逆行した進藤ヒカルのTSモノ   作:アオハルなんて無かった

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其の三

「いやー、凄かったですねぇ。サイちゃん。一柳先生が言うとおり、あの子は囲碁界の至宝になりそうですよね?」

 

 塔矢行洋の研究会――彼の弟子である若手棋士……芦原弘幸は先日テレビで放送されていたヒカルと桜野の対局を話題に出す。

 

「サイ……?」

 

 同じく塔矢行洋の弟子である若手ホープ……緒方精次は芦原の言葉を復唱する。“サイ”という名前の棋士に心当たりがないからだ。

 一柳棋聖がそこまで絶賛するほどの棋士で芦原よりも若手というと、かなり絞られると思うのだが……。

 

「緒方さん、まさか知らないんですか? 平安アイドルのサイちゃんのこと」

 

「いや、それは知っているが。彼女は碁を打てるのか……?」

 

 もちろん緒方とて時の人となっている“サイ”のことは知っている。

 しかし、彼女が碁を打てるという話は知らなかった。

 

「打てるなんてもんじゃないですよ。桜野さんが中押し負けしたんですから。ていうか、僕でも勝てる自信がありません」

 

「バカ、自信を持ってそんなことを言うな。しかし……芸能人がプロに勝ったのか。確か、あの子の年齢は――」

 

「中学一年生だったはずですから、アキラくんと同い年ですよ」

 

「ほう。アキラと同い年の子がプロに勝ったのかね……?」

 

 芦原と緒方の会話を聞いていた名人である塔矢行洋は息子と同い年の子供がプロ棋士を打ち破った話に興味を持った。

 

 息子のアキラのライバルに足る同世代の者は現れないと思っていたが……芦原の口ぶりではその者の実力はそれ以上のように聞こえる。

 

「実は録画しておいたんですよ。先生がご興味をお持ちになれば、一緒に視聴しようと思いまして……」

 

「ふむ……」

 

 芦原は録画したヒカルの手合を見ようと提案した。

 そして、行洋の許しを得ると録画しておいた先日のバラエティ番組をテレビで再生する。

 

 手合の中盤……少女の打ち回しは“華麗”の一言に尽きた。

 まるで序盤からこの展開になることを予知していたかの如く……一手一手が急所を突き相手を殺しにかかる容赦の無さは熟練のプロ棋士のそれと遜色ない。

 

「まさか、このくらいの年齢の子が……ここまでの読みの深さを――」

「ですよね。僕もこの手には気付かなかったなぁ」

 

「……新しい波が来てるのかもしれんな」

 

 行洋も緒方も……予想以上のヒカルの棋力に驚嘆した。

 

 ――トップ棋士だからこそ分かるヒカルのセンス、技量、そして気迫。どれを取っても彼女のそれは最高水準で、棋譜だけを見ればとてもこの前まで小学生だった少女のモノとは思えない。

 

「アキラくんも十分に天才だと思ってましたが……おっと、失礼」

 

「いや、この子はアキラよりも強い。恐るべき才だ。――()()()()()()をしてこれほどの強さなのだから……」

 

「ま、真似事……ですか?」

 

「…………」

 

 塔矢行洋と進藤ヒカル。この二人はお互いに現役同士で真剣勝負をしたことはない。

 新初段シリーズでは佐為が彼の代わりに打った上に互先ではなかったし、行洋はその後……佐為とのネット対局を機にさっさと引退してしまったからだ。

 

(七大タイトルを全てか……。プロの世界を侮っているわけではないようだな。あの目から感じられるのは底知れぬ自信……)

 

 行洋は既にヒカルを子供だとは見ていなかった。

 将来のライバルとして――。戦うべき相手として――彼女を認識していた。

 

 進藤ヒカルが“名人”塔矢行洋のライバルとして見られたのはこれが初めてである――。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ヒカルちゃん、珍しいね。今日はお仕事無いんだ」

 

「んー? ああ、企業のPRの仕事が入ってたんだけど、汚職事件が起きちまってな。久しぶりに休みだよ」

 

「先週の日曜日ってどこ行ってたんだっけ?」

 

「警察署で一日署長〜」

 

「ふーん。せっかくの休みの日に、碁の勉強の邪魔してごめんね。久しぶりにヒカルちゃんと家で遊べて嬉しいけど」

 

 ある日曜日……ヒカルの家に久しぶりに遊びに来たあかり。

 あかりは九子置いてヒカルに指導碁を打ってもらってる。もちろん、彼女の力量を考えるとそれ以上の差があるのだが、ヒカルはキチンと碁にしている。かつての佐為が彼女にそうしたように……。

 

「……気にすんなって。それより囲碁部に入ったんだろ? 碁に興味あったんだ」

 

「そ、それは……ヒカルちゃんが好きなことに興味があったから――」

 

 カァァっと頬を赤く染めながらあかりはヒカルが好きなことだから、囲碁を始めたと告白する。

 ヒカルは彼女の言葉を聞いてビクッとしながら彼女の目を見た。

 

(あれ……? なんかすっげーあかりが可愛く見えるんだけど……。こんなに可愛かったっけ? 女になった影響か……?)

