闘技祭が三日後に迫り、ヒューガーはブレーダーの調整に余念がない。パドンにも手伝わさせ怪しい動きがないか監視している。
ケイコは構内の資材をかき集め、新たな装備を開発するため自室に籠っている。
ラーシュはネフェルと二人だけの時間が増え、仲睦まじい関係が構内でも噂になりつつあった。
レインは大量の書類を抱き抱えながら、教習生がいるのにも関わらず廊下を颯爽と駆け抜ける。ブレーダーを履く姿は滅多に見られない光景だ。トイレから出てきたバランゴが並走する。
「レインさん、オレが代わりに持ちますよ」
「んー!ダメダメ!これは大事な極秘書類なんだから、バレンゴ君みたいなおっちょこちょいな男の子には任せられないーの」
「大事な極秘書類って毎年やってる人気投票っすよね?レインさん、ホント好きっすね」
「だってぇ男女の青春の1ページを合法的に垣間見れるたった一度のチャンスなんだよ?役員本部長兼広報大臣の沽券に関わるんだから、やっぱりバレンゴ君も一緒に配ろう!」
「いや広報大臣じゃなくて広報部長ですよ!それにさっき極秘って言ったじゃないっすか!オレに渡して大丈夫なんすか?」
「バレンゴ君には無敵チームの分を任せるにゃ」
「絶対嫌っす。あんなゴミみたいな奴らの顔を思い出すだけでも、吐き気がするっす」
「ふーん、そんな態度取っちゃうんだ。ちなみにビッチ会長の命令だよん。後で報告しちゃおっと」
「うわー!?それはダメっす!今から全力ダッシュでヒューガー、ラーシュ、ケイコの三人に配って参りまっす!」
バランゴは三枚の用紙をしわくちゃにし、構内を駆け巡った。やり取りを見ていたネフェルがレインの前に立ち塞がる。
「これはこれは構内で毎年ビッチ会長と一、二の人気を争うフェルちゃーんではないですか?」
「またそんなくだらないことやってるの?」
「フェルちゃんだって満更でもないくせにー。本当はみんなに尊敬の眼差しを向けられて、鼻がビヨーンって伸びて天狗になったりするんでしょ?」
「するわけない。私はシレジアみたいに人気者になりたいわけでも名誉が欲しいわけでもない。人をそんな紙一枚程度の物差しで測るの、止めといた方が身のためだよ」
「そ・れ・な・らぁ、ペラペラな紙一枚で相手が誰を想ってるのかわかっちゃうとしたら~?」
「レイン、いい加減節操のないことはよしなよ。誰かが傷つくようなことになったら中央本部の評判だけじゃない、役員の看板にも傷をつけることになるんだ」
「あーあ、シュシュ君は真剣に考えてくれてたんだけどなぁ」
「ラーシュに話したの!?闘技祭の準備で神経質になってるっていうのに君は一体何を考えてるんだ?そんな価値のないもののためにラーシュの時間を奪うなんて信じらない」
「やっぱりシュシュ君のことになると感情的になるんだねぇ。教習生の噂は真なり~」
「わ、私は感情的になったつもりは――」
「じゃあこれあげりゅー」
ネフェルはレインから人気投票の用紙を押し付けられた。用紙には三人まで記入できるようになっている。
「ラーシュの気持ちを知ることできる方法?そんなのあるはずがない」
ネフェルは用紙をポケットに押し込んだ。するとケイコが重量のある資材を両脇で抱えながら、研究室の扉を開けようとしている。
「ケイコ、開けてあげるよ」
「あっ!ネフェル、今日はラーシュと一緒じゃないの?」
「さっきまではね。レインがラーシュに余計なこと吹き込んだせいで、今日は鍛錬に集中できそうもないよ」
「人気投票でしょ?ラーシュから相談された」
「ええっ!?ラーシュがケイコに相談したって!?」
「気になる?」
「えっ、いや、私は別に……」
「ラーシュが紙にお互いの名前を書けば、両思いになれるってレインっていう女狐に吹聴されたんだって」
「ラーシュにそんなデタラメを……許せない!レインに問い正してくる!」
「待って。ラーシュも本気で信じてるわけじゃないから、口裏を合わせて誰も傷つけないようにしたいって相談されたの」
「そうだったんだ……ケイコは信頼されてるんだね」
「もしかして嫉妬してる?」
「ああ、素直にケイコが羨ましい。私もケイコみたいになれるかな?」
「私は私。ネフェルはネフェルだよ」
「ケイコは誰に投票するか決めた?」
「うん。チームに入れる。でも一番はやっぱりラーシュ」
「フフッ、そっか」
