「怪我はないか?」
「ラ、ラーシュ?それよりどうしてここに?」
「主君にネフェルをサポートするよう仰せつかった。してジェットは何処に?」
「この先の噴水広場に向かった。けど私たちじゃ追いつけない。私が先回りしてジェットを追い詰めるから、ラーシュはあの刀で……」
ネフェルはラーシュが凶極刀ではなく別の刀を持ち歩いていることに気づいた。
「どうかしたか?」
「あの刀はどうしたの?退院したあと返したはず。誰かに譲った?」
「しばし穴蔵に封印させてもらった。ネフェルたちに迷惑をかけるわけにいかぬ。母上から賜ったこの刀があれば仕事に支障はない」
「ラーシュのお母さんの……刀?」
「さすれば挟み撃ちに致そう」
ラーシュはネフェルを置いてジェットを追いかけた。ジェットの下っ端は噴水広場でもう一人の仲間と落ち合う。追跡を受けていたことを知り小声で話し合いをしている。
一方の男は目から下を黒いマスクで覆っている。他方の男は焦げ茶色のニット帽を被っている。
「その出で立ち、ジェット・ストライカーズの構成員で間違いないな?」
「ゲップ。だったら何だって言うんだ?男の癖にポニーテールなんかしやがって!」
「オレたちがこの町でどうしようと勝手でしょ?なんていったって天下のジェットなんだからさぁ」
ジェットの下っ端が悪態をつく。ネフェルがジェットの背後に回る。
「ウップ。やべー、マジかよ!囲まれちまった!ずらかるか?」
「へぇー、あんな綺麗なお姉さんに追いかけられるのも悪い気分はしない。どうお姉さん、オレたちのチームに入らない?」
ニット帽の男がネフェルを勧誘する。どうやらジェットの下っ端はチームを組んでいたらしい。
「君の仲間の一人は捕まえた。残り二人が自首するって言うんだったらついて行ってあげてもいいよ。警察署までね」
「ちょっとそれはあんまりじゃない?オレたちがどんな罪を犯したって言うんだ?」
「私たちは通報受けて来たんだ。それが私たちの仕事だからだ。君たちをブレーダーによる信号無視、酒気帯び走行及び法定速度違反で逮捕する。何か異論はあるか?」
「へぇー、本気なんだ。じゃあオレたちが抵抗しても正当防衛だよね!」
「な、何を馬鹿な――」
ニット帽の男は爆発的な加速でネフェルに迫る。顔面めがけて足が飛んできた。足がふらつき視線が上向く。
「オラァ!」
隙が生まれたネフェルの膝裏を蹴りつけた。
「ぐぅ……」
「女性相手に本気になるほどオレも馬鹿じゃないから。お姉さんがデートしてくれるっていうんなら、聞いたことを忘れてあげてもいいよ」
「フフッ」
「あ?」
「ブレーダーの性能を活かせていないから君たちの立場が向上しないんだ。違うか?」
「なに?今何て言った?」
「不良みたいだと言ったんだ。君たちはブレーダーに振り回されてお遊びに夢中になっている不良集団と変わらない。君たちの両親には同情するよ。群れなければ強気になれない性格に育ってしまったことにね」
「こ、こいつ――」
挑発に乗ったニット帽の男は再び足を振り上げた。ネフェルは体勢を低くし、振り上げた足を長剣の持ち手で押し上げる。ニット帽の男は後方に倒れそうになり地面に手をつく。ネフェルはその手をブレーダーで払い完全に受け身を取れなくなった男を長剣で押さえつけた。
「ク、クソッ!」
「手を焼かせたからには多少強引にやらせてもらった。ラーシュ、こっちは大丈夫。そっちは……えっ」
ラーシュも手を焼いていた。黒マスクの男は肩を揺らし気味の悪い声を発している。
「こやつの考えていることがわからぬ!」
「ヴフゥ……ウヘヘ」
マスク男は酒瓶を取り出しグビグビと飲み出した。
「おのれ、酒の力を借りて悪事を働くとは許せぬ。酒に罪はない。だが酒に飲まれる弱き心はこの場にて叩き直す!」
ラーシュは三日月刀でマスク男を抑え込もうと接近した。すると突然マスクを外し口に含んだ酒を吹き付けた。
「ぐわっ!?」
「グヘヘヘ、サムライに一泡吹かせてやったぞぉ」
「一泡吹いたのはお主ではないか!?」
「ヘッヘッヘ」
