サザンとの一戦を終えたラーシュは控え室に戻り、足の負傷具合を確認する。
ケイコが傷の消毒を行い、パドンが包帯を巻いていく。ヒューガーは勝利の余韻に浸るラーシュにご機嫌斜めだ。
「ネフェルに聞きたいんだが、ジェットが化然石の限定解除してることぐらい簡単に調べられたよな?どうしてラーシュに教えてあげなかったんだ?『免許を持たない者に化然石を使うと死亡率が格段に上昇する』。教本に載ってる基本中の基本だろ?」
ヒューガーの冷淡な質問にネフェルは一言だけ謝罪の弁を述べると、言い訳をすることもなく口を紡いだ。
「主君、責めるのはネフェルではなく私にしてもらたい。ジェットに対する情報提供を拒んだのは私自身。ケイコもパドンも益のある情報を手に入れるため奔走してくれたのだが、闘技の祭典でいくつか確かめたい事があり断りを入れたのだ」
「リーダー、ネフェルを責めないで。私とパドンも共犯だから」
「でもラーシュの兄貴は確かめたいことがあるなんて一言も言ってなかったぜ?」
「それでジェットの陰謀は暴けたのか?」
「そんな大仰な話ではない。私にはジェットが用いるブレーダーの能力、構成員の素性、そして化然石の有無をこの身一つで感じる必要があった」
ケイコがジェットのブレーダー能力を解説する。
「ジェットのブレーダーはパパが社長を務める『エディンソン・カンパニー』が設計を行ってるのはみんな知ってるよね。機動力は法定速度制限ギリギリまで高めてる。一番の特徴は初速。使用者の使い方次第では同じスタートラインに立ったとしても、一度も抜かれずにゴールまで走り抜けられるよ」
「オートバイ並の馬力が足についてるようなもん?」
「ちょっと違うけど、ブレーダーに興味がない人から見たら同じようにしか見えないかも」
パドンの質問にケイコが答えた。ネフェルも疑問をラーシュにぶつける。
「ラーシュはブレーダーを武器として使った。あんな軽快な身のこなしは特殊な訓練でも受けてない限り、教官クラスでも簡単にできるものじゃない。どうやって習得したの?」
「父上から足腰の鍛え方を教授された。玉蹴りから着想を得たと仰っていた。上半身の動きは母上の剣さばきに多少の所作を加えたものだ。なにも特殊な訓練を施されたわけではない」
ヒューガーが矢継ぎ早にラーシュに質問した。
「ジェットの素性を知ってラーシュが得するような情報があったか?あのサザンって男はちょっと気の毒に思っちまったが」
「明瞭な事情は垣間見ることはできなかったが、何かしらの闇を抱えている集団だと確信した」
「ということはラーシュが戦ったサザン、リーダーのロウっていう人や、私が対戦するティアラっていう人も心に傷を負ってるかもしれないってこと?」
「黒い霧のような漫然とした悪意が巣食っているのは私にもわかった。ネフェル、不覚を取れば無傷ではすまないかもしれぬ。油断せぬようにな」
ラーシュの助言にネフェルは頷いた。ヒューガーが三つ目の質問をする。
「ジェットが化然石を使うのか、何故ネフェルに聞かなかったんだ?」
「共に鍛練をこなしてきたネフェルなら勘づいているのではないか?」
「えっ!?わ、私!?さすがにラーシュの考えてることまではわからないよ」
答えに詰まるネフェルを嘲笑うかのようにケイコが優等生ぶりを発揮する。
「ラーシュが化然石の情報を持ってると対策を練らなきゃいけない。でもね必ずしも対策を練ることが戦況を有利に働かせるわけじゃないんだよ」
「対策しない方が有利になるってか?う~ん、パドン様の理解が追いつかねぇぜ」
パドンの言葉にヒューガーも唸った。ネフェルは化然石を取り出し眉間に皺を寄せる。
「そうか!化然石の対策が完璧であればあるほどジェットは手の内をさらけ出せなくなる。そうなると相手の力量を推し量れない。それこそがジェットの実力を肌で感じたかったラーシュの理由なんだ!」
「しかも化けの皮が剥がれたジェットを間近で見たお客さんの好感度もただ下がり、ってことでいいんだよな。ラーシュの兄貴?」
チームで唯一化然石を使えるネフェルの考察に鼻の下が伸びるラーシュ。蚊帳の外に置かれたパドンはへそを曲げる。
ヒューガーが一連の会話の流れをまとめた。
「ラーシュの目的を噛み砕いて要約すれば、ブレーダー技術を観衆たちに魅せつつ、ジェットの醜聞を世間に知らしめたってことでいいんだろ?」
「さすがは我が主君、飲み込みが早い」
ヒューガーは浮わついたラーシュに雷を落とした。
「そこまでして危険を犯すのなら最初から俺たちに相談しろ!俺たちは五人揃ってチームなんだ!誰か一人でも欠けていいなんてことは絶対ないんだ!なのにお前は勝手に一人で突っ走りやがって……」
「も、申し訳ない……主君や皆の想いを無下にしたことは猛省する」
「ヒューガーの言い分は間違ってない。教官である私がラーシュを信頼し過ぎたのが原因なんだ」
ケイコとパドンも反省の態度を示す。重苦しい空気が漂う。
「ふぅ、ちょっと熱くなり過ぎちまったな。俺にもチームのリーダーとしての自覚が足りない部分があったのかもしれない。それに俺一人じゃ何も成し遂げられない。だからみんなの力が必要なんだ。もう一度気持ちを一つにして、観衆たちにチーム名だけでも覚えて帰ってもらおう!」
ヒューガーは高々と拳を突き上げた。
「なぁリーダー、今チーム名を覚えてもらうって言ったのか?」
「途中までカッコいいこと言ってたのに――」
「フッ、少しばかり拍子抜けしてしまったが勝って兜の緒を締め直さねば」
「ヒューガーが発破をかけてくれたんだ。私も
ブザーが鳴る。次の闘技戦の時間が来たようだ。ネフェルはブレーダーの紐を結び直した。
「私利を貪る百鬼どもを薙ぎ払ってまいれ」
「フフッ、教官としてのプライドとアルマダの名に恥じない戦いを実演してみせるよ」