ケイコとパドンはヒューガーの自宅で三人目の登録メンバーについて話し合うことに……
「急に呼び出して悪い。今は事情を聞かず二人の力を貸してほしい」
息を切らして駆け込んできたヒューガーの目の前には既にケイコとパドンがブレーダーの確認作業をしている。
ケイコは手を止め眼鏡をかけ直した。
「ラーシュに何かあったの?」
「ラーシュには別件で待機してもらってる。それよりケイコに頼みたい仕事があるんだが――」
パドンが二人をチラチラ見ている。構ってくれとジェスチャーしている。
「今回ばかりはお前にも働いてもらうことになるかもしれん。いつでも動ける準備しとけよ」
「おおっ!遂に、遂にパドン様の秘められし能力を見せつけられる瞬間がやって来たぜ!」
「リーダーとラーシュの事情はシレジアから聞いてる。闘技祭に出るんでしょ?」
「全部把握済みか」
「うん。それと役員の関係のこと黙っててごめんなさい。ラーシュは怒ってた?」
「いや、それどころか喜んでたな」
「どうして?本部には私の友だちは一人もいないって嘘ついたのに、どうしてラーシュは喜んでたの?」
「それは直接本人に聞いてくれ。ラーシュの考えてることは常人の俺には理解できない」
「きっとラーシュの兄貴のことだからケイコに理解者がいたことが分かって、自分のことのように嬉しかったんじゃないかなぁ」
パドンがしみじみと語る。ヒューガーが躊躇いなくデコピンした。
「泥棒風情が知った風な口を聞くな」
「パドンの考えが正しいかどうかなんて私にはどうでもいいの。だってラーシュは私のこと嫌いにならないでいてくれた。リーダーたちが私の居場所を作ってくれた。みんなに必要とされる人間に私はなりたい。そうなったら今よりもっと頑張ろうって思えるから」
「そうか。だが、今回ばかりは一筋縄ではいかないかもしれない。闘技祭に参加するメンバーを探しているんだが、ケイコの探索能力で新しい人材を発掘できるか?」
「免許保持者に限定しても条件を緩くすれば複数人はヒットするよ。だけど……」
「九割はジェットのお仲間っぽいぜ」
「ジェットは論外だ。候補から外してくれ。逆に条件を厳しくしたらどうなる?」
「一人だけになっちゃうけど、チームには所属していないフリーの女性だよ」
「オオッ!いるのか!?ソイツは今どこにいるんだ?一刻を争う。すぐにでも話をつけたい」
「それがさぁ……」
パドンはディスプレイの点滅している地点を見て苦笑いを浮かべた。
「時間がねぇって言ってるだろ!パドン、お前何か俺に隠してるな?」
「違うのリーダー、私たちの探してる人は役員室にいるの。たぶん闘技祭に関係する話でもしてるんだと思うよ」
「何故このタイミングなんだ!?狂犬チームに欠員でも出たっていうのか?ああクソッ、先を越されちまったか……」
三人が途方に暮れていると独特の足音がする。ケイコは椅子から飛び降り出迎えた。
「ラーシュ、おかえり」
ケイコの屈託のない笑顔に強張っていたラーシュの表情が解れていく。
「ラーシュ!?本部の近くで待機してろって言ったろ!お前が帰ってきちまったら俺たちの努力が水の泡だ!」
「否、まだ一条の光が我々の懐にはある」
ラーシュはパドンに歩み寄る。
「あれれ?ラーシュの兄貴、なんか雰囲気変わった?どう変わったかって聞かれると困るんだけどさ」
「パドン・シュスタ、お主を第三の伏兵として名簿に記す」
「……はあ!?」
「パドンを闘技祭に出すって?それはさすがに俺でも同意できないな。相手は武闘派揃いの連中だぞ?数合わせで出場させても犬死にするだけだ」
「そ、そうだぜ!ブレーダー免許は持ってねぇし後方支援を生業とするパドン様には
「力不足は否めぬ。しかし、だからといってむざむざと仲間を討ち死にさせるような惨めな思いはさせぬ。そこで一計を案じたい」
「手短に説明してくれ」
「先の会話を小耳に挟んでいたのだが、役員室に足を運んだ人物に思い当たる節がある」
「ラーシュの知り合いなのか?それなら今からでも殴り込みに行くか?」
「確証はないが出向く価値はある。だが、もし引き入れに失敗した時はパドンに大役を担ってもらう他ない」
