一人の女性が構内のパソコン室でキーボードを打ち込んでいる。周囲には一切目をくれない。画面には判読不能な文字や記号が羅列されている。
「貴女がケイコ・エディンソンだろうか?」
ケイコは眼鏡をクイッとさせラーシュを見上げた。だが、すぐにパソコンの画面に視線を戻す。
「申し遅れた。私は自警組織アルマダ・ブレーダーズのラーシュ・ダスティヒと申すものだが――」
廊下からケイコを見ていた他の生徒たちが嘲笑している。生徒たちの不愉快な会話は当然、ラーシュの耳にも届いていた。
「そこの者たち、少し黙ってもらえないだろうか」
「えっ……」
廊下にいた若者たちはラーシュの睨みに耐えかね、散り散りになった。
ケイコはキーボードを打つ手を止めた。
「失礼を承知でお訪ねしたい」
「……」
ケイコの瞳は揺らいでいた。
「我が主君たっての希望でチームのブレーダー管理を担う人材を探している」
「……」
「どうか我々の力になって頂けないだろうか?」
ケイコはラーシュの瞳をまじまじと見ている。ラーシュも負けじと眼光を鋭くする。
「綺麗な瞳。宝石みたい」
「むっ、有りがたきお言葉だが、目を抉ってお渡しすることはできぬ」
「ブレーダーを使って何するの?」
「我々は世のため人のため町の治安を守りたいのだ。圧倒的な力だけでなく機動力を伴う職務にはブレーダーが不可欠。だからこそ足が必要なのだ。それ以外に理由が必要だろうか?」
「ブレーダーがなくても町は守れる。それに機動力なら自転車で補えるよ。そもそもブレーダーを仕事で使いたいなら免許が必要なんだよ。知ってる?」
「無論、心得ている」
「そこまで言うなら、明日もここに来て」
「我々のチームの力になってもらえるのか?」
「まだ試したいことがあるから」
「承知した。明日、約束の地にてお会い致す。これにて失礼――」
「なにあの人、言葉遣いがメチャクチャ――でも悪い人じゃないのかも」
次の日、再び二人は相見えた。
「約束は守った。では――」
ラーシュはケイコに詰め寄り腕を引っ張った。
「いっ、いたっ!?ちょっと待って!」
「いかがしたか?まだ成すべきことがあるのか?」
「うん。あなたに聞きたいことがいくつかあるの」
「構わぬ。申してみよ」
「あなたが従っている
「うむ。我が主君は大いなる野望を胸に抱き、逆境に立ち向かおうとしている。今でこそブレーダーズは治安を維持する一組織として世に知られるようになったが、信を置かれているとは言い難い。だからこそ我々が自らの力を誇示することで世間に認めさせたいのだ」
「リーダーのヒューガー・ソレイユっていう人はブレーダーの免許は持っているみたい。あなたは
「む?免許と言うものはこのような場所で足腰を鍛えておれば勝手についてくるものではないのか?」
「……」
「ケイコ?なにゆえ黙る?」
「リーダーから何も聞いてないの?」
「いささか疑問にも思わなかった。いやはやまた一つ勉強になった」
「常識だよ。あなたはまず計画を立てることから始めなきゃ」
「うむ、心得た」
ケイコはうつむき、口をもごもごさせている。
「質問は良いのか?」
「あっ、あのね……」
「悩みがあるのなら心置きなく申してみよ。幾分力になれるかもしれぬ」
「私のパパは大企業の社長なの。でも私はパパが嫌い。だってパパはいつもお金儲けの話や新製品を作ることしか頭にないんだもん」
「然らば貴女を想ってのことではないのか?」
「違うよ。パパは私のことが一番大事だって言うけど、そんなの嘘。だってパパが構ってくれたことなんて一度だってなかったんだから」
「そうであったか……」
「だから私はみんなが笑顔になることをしたいの。周りを笑顔にするようなことがしたいの。私は自分の力で未来を作っていきたい。なのに……私は……」
「なにゆえ泣いている?」
「ううん……なんでもない」
「こういった類いの物しか携えていないのだが――」
ラーシュは手持ちのハンカチをケイコに渡した。
「ありがとう。あなたって優しい人なんだね」
「放っておけぬ性分なのだ。誰にも吐露できず苦しむぐらいなら打ち明けた方が良い。私ならそうする。その方が心も幾分楽になるであろうからな」
「ちょっとスッキリした。これで最後の質問にする」
ラーシュは背筋を伸ばした。
「明日もここに来て――」
ケイコはそう言い残す去っていった。
「三顧の礼か。歯がゆいが致し方ない」
次の日、ラーシュはケイコの元に訪れた。
「ケイコはどこにいる?」
パソコン室にケイコの姿はない。
「おのれ、してやられたか……」
ラーシュはキーボードの上に置かれた紙を手に取った。
『私に会いたいなら手懸かりを探して。構内の人に聞けば教えてくれる』
ラーシュはため息をついた。
「手の込んだ茶番だ」
仕方なく聞き込みを始めた。片っ端から聞きまくった。だが、帰ってくる言葉が廊下に虚しく響く。皆口を揃えて返ってくるのは
『興味ない』
であった。
それでもラーシュは諦めなかった。夕陽が窓から射し込もうと、構内にいる生徒たちが帰宅を始めようと歩き回った。
「どこにもいない!?どうなっているのだ……!?」
ラーシュは途方に暮れた。
「致し方ない。門の前で待ち伏せるか」
門の外に出る頃には陽が沈んでいた。
「月が出てしまったか……母上はさぞお怒りであろう」
三日月が顔を出す。
ラーシュは腕を組み目を瞑り壁に寄りかかった。ふと、人の気配を感じた。
「――なにやつ!」
門の裏から影がゆらっと蠢く。うねうねとした影が輪郭を露にする。目の前にはケイコが立っていた。
「ケイコ!?探したのだぞ!どこにいたのだ?」
「騙したりしてごめんなさい。でもどうしてもあなたのこと、信じきれなくて……」
「もう良い。私は怒っていない。正直に申せ」
「うん。あなたが私のことを聞きまわってる時、構内の人は全く居場所を教えてくれなかったでしょ?」
「不可解に思っていた。一体どういったカラクリなのだ?」
「実はね、私……友達いないの」
ラーシュの体から力が抜けていく。夜の風が髪を撫でる。
「こんなひねくれた性格だから周りの人たちに煙だかられちゃうの」
「フッ」
「どうして笑うの?人が真剣に悩んでいるのに!」
「実は……私もだ」
「えっ」
「これで仲間だ。そうであろう?」
「やっぱり嘘なんだ」
「嘘ではない。私は嘘をつくのが苦手なのだ。信じてもらえぬか?」
二人の間に沈黙が流れる。三日月に雲がかかる。ラーシュが夜空を見上げた。ケイコは持ち帰っていたハンカチを取り出した。
「信じる。だってずっと私のこと必死になって探してくれたんだもん。構内にあなたの味方なんて一人もいないのに」
「ケイコが私のことを理解しようとしてくれたのだ。私もその期待に応えようとしたまでだ」
「じゃあ最後の質問、していい?」
「うむ」
「ラーシュ、私と友達に……なってくれませんか?」
「うむ、承知した」
ケイコは頬を赤らめながら初めて笑顔を見せた。