ーー翌日、新羅の家にて。
セルティから一連の事情を聞いた三鶴は、あまりの展開についていけず、「ほげー」と間の抜けた声を漏らしていた。
「うんうん、まあ、それも愛ってことで」
『話を聞いていたか?』
「聞いてたけど、もう解決したんでしょ? 私なんて、ちょっと巻き込まれただけで被害は受けてないからさぁ」
『お前はもっと友人を心配したりできないのか』
三鶴は慌てて身体を起こした。
「してるよ! めっちゃしてる!……でも、新羅の気持ちも分かっちゃうから」
そう言って、セルティの手元へ目を落とす。
「私も、セルティが首を見つけたら、いなくなっちゃうかもって思ったことあるよ。だから、新羅派かな」
『……三鶴』
画面に表示された自分の名前を見て、三鶴は少し笑った。
「三年も留守にしてた私が言うのも、あれだけどね。帰ってきた時、セルティがいてくれて嬉しかったんだよ」
セルティの指が止まる。
三鶴はその肩へ、軽く自分の肩を寄せた。
「だから、新羅が黙ってたのを怒るのは分かるけど、いなくなってほしくなかった気持ちは分かるって話」
『それとこれとは別だ』
「うん。それはそう」
今度は素直に頷くと、セルティは三鶴の肩を小突いた。
『三鶴、ありがとう』
差し出された画面を見て、三鶴は少し目を丸くした。
それから、照れくさそうに笑う。
「……どういたしまして?」
セルティの肩に寄せていた身体を離し、ソファに座り直した。
「でも、首を探すのは応援してるからね。セルティが見つけたいなら、私も手伝う」
セルティが頷く。
三鶴はそれを見て、いつもの軽い調子に戻った。
「で、見つかっても、たまには一緒にご飯食べてくれればいいかな」
『私は食べられないだろう』
「そこはほら、首が食べるかもしんないし?それか私が食べるの見ててよ」
『それは今もやっている』
「あ、そっか」
三鶴が笑うと、セルティも小さく肩を揺らした。
セルティと並んで、他愛のない話をする。
こんな時間が、この先も続けばいい。
三鶴は、そう思っていた。
――けれど、穏やかな日々は長くは続かなかった。
池袋へ戻ってきた宿命か、はたまた誰かの仕業か。
再び大きな事件が、彼女の日常へと入り込もうとしていた。
△▽
△▽
「っ……こんなことしなくても、素直に聞けば教えてあげたのに」
一方、開店前の古今東西では、二奈が腕を押さえていた。
指の隙間から血が滲み、床へと滴り落ちる。
その視線の先には、ナイフを片手に微笑む一姫がいた。
「ふふ、別に……ついでに刺しとこうと思っただけ。だって、ほんとに嫌いだからさ。“お姉さま方”のこと」
「ホント、めんどくさい性格してるよね、いっちゃん」
「っ、家族づらするな!!」
一姫の笑みが消えた。
ナイフを握る手に力が入り、二奈はその切っ先へ一瞬だけ目を落とす。
「……家族でしょ」
腕を押さえたまま、二奈は言った。
一姫が睨みつけても、その顔から目を逸らさない。
「それで? お姉ちゃんの居場所が知りたいんだっけ」
「私は知りたくないけど、臨也さんが知りたいって言うから。あぁ、これでもっともっと好きになってもらうの♡」
一姫はうっとりと目を細めた。
二奈は腕を押さえる手に力を込め、短く息を吐く。
「……刺してこいって言われたの?」
「言われてないよ。これは私がやりたかっただけ」
悪びれもせず答える一姫を、二奈はじっと見つめた。
「で? どこにいるの、お姉さまは」
甘ったるい声のまま、一姫がナイフを持ち直す。
「教えてくれるんでしょ?」
くるくるとナイフを回し、再び構える。
その手慣れた扱いに、二奈は目を細めた。
「お姉ちゃんの気も知らないで、ずっとこんなことして……」
「早く答えてくれる? もう、うっかり殺しちゃうかも」
二奈は唇を引き結んだ。
何か言い返しかけて、やめる。
「……今は、新羅さんのところ」
「ふうん。最初からそう言えばよかったのに」
一姫は満足そうに笑うと、ナイフを下ろした。
「それ、ちゃんと手当てしておいてね。床も汚れちゃってるし」
まるで他人事のように言い、扉へ向かう。
二奈はその背中に声をかけた。
「いっちゃん」
一姫は足を止めたが、振り返らなかった。
「お姉ちゃんに同じことしたら、私、今度は黙ってないからね」
一姫は肩越しに振り返り、薄く笑った。
「……ほんと、お姉ちゃんのことばっかり」
扉が閉まる。
二奈は足音が遠ざかるのを聞いてから、詰めていた息を吐いた。
「……こっちの気も知らないで」
腕の痛みに顔をしかめながら、携帯を取り出す。
画面に表示したのは、三鶴の名前だった。
呼び出し音を聞きながら、二奈は閉じた扉を見つめた。
「お姉ちゃん、早く出て……」