逆行した進藤ヒカルのTSモノ   作:アオハルなんて無かった

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其の四

「塔矢行洋かぁ……。あいつが知ったら羨ましがるんだろうなぁ」

 

 ヒカルは鏡の前で独り言をこぼす。佐為に似せるために真っ黒に染めた髪は――ずっと伸ばし続けており、妖艶な雰囲気を漂わせていた。

 イメージの中の佐為に近づけるにはまだ短いと思っているが……。

 彼女はマネージャーの夜神に髪のケアの方法を聞いて、入念に手入れを行い……さらには化粧など諸々の美容にも余念はない。はっきり言ってヒカルは綺麗になることにハマっていた――。

 

 最近は急速に発育も良くなり中学生離れしたプロポーションも相まって、先月末に発売された写真集は歴史的なヒットを生み出した。

 

 もっとも佐為は男なのでヒカルは今の体型には不満である。しかし、佐為の名を売る目的を考えると悪い手ではないと考えて写真集を出すこともオッケーをだした。

 

 その他にもライブや各種PR活動など――実に多忙な日々を彼女は送っている。

 そんな中で碁の勉強も行っているのだが、如何せん手合が出来る場が少ない。桜野との対局でも勝負勘が鈍っていると感じていた彼女は万全の状態で塔矢行洋と対局をしたいと思っていた。

 

「解説に来てたのが一柳先生で良かったぜ……。ネット碁で相手をしてくれるなんて、ありがてぇ」

 

 自身のギャラのほとんどを親に渡しているヒカルはパソコンを買ってもらい、ネット環境を整えてもらう。

 よって彼女はネット碁を打てるようになった。

 

 前の収録で一柳とメールアドレスを交換して、サインの礼ということで一局ネット碁で対局する約束をしてもらえた。

 

 そして数分後にヒカルは対局する。現代のタイトルホルダーの一人……一柳棋聖と。

 

「saiか……。この名前をもう一回使うことになるなんてな。佐為……、私はお前に成れてるのかな……」

 

 瞬間――ヒカルの目つきが変わる。

 

 あの日の彼に近づく――ではなく成る。

 

 一柳棋聖とのネット対局が始まった――。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――これで投了。一柳先生の一目半負けです」

 

「流れるような碁だな。特に持ち時間を使い果たしても読みの深さが衰えないのは脅威だ」

 

「早碁得意なんですかね……? しかし、一柳先生ならさすがに楽勝だと思ってましたが……まさかこれほどだなんて」

 

 たまたま、ネットで一柳とヒカルの対局を見ていた芦原は緒方の前でその対局の棋譜を並べる。

 序盤から中盤にかけてほぼ互角の展開だったがお互いに持ち時間を使い果たしてからは、徐々にヒカルが形勢を固めていった。

 

 最後は細かいヨセが残るが、ヒカルは間違えずに打ち終えて……彼女の一目半勝ちで勝負は終わる。

 

「彼女は今年のプロ試験を受ける。まぁ、まず間違いなく合格するだろうな。下を気にするのはタイトルを獲ってからだと思っていたが……」

 

「あれ? 緒方さん、サイちゃんがプロ試験を受けること知ってたんですね」

 

「ああ、この前のサイン会で言ってたからな」

 

「……えっ? サイン会行ったんですか?」

 

「――それが何か?」

 

「いえ……」

 

 当然のような顔をしてアイドルのサイン会に行ったことを告白する緒方にギョッとした芦原だったが、彼に一睨みされて言葉を飲み込む。

 

「それにしても……塔矢先生も今度テレビで対局しますが……」

 

「名人が負けるはずなかろう。一柳先生にしても、油断しなければ負けなかったさ」

 

 芦原はバラエティ番組で行洋がヒカルと対局するという話題を出して彼を心配するが、緒方は名人である塔矢行洋の勝ちを疑っていない。

 ヒカルの棋力は中学生離れしており、紛れもなく天才だが……今は行洋が上という戦力の分析をしたからだ。

 

 それに塔矢行洋の性格上――。

 

「まぁ、塔矢先生は可愛い女の子だからって手を抜くはずないですもんね。それどころか容赦なく――」

 

「私がどうかしたのかね?」

 

 そう、塔矢行洋は子供だからといって実力者だと認めた相手には全力を出す。そういうタイプの人間だ。

 相手が美少女アイドルであろうと全力で叩き潰そうとするに決まっている。そう、芦原が口にしようとしたとき、行洋本人が現れた。

 

「せ、先生!? い、いえ、明日はサイちゃんと対局すると聞いたものですから……」

 

「本来ならアマチュアと名人が互先などあり得ないのはわかっているよ。だが、年甲斐もなく好奇心を刺激されてね。彼女は不思議な棋士だ……」

 

 行洋はヒカルとの対局について、興味深いから受けて立ったと答えた。

 打ちたいから打つ。これが彼の棋士としての原点なのかもしれない。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――ちゃん……! サイちゃん……!」

 

「……うぇっ? や、夜神さん……!? どうしました……?」

 

「……もうそろそろ、CMの撮影よ。どうしたのボーッとして」

 

「す、すみません。ちょっと考え事してました」

 

「そ、そう。体調が悪いとか……では、ないのね?」

 

「はい。大丈夫ですよ。ご心配おかけして申し訳ありません」

 

 今日は午前中に某ドーナツチェーン店のCM撮影。午後からはさくらテレビでのバラエティ番組で塔矢行洋名人との対局である。

 

