逆行した進藤ヒカルのTSモノ   作:アオハルなんて無かった

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すいません。色々あって書けませんでした。
長い目で見てあげてください。


其の六

「愛するフォーリンドーナツ♪ 明日もそれなりに楽しいよ♪ fu!fu!fu! 落とすつもりなら、微笑みかけなくちゃ♪」

 

 塔矢行洋名人との対局から敬遠されてしまったのか、アイドル“サイ”VSプロ棋士という話は打診を出してもどんなプロにも断られるようになってしまった。

 だから、ヒカルはこうやって名前を売るためだけにアイドル活動をやってる。

 彼女は不満かもしれないが、名人とあれだけ早く対局出来たのだ。アイドルになった価値は十分にあっただろう。

 

 それに彼女はこれから思う存分、プロ棋士との対局は十分に堪能出来るようになる。

 

 そう。来週からプロ試験が始まる。既にヒカルは親からも許可を得て外来としてプロ試験に参加することが決まった。さくらTVのバラエティ番組でも特集される予定である。

 

 ――平安アイドル“サイ”はプロ棋士になれるのか、と。

 

 ヒカルはプロになることをナメてる訳じゃないが、プロ試験自体はあくまでも通過点としており、特に意識はしていない。

 あれから研鑽を積んだ彼女は佐為の碁をより自分のモノへと昇華させた。

 次は塔矢の親父さんを失望させないと自信が持てるほどに。敗戦を引きずって立ち止まるような精神的な弱さは、今の彼女にはない。

 それほど佐為の碁を知らしめるという義務感は彼女の中で強く根付いているからだ。

 

 ――棋士として間違った方向に進んでいることは自覚しつつ、彼女は敗戦を糧にして……また一歩強くなってしまった。

 

「ミュージックターミナル。生放送でお送りしております。いやー、平成に現れし、平安アイドル“サイ”ちゃんの歌声はいつ聞いても……こう、魂を揺さぶられますね〜〜」

 

 今年は紅白歌合戦確定と言われるほど、アイドル“サイ”のCDはバカ売れしていた。

 2曲連続ダブルミリオン達成し、今年の顔となった彼女は既に芸能人として有名になり過ぎた感すらある。囲碁に専念するために引退なんてしたら、暴動起きる程に。

 しかし、ヒカルはまだ気付いていない。思った以上に自分の影響力が世間に出てしまっていること。

 

 

 

「はぁ、今日も疲れたぜ。佐為のために頑張ってんだからな。感謝してくれよ」

 

(別に私はヒカルにそんなことをやってほしいなんて、思ってません。でも、あの歌は良かったですよ。歌ってもらえませんか? 愛するフォーリン……なんでしたっけ?)

 

「ドーナツだろ? お菓子だよ。この前見せたじゃん。それより打つぞ。今日も負かして泣かしてやる!」

 

(ふふっ、本当にヒカルは強くなりました。でも、今日は負けませんよ)

 

 断っておくが、ヒカルには佐為は取り憑いていない。

 これはヒカルがイメージで創り出した仮想の佐為との会話である。

 塔矢名人との対局以降……彼女は家に帰ると碁盤を引っ張り出して普段の進藤ヒカルに戻る。そして、イメージの佐為を呼び出し毎日のように他愛のない会話をすることが日課となった。

 

 そして――

 

「じゃあやるか。ニギルぜ……」

 

 ヒカルはイメージの佐為と対局する。幾度も幾度も……。

 一見、これは「進藤ヒカル」が強くなるための方法のように見える。

 しかし、それは間違いだ。ヒカルの狙いはイメージの佐為を本物に限りなく近付ける為の訓練。

 前世ではタイトルホルダーであり、間違いなく最強の棋士の一角だったヒカルがイメージの佐為と対局を繰り返すことにより、佐為をより自分自身のモノとしようとする無茶な理屈のトレーニングなのだ。

 

 それを可能にするヒカルの集中力は驚嘆である。

 彼女は2つの思考を切り離して行い、第二の人格として完璧に近い形で佐為を再現することに成功した。

 常識を逸脱したヒカルの執念が実を結んだ成果と言っても良いだろう。

 

(最近、ヒカルが熱心に打ってくれるので嬉しいです。以前は他の方と打ちたいとわがままを言いましたが――)

 

「馬鹿! これから沢山打つんだよ。何局でも打たせてやる! 佐為の碁がすげーってところをみんなに知ってもらうんだ」

 

(ありがとう。ヒカル……。でも、私は満足しているのです。あなたのおかげで私は以前よりずっと強くなれました)

 

「でも、まだ神の一手は極めていないだろ? 中途半端に終わらせるなよ……。今度は私が手伝ってやるからさ」

 

 心の中で佐為と会話をしつつ、一人で碁盤の前に座り……鋭い手の応酬を演じるヒカル。

 知らない者が棋譜だけを見れば、一流同士の手合にしか見えないだろう。とても一人の人間が生み出した棋譜だとは想像もつかないと断言できる。

 それだけ、「佐為」と「進藤ヒカル」の一手は個性的であり、別物であり、そしてその両方が最高峰の棋力を持ち合わせていた。

 

 ヒカルはこの無茶な鍛錬で、自らの佐為のレベルを飛躍的に上げたのである。

 

 

 プロ試験に臨む、ヒカルのコンディションは絶好調であった――。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 外来予選と合同予選を全勝で突破したヒカルはプロ試験本戦に足を進める。

 予選でヒカルと対局した者たちは彼女との対局後マスコミに質問攻めに遭いちょっとした社会問題に発展しかけたが、基本的には囲碁のプロ試験というものが大々的に報道されるなどブームにさらに火を付けたという点で業界からの評価は高かった。