「とりあえず盗人を保険にするしかないか。ケイコ、パドンが逃げないように見張っておいてくれ」
「わかった。いってらっしゃい」
ラーシュとヒューガーは僅な可能性に賭け、中央本部の役員室に向かった。闘技祭登録名簿にはパドンも名も記されている。提出期限を優先し、ターゲットの勧誘に失敗した場合の保険をかけたのだ。
ヒューガーに無理やり署名させられたパドンは慟哭した。よほど嫌だったらしい。
「マジかよ、英気を養えってこういう意味だったのかよ……このパドン様が汗と涙を流す日がくるなんて……」
「役員の人たちと本気で戦ったら血もたくさん流すから、水分と睡眠はちゃんと取った方がいいよ」
「フォローになってねぇ……やられること前提かよ……」
「パドンにできることなんてラーシュとリーダーを信じる以外にないんだから、大人しく新調したブレーダーのアップデートでもしてて」
「ケイコまでパドン様をバカにしやがって、こんちくょう……こうなったら役員の奴らの個人情報を骨の髄までしゃぶりつくしてやるぜ!」
パドンは役員の秘匿情報にご執心だ。
ケイコはディスプレイに映し出された女性の顔を拡大する。ぼやけた画像は徐々に鮮明になり輪郭を映し出した。
どうやら役員室を訪れているのはネフェルのようだ。
会長席に持たれかかるシレジアがネフェルの来訪に冷笑し、ランバーは二人を背に鏡の前で髪型を整えている。
「あなた、チームに所属しないと闘技祭に出られないわよ。それを確認するために来たんでしょ?」
「ここに来た理由は闘技祭に誰が選ばれたのか確認するためだ」
「あなたが知る必要はないでしょ。役員でもないくせに、よくノコノコ顔を出せたものね」
「教えてくれ。ラーシュは闘技祭に出るのか?どうしてこんな回りくどいやり方で、関係のない人たちまで巻き込んだんだ?」
髪型が決まったランバーはネフェルにお茶を用意する。
「関係ないかどうかはテメェには関係のない話だ。どうしてラーシュが闘技祭に出るかって?本人に聞いてみな。アイツがテメェみてぇな一匹狼に本音を吐かないだろうけどな」
「そんな……ラーシュが……嘘をつくわけない……」
「何が言いたいの!?ハッキリ言いなさいよ!」
「まあいいじゃねぇか。自由をこよなく愛するネフェルがこんな陰気臭ぇ所に顔出してくれたんだ。手土産に答えのヒントをやるぜ。現時点でネフェルが入れそうなチームはねぇな。アルマダと
ネフェルは動揺している。ラーシュの自身を必要しているという言葉が建前だったと思っているようだ。
シレジアは憔悴しきったネフェルに助け船を出した。
「去年みたいに教官チームも出させたら?」
「無理だな。去年は教官勢が考案したブレーダー・ショーの広告塔としてネフェルが重宝されたが、今回はお祭りの傍観者に徹する方針なんだとよ。そもそも本部の教え子を本気で殴りてぇなんて考えてる教官なんかと誰も
「どうしてあなたは今までチームに入ろうとしなかったの?これじゃ決着つけられないじゃない!あなたをボコボコにしたい衝動を抑えられないの!どう落とし前つけてくれるの?」
「君の感情なんか知ったことじゃない。チームに所属すれば気を使うし、責任の擦り付けあいもある。勝つためのプレッシャーは計り知れない。それなのに負ければ戦犯呼ばわりされる。私はそんな重荷を背負いたくないんだ」
「しゃあねぇな。元貴族様がそう言うんだから諦めろ」
「――あんたたち、そんなとこで何してるの?」
シレジアは扉の向こう側にいる人の気配に気づく。会話を盗み聞きしていたようだ。ネフェルがクルッと扉の方へと振り返った。
「すまん。盗み聞きするつもりはなかったんだ」
「今の話、聞かせてもらった」
ラーシュとヒューガーがネフェルを見て頷いた。
「まだ祭りは始まってねぇってのに騒がしい連中が来やがった」
「あんたたちなんかに話すことなんてないわよ」
「私から一つ提案があるのだが――」
「欠員でも出たってんなら変更可能だぜ」
「ま、まさか……!?」
ネフェルの表情には期待と不安が入り交じっている。
「勿体ぶらずにさっさと言いなさいよ!」
「貴女には我がチームに入ってもらいたい」
「えっ!?」
「?……納得のいく説明をしてもらおうか」
