逆行した進藤ヒカルのTSモノ   作:アオハルなんて無かった

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其の二

「サイちゃん、明日のスケジュールだけど――」

 

 ヒカルがアイドルになって数ヶ月が過ぎた。

 持ち前のビジュアルと大人びた喋り方やどこか性を感じさせない中性的でミステリアスな雰囲気が平安アイドルという新しいジャンルにマッチして――男女問わず大人気となる。

 

 彼女は葉瀬中学に入学して……学校にも多くファンがおり当然人気者となった。

 

 アイドルであるヒカルの囲碁が好きだという発言は葉瀬中の囲碁部に大いに影響を与えた。

 ほとんどが初心者であるが、入部希望者が殺到したのだ。部長の筒井は棚からぼた餅……いや、堂島ロール……、うまい例えが見つからないがとにかく忙しくなる。

 

 ちなみに筒井はヒカルから急に親しげに話しかけられ、心臓が飛び出しそうになるくらい驚いていた。

 それも無理はない。今をときめくスーパーアイドルにいきなり話しかけられて平然としていられる人間がどれだけいるだろうか……。あの加賀ですら緊張してしまったのだから。

 

 

 

 

 話をヒカルに戻そう。彼女は順風満帆のアイドル生活の中で――この状況を生んでしまったことを……思いっきり後悔していた。

 

(流されて色々とやっちまったけど。方向性間違ってねーか。プロ棋士を目指すって既成事実さえ出来たらそれで十分だったんだけど)

 

 ヒカルは思った以上の人気者になったことにドン引きしていた。実は歌ってる自分の映像を見るたびに恥ずかしくなり、布団の中で足をバタバタさせたい衝動に駆られたりしている。

 

 ミステリアスな雰囲気? とんでもない。彼女はプロ棋士になる上で培った精神力で必死に自分を殺して表情に何も出さないようにしているだけである。その表情が世間で大ウケしているのだが……。

 

 彼女の目論見ではちょっとチヤホヤされれば、簡単にプロ棋士と対局が出来るようになり、それが有名になって世間で佐為の碁が注目される。そんな甘い見通しだった。

 

 世間のヒカルのイメージは世紀の美少女アイドル。囲碁が好きだという部分は、備考程度でプロフィールの一部に過ぎない。

 彼女が通っている中学校で囲碁ブームは起きてるが所詮はそこ止まりなのである。なので、彼女に囲碁を打ってほしいなんて正直ほとんど需要がない。

 

 ヒカルのモチベーションはかなり低くなっていた。

 

(テキトーに理由でもつけて、辞めちまおうかなー、アイドル)

 

 このヒカル……多少は大人になっているが、根っこの部分は若い頃とあまり変わっていないのである。

 

 だが、転機がようやく訪れる――。

 

「――で、次のさくらテレビのバラエティ番組では囲碁のプロ棋士と対局をしてもらいます」

 

「ほ、本当ですか? 誰が相手ですか? まさか、タイトルホルダーの方ではないですよね? 夜神さん!」

 

 彼女のマネージャーである女性――夜神粧裕がスケジュールを伝えると普段はクールな印象が強いヒカルがイキイキとした表情となり彼女に迫る。

 

 無理もない彼女は待っていたのだ。ヒカル……、いや()()()()を披露するときを……。

 

「か、可愛い……じゃなかった。えっとね、対局相手は桜野千恵子女流二段って書いてあるわね。多分、サイちゃんが緊張しないように女性の方を手配したんだと思うわ」

 

(桜野さんか〜、まさか伊角さんとあんな風になるとは思わなかったぜ。よく考えたらタイトル保持者なんてみんなオッサンだもんな。そりゃ、この歳の女の子には刺激が強いと考えるか……)

 

 ヒカルは桜野女流二段という人選に納得した。

 相手が誰かということはさほど重要ではない。公の場で佐為の碁を見せることが出来れば。

 

 棋力が一定以上あれば、感じ取れるはずだ。佐為の碁の力強さも魅力も全部……。

 

 