 

 塔矢名人との対局を見ている棋士たちであるなら、ヒカルの棋力は周知であり……彼女が本戦に残ったことは当然だと理解した。

 

 惜しむらくは、あのとき以上に棋力を増したことを証明出来るような対戦相手に恵まれなかったことだ。そんな相手はタイトルを所持するようなトップ棋士しか居ないので当然なのだが……ヒカルは少しだけ退屈を感じている。

 

(塔矢もこの頃の棋力じゃ、佐為の相手にはならなかった。佐為の本当の力を見せつけるにはプロになって連勝を続けるしかないか)

 

「はい。無事に本戦に進むことが出来ましたので、ここから初心を忘れずに一つ一つの対局を大事にしていきたいです」

 

 インタビューに笑顔で優等生的な解答をしながらも、ヒカルはどこかプロ試験に集中していない自分を自覚していた。

 

 本気の自分が鍛えた佐為の棋力を出し切れないことをストレスに思っているからだ。

 

 プロになってもトップ棋士との手合までの道のりは遠い。

 最短コースで塔矢行洋との対局を実現させたからこそ、ヒカルは十分すぎる早さで目標に向かっているにも関わらず、それをじれったいと思ってしまっているのである。

 

 

「今年のプロ試験には塔矢名人の息子さんである塔矢アキラくんも参戦しているみたいですが、予選での対局は如何でしたか?」

 

 外来予選、合同予選でヒカルは塔矢アキラと既に二度も対局している。

 彼の棋力は既に低段のプロ以上であり、同世代の中では敵は居ないと断言出来る程だった。

 しかし……さすがにヒカルに全力を出させるには至らず、彼女は彼に完勝する。

 

 ヒカルはアキラが敗戦を悔しがると予想していた。

 だが、その予想は外れた――。

 

『これほどの人が同世代に居るなんて嬉しいよ。本戦ではせめて君に全力を出してもらえるように、僕は自分自身を鍛え直す……!』

 

 呆れるほどに爽やかな表情でアキラは自らを鍛え直すと宣言する。

 寧ろ彼は嬉しかったのだ。自分以外に同世代で真剣に神の一手を極めんとする者がいることが……。

 

(進藤ヒカル……僕の生涯のライバル……。そう認識してもらえるにはまだ力は足りない)

 

 同世代の棋士による二度の敗戦は塔矢アキラの天才性を覚醒させるに至った。

 本戦までの短い期間で、アキラは飛躍的な成長を遂げることとなった。

 

(でも、まぁ。塔矢はあのままで終わるような奴じゃないだろう。本戦でどれくらいの腕になってるかは、ちょっと楽しみだな)

 

「塔矢アキラくんは強かったです。本戦でも彼との対局が一番楽しみですね」

 

 ヒカルは笑顔を崩さずに本心を述べる。

 この何気ない一言は塔矢アキラを奮起させるのに十分だった。

 アキラは彼女を失望させないために死にものぐるいで頑張る。一歩でも理想だと憧れた彼女の一手に追いつくために――。

 

 

 

 そして、さらに月日は流れ……いよいよ本戦が始まった――。

 

 

 

 

 

「あ、ありません」

 

「ありがとうございました……」

 

 ヒカルは初戦を一番に中押し勝ちで終わらせる。

 彼女の思考速度は既に常人の域を超えており、ほとんどノータイムで急所を捉えるような一手を打ち込む。

 彼女と対戦した相手はその繊細で可憐……にも関わらず研ぎ澄まされた刃のような切れ味の鋭い一閃に魅了されていた。

 

(負けたのに、何だ? この心地良さは。これがアイドルの力なのか……。帰りにCD買おう)

 

 そして、敗北した対戦相手は今までアイドルになど興味がまるで無かった者までも、何故か平安アイドル“サイ”のCDを購入して帰宅した……。

 

 サイの信者は着々と囲碁界に増殖中なのである――。

 

 

(あれ? 塔矢のやつ……あんなに険しい表情してるな。私以外は楽勝かと思ってたけど)

 

 ふとヒカルは塔矢アキラの対局を気にした。

 彼の棋力ならばプロ試験など余裕のはず。自分以外に黒星を付けられる者など居ないと思っていた彼女は、アキラが長考中によく見せる表情に気が付き困惑する。

 

(どれどれ……、どんな対局なんだ? えっ? 塔矢が負けてる? どうして……)

 

 目に見えて劣勢なアキラにヒカルは素直に疑問を覚えた。

 そして、その対戦相手の一手にヒカルはさらに息を呑むこととなる。

 

(こ、これは……まさか。そ、そんなはず……)

 

 一手、手が進むごとに感じたのはよく知る棋士の棋風。

 そう、これは本因坊秀作――いや、藤原佐為の碁だ。

 間違いなくオリジナルの佐為の碁が目の前の盤面で繰り広げられていた。

 

(考えられることは一つ。佐為はこの人に取り憑いていて、この人は佐為に打たせてるんだ。なんで、なんでまたこの人なんだよ……)

 

 塔矢アキラの対戦相手に佐為が取り憑いていることを確信したヒカル。

 

 彼の対戦相手……それは――。

 

 真柴充――前世ではヒカルたちよりも一期早くプロ棋士になった男である。

 

 本物の佐為の碁を目前にしたヒカルは……動揺を隠しきれなかった――。

 

 

 

 

 

 




プロ試験のボスバトルは塔矢アキラではなく、佐為の取り憑いている真柴くんです。
本物の佐為に偽物の佐為が挑みます。

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