはずのものがなかった。
三鶴は、その姿を知っていた。
けれど、誰もが知っているわけではない。
隣で誰かが後ずさり、三鶴の肩にぶつかった。それでも彼女は、その場から目を離せなかった。
セルティは動きを止めなかった。
鎌を手にした彼女に、男たちが次々と倒されていく。三鶴は携帯を握ったまま、その光景を見つめていた。
やがて、一人の女がその場から逃げ出した。
セルティはすぐにバイクへ跨がり、後を追って走り去る。
「……行っちゃった」
呟いてから、三鶴はようやく周囲へ目を向けた。
人々が動き始めている。
連れと顔を見合わせる者。携帯をしまう者。今見たものについて話しながら、通りを離れていく者。
誰かが解散を告げたわけでもないのに、集まりは少しずつほどけていった。
三鶴は静雄の袖を軽く引いた。
「ねえ、今の……何だったの?」
静雄もセルティが去った方を見ていたが、やがて三鶴へ視線を戻した。
「……俺に聞くな」
△▽
人々が少しずつ通りを離れていく。
携帯をしまい、連れと顔を見合わせ、今見たものについて話しながら、それぞれの帰り道へ向かっていた。
臨也はその様子を、楽しそうに眺めていた。
人波が薄くなったことで、通りの向こうにいる三鶴の姿が見えた。
静雄の隣に立ち、携帯をしまいながら何かを話している。静雄が顔をしかめると、三鶴は楽しそうに笑った。
臨也は、その姿に目を留めた。
今日も結局、ろくに話せなかった。
連絡先も、まだ聞けていない。
静雄に向けられる屈託のない笑顔を眺めながら、臨也はゆっくりとそちらへ身体を向けた。
臨也がそちらへ足を向けかけたところで、近くに停められていたバンのドアが開いた
「今まで……本当にあれだけの人がいたのか?」
「お、ドタチン久しぶり。あー、この東京23区はね、人の数の割に驚くほど狭い。人口密度世界一は伊達じゃないさ。どこにでも現れて、どこにでも消える」
「三鶴も戻ってきたんだな」
門田の言葉に、臨也は足を止めた。
「そうだね。君ももう会った?」
「いや。車の中から見かけただけだ」
「じゃあ、声をかけてくれば? 向こうにいるよ」
そう言いながらも、臨也の視線は三鶴から離れなかった。
門田はその横顔を一瞥する。
「……お前、またあいつに何かしたのか」
「やだなあ。久しぶりに帰ってきた友達を歓迎してるだけじゃないか」
「だったら、普通に声かけりゃいいだろ」
「それができたら苦労しないんだけどね」
臨也は笑った。
門田は返事をせず、三鶴の隣に立つ静雄へ目を向けた。
二人がそんな会話をしていると、通りの入口にセルティが戻ってきた。
「それと臨也……アレは一体、なんなんだ?前にも見たが……人間、じゃあないよな?」
「見ただろう?化物さ。敬意を持ってそう呼んでやれ」
門田に冗談のような口調でそう告げると、臨也はセルティの方へと歩を進めていった。
「ねえ、三鶴ちゃんも知ってるの?」
バンから降りてきた狩沢が、門田のそばで尋ねた。
「何をだ」
「セルティのこと。さっき、ヘルメットが飛んだ時も逃げなかったじゃない」
遊馬崎も、通りの向こうへ目を向ける。
「むしろ、叩いた奴に怒ってる感じでしたね」
「昔から付き合いがあるんだろ」
門田が答えると、狩沢は納得したように頷いた。
「そっか。三鶴ちゃん、帰ってきても知り合いばっかりね」
「静雄さんとも普通に話してましたしね。三年ぶりって聞かなきゃ分かんないっすよ」
静雄の隣で、三鶴がこちらに気づいた。
笑って手を振る彼女に、狩沢も手を振り返した。
「見失ったみたいだな」
セルティの戦う姿を見た直後にも関わらず、臨也はいつもの調子で彼女に声をかける。
波江を取り逃がしたのが悔しいようで、セルティは疲れたようにバイクへと寄りかかった。
「まあ、ふっきれたみたいだな」
セルティは臨也を見て、それから彼の肩越しに目を向けた。
三鶴が手を振っている。
こちらへ来ようとしていたが、静雄が何かを言うと、足を止めて彼を振り返った。
セルティはすぐに文字を打った。
『三鶴も来ていたんだな』
「そうだね。シズちゃんとずっと一緒にいるよ」
臨也も振り返る。
その声が少しだけ不満そうに聞こえて、セルティは彼へ視線を戻した。
『お前は話さなかったのか?』
「話したよ。でも、すぐ帰っちゃったんだ。連絡先くらい教えてくれてもいいと思わない?」
セルティはしばらく彼を見つめてから、再び文字を打った。
『またか。本人が教えないなら諦めろ』
「そんな簡単に諦められるなら、君に何度も聞いてないよ」
『何度も聞くが、どうしてそんなに三鶴にこだわるんだ?』
臨也は画面を読み、笑みを浮かべた。
「三年も会ってなかったんだよ。聞きたいことなんて、いくらでもあるじゃないか」
答えながら、また三鶴へ目を向ける。
セルティは携帯を下ろした。
三鶴がその視線に気づいた様子はなかった。
「そういや、結局誰も殺さなかったな。あの鎌って何、切れないの?」
臨也は三鶴の話をしたあと、気になっていたことを付け足して聞いた。
その言葉を黙殺し、セルティは黙々とヘルメットの埃を払い続ける
「三鶴ちゃん、こっち来ればいいのに」
狩沢が呟くと、門田は静雄の方を見た。
「臨也がいるからだろ」
「ああ……そっか」
遊馬崎もつられて目を向ける。
三鶴は静雄と並んだまま、こちらの様子を窺っていた。臨也と目が合うと、それまで上げていた手をすっと下ろす。
臨也は構わず、彼女へ笑いかけた。
その仕草を横目で見ていたセルティは、手にしたヘルメットへ視線を戻した。