ラーシュは胸当てから発する熱を受け続け、意識が朦朧とし千鳥足で出口に向かった。凶極刀を杖の代わりにしている。
背後からパドンが追いかけてくる。
「ラーシュの兄貴、急いでずらからないとサツの奴等に捕まっちまう」
「むぅ……」
ラーシュは返事とも言えないような反応をした。パドンはこれ以上の問答は時間の無駄だと思いラーシュが倒れないように支える。だが、あまりの熱さに汗が出てきた。いくら拭っても止まらない。
このままでは共倒れになる。そう思ったのか、パドンはラーシュの顔色を伺いながら凶極刀に手を伸ばした。
「もう帰るのかね?楽しみはこれからだというのに――」
パドンは恐る恐る声の主を見た。白い口髭を蓄えた老人が立ちはだかる。グレーのスーツを身に纏った男の左手から高そうな腕時計がチラッと見えた。
スラッとした成金紳士といった以外に目立った特徴はない。しかし、パドンの顔は青ざめている。悪事がばれたからではないようだ。
「ど、ど、どうしてジェットの社長がここに……!?」
「おかしなことを言うもんだ。どうしても何もこのオークションを主催しているのがワシだからだ――ほぅ?隣の武人は気分が優れないのかね?秘書に医務室へ運ぶよう指示しておこう」
大企業の社長、オークションの主催者。どうやら二人の目の前にいるのは『エディンソン・カンパニー』の社長、ノーマン・エディンソンのようだ。
「ま、待てよ!」
携帯電話を取り出したノーマンに必死の形相で掴みかかる。ノーマンは瞬き一つせず、パドンに鋭い眼光を向ける。恐怖のあまり尻込みした。
「なにかね?ワシがただの親切心で声をかけたおとぼけ老人とでも思ったのかね?」
「うっ、それは……」
「まさに盗人猛々しいとはこのことだ。ワシがキサマの素性を知らぬとでも思ったか!」
「うう、凶極刀のことに触れなかったから油断しちまった……」
「くだんの件は把握しておる。なまくら刀を持ち出させたのはワシの命令だ。ロウが直々に取りに来る手筈だったが、なかなかどうして有能な部下まで寄越してくるとは思わなんだ」
明らかに皮肉だ。パドンは機嫌を損ねないように相槌を打つ。
「ところでなぜ隣の武人が刀を握っておるのだ?」
「そ、それは……なんでだろうなー?」
パドンはおどけている。ノーマンは鼻を鳴らした。
「凶極刀は所有者を選別すると言われている。ゆえに所有者や取り巻きは災いや不幸に見舞われると言われておるのだ。まさに"たらい回し"と称される所以なのだよ」
「刀が持ち主を選ぶ?そんな話信じろってオッサンは言うのかよ」
「キサマのような低俗な人間にとっては与太話に過ぎんだろう。身内からも見向きもされず、金食い虫は脛にかじりつく。それがパドン・シュスタという男ではないかね?」
パドンは何も言い返せなかった。正論を突きつけられ殴る気力も失った。
「盗人を受け入れるぐらいだ。よほど人手が足りんのだろう。刀を手に入れたことで更なる混乱を招く。果たしてキサマらに耐えられるか?待ち受ける未来は絶望と混迷のみ。運命というものは努力と才能もってしても変えることはできん」
「だからなんだよ。それでもオレはチームの一員なんだ。アンタらみたいな金持ちで権力振りかざしてる連中に媚びを売るなんて二度としないって誓ったんだ!」
「見返すとでも言うのかね?」
「そんな偉そうなことは今は言えない。けどなチームに必要とされるぐらい努力するって決めたんだ。いつになるかはわからないけど、みんなに認めてもらえるまで死ぬ気でやる。オレだってやればできるってことを―」
「無駄だと思うがね。人間という生き物は何かを成すために凌ぎを削るが、無駄な努力をするほど無駄な血を流すものだ。だからこそ天才というものは無駄な汗を流さんのだよ」
「アンタは天才だっていうのか?」
「ワシが言うのもなんだが、時々自分が恐ろしいと感じる。財をなしても満足できぬ自分がね」
「――なれば他人の生き様を頭ごなしに否定するな。己の器の小ささをつまびらかに説いているようにしか聞こえぬ」
「ほぅ?何か言ったかね?」
「オ、オレはなんも言ってねぇよ!」
ラーシュは虚ろな目で床を見ている。口がかすかに動いてる。
「起きてるなら起きてるって言えよ……もしかして寝言じゃないよな?」
ラーシュは淡々と持論を述べた。
「一方では才能をひけらかす者に財や権力を得るために近づき利用し、他方では努力を惜しまない者に魅力され絆という名の人との繋がりが生まれる。私なら迷わず後者を選ぶ。さすれば親しき友と切磋琢磨し私は己の信念に基づいて未来を切り拓くことができるからだ」
ノーマンはラーシュの言葉にシワを増やした。
「武人の申すとおりだ。付け加えるとすれば才能というものは金で買うことはできん。しかしだ、売ることはできるのだよ。金に変えることは容易いのだ。それそこがワシの長年培ったビジネスモデルと通ずる共通点とも言えよう」
「ケイコが
「なんだと?若造ごときが偉そうな口を聞くな!娘に指一本触れてみろ!貴様らの首を執務室に並べてくれるわ!」
「威勢だけが取り柄の老爺にかける情けはない。過去の栄光に囚われるものは常に孤独だ。もっとも現実に欲するものがない老爺にとっては届かぬ言葉であろう。とにもかくにも私も、主君も、ケイコも、パドンも孤独ではない。いかに仲間が虐げられようともかけがえのない私の友だ」
「ラーシュの兄貴……」
「フン、つまらん芝居を打ちよって。もういい、その刀はロウの誕生日祝いにくれてやるつもりだったが気が変わった。勝手に持っていくがいい。だがな、キサマらの顔は二度と忘れん。必ず生き恥をかかせてやるぞ!覚えておけぇ!」
ノーマンは悪代官のような振る舞いで小悪党のような捨て台詞を吐いて去っていく。
パドンは嬉しさが込み上げてきたのか目頭を抑えた。
「ラーシュの兄貴、さっきの言葉胸に響いたぜ。ありがとな」
ラーシュは頷いたように見えた……見えただけだった。
「寝てるのか?寝てねぇよな?嘘だって言ってくれよぉ……ラーシュゥゥゥ……」
ラーシュを強く揺さぶるが、頭が風を切る音だけが悲しく響いた。