「楽しみです。()()()()私と打ちたくて堪らなくさせてみせます……」

 

「サイちゃん……?」

 

 並々ならぬ気迫を見せるヒカルに、夜神は思わず身震いした。

 本当に12歳の子供なのか――時々彼女が分からなくなる。

 笑顔の奥の瞳から感じられる覇気はまるで歴戦の武将を彷彿させるほどだと思うことがあるからだ。まぁ、彼女は本物の武将に会ったことは一度もないのだが……。

 

 

 

 

 

 かくして、さくらテレビで放送されている――バラエティ番組「地球のヘソまで来てほC」の収録でプロ棋士との対戦の機会を設けてもらったヒカルは、自らがデザインしたあの“佐為”のような衣装に身を包み……碁盤の前に座ることになった。

 

 

 

「うわぁ! 本物のサイちゃんだー! お人形さんみたい〜〜! 可愛い〜〜!! あ、あとでCDにサインもらえませんか?」

 

 何度も体験しているが、顔見知りだった人たちが以前とはまったく違う反応をすることには慣れない。

 

 それでも、ヒカルは出来る限り愛想よく笑顔を振りまいている。

 昔の自分には考えられないことだったが、礼を尽くすということの大事さを彼女は知っているのだ。

 

 これから――我儘を聞いてもらおうとしているのだから……これくらいは当然だ。

 

「あはっ、サインですね? 承知しました。桜野プロ、ご無理を聞いてくださってありがとうございます。互先で戦ってもらえること――感謝致します」

 

 ヒカルが最初に口にしたのは感謝。プロ棋士が何の実績もないアマチュアを相手に互先なんて侮辱以外の何物でもない。

 ナメられていると感じて普通なら拒否する。

 

 碁のプロになるということはそれほど重いことなのだ。

 

 だからヒカルは感謝した。例え、自分の実力のことを軽んじていようと……互先を引き受けてくれた彼女に……。

 

 そんなヒカルの目を見て桜野は感じていた。彼女に秘められた……ただならぬプレッシャーを。

 まるで幾つもの死線を乗り越えてきたような凄味を――まだ年端もいかない少女が……それも今をときめくアイドルが発していたのだ。

 

(な、何……? サイちゃんって囲碁がちょっと好きなアイドルじゃないの? 今、一瞬……ゾクッとしたわ)

 

 向かい合った美少女から、熟練の棋士にも似た気配が発せられている。桜野がそう感じたとき……収録が開始された。

 

 

「新企画! サイちゃん――プロ棋士への道〜〜! 今日はサイちゃんがどのくらいの強さなのか……! 実際にプロ棋士と囲碁をしてもらって、測ってもらおうと思います!! 解説には囲碁の七大タイトル――棋聖を所持しておられます。一柳先生をお呼びしました」

 

「いやー、俺もさ……サイちゃんのCD買ったのよ。いい歌を歌うねぇ。あんなに可愛い孫が囲碁をやりたいなんて言ったらさ、俺ももっと若返ると思うんだけど。そうだ、若返ると言ったらさ――」

 

 囲碁のルールに疎い人間も沢山見ているということで、解説には饒舌でサイのファンを公言しているタイトルホルダー――一柳棋聖がスタンバイしていた。

 もちろん、無駄話は編集ではほとんどカットされている。

 

 

 

 ――そして、ヒカルこと平安アイドル“サイ”が黒を持ち……プロ棋士との互先がスタートする。

 

(一柳棋聖もいる。これなら、佐為の凄さは十分に伝わるはずだ。桜野さん……悪いけど……本気で行くぜ。これが()()()()だ!)

