フレイナはふらふらとした足取りで構外を練り歩いている。内部の情報が完全に遮断され、教官たちも路頭に迷っていたのだ。
「ちょっと、何でこんなに歩いてるのに誰一人として出くわさないのよ!?マブライ!ネフェル!ザスクード主任!誰か返事してぇ!」
歩き疲れたフレイナがしゃがみこむと警備員が倒れているのを発見した。
「ちょっとどうしたっていうの!?怪我してるじゃない!?近くに侵入者でもいるの?」
「イライスン先生?無事でしたか。構内が閉鎖されたと伺ったので、とある方から周辺の警備を依頼されました。それで壁沿いを時計回りに歩いていたのですが、突然背後から火のようなものを投げつけられ、恐怖のあまり動けなくなってしまいまして……」
「警備を依頼された?火のようなものを投げつけられた?」
「警備の依頼主はマブライ・ヒャッコ先生です。ご存じないですか?」
「マブライが?動機が知りたいところだけど今はどうこう言ってる場合じゃない。それより火のようなものってどこから飛んできたかわかる?」
「い、いや背後からぶつけられたので恐らく構内からだと思われるのですが、顔も人影も確認できなかったのではっきりとは断言できませんが……」
「大丈夫。なんとなくわかったわ。あなたは安全な場所に避難して。あとはあたしたちがどうにかする」
「わかりました。ご健勝をお祈りします」
警備員は腰を押さえながら本部から離れていった。フレイナは周囲を警戒する。警備員を狙った犯人はすぐ近くにいるはず。フレイナは焦げ付いた草木を探し始めた。
「構内から飛んでくるとすれば高さ三メートルの壁を越えなきゃいけない。弾丸は直線的な動きをするから壁を越えてくることは考えにくい。マブライなら自分の立場に置き換えて考えるのよね。あたしならどうするかな?」
すると火のついた一本の矢が飛んできた。
矢は地面に刺さり雑草を燃やす。
「ちょっと危ないじゃない!?あなた一体誰なの!?」
「線は細いけど気の強い小娘だね。あたいは嫌いじゃないよ」
監視用の小塔に一際存在感をバシバシ放つ女性がフレイナを見下ろす。
派手な化粧に肩や太ももを露にした過激な衣装。その姿は闘技祭でのネフェルとの激闘を思い出すようだ。
「あ、あなた闘技祭にイレギュラーで参加していた……え~と、ジェットの紅一点だったっけ?」
「ティアラ・インダスキーさ。ジェットの紅一点っていうのも悪かないね。あんた、ネフェルっていう教官の知り合いなんだろう?」
「ネフェルは同僚よ。そんなことあなたが知る必要ある?」
「随分世話になったからね。あんたが探してる知り合いがこの中にいるさ。まっ、鼠一匹入らせるつもりは微塵もない。ジェットの包囲網を掻い潜ろうなんて考えないことだね」
「ネフェルが中にいる!?どうしてあなたがそんなこと知ってるの!?」
「知りたきゃあたいを引き摺り落としてみな!このジェット一の弓取りと謡われるティアラ・インダスキーをね!」
ティアラは鏃に火の化然石をつけた矢を放った。火の玉は重力に従い加速する。
「あなたの弓の技術をあたしが知らないわけないじゃない!――
フレイナは紺の化然石を地面に押しつけた。氷の分厚い壁が何重にも生えてくる。火の矢は壁に跳ね返され力なく転げ落ちた。
「手のこんだ時間稼ぎをするもんだ。教官っていうのもピンからキリまでいるのかい?」
「う、うるさいわね!ネフェルと違ってあたしには化然石の才能がないの!」
「ならあんたは尻尾に火がついた鼠みたいに逃げ回ってるのがお似合いさ!」
フレイナが攻撃手段を持っていないと判断したティアラは火の矢の波状攻撃を仕掛けた。空から雨あられのように降り注ぐ。火の矢に逃げ惑うフレイナ。嘲笑うように弓を引くティアラ。
