ケイコはレインからの本部退去の報を受けて、ヒューガーたちと合流することになった。
ヒューガーの自宅にはラーシュとパドンもいるが、ネフェルの姿が見当たらない。
「みんな集まったな?」
ヒューガーの呼びかけにラーシュが反応する。
「否、ネフェルの姿が見えぬ。まだ本部に残っているのか?」
「教官の仕事とチームの仕事を掛け持ちしてるんだもんな。二足のわらじじゃ体が壊れちまうぜ」
パドンの全うな言い分にヒューガーが難癖をつける。
「お前、また何か隠してんな?」
「いやいや、パドン様はずっとここにいて身の回りの世話をしてたんだぜ!?リーダーに押しつけられた雑用だってせっせとこなしてたんだ!リーダーだって見てたはずだろ!」
「主君はパドンのチームでの働きに疑問を持っているのではない。やましいことや後ろめたいことがあるのなら腹を割って話して欲しいのだ。それがチームとしての正しいあり方だからだ。もしパドンが清廉潔白だと胸を張って主張するのであれば私はパドンに最後まで味方する」
「じゃ、じゃあ今からオレが言うこと信じてくれる?」
「うむ、申してみよ」
「ほんの数時間ぐらい前の出来事なんだけどさぁ、役所に届け出なきゃいけないネフェルの姉さんに関する書類で、本部に通勤するための所要時間を記入しなきゃいけないと思って距離を算出しようとした時なんだけど――」
「それがどうかしたか?緊急出動可能な範囲を調べれば所要時間なんて簡単に調べられるだろ」
「それが困ったことになっちまって……」
「もしやネフェルの住まいがわからなかったのではないか?」
「住まいがわからない?パドン、どうなんだ?」
「ラーシュの兄貴の言った通り、ネフェルの姉さんの情報が一つも調べられなくて、誰かが情報漏洩プログラムを設定してアクセスを阻害してたんだ」
「そんなこと本人に聞けばすむ話だろ!ハッキングして情報を盗むもうなんて考えたら、今度こそ警察に引き渡すからな!」
「違うんだよ!最後まで聞いてくれよオレの話!この前の任務の後にネフェルの姉さんに聞いてみたんだ。だけどすげぇ怖い顔してて何も教えてくれなかったんだ。なんか『私なんてチームの役に立てないから』とか言って壁を作られちまったから、聞くに聞けなくなっちまったんだよ」
「それは……」
心当たりがあったのかラーシュは顎をさすりながら天井を見上げた。
「それなら本部を住所に設定すればいい。住所変更ぐらいの些細な記載項目は後から届け出てても罰則はないし、業務にも支障はないからな」
パドンはケイコに目配せした。代わりに続きを話せと言っているようだ。
「私が知ってること全部話す。だからパドンを信じてあげて。届け出の件で不備があったら私も責任とるから」
「ケイコやパドンだけの責任ではない。縁の下の力持ちに頼りすぎていた我々にも責任の一端はある」
「ケイコを責めるのは恩を仇で返すようなもんだしな。パドンもケイコに守られてるってこと忘れんなよ」
ケイコはこれまでの出来事を話し始めた。
「住所を本部にしようと思って地図情報を見直したの。そしたら本部の情報にアクセスしようとして拒絶されたってパドンから連絡を受けたの」
「アクセスを拒絶された?いつからだ?」
「アクセス不可だった時間は一時間くらい。最初はパドンのイタズラかと思ったんだけど、私も確かめたから間違いない」
「その時ネフェルは本部にいたのか?」
ラーシュの問いにケイコは目線を落とした。
「ネフェルだけ本部にいたことを確認できなかったの。ブレーダーの発信器が反応しなかった、それかブレーダー自体履いてなかった可能性も考えたけど、教官の立場のネフェルがブレーダーを履き忘れるなんて考えられない」
「どうする、ラーシュ?今回の不自然な退去命令。そしてネフェルと本部のアクセスを拒絶した一件。やっぱり偶然の一致とは思えない」