 

 

 ――プロ棋士だった逆行前のヒカルは佐為の名残はあるものの、あくまでも自分のスタイルで打っていた。

 彼の強さは自由で柔軟な発想で相手を蹂躙する爆発力である。実際に彼の強さはムラっ気があり、ノリに乗った彼は天衣無縫の強さを発揮して、当時の囲碁界では最強だと言われていた。

 

 一方、佐為は例えるなら清流。遥かなる高みから全てを見通すかの如く、怒涛の攻めも流れるように受け流すことが出来るのが彼の強みである。

 しかし、受け身を取るだけではない。どんな時もスキを見せれば一刀両断する容赦の無さも兼ね備えている。攻守共に天才的なセンスに裏打ちされた繊細な碁こそ佐為のスタイルであった。

 

 

 

 序盤から、桜野はヒカルの実力が並外れていることに気付いていた。

 彼女は好きなアイドルに指導碁を打てるというノリで仕事を引き受けたが、その認識は直ぐに改めて普段の手合と同様の気迫で本気でヒカルの相手をしている。

 

 そして――中盤に入ると……。

 

(いやいやいやいや、これは異常でしょ。サイちゃん、これはアイドルの趣味のレベルじゃないわよ。指導碁は慣れてるからって軽い気持ちで引き受けたけど……とんでもない天才と対局してるんじゃない……? 師匠は誰なのかしら……?)

 

 桜野はヒカルの顔を覗きながら戦慄していた。序盤から並外れた実力を予想していたがあくまでもそれはアマチュアの領域。しかしヒカルの実力は……予想を遥かに上回り大気圏を突き破っている。

 

 最初はおじいちゃんか何かにちょっと囲碁を教えて貰って得意になっている可愛らしいアイドルの相手をするつもりだったのに――その実力は自分どころか師匠をも超えていると感じるほどだった。

 

 そして、彼女と共に驚いている者がもう一人いる。

 

 それは一柳棋聖だ。彼もまたヒカルの中学生離れした力に驚愕して……解説が疎かになっていた。

 

 碁のプロになる中学生は確かにいる。しかし、彼女の実力は少なく見積もって高段者クラス……いや、下手すれば自分をも喰われかねないレベルだった。

 

(――負けたくない。負けたくないけど、それ以上に……! 打っていて心地よい。自分ももっと強くなれる……ううん、なりたいって思えるような……! そんな慈愛に満ちた碁……!)

 

 桜野はこの少女に負けることが悔しいと感じるよりも……間違いなく天才であろうこの棋士と対局出来ているという悦びが勝っていた。

 

 それだけ佐為の碁は魅惑的で心地よいモノだったのだ。

 

(ここを切断すれば――終わりだ!)

 

 ヒカルの黒が桜野の急所を捉える。彼女の容赦の無い一手は――テレビ局の思惑を遥かに超えた結末を生み出すことになったのだ。

 

「――っ!? ……あ、ありません」

 

 ――それを受けて、桜野は静かに負けを宣言する。

 ヒカルはそれに合わせて小さくお辞儀をした。

 

 

 

「……“ありません”? これは、どういう意味なのです? 一柳先生……」

 

「…………」

 

「あの〜〜? 一柳先生……?」

 

 司会の言葉を受けても一柳は石のように固まって口を開けていた。

 信じられない光景を見たのだから、囲碁のプロなら、そのリアクションは正解であろう。

 

「……勝っちまったんだよ。プロに……アイドルのサイちゃんが……」

 

「はぁ……? それは、桜野プロが手を抜いてくれたからですよね……?」

 

「バーロー、どこの世界に互先で忖度してテレビで負けを晒すプロがいる? あの嬢ちゃん、必ず囲碁界の至宝となる才能があるぜ。俺も打ちてぇと思っちまった」

 

 一柳はそこから如何にヒカルの打ち筋が美しかったのか懇切丁寧に解説する。

 7割くらいが編集でカットされたのは何とも悲しい話だが……。

 

 

 

 ――かくして、彼女の活躍が放送された日……日本中のプロ棋士が彼女との対戦を熱望することとなった。

 

 囲碁界に突如として現れた天才アイドル棋士“サイ”――彼女の伝説が今……産声を上げた。




次回……美少女アイドルがプロ棋士を倒しちゃった……その反応は? 
ちなみにマネージャーの名前は某漫画からまんま取りましたが、大量殺人お兄ちゃんはいませんし、クロスオーバーでもないです。
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