アルマダ・ブレーダーズ   作:公私混同侍

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エマージェンシー・ブレーダー

医務室に運ばれたラーシュはおびただしい出血により目が虚ろになっている。ネフェル、ヒューガー、ケイコ、パドンが付き添っているが四人にできることはない。ただ無事を祈ることしかできず、ケイコに至ってはヒューガーの胸の中で泣いていた。

パドンもタオルをネフェルに手渡しそっとその場を離れる。

 

「みんな~そんな暗い顔してどうしちゃったのかな~?」

 

どんよりとした空気を吹き飛ばすかのようにレインが甲高い声を上げる。

 

「ムムッ、これはまたシュシュ君は大変危険な状態にあるようだねぇ。どれどれ?」

 

「レイン、ラーシュから離れろ。たとえ安否を気遣いに来たとしても、ヒューガーたちを不快にする行動は慎め。でないと私は君を(あや)めてしまうかもしれない。それぐらい今の私たちは不安定なんだ……」

 

「フェルちゃんはレインちゃんが考えもなしに冷やかしにきたと思ってる?」

 

「君の不純な行動原理からしてそうとしか考えられない」

 

「ひどーい!がびーん!」

 

ケイコをふとレインの指の隙間から輝く宝石のような物体に気づいた。

 

「レイン、それって化然石?」

 

「おっ!ケイちゃん、察しがいいね!当たりだっよーん!」

 

ネフェルは『レイン』と『化然石』の単語を結びつけて目を見開いた。

ヒューガーがレインの肩を掴む。

 

「そんなんでラーシュに何をする気だ?化然石は厳格な法令の遵守を求められ、手順に関して細心の注意を払わなければならないはず。役員連中がそんな雑な扱いをしても許されるのか?」

 

「大丈夫だよ、リーダー。レインは化然石の実技試験で教官になる前のネフェルと同じくらい優秀な成績を収めてるから」

 

「嘘だろ!?こんな平和ボケしてる女がか!?」

 

「えへへ、照れるなぁ。ちなみにトップは当然ビッチ会長だよーん」

 

「化然石を持ってきたということはレインはラーシュを助けに来てくれたってこと?」

 

「あたしはそのつもりなんだけど、実際はワンちゃんの差し金なんだけどねー」

 

レインの言葉にネフェルは不愉快極まりない表情をしている。

ランバーはこの期に及んで未だラーシュとの対戦を望んでいるようだ。

 

「無駄話はいい。早くラーシュを助けてくれ」

 

ラーシュの呼吸が弱くなっている。時間がない。

 

「シュシュ君の怪我を治す前に化然石の説明義務があるんだよね、これが」

 

「レインの説明は脱線することが多いから私が説明するよ。化然石は四つの属性のよって成り立っていて、赤は火、青は水、紺は氷、黄は雷のエネルギーを石の中に凝縮しているんだ。四つの化然石には必ず強みと弱みを有していて共に作用し合っている関係にある。これを私たちは一方作用(いっぽうさよう)の法則と呼んでいて――」

 

 

水→火 火→氷 氷→雷 雷→水

 

矢印の方向が相性を表す。

矢印の向きが常に一方にだけ作用する。(一方作用の法則)

 

ネフェルは早口で機械的な口調を続けた。

 

「水は火を消す。火は氷を溶かす。氷は電気を遮る。電気は水を通すと表現すればイメージしやすいかな。あくまでこれはイメージだから、普遍的な価値観だとは思わないでほしい」

 

「つまり相性によって戦い方が変わるって話だろ?瀕死のラーシュと何の関係があるんだ?」

 

「問題は化然石の一方作用の法則をもし逆にした場合、どのような結果になるのか?それを実践できるのがレインなんだ」

 

「逆にする?逆にすれば傷が治るってか?なんじゃそりゃ?ファンタジーでもあるまいし、机上の空論にラーシュの命を賭けるなんて馬鹿げてるとしか思えない」

 