「何かしらの未知なる力が働いている。だが、それを暴こうにも本部に近づけぬことには前にも進めぬ」
ケイコは眼鏡を外して素顔を露にする。ラーシュはつぶらな瞳に吸い込まれるように覗きこんだ。
「ネフェルは苦しんでるんだよ。助けてほしいんだよ、ラーシュに」
「私に助けを求めていると?なにゆえそう申す?」
「ネフェルは教官とチームの狭間にいて特殊な立ち位置で、みんなの模範になるように振る舞ってるの。その気持ちはきっと誰にも理解されない。でもネフェルは気丈に振る舞ってるの。みんなに悟られないように」
「そうであったか。ネフェルを苦しめていたのは
「違うよ!ラーシュだよ!」
「なっ……」
「ラーシュは関係ないと思ってるかもしれない。でもねチームの誰かが過ちを犯すとネフェルは教官としても罰を受けなきゃいけないの。チームとして、そして教官として二重の罪に問われる立場にいるんだよ」
ラーシュは呆然としているとヒューガーが助け船を出した。
「俺も役所からネフェルの在籍を証明する書類が送られるまで知らなかったんだが、道路交通法のブレーダー条項に記されている
「うん。リーダーもちゃんと勉強してるんだね」
「当たり前だろ。リーダーなんだから身内の振る舞いには人一倍気にかけてんだぞ。
「ラーシュはネフェルの気持ち、理解できた?」
「俺はずっと気になってたんだ。なんでネフェルはそこまでのリスクを犯してまでチームに入ってくれたのか?ケイコの説明で少しわかった気がする。本来ならラーシュがネフェルの気持ちを理解してねぇとダメなんだがな」
「私が……?」
「役員室でネフェルをチームに勧誘した時のこと覚えてないか?ネフェルは『ラーシュのために力を使わせてほしい』って言ってたんだ。笑っちゃうよな。チームの為じゃなく、ラーシュの個人のために力を使いたいって言うんだから。まぁ、ネフェルの熱意に押されて受け入れちまった俺もバカだが」
「ネフェルはラーシュのために力を使うつもりだった。でも、チームに入った以上、自分の役割から逸脱するような言動は慎まなきゃいけない。だから余計自分の首を締めてしまった。ラーシュに必要とされたい気持ちとチームの役に立ちたいという両立できない理想の板挟みになったの」
「私が……私がネフェルを……苦しめた?」
「ネフェルはラーシュに頼られたい、認められたいって願ってる。それと同時にチームの役に立てなかったらどうしよう、リーダーたちにそっぽ向かれたらどうしようとか、やっぱり味方なんて誰もいなくて一人になるんじゃないかって毎日怯えているんだよ」
「でもどうしてケイコがそこまでわかるんだ?」
「私が相談役になってたからだよ。ネフェルは悩みごとがあると私に連絡を取ってくるの。全部ラーシュのことばかりだから、悩んでる内容が全部丸わかりだった。それぐらいネフェルは素直で真面目でバカ正直なぐらいラーシュのことが大好きなんだよ」
「だとさ。みんなに愛されて幸せもんだな、ラーシュは」
「私は……私は……行かねばならぬ。ネフェルに伝えねばならぬことができた」
「座ったまま言われても説得力ないぞ」
「はい、ブレーダー。リーダーとラーシュの兄貴の分のメンテナンスはしておいたぜ」
パドンがピカピカに磨き上げられたブレーダーを運んでくる。
「本部の正門、裏門、地下道も全て閉鎖されてる。どうやって入るの?」
ケイコの疑問にヒューガーは平然と答える。
「行くと決めたら正面しかねぇだろ!正面突破あるのみ!仲間が助けを求めてる!それなら立ち止まってる時間はない!行こう、ラーシュ!」
「ケイコ、パドン。常日頃の二人の目覚ましい働きには頭が上がらぬ。これからも私と主君についてきてほしい。これは我々からの切なる願いだ」
「その言葉、ちゃんとネフェルにも伝えてきて!絶対だよ!」
「なんか遺言みたいで嫌だ」
「てめぇは水差すんじゃねぇ!」
