シレジアは両頬に絆創膏を張りつけ会長席でふんぞり返る。会長の尊大な態度にラーシュとヒューガーはソファに座ったまま言葉を発することができない。
反対にランバーは大きな欠伸をかきながら天井にぶら下がるクモの巣を眺めていた。
「あなたたち、黙ってないで何か言うことないの?」
「俺らは特に……なぁ?」
「我らは客人として招かれた身。言の葉を発せよと仰せられるのなら
ラーシュはおもむろにブレーダーを起動させようとした。
「ちょ、ちょっとここは神聖なる役員室なのよ!?床が汚れるじゃない!?」
ラーシュは再びソファに腰を下ろした。
「ブが付くほどザマァねぇ醜態を晒しておいて偉そうにすんじゃねぇよ。盗み聞きしてたのをオレたちが話題にしねぇとでも思ってんなら、テメェの頭はクソビッチそのものだな」
「クソが余計よ!ああムカつく!このガチムチモジャモジャ頭がぁ!!」
シレジアは履いていたパンプスを投げつけた。ランバーの顔に当たるが、痛がる素振りも見せずブルブルと頭を振る。
「うっ、痛そ……」
「見ていて気分の良いものではない」
「オイ、ビッチ。話を聞いてたんなら一から説明する必要もねぇよな?ラーシュの闘技祭出場の一件でテメェの決裁を仰がなきゃなんねぇ」
「ふーん」
シレジアは素っ気ない返事をした。
「闘技祭に出たいんだったら二つの条件を満たさなきゃなんないの。で、どうなの?」
「『どうなの?』と言われてもなぁ」
「う、うむ……」
「ちょっとランバー、もしかしてちゃんと教えてないの?」
「まあな。タイミング悪くテメェに出くわしちまったから話の腰が折れちまったんだ」
「ならワタシの準備が終わるまでに、さっさと教えておくのよ!わかった?」
「準備?」
ラーシュは首を傾げた。シレジアは別室に移動しゴソゴソと何かを漁っている音がする。
「クソビッチが。犬扱いしやがって」
「邪知にまみれた人相をしていたが真に信に置ける人物なのであろうか?」
「胸騒ぎがしてきた。それで参加の条件って何なんだ?」
「実は闘技祭ってのはチーム戦だ」
「チーム戦だって!?そんな大事なことは一番最初に言うべきだろ!?」
「団体対抗戦となれば主君の手を借りねばならぬ」
「それと最低でも三人は参加者登録しなきゃなんねぇ。名簿の提出期限は明日だ」
「なんと早急な!?時すでに……」
時計の針は一時を指している。
「無茶な要求ばかりしやがって。クソッ、文句を言ってもしょうがない。一秒でも時間が惜しい。行くぞ、ラーシュ」
「どこに行こうというの?」
別室からシレジアから戻ってきた。着替えを終えた姿はまるで女神のように神々しく、埃一つないマントが天使の翼を演出している。
ラーシュはあまりの変貌ぶりに口をあんぐりとしている。
「衣装直しのところ悪いが、俺たちは先を急いでるんだ。おいとまさせてもらう」
「まだ話は終わってないわよ」
「主君、まだ二つ目の条件とやらを伺っていなかったはず」
「おいおいおい、冗談じゃないぞ」
シレジアはマントを靡かせ二人を帰らせまいと扉の前に立ちはだかる。
「まだ参加を認めるわけにはいかないわよ。あなたたちの実力を確かめさせてもらうわ。中央本部のビッグイベント、闘技祭に参加する権利があるかをね」
四人は構内に設置されている教習コースを走る。化然石の練習として使われている教習場に案内された。周囲を見渡す限り野原になっているが木々などの障害物はない。
化然石を使用に伴い最大限の安全性を考慮して設計されている。
「こんなとこでいいかしら?」
シレジアは場所を定めマントを翻した。
「ランバーも相手にしなきゃいけないのか?」
「今回は見物客としてテメェらの喧嘩を拝ませてもらう。なぁに、ヤバくなったら助けてやるから安心しな」
「どうするラーシュ?俺ら二人がかりでも勝てないみたいな言われようだぞ」