「ネフェルもでしょ?」
「……私はまだ決めてない」
「どうして悲しい顔してるの?もしかしてラーシュと私が口裏を合わせてお互いに投票してると思ってる?」
「違うの?」
「ネフェルってわかりやすい。だいたい顔に書いてあるから、相手に考えてること読まれちゃうよ」
「うっ、それは良くないね。まだまだ修行が足りない。もっと精進せねば!」
「クスッ、ラーシュみたい」
一方その頃、ラーシュはヒューガーにある相談を持ちかけていた。誰がどの役員と対戦するかを……。
「役員から選抜された『怪鳥』『狂犬』そして『忠犬』で確定みたいだ」
ヒューガーは選抜メンバーの用紙を見下ろしながら頭を掻いた。
怪鳥は会長にかかり、狂犬は文字通りランバー、忠犬はバランゴを指している。
巨大な鳥が二匹の犬を引き連れた落書きが隅っこに描かれている。パドンが描いたものらしい。
「パドンの落書きを拝見すれば一目瞭然とは、個性的な面々が揃っている」
「わかってると思うが俺たちはランバーとバランゴのどちらかを、ぶちのめす相手として指名しなければならない」
「ネフェルの希望は会長殿でよろしいのか?」
「ネフェルは俺たちに迷惑かけたくないと言っていた。それなら俺たちで決めた方が重荷を背負わすこともない。どうせラーシュだってあの
「口惜しいが是非に及ばず。さすれば私は狂犬殿で構わぬ」
「俺の相手はまた
「我らが打ち勝てばネフェルに責任を追わすことはない。何としてでも勝利をもぎ取らなくては」
「ラーシュ、目的を履き違えてないか?まず免許を取ることが最優先だ。闘技祭には教官たちがラーシュの合否を判定する。俺らが一勝もできなくてもラーシュのブレーダー技術が合格に値すれば、大した問題じゃない」
「しかしそれでは鍛練の成果が意味を成さぬ」
「まさか忘れたわけじゃないだろう?役員は化然石を使う。小手先程度の対策じゃ前回と同じ轍を踏んじまう。おいおいそんな恐い顔するな。適当にあしらえばラーシュなら即免許を貰えるはずさ」
「……承知した」
ラーシュは仏頂面でブレーダーを磨き始めた。
ヒューガーの携帯が鳴る。着信はランバーのようだ。
『忙しいとこわりぃな。祭りの件で伝えねぇといけねぇことが増えちまった』
「悪いニュースは勘弁してくれ。ただでさ空気がピリついてるっていうのに」
『どこから祭りを嗅ぎつけたか知らねぇがテメェらの前座を務めてぇっていう、クソふざけた連中から連絡があった』
「あまり聞きたくないが――」
ヒューガーはラーシュと目があった。
『ご名答だぜ。ソイツらはジェット・ストライカーズだ』
「うぅ……胸くそ悪いニュースだ。頭が痛くなってきた」
表情が青ざめるヒューガー。
ラーシュがブレーダーを置き携帯に向かって声を張り上げた。
「その挑戦、是が非でもお受けしたい!」
『おっ!ラーシュ、いるんじゃねぇか!それなら代わりに返答しとくぜ』
「待て待て!勝手に進めるな!俺は断るぞ!ジェットの奴等は悪知恵を働かせて闘技祭そのものを潰すつもりだ。中央本部も無傷じゃすまない」
『ほぅ、オレたちも安く見られたもんだな?ラーシュ』
電話口からランバーが問いかける。
「裏社会に蠢くものたちが自ら牙を剥くと宣戦を布告したのだ。我ら官軍の刃となりて後顧の憂いを断つべし。辛酸を舐めさせられた人々のためにも拳を突き上げるべきではないか?」
「……そうだな。俺もジェットに加担していた消せない過去がある。精算するなんて偉そうなこと言えないが、ジェットから逃げることは弱い自分から逃げることに等しい行為だ」
「主君が歩んできた道のりは決して平坦ではなかった。血の滲む研鑽を積んできた我らが、そう易々と敵に塩を送るような謀り事はせぬ。然らば今こそ賊に引導を渡してやろうではないか!」
『ラーシュは今にも暴発しちまいそうな勢いだな。我らが主君はどうするんだ?』
「狂犬に言われても嬉しくねぇ。奴らの狙いがわからない以上、無思慮な腹の探り合いは自殺行為だ。だが、こっちだって手をこまねいているわけにはいかないよな、ラーシュ?」
「うむ、隠し刀はここぞという場面でその真価を発揮するもの……ムッ!?」
『身内話はよぉ、電話を切ってからするもんだぜ?敵に塩を送ることになっちまうからな!ハッハッハ――』
ヒューガーは無言で電話を切り天を仰ぐ。
ラーシュは静かに土下座した。