「ところがどっこい!このレインちゃんのゴッドハンドにかかればこの通り、ちょちょいのちょいさぁ!!」

 

「信じられないかもしれないけどレインなら可能なんだ。レインは幼い頃、化然石を飴と間違えて飲み込んでしまい副作用で一方作用の法則、つまり化然石の常識を覆してしまったんだ」

 

「???」

 

ヒューガーは呼吸するのを忘れてしまうほど困惑している。

ケイコが背中を擦った。

 

「リーダーも覚えておいてね。レインは本部でただ一人、化然石で応急措置ができる救護免許所持者(エマージェンシー・ブレーダー)なんだよ」

 

「そ、それなら話は早い!――ラーシュ、しっかりしろ!もう安心だぞ!」

 

ラーシュは虚ろな目でヒューガーを見ている。レインは赤色の化然石をラーシュの傷口に当てた。

 

「ぐっ!?……うぐぅぅぅ!?」

 

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「傷の具合にもよるんだけどね、ビッチ会長の紺の化然石による傷は赤でしか治せないし、化然石以外で負傷した箇所や合併症までは治せないから、闘技祭が終わったらちゃんと病院で診てもらうんだぴょん」

 

ざっくり切り裂かれた腹部に暖かい光が注ぎ込み傷口は塞がっていく。出血も止まり乱れた呼吸も安定していく。

へその上に一文字の傷跡が残った。

ケイコがネフェルの背中を優しく押した。

 

「ケイコ、私にラーシュの側にいる権利はないよ」

 

「ラーシュはネフェルを守るって約束を果たしたんだよ。ちゃんと伝えなきゃダメ」

 

「……わかった」

 

ネフェルはラーシュの顔を見下ろす。目の焦点が合っていないが、ラーシュは安心したような表情を見せた。

 

「ごめん、私のせいで……」

 

「私は……私の信念に従ったまで……ネフェルは私の……」

 

「えっ?」

 

「いや、うかうか寝てる場合ではない……」

 

ラーシュは上体を起こした。

 

「そんな体じゃ無理だ!今は傷を癒すことに専念しろ!これはリーダー命令だ!」

 

「主君……」

 

「ヒューガーの言う通りだ。ランバーは逃げも隠れもしない。傷が治ってからでも遅くない。それに……」

 

「それに?」

 

「もうラーシュが苦しむ姿は見たくないんだ。だから――」

 

「ネフェルは私が狂犬殿に劣ると申すのか?」

 

「違う。そんなこと思ってない。ただ……ラーシュは中央本部に来てから少しずつ変わったような気がする。それが怖く感じることもあるんだ」

 

「主君やケイコ、パドンそしてネフェルに出会ってから気持ちが絶えず晴れやかになった。私は常々皆に感謝を表している。今度は言葉だけでなく背中で皆を守りたい。それでも足りぬか?」

 

「そうじゃないんだ。ラーシュが変わったとしたら、それは刀の影響かもしれないとか、私がシレジアに固執したせいでラーシュに余計な負担を負わせてしまったからじゃないかとか、色々勘繰ってしまうんだ」

 

「私が変わる切っ掛けを作ってくれたのはネフェル、貴女のお陰だ」

 

「お世辞ならもういらないよ。私はラーシュの本当の気持ちが知りたいんだ」

 

「偽りはない。私の本音だ」

 

ラーシュはネフェルの手を優しく包むと凶極刀を持ちランバーの待つ決戦の舞台へと向かった。

 

「これがラーシュの温もり……なんて暖かいんだ」

 




エマージェンシー・ブレーダー

・救護免許は中央本部役員であるレイン=カウンティのために設置された特別免許。

・限定解除と違い化然石を武器としてではなく、救護を目的として使用する。その際、免許所持者は被救護人(意識がない時は利害関係者等)に対して化然石の使用方法を具体的に説明しなければならない。

・治療対象は化然石の対になる属性でなければならず、化然石以外で負傷した部分や合併症までは治せない。
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