「百も承知。会長殿を相手にするのだ。こちらとて命を一つや二つ擲つぐらいでなければ、天が授けた試練を乗り越えることはできぬ」
「命二つでも足りるかしら?ちなみにワタシはブレーダーを起動させないわ。あなたたちは持てる全てを出しきって向かって来るのよ」
「ここまで舐められると『無敵』の名が霞んじまう。俺たちの連携で膝まずかせてやる!」
「いざ、参る!」
地面が雑草で覆われているためブレーダーが雑草を巻き込み機動力をを活かせない。
ラーシュとヒューガーもブレーダーを起動させずシレジアに突撃した。シレジアはヒューガーの繰り出したパンチを素手で軽々と受け止め、ラーシュは槍を振り下ろすがいなされる。
何度やってもシレジアにかすり傷さえ負わすことができない。ラーシュとヒューガーは時間と共に体力を消耗していった。
「ダラダラしてたら締め切り間に合わなくなるっていうのに無様なものね。もっと危機感を持ちなさいよ」
「な、何であんな硬いんだ?同じ材質、物量でできてるはずなのに全部跳ね返される……」
ヒューガーは茫然と立ち尽くしている。ラーシュはシレジアの足下からゆっくり視線を上げると目が合い槍を構え直した。
「何ジロジロ見ているのよ、気持ち悪いわね。ワタシの装備には種も仕掛けもないわよ」
「いかにも。しかし、一つだけ合点がいった」
「弱点でも見つけたのか?隙はどこにもなかったと思うが……」
「もしやその装備はケイコが携わっているのではないか?」
「嘘だろ!?どうして会長とケイコが繋がっているんだ?まさかラーシュはケイコが役員のスパイだって言うのか?」
「あなたたち、とんでもない勘違いしてるわ。元々ケイコとは交友があったし中央本部に勧誘したのはワタシ。ケイコはそのお礼としてワタシの装備を作ってくれたのよ。もちろん仲は今でも良好よ」
「そうであったか。ケイコは一人ではなかったのだな」
何故かラーシュは嬉しそうだ。
「役員にも推薦したのよ。けれどケイコは中央本部の資材に眼鏡を光らせていたから、資材に触らせてもえば十分だって断られたわ」
「まあケイコらしいと言えばケイコらしい話だ」
「フッ、全く油断も隙もない淑女だ」
「でも驚いたわ。ワタシ以外に心開く堅物が他にいたなんて。それにチームにも所属してるなんて天と地がひっくり返るぐらいビックリしたわよ」
「ケイコは我らの頭脳であり、心臓のような目まぐるしい働きをしている。もはやなくてはならぬ存在。主君も、そうであろう?」
「当たり前だ。手足を自分の思い通り動かせるようになったのもケイコのお陰だ」
「それならケイコのためにも、あなたたちはワタシという最強の壁を乗り越えなきゃいけないんじゃない?じゃなきゃケイコの顔に泥を塗ることになるわよ」
「なぁラーシュ、知ってるか。俺はこういう高飛車なタイプの女が苦手なんだ」
「フッ、然らば……御免!」
ラーシュは掛け声と共に穂先を突き出す。シレジアは掌で受け止めた。
「気合いだけはいっちょ前ね。けれどワタシに届かないわ」
ヒューガーが拳をロケットのように飛ばすが、シレジアの鼻先を通り抜けていった。
「拳が飛んでくることぐらい役員クラスなら誰でも予想できるわよ」
「ええい!かくなる上は雷神の怒りをその身に受けよ!」
槍が開きアーム状に変形する。四方に別れたアームがシレジアの左手を捉える。凄まじい電撃が全身を駆け巡った。
「!?!?」
シレジアは前のめりになるが意識を保っている。
「なんという強靭な精神力!恐るべし!」
「見落としたわ……そんな飛び道具があったなんて……」
シレジアはアームを掴んだままラーシュを引き摺り回した。
「……なんという火事場の馬鹿力!」
「もう一つ、見落としてるものがある」
ヒューガーは足の裏をシレジアに見せた。次の瞬間、蹴り上げた足が吹き飛びシレジアの顎を打ち抜いた。
「かはっ!?!?」
