ラーシュとヒューガー その1
一人の男が車椅子から転がり落ちた。起き上がろうとしているが、どうも様子がおかしい。
ラーシュは離れた場所で男を眺めていた。
「そこのあんた、ちょっと助けてくれねぇか……?」
ラーシュはゆっくりと近づく。
「驚いてるところ悪いんだが、車椅子に乗せてもらいたいんだ」
「貴公は手足がないのか?」
「まあそういうことだ」
ラーシュは倒れている車椅子を起こし、男を抱き抱えた。慎重に車椅子に乗せる。
「大変苦労している様にお見受けする。私でも何か手助けできれば良いのだが……」
「あんた、おかしなこと言うんだな。俺が困ってるように見えるって?人を見かけで判断するのは優しさって言うんじゃない。お節介って言うのさ」
「むっ……申し訳ない」
「名前は?」
「ラーシュ・ダスティヒと申す」
「俺はヒューガー・ソレイユ」
「ではこれにて――」
「おい待ってくれよ。助けてくれたお礼ぐらいさせてくれ。俺の家はすぐそこなんだ」
ヒューガーと名乗る男は顎で方角を示した。視線の先には新築とおぼしき一軒家が立っている。
ラーシュは車椅子を押しながら、身の上話をした。
中に入ると両親らしき人物が出迎える。ラーシュが他人の家に上がるのは初めてだ。かなり緊張している。
「なんと立派な……」
「俺も最近引っ越して来たばかりで町のことはさっぱりなんだ。まあ何て言うか、引っ越してきて初めて会話をしたのはあんたが最初さ」
「そうであったか」
「町に長く住んでいるんだろ?見たことない格好してるが」
「十年ほどぐらいからこの町に居を構えている。のどかな暮らしが染みついてしまって、体が鈍ってしまうのが悩みの種ではある。しかし、世の中が平和であることに越したことはない」
「俺もこんな
「立派な志だ。さぞご両親も誇らしげであろう」
「どうなんだろうな……」
「逆境に立ち向かう我が子の姿を見て、誇らしく思わないはずがない。おそらくご両親も明るい未来を思い描いているに違いないであろう」
「ったく、癪に触るヤツ。ポジティブバカだな」
「貴公の苦難に立ち向かう姿を見て励まされぬ者がいるだろうか?現に私は勇気をもらった。もっとも感謝せねばならぬのは私の方だ」
「勝手に感謝されてもなぁ。まああんたに言われても悪い気はしないけどよ」
壁にかけられているブレーダーが哀愁を漂わせている。靴ヒモが切れていて今は使われていないようだ。
「あんたもブレーダーに興味があるのか?」
「いや、私には無用の長物だ」
ヒューガーは鼻で笑った。
「もしあのブレーダーを俺が履き回したとしたら、あんたは信じられるか?」
「それは
ラーシュは言葉を失う。足のないヒューガーがブレーダーを履く姿など想像できるわけがなかった。
「信じられないのも無理はないさ。まあ、証明できるものならあるんだがな」
「よもや免許証を携えているのか?」
「そういうことさ」
ヒューガーは両肘を器用に使い首に掛けていたカードを見せた。確かにカードには『ブレーダー免許』と表記されている。
「良い言葉が思いつかぬ。ただただ感服する」
「あんたでもブレーダーに乗れるんだ。試しに俺のお古で良かったら使ってみないか?」
「ふむ……」
ラーシュは乗り気ではないようだ。大人から見ればブレーダーとは子供の遊び道具程度の認識でしかなかったからだ。
「俺にはやりたいことがあるんだ」
「夢があると申されるか?」
「ブレーダーのチームを作って町の治安維持の仕事をしたいのさ。五年前、国から委託された犯罪撲滅事業だ。あんたもニュースぐらいは目にしてるはず」
「気高き志だが、果てしなく長い道のりである。それでも貴公は――」
「気持ちは変わらねぇよ。もう決めたんだ。引き下がるわけにはいかない。足がなかろうが手がなかろうが、俺は這いつくばってでも前に進まなきゃいけねぇ」
「己の意志を貫くのが良かろう」
「そこで提案なんだが、あんたにも協力してもらいたい」
「なにゆえそう申されるか?人には向き不向きがある。並大抵の努力で扱えるような代物には思えぬ」
「だが、俺にはわかった。さっきあんたに助けてもらった時、相当腕っぷしに自信のある剣士じゃねぇかって思ったんだ。まあ、喋り方も気になってたからな」
「フッ、抜かりのない男だ。車椅子から転げ落ちたのは私の力量を見定めるための演技だったというわけか」
「俺の夢、手伝っちゃくれねぇか?」
「良かろう。だが、もし私の見込み違いだと確信した場合、
「しゅ、主君?」
「ではこれにて失礼する」
「お、おい……」
ラーシュは満足そうな表情を浮かべなから、ヒューガーの家から立ち去った。
「俺は勧誘するヤツを間違えたんじゃ……」