 

 ヒカルは今更……あかりが可愛いことに気付いた。

 どう考えても、あかりはずっと可愛いかったのだが……。男だった頃は信じられないことに気付かずにのうのうと生きていたのだ。それだけでも万死に値する……。

 

 個人的に“あかりが可愛かったシーン”ベスト10を発表したいところだが――時間がないので今回は割愛しよう。遺憾ではあるが……。

 

「なんつーか、可愛いんだな。あかりは」

 

「………ふぇっ? ひ、ヒカルちゃん?」

 

「あかりが碁に興味を持ってくれて嬉しい。ありがとな」

 

「う、うん……」

 

 ヒカルが「可愛い」と言葉を出した瞬間……あかりは顔をさらに赤くする。それを見た彼女も碁盤に目をやり顔を真っ赤にした。

  

(やべー、つい言葉に出しちまった。すげー、恥ずかしいじゃん。つーか、私は今……女じゃねーか。これじゃ、変な奴だと思われるかも)

 

 お互いに目を合わせられずに、気まずい沈黙が流れる――。

 

 

 

 

 

 

 その沈黙を破ったのはあかりだ。彼女はヒカルの机の上の紙を見て口を開いた。

 

「うわぁ〜〜! ヒカルちゃんってこんなに字が綺麗だったっけ? すご〜い! 習字の先生みたい」

 

 あかりはヒカルの書いた字を絶賛する。机の上の紙に筆ペンで。その文字は達筆で書道家が書いたような文字であった。

 

「ほら、今度……サイン会をするって言っただろ? だから、字の練習したんだよ。あんな格好して字が下手だったらファンが微妙な顔するだろ?」

 

「ヒカルちゃんって、アイドルの顔してるときって本当にキャラ違うよね。最近は学校でもキャラ崩さないし……。ダンスも歌もすっごく練習してたし……」

 

 あかりはヒカルのアイドルになるにあたっての並々ならぬ努力について言及した。

 

 そう、彼女はとんでもない努力をしている。歌もダンスも未経験。字にいたっては下手と言っても過言じゃなかった。

 

 しかし、彼女は持ち前の集中力を発揮して短期間でそれらをマスターしたのだ。

 

 ――佐為に囲碁を教わって短期間でプロ棋士になるほどの男だった彼女はマルチな才能があった……。

 

 その上、マネージャーである夜神に普段の生活でも彼女のイメージが損なわれないようにキツく言われている。

 

 故にヒカルは学校生活でもニコニコと笑顔を絶やさずに物腰が柔らかなアイドルのイメージそのもので生活していた。

 

 

「――ちょっと後悔してるけど、佐為が有名になるんならこれくらいやるさ。()()()()()()()は素になれるから……お前が居てくれて良かったよ」

 

「ヒカルちゃん……」

 

「うし、もう一局打つか。部で一番くらいにはなれよ」

 

「うん!」

 

 ちょっとだけ距離が縮んだ二人は互いに礼をして碁石を盤面に打ち出す。

 あかりは「あかりの前だけ」というヒカルのセリフが堪らなく嬉しかった――。

 

 パチンと碁石を打ち鳴らすときの彼女の表情が好きだという言葉を内に秘め――彼女は碁石を握った――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「やっぱアイドルは凄いなぁ。週刊碁が町から消えたから何処にあるのかって、問い合わせが殺到してますよ」

 

「まさか、あんなに碁が強いアイドルが出てくるなんて思いもよらなかった。それにダメ元でコラボ企画を提案すると飲んでくれるなんて思わなかったよ」

 

「週刊碁に載ってるサイちゃんの作った詰碁を解いた人から抽選でサイン会に入場出来るってやつだろ? びっくりしたよ。ちゃんと問題を考えてくれたから。難易度はそれ程じゃないけど、気付いたら気持いいみたいな問題が多くてさ。ありゃ、彼女の囲碁への愛情は本物だね」

 

 平安アイドル“サイ”のサイン会は日本棋院と週刊碁の編集部のコラボ企画として実現した。

 雑誌の応募用紙にヒカルが考えた詰碁の問題の答えを記入して、正解した人から抽選でサイン会に参加できるというシステムだ。

 

 かなりの売上が見込めると編集部は読んでおり、普段の発行部数の十倍の部数を刷った。

 しかし、彼らの見通しは甘すぎた。週刊碁は発売とほぼ同時に書店から姿を消し……編集部には問い合わせが殺到。

 困った彼らは同じ号をすぐさま増刷するもそれも秒で売り切れてしまった。

 

 

 ――サイン会は大成功。その上、“サイ”が今年のプロ試験を受けるという宣言も飛び出して囲碁界の盛り上がりは最高潮に達する。  

 

 まさにアイドル“サイ”の存在は囲碁界の救世主(メシア)になりつつあった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、いいなぁ。和谷、サイちゃんのサイン会に当選してたんだ」

 

「へへっ、良いだろ。CDにサインしてもらったんだぜ。院生で今年のプロ試験を受けるって言ったら、“ライバルですね”って笑いかけてくれたんだ。可愛かったなぁ」

 

「だが、桜野さんに勝ったんだろ? かなり強力なライバルだと思うが……」

 

「伊角さんも桜野さんに勝ったことはあるじゃねーか。そりゃアイドルとは思えねーほどの実力だし、読みの深さもすげぇと思ったけど……俺は負けるつもりはねーぞ」

 

 ヒカルが院生時代から親しかった和谷、福井、伊角が“サイ”について話していた。

 プロ試験を受ける院生たちにとって“サイ”の参戦は強大なライバルの出現と同義である。

 彼らはまだかなり見誤っていた。“サイ”の棋力を……。

 

 それは、彼女の二度目のテレビ対局を見るまでの期間であったが……。

 

 

 

 

 

「サイちゃん、今度のさくらテレビの収録……塔矢行洋先生って人と対局だって。知ってる?」

 

「へっ……?」

 

 ヒカルは思いもよらないスピードで名人に挑戦することになり、変な声を出してしまった――。

 

(おいおい、芸能人パワーってすげーな。もう名人かよ。つーか、塔矢の親父さん、よく私と対局するなんて許可したな……)

 

 平安アイドル“サイ”VS名人“塔矢行洋”の手合は日本中の棋士に注目される。

 

 ヒカルは武者震いして、密かに笑みを浮かべた――。

 




次回は早くも頂上決戦です。

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