シレジアの体はマントをはためかせながら地面に打ちつけられた。
「してやったり」
「とんでもない怪力女だ……」
シレジアはムクッと起き上がりブレーダーを起動させた。その瞬間、草花が茶色に変わり、微かに吹く風が野原を荒野に返る。
二人は想像以上の重圧を受け、その場から動けなくなってしまった。
「これも……化然石の力なのか……!?」
「石が神風を呼び寄せるなどあり得ぬ!?そのような芸当を成せる技が石にはあると申されるのか!?」
シレジアはマントを翼のように広げ宙を舞う。紺の化然石を発現させ氷の短剣を創出する。目にも止まらぬ速さでヒューガーに狙いを定めた。
「体が……動かぬ……主君!?」
「ざけんじゃねぇぇぇ!!顔に傷がついたじゃねぇかよぉぉぉ!!」
奇声を発するシレジアの目は狂気に満ちている。もはやこれまでとヒューガーは目を瞑った。ラーシュひたすら叫び続ける。声が枯れるまで主君の名を呼んだ。
目の前に金色の稲妻が走る。頭を殴られたからではなかった。
「全くよぉ、二人を殺す気か?」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
ランバーがシレジアの短剣を受けとめている。だが、殺意の波動は収まる気配がない。
「やられ役にしては上出来じゃねぇか。クソビッチ」
「クソは余計よ……」
頭が冷えたのかツッコミの反応はさすがだ。
「どうだ?祭りの参加を認めるには申し分ねぇ実力だと思わねぇか?」
「思わないわ!全然ダメ!」
ラーシュとヒューガーは反論する気も起きないようだ。
「髪の毛チリチリにしてる女に言われても説得力ねぇな。顎から血も出てるみてぇだしよ。こんな姿見たらレインに馬鹿にされちまうかもな」
「うっ……」
「それに化然石まで使っちまったら言い逃れできねぇじゃねぇか?バランゴを非難することもできねぇよな?」
「そ、それは正当防衛よ!あんな卑怯な攻撃、ワタシは知らないんだから!」
「ほぅ、オレにはそんな風には見えなかったがな」
「べ、別に闘技祭の参加を認めないなんて言ってないわ!そ、そうよ早く参加者の名簿出しなさいよ!三人雁首揃えて登録しないと出場できないんだから!」
シレジアは早口で捲し立てると、ブレーダーを超高速モードに切り替え役員室に帰っていった。
「はぁ……俺たち会長の審査に合格ってことでいいんだよな?」
ラーシュは草花一つもない地面を見つめている。赤と青の瞳は淀み、立ち往生した武士のようだ。
「世の中にはテメェより強い人間なんてごまんといるんだ。勝てねぇ奴に遭遇したぐらいでへこたれてんじゃねぇよ」
「フッ……」
「ラーシュ?」
「何笑ってんだ?」
「狂犬殿が最後の一刺しを受け止めたのも石の力によるものであろう?」
「必死に叫んでた割にはちゃんと覚えてんじゃねぇか。戦意を喪失してんじゃねぇかって心配してたんだぜ?」
「本音を申せば恐怖心に押し潰され死が脳裏を過っていた。主君を守れぬ刀など存する意義はないと自責の念にも駆られていた」
「ラーシュでも死ぬのが怖いんだな」
「否定はせぬ。しかし、大切な者たちを守れぬのなら喜んで死を
「カッコつけやがって。まあ、俺のチームにいたらラーシュが死ぬ状況は生まれない。なんたって『無敵』だからな」
ヒューガーはラーシュの肩をポンと叩いた。
ランバーは居心地が悪いのか頭をポリポリ掻いている。
「水を差すようでわりぃんだが、急いだ方がいいんじゃねぇか?」
夕日が沈み始めている。闘技祭の登録期限まで残り二〇時間しかない。
「げっ、今日はもう無理か。ラーシュ、明日の夜明け、本部の正門前に来てくれ」
「御意」
ラーシュとヒューガーは一目散に走り去った。
ランバーは夕日を背にブレーダーを起動させた。
「アルマダ・ブレーダーズか。クックック、久し振りに胸が高鳴ってきたぜ!」