逆行した進藤ヒカルのTSモノ 作:アオハルなんて無かった
「……あ、ありません…………」
「ふぅ……」
目の前で投了を宣言するおかっぱ頭の青年を前に彼はようやく一息つく。
長かった名人戦――挑戦手合の七番勝負。三勝三敗で迎えた最終戦。塔矢アキラ名人に挑戦した進藤ヒカル本因坊は勝利を飾ることが出来た。
これで、彼は本因坊と名人の二冠を手にすることとなる……。
藤原佐為……奇妙な幽霊に取り憑かれて彼の人生は変わった。
囲碁の世界に惹き込まれて……気付けばプロ棋士になっていた。
神の一手を極めんとする佐為はとんでもない天才で――彼から教わった全てのことはヒカルの財産となっている。
佐為が消えてしまって……落ち込んだりもしたけれど……一手を打つことで彼が蘇る気がしたから……ヒカルはここまでの棋力を身に着けたのだ。
「進藤くん、タイトル奪取おめでとう」
「ありがとうございます」
「ちょっと前と比べて、随分と落ち着いたね。やっぱりタイトルホルダーになったからかな」
「あはは、私もいつまでも子供だからで許されなくなりましたから。天野さんにも色々と生意気な態度で不快な気持ちにさせてしまったかもしれないですね――」
十八歳で本因坊のタイトルを取ってからというもの――進藤ヒカルは
と、言ってもやってることはそれは居なくなってしまった佐為のモノマネに過ぎないが。
自分が佐為に成れないのはわかっている。でも、ヒカルは彼のようになりたいのだ。
物腰が柔らかく――碁に対して誰よりも真摯だった彼のように……。
周りの連中はこぞって変な顔をした。和谷には頭がおかしくなったのか本気で心配されたりした。
今はもう慣れているみたいだが……。
「しかし、眠いな……。もうこのまま寝てしまうか」
激戦を終えて――取材やら、祝勝会やらを終えて自宅に帰ってきたヒカルは着替えもせずにそのままベッドに横たわった。
そして――泥のように眠りこけてしまった――。
◆ ◆ ◆
「おいおいまだ夢を見てるのかよ……。こりゃどーいうことだ……まったく。ありえねーだろ」
ヒカルは目を覚まして30分ほど鏡とにらめっこしている。
それも無理はない。なんせ彼には大きな
どんな変化なのか――簡単に言うと目の前の鏡にはびっくりするほど可愛らしい美少女が映っていた。あるべきモノがなくなっており、あり得ない場所が発育しているのである。
金髪の混じったツートンカラーの髪だけが名残を残しているといった感じか……。もっともそれもサラサラなロングヘアになっており、彼女の美しさを際立てているが……。
「ヒカル、いつまで寝てるの早く朝ごはん食べて支度なさい」
そして、彼……いや彼女を起こした母は幾分と若くはなっていたが態度は若かりし日のヒカルに対する態度と同じだった。
ここから導き出される結論は一つ。進藤ヒカルには所謂【逆行】という現象と【性転換】という現象が同時に起こっている。
「これが私……? はははっ……、ダメだ頬を抓っても痛いだけだ……」
思いっきり抓った頬の痛みを感じながら母に促されながら朝食を食べるヒカル。
状況に頭が追いつかないながらも、何とか把握しようと周りに気を配ると、どうやら彼女は小学6年生まで時を遡っているみたいだ。
また小学校に通わなくてはならないのか。いや、それ以前に女になってしまったことから精神的に追いつけないのだが……。
ヒカルの頭にグルグルと色んな思考が駆け巡り――頭痛を起こしていた。
「母さん、悪いけど……私……学校休むわ」
そして辿り着いた結論は学校に行かないこと。
当たり前だ。こんな状況で小学校に平気な顔して通えるほうがどうかしてる。
数日間……部屋で一人――どうしたもんかと考える。
両親は心配して何か悩みはあるのかと訊いてくるが、若返った上に性転換していて戸惑っているなんてこと相談しようもない。
「考えたところで仕方ないかぁ。受け入れるしかねーんだろうな」
心配しまくっている両親の顔に耐えきれなくなった彼女は若返ったことも女性になったことも受け入れて生活することにした。
この状況を受け入れたヒカルが最初にしたこと――それは……。
「やっぱ、シミはねーか。何となくそんな気はしたんだよな。佐為は居ないんだって」
祖父の家の蔵でヒカルは――佐為はもうこの世に存在しないことを確認する。
何となく予測はしていた。あの出会いは奇跡なんて軽い言葉じゃ済ませられないくらい貴重なモノだったって。
――この確認はヒカルにとって二度目の別れであった。一筋の涙が彼女の頬を濡らしたとき――ヒカルは決意した。