パドンの不謹慎な暴言に耳を引っ張る体罰を加えるヒューガー。ラーシュはケイコからの叱咤激励を受けネフェルがいるであろう本部に向かう。
残されたケイコはラーシュが最初の任務で使った等身大の槍を引っ張り出した。
「そんな穂先がバカデカい槍なんて今さらどうするんだ?」
「パドンは身に染みてるから、見るだけで嫌になっちゃうかも」
「まさか穂先がアーム状に開いてUFOキャッチャーみたいに捕まるとは思わなかったぜ。しかもビリビリ痺れるオマケまでついてるなんて、思い出すだけでも手足が震える……」
「これをラーシュのとこまで持っていくようにお願いしたら怒る?」
「いやいや、こんなどんくさい槍なんて今のラーシュの兄貴なら刀があるし、邪魔になるだけでしょ。それになんでラーシュの兄貴に直接言わなかったんだ?」
「今の刀ってラーシュのお母さんの刀なんだって。それを持っているラーシュが子供のような笑顔になったり、以前よりも気さくに接してくれるようになったりするってネフェルが言ってたの」
「へぇー、いいことじゃん。ラーシュの兄貴の物腰が以前の人斬りみたいな人相から柔らかくなったってだけだし」
「だからね、ラーシュに
「よくわかんねぇけど、オレは痛いの嫌だし鉄砲とかバンバン飛び交ってそうな本部になんか行くつもりないから。もういいだろ、ケイコ」
「オークション事件の後のラーシュの言葉、覚えてる?」
「えー、四人で集まった記憶はあるけど何か言ってたっけ?」
「ラーシュがね『いづれ大役を担う機会が訪れるはず』ってパドンに言ってたんだよ」
「そんなこと言ってたような気がする。その大役ってまさか……!?」
「今しかない。今じゃなければチームに貢献できない。パドンだってバカじゃないんだから、私の言ってる意味わかるでしょ?」
「そりゃあ、そうかもしれないけどさぁ……」
「本部で起きてることは誰にもわからない。そんな右も左もわからない状況の中、ラーシュとリーダーは本部に乗り込んだんだよ。私たちは帰りを待ってるだけでいいの?安全な場所で見物なんて仲間がする?パドンは仲間じゃないの?」
「ケイコは役員と連絡を取り本部周辺の情報収集役として必要とされてる。けどオレはブレーダーを磨いてみんなの帰りを待つためだけの存在。そんなのいてもいなくても一緒じゃねぇか……」
「ラーシュはパドンを欠けがえのない大切な仲間だって言ってた。だから命に代えても守り抜くって、独り言のように言い聞かせてくれる。パドンはチームのために何を賭けれる?」
「オレは……命まで賭けられない。オレにはラーシュの兄貴やリーダーみたいな度胸も根性もない。辛いことからも逃げる。弱音もいっぱい吐く。でも……でもラーシュの兄貴やリーダーたちの気持ちは裏切りたくない!」
「じゃあパドンは『チームを裏切らない気持ち』をチームのために捧げるってこと?」
ケイコに心の内を見透かされたパドンは泣き出した。
「グスッ……うっ、うん……みんなの足を引っ張らないようにする……グスッ……そのためにみんなに信頼されて立派な人間になれるように努力する……やぐぞぐずる」
「クスッ、わかった。パドンの気持ちはわかった。あとは行動あるのみだね」
涙と鼻水でクシャクシャになったパドンの顔は晴れやかになる。ケイコは槍を手渡した。
「必ずラーシュの兄貴に届ける。それがパドン様の大役。裏切りは嘘つきの一部。嘘つきは裏切りの始まり。だからオレは絶対にみんなに嘘をつかない!みんなを裏切らない!」
「大丈夫、その調子。ラーシュやリーダーはパドンを見捨てたりしない。だからお願い、必ずラーシュに届けて」
「ウオォォォ!何が何でも成就してやるゥゥゥ!このパドン様に不可能の文字はないィィィ!地震雷火事親父何でもこいやぁぁぁ!!!」
全長二メートル、重さ五十キロを誇る槍を背負い全力疾走で向かうパドン。
ケイコはヒューガー、ラーシュ、パドンの無事を信じ帰りを待つのであった。