「屁理屈並べたら承知しないわよ!」
「まあまあ、ネフェルを加えたい理由は単純だ。戦力が足りないのさ」
「わからねぇな。提出された名簿にはリーダーのヒューガー・ソレイユ、先鋒のラーシュ・ダスティヒ、伏兵パドン・シュスタの名が載ってる。記載ミスがあるってんなら受け付けるけどよ」
「変更するなら理由が必要よ。さっ、早く言いなさい」
「ったく、だからせっかちな女は嫌いなんだよ」
「あんたの好みなんか聞いちゃいないわよ!」
「ガチャガチャうるせぇ!話がまとまんねぇんだよ!ラーシュ、テメェが話せ」
「うむ、我々のメンバーであるパドンは格闘戦や血腥い撃ち合いを好む性格ではない。奴は我がチームにおいて情報、陽動、撹乱などの後方支援を得意とする役割を担っているのだ」
「つまり殴り合いはしたくないってこと?ならどうして名簿に書いたのよ?」
「名簿を埋めないと出場を認めないって言ったのはあんたらの方だ。だから必然的にパドンの名前を書くしかなかったんだ」
「登録を終えたのち、本人に参加の意思を再確認したが頑なに拒否されてしまった。それゆえ本部に伺いを立てようと足を運んだ次第だ」
「なるほどな。だがよえぇな」
ランバーは顎を摩りながら、ラーシュとヒューガーに近づく。二人は一歩も引き下がらない。
「弱い?理由が?」
「何ゆえそう申される?」
「ネフェルはチームに入ること自体毛嫌いしてんだぜ?おめぇらがメンバーを補充する理由にしては足りねぇって言ってんだよ」
「それが貴女の本心だと?」
ネフェルはうつむいたまま返事すらしない。
「こんな様子じゃ無理ね。全く情けない女」
「勝手に決めるな。ネフェルの意思を聞いちゃいねぇだろ」
「心変わりでもすりゃいいが、そうでもなきゃ無駄足だな」
「ですって。聞いてるの?」
「ラーシュ……」
「むっ?」
「私がもしラーシュたちのチームに入りたいって言ったら嫌でしょ?」
「それを決めるのは私ではなく――」
「ラーシュに聞いてるんだ。答えてやれ」
「うむ……貴女は聡明な人柄ゆえ、他人を信じきれぬ節がある」
「私、恐いんだ……みんなに嫌われるのが……裏切られるのが……」
「絶対にないと誓う。己の信念に賭けて」
「どうしてそんなことが言えるの?私はラーシュたちの期待を裏切ってしまうかもしれない。それでも……」
「我が友人たちは分け隔てなく手を差し伸べ、寄り添える不撓不屈の精神を持ち合わせている。貴女に罵詈雑言を浴びせるような不埒な者はいない。
「ラーシュ……」
(なんか、雰囲気変わったわね)
(本人は気づいてねぇみてぇだがな)
(ラ、ラーシュ??)
シレジア、ランバー、ヒューガーは目で会話をしている。ラーシュの著しい変化に戸惑いを隠せない。
「どうか貴女の助力を願いたい……
ネフェルはラーシュの真意を確かめるかのように凝視している。
「こんなこっぱずかしい台詞をぶちまけてんのよ?返事くらいしてあげなさいよ!」
「テメェは空気読め」
「アルマダのリーダーさん――」
「ヒューガーでいい」
「ヒューガー、お願いがある」
「なんだ?」
「私の力をラーシュのために使わせてほしい!」
ラーシュは頭を傾げた。
「ちょっと!理屈がおかしいわよ!」
「いいじゃねぇか。ゴタついちまったがメンバー変更は認めるぜ。異論はねぇよな?クソビッチ」
「クソは余計よ!あんたらの好きにしな!」
「口の悪い女だ。なあ?」
「礼儀は心の身だしなみ。常に清楚でありたいものだ」
「ねぇラーシュ?」
「これからよろしく頼む」
「こちらこそ。でもずるいよ、こんな時に限って名前で呼ぶのは」
「そ、そうであったか。失念していたようだ」
「今日から鍛練、一緒にしてくれるんでしょ?」
「必要とあらば」
ラーシュとネフェルの関係性を不思議に思ったランバーがヒューガーに噛みつく。
「あの二人、デキてんのか?」
「他人の色恋沙汰に興味を持つとは狂犬の名が廃っちまうぞ」
「狂犬が女を好きになったらおかしいって言いてぇのか?」
「お、おい!?まさかお前なんかに女がいるのかよ!?」
「他人の色恋沙汰に興味を持つとはアルマダの名が泣くぜぇ?」
「ぐぅの音もでねぇ……」