「だったら、私が佐為になろう。進藤ヒカルの碁じゃなくて……強くて優しかった佐為の碁を打つんだ」
ヒカルは決意する。この新しい世界で自分は藤原佐為として囲碁界の風になると。
自分自身を殺して……佐為を完璧に模倣しようと――。
名人と本因坊を取った若き天才棋士が本気で一人の人物に成ろうと決めた瞬間であった。
プロ棋士に成ろう。佐為の碁で……。藤原佐為として――。
彼の棋風も、棋譜も……全部叩き込んでいるし、思考パターンも今の自分なら再現が出来るはず。
この世界に佐為という存在を知らしめるんだ。
「でも、私がプロになってタイトルを取るだけで……世界は佐為のことをどれだけ知ってくれるだろうか……足りない。結果を残すだけじゃ……」
「あー、ヒカルちゃん。こんな所にいた」
ヒカルが自らの進む道を模索していたとき、一緒に彼女の祖父の家に来ていた幼馴染のあかりが声をかけてきた。
彼女はほったらかしにされたことに対してムッとしているみたいである。
「ごめん、あかり。ちょっと考え事してたんだ」
ヒカルはあかりに対して素直に謝罪した。同性として接する彼女は、男だったときよりも若干距離感が近くなった気がする。
「……考え事? あー、わかった。
「お、オーディション? アイドルって……」
思わぬワードがあかりの口から飛び出したものだから、ヒカルは驚いて彼女の言葉を復唱する。
(おいおい、嘘だろ……? 確かに多少顔が良いとは思ったけど……そんなことに挑戦してたってのかよ。だけど、待てよ。アイドルか……、これはチャンスかもしれねぇぞ)
ヒカルはアイドルオーディションについて前向きに考えてみることにした。
アイドルで名人レベルに強いプロ棋士。これを佐為になりきって達成すれば――もしかしたら世界中に佐為を知ってもらうことが出来るかもしれない。
「私、アイドルになる。そんでもってプロ棋士にも」
「うん! って、ぷろきし……って何?」
この日からヒカルは佐為としてアイドルとして生きることを目標に一歩を踏み出した――。
◆ ◆ ◆
「いいね〜〜、君。そのキャラ、何キャラなの? すごく可愛いけど……」
「わ、私は
記憶にある佐為の衣装を出来るだけ似せてそれを身に着け、髪を真っ黒に染めたヒカルは佐為になりきってオーディション会場に現れた。
佐為としてアイドルのオーディションに挑んだのだ。
審査員はヒカルが囲碁が得意だという話に食いつく。そんなことが得意だという女の子が誰一人として居なかったし、コスプレをして現れた子もほとんど皆無だったからだ。
「へぇ……。で? サイちゃんはどれくらい囲碁が強いのかな?」
「――そうですね。この時代だと……囲碁界のトップを走られているあの方……塔矢行洋名人くらいです」
「……塔矢先生の名前を出すのかぁ。そりゃあ凄いなぁ。可愛い顔して面白いこと言うねー。君は」
実はこの審査員――かなりの囲碁通である。まさか小学生の少女が塔矢行洋の名前を出してくるとは思わなかった。このビッグマウスはアイドルの適性があるかもしれないとヒカルのことを気に入ってしまう。
「合格しちまった……。こりゃあ、後には引けねーな」
進藤ヒカルはアイドルオーディションに合格する。
そして平安時代から来たアイドル【サイ】としてデビューすることが決まった。
古風な衣装で美しい黒髪を靡かせるどこか大人びたミステリアスな少女は――小学生にも関わらずカルト的な人気を誇るようになる。
声も透明感のある良い声で彼女の出したCDは空前のヒット。平安アイドルブームはたちまち日本を震撼させた。
「特技は囲碁です。将来の夢は――囲碁のプロ棋士になって……七大タイトルを全て手に入れることです」
「へぇ、サイちゃんは囲碁のプロになりたいんだ。では、そんなサイちゃんの夢を応援しましょう!」
バラエティ番組でMCを相手に、あどけない笑顔で日本中のプロ棋士に挑戦状を叩きつけるヒカル。
そんな彼女にテレビ局が食いつかないはずがない。
すぐさま……彼女が囲碁のプロに挑戦するという企画がスタートした――。
もちろんテレビ局の人間もヒカルの言うことなど子供の戯言だと思っている。大人の棋士を相手にちょっと勝負をして――彼女を天才だと褒めてあげるだけでも数字になるとの見込みから始まった企画である。
それは、そうだ。この無邪気に笑う美少女が名人をも喰ってしまう実力があるなんて――思いもしないのだから――。
ここにプロ棋士VS平安アイドル【サイ】が実現し……囲碁界に激震が走ることになる――。
次回……アイドルとなったヒカルちゃんの挑戦。