「ラーシュ、酒に酔ってる相手とまともに会話したら駄目だ」
ネフェルは悪足掻きするニット帽の男を抑えながら警告する。
「足元おぼつかない者に手荒な真似はしたくないが、ネフェルがニット帽の男を抑え込んでいられるのにも限界がある。なれば手数は少なく、最も簡易な手段でケリをつけなければ」
マスク男は酔いが回り不安定なブレーダーも相まって、ふらつき具合が酷くなる。
「ここは母上に教授された技を使うしかあるまい」
ラーシュは刀を揺らし始めた。それはネフェルに見覚えがあるものだった。刀はマスク男の千鳥足に同調し、動きに合わせるように揺らしていく。
「敵の力量に合わせ、繰り出す技が変わる。さあ、来るがいい――然らば斬る」
マスク男は痺れを切らし瓶を振り上げながら突進してきた。ラーシュは両膝を折り曲げ、刃を地面と水平になるように持ち目線は刃の先のマスク男を見据える。
瓶が何度も刃を叩くが動きに合わせ衝撃を吸収する。ブレーダーの動きで刀を支え拮抗した状態を作り出した。
「瓶が割れない!?」
ネフェルは割れない瓶が不思議でしょうがない、そんな表情している。
「このような構えこそ自己犠牲の果てに生み出された弱者の足掻き。動かざること山の如し。しかしそれは勝利を手繰り寄せる最良にして最高の美酒を味合わせてくれるのだ!」
ラーシュは刀を後ろに引き軸足を使って回転した。力任せに叩いていたマスク男はタイミングを外され前のめりになる。すかさずラーシュは回転を利用し、背後目掛け刀を振り下ろした。
「授けられしは犠打の構え――返しの太刀」
「ぶへぇ……スースー」
マスク男は背中を強打され動かなくなる。そのまま眠り込んでしまった。
ラーシュとネフェルがジェットを捕縛し警察に引き渡すとヒューガーと合流した。
「ラーシュ、怪我は……なさそうだね」
「うむ、休暇を頂いたお陰で体のキレが戻ってきた。これから今まで以上の働きでチームのために貢献して参りたい」
「貢献なら十分してくれてる。ケイコ、パドン、そしてネフェルを引き入れてくれたのはラーシュだ。ラーシュがいなかったら俺は裸の王様だったんだ。ありがとな、ラーシュ。それにネフェルも」
「フフッ、イヤホンからケイコとパドンが叫んでる。私たちにも感謝してだって」
「そうだった。ケイコには感謝しなきゃいけない。普通の生活ができるようにしてくれたんだ。一生分の働きをしてくれてる。ラーシュが頷いてるんだから間違いない」
「パドンのことは誰も触れないんだね……」
「パドンは私たちに感謝しなければならぬ立場。文句一つも聞き入れぬ」
「そうそう」
ネフェルはパドンを気の毒に思ったのか、それ以上は何も言わなかった。
「ラーシュの前の刀はもう持ち歩かないの?」
「まだ決めかねている。闘技祭の一件以来、刀は語りかけてこなくなった。危険性がなくなったわけではないが、チームに危害を及ぼす力など必要ない。そう判断を下さざるを得なかったのだ」
「今の刀の方が質素でラーシュっぽいし、俺は似合ってると思うけどな」
「フッ、主君の慧眼には叶わぬ」
「でもその刀ってお母さんのなんでしょ?ラーシュにとってどんな存在なの?」
ヒューガーはネフェルの様子を訝しげに見ている。
「母上は一家にとっても、私にとっても余人をもって代えがたい存在。この刀は私の身を案じて授けてくださったのだ。魔刀の力を借りずともネフェルや皆を守り抜いてみせる」
「ラーシュ……やっぱりそうなんだね……」
「ネフェル?」
「ごめん……まだ仕事があるから……」
ネフェルは目に涙を浮かべながら帰ってしまった。
「ラーシュ、追いかけなくていいのか?ネフェルの様子が明らかにおかしかった。落ち込んでるように見えたが、知ってることがあれば教えてくれ。個人の問題はチームの問題。一人で欠けたら俺たちはおしまいだ」
辛く悲しい表情をしていたネフェル。ラーシュはただ茫然と立ち尽くしている。追いかけようにも言葉が出てこない。ネフェルの背中が小さくなっていく。
「私にはネフェルの心がわからない」