 ヒカルが精彩を欠いていた理由――それは、一柳棋聖とのネット碁での手応えであった。

 

(自分なりに佐為を完全に再現したつもりだったけど……何かが足りねー気がする。一柳先生には勝てたけど、持ち時間も短かったし、相手のミスに助けられた部分も大きい。佐為として塔矢の親父さん打つんなら、もっと――)

 

 タイトル保持者である一柳に勝てたのだから不満になる理由にならないはずが、ヒカルは先日の対局を快く思っていない。

 

 佐為ならもっとやれたはずだという自負が原因だ。

 

 これから戦う相手は日本の囲碁界の頂点に立つ男。生半可な覚悟では挑めない。

 ヒカルの緊張感はピークに達しており、それが表情にも出ていたのだ。

 

 

「じゃあ、サイちゃん。準備して!」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「はぅっ……、この笑顔……癒やされる。じゃなくて、頑張ってね!」

 

 少しだけ大人びた天使のような微笑みに夜神は頬を赤らめるも、すぐに自制心を働かせ、事務所のトップアイドルを送り出した。

 

 CMの撮影は大成功。チェーン店の売上は爆発的に上昇した。

 これを機に彼女は一躍CMクイーンに躍り出ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 そして――ついに彼女は相まみえる。名人……塔矢行洋と……!!

 

 

 

 

 

 

「塔矢先生、今日はありがとうございます。出演オファーを受けてくださったと聞いて……何ていうか、凄く驚きました。先生はこういう俗っぽいことはお嫌いだと思いましたので……」

 

 ヒカルは目一杯、愛想良く笑いながら行洋に挨拶する。

 名人の重み……それはかつて彼女がプロ棋士――進藤ヒカルとして塔矢アキラ名人に挑んだとき……痛いほど思い知った。

 

 塔矢行洋という男は本来ならこのようなバラエティ番組に出るような人間ではないのである。

 

 

「――()()()に興味があったまでだ。名人……塔矢行洋としてね」

 

 行洋は短く出演を受けた理由をヒカルに告げた。その眼光は鋭く……塔矢アキラよりも威圧感があり、ヒカルは嬉しく思う。

 

(塔矢の親父さん……本気じゃねーか。そりゃあ、そうだよな。ネット碁でもすげぇ対局したんだ。私みたいなアマが相手でも気を抜いた碁なんて打たないか……)

 

 本気の塔矢行洋と佐為として対戦できる。これほど気分が高揚することがあるだろうか。

 ヒカルは喜びに打ち震え……楽屋に戻り衣装に着替える。彼女自身がデザインした記憶の中の佐為の衣装に出来るだけ近付けたものに……。

 

 扇子を握りしめて彼女は鏡の中の自分を見た。佐為がすぐ側に居る――彼と似た自分を見て彼女はそう感じた。

 

(そうだ。佐為はここに居る。私が碁を打てば……側に来てくれる……)

 

 とびきりの笑顔を鏡の前で作って見せて……ヒカルは名人に挑むためにスタジオへと向かった――。

 

「さぁ! 始まりました! サイちゃん、プロ棋士への道――第二弾! 前回はなんとプロに勝ってしまったサイちゃん。今回は囲碁の名人と対戦してもらいます! 解説は前回と同様、一柳先生に来ていただきました!」

 

「いや、この対局は面白くなるよ。普通は名人にアマチュアが挑むなんて無謀なんだけどさ。なんせ、サイちゃん、ネット碁で俺に勝っちまったからなぁ。塔矢先生に勝つのは難しいだろうけど、タダじゃやられないだろうねぇ」

 

 司会と一柳は如何にヒカルが素人離れしている棋力を持っているのか碁をあまり知らない視聴者のために分かりやすく解説する。

 

 碁に少しでも覚えのある者は既にヒカルが一柳にネット碁で勝利しているという情報のみで驚愕しているのだが……。

 

 

 

「「お願いします……」」

 

 両者頭を下げて、対局が始まる。今回は行洋が黒を持ち先番だ。

 

(やっぱ、塔矢よりも怖え感じがする分……プレッシャーがやべーな。ははっ……、こんなに緊張するのは久しぶりたぜ)

 

 行洋の一手に応えるように――ヒカルは佐為の打筋で丁寧に手を進めていく。

 

 

 

 

「うーん。サイちゃん、緊張してミスをしてしまったねぇ。ここをオサエちゃうと黒に付け込まれてしまう。まぁ、塔矢先生と面と向かって対局するなんざ中学生じゃなくてもビビっちまうからなぁ」

 

(トップ棋士と変わらぬ手応えだったが……、ここに来て悪手? いや……、この手は深く先まで読んでいくと――)

 

 ヒカルの一手から何かを感じ取り、行洋は長考した。

 そして、持ち時間をたっぷり使った彼は一手を打ち出す。

 

「塔矢先生、こりゃあ一体……。いや、待てよ……、この手は――」

 

(やっぱ、ここは読まれたか。だが、そう来ることは分かってたぜ――)

 

(むっ……、やはり狙いはそこか……。しかし――)

 

 序盤から中盤に差し掛かり、ヒカルが仕掛けては行洋が躱す展開。

 形勢は未だに互角。この手合はプロ棋士――それ以上に今年のプロ試験を受ける全若手が注目している。

 

 ブラウン管を通して映る……美少女アイドルが名人に挑む表情は凛々しく――多くの棋士たちを魅了していた――。

 




一柳かませはベタな展開だけど、なんとなく。
次回、アイドルVS名人……決着!
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