壁の上を駈ける一つの影。その影は次々に矢を打ち落としていく。
「マブライ!?」
「だ、誰だい!?あたいの子供たちを蝿叩きみたいに落とすのは!?」
「子供たちっていうのはこの鏃のことかぁ?結構変わった趣味してんだな、おばさん」
「ちょっと待って!?どうして
「レアンドロ・バランゴだって言ってんだろ!教官の癖に名前も覚えられねぇのかよ!」
「誰がおばさんだってぇ?そこのドロンコォ!」
バランゴはフレイナに、ティアラはバランゴに激昂している。もはや三竦みの様相を呈している。
「役員であっても立ち入り禁止のはずよ。どうしてあなたがここにいるの?」
「会長直々の命令で誰も中に入れるなって言われてんだよ。もちろん教習生だろうがフレイナだろうが例外はねぇから」
「フレイナ先生って呼びなさい!あなたとはブレーダーの教習期間が半日重なったって以外に共通点なんてないんだから!」
「こまけぇ女は嫌われちまうぞ?どうせマブライ先生との仲が進展しなくてグズってんだろ?」
「ちょっと!?あ、あなたには関係ないでしょ!?どうやら氷漬けにされたいようね?」
「さっきからあたいを――無視するなぁ!!」
ティアラは再び火の雨を浴びせ始めた。
「遠距離攻撃はオレ様の専門分野じゃねぇから!そんじゃ、フレイナ先生」
「もう!肝心な時に使えない男なんだから!――
フレイナは氷の壁を壁沿いに作り出した。しかし、先程と違って厚さが薄くなっている。フレイナとバランゴが逃げ惑う姿が丸わかりだ。
「なんだい?間抜けな姿を晒してあたいに打ち抜いてほしいのかい?しょうがいないねぇ」
ティアラは渾身の一撃を放った。氷越しに逃げるフレイナは驚いて立ち止まる。氷はガラスのようにバラバラに砕け散った。
「フハハハ、楽になれたろう?本当はもっともっと痛めつけてやりたかったんだよ……!?」
バラバラになった氷が解け地面が露になるがフレイナの姿がない。バランゴは壁をよじ登り壁の上に立つ。小塔にいるティアラとの距離が十歩程度にまで縮まった。
「バレずにここまでこれたぜ。よぉ、ティアラさん。間近でみると人形みたいに顔色悪いっすね。マブライ先生みたいに朝飯抜いてるからじゃないっすか?」
「な、何であんたがここにいるのさ!?さっきまで逃げ回ってたじゃないか!?」
「それはおばさんが本物と偽物の区別がついてないからだろ!整形おばさんじゃあ、鏡の中にいるオレ様たちの見分けなんてつくわけねぇんもんなあ?」
「かがみ……あたいは偽物を掴まされたって言うのかい?」
「そういうこと!というわけで贋作には贋作をってね!」
バランゴは火の化然石を使って巨大な弓矢を作る。熱さが全身に伝わり汗が吹き出す。痩せ我慢をしているのが木に隠れているフレイナにも伝わった。
『火翔術―
巨大な火の矢がティアラのいる小塔に激突した。
「ぎぁあぁあぁッ!?!?!?」
小塔はゆっくりと傾き重力に耐えられなくなると呆気なく崩壊した。
「ちょっとドロンコ!闘技祭の時から我慢してたけどもう無理!マブライの技を盗用するなんて許せないわ!なんなのよ、火翔術って。忍者でもあるまいし」
「木陰でビクビクしてたヤツがなんだ?人の技をパクるなだ?感謝の言葉が先じゃねぇか?それにオレの火翔術は
「その呼び方止めなさい!それにあたしがサポートしなきゃあなたは近づけさえもしなかったのよ!あんたも感謝しなさいよ!」
「はいはーい、どうもどうもありがとっスゥ」
「ぐぬぬ、おめぇはちょっとは素直になれやぁ!」
「ぬわぁぁぁ!?」
フレイナに一本背負いで投げ飛ばされたバランゴは壁沿いに残っていた氷の残骸に頭から激突。あられもない姿のまま取り残される。
即席の連携プレーは単なるまぐれだったようだ。