ラーシュとヒューガーが本部の正門にたどり着くと教官服を着た人物に遭遇する。その人物は中に入るわけでもなく壁や鉄柵に触れながら質感を確かめているようだ。
「ヒャッコ先生?門の前で何してんだ?」
「あー、キミはヒューガー・ソレイユか」
ラーシュはマブライの教え子がヒューガーだと知り深々とお辞儀した。
「ラーシュは初めてだよな?ヒャッコ先生にブレーダーのいろはを教えてもらったんだ。俺みたいな欠点だらけの人間にも色眼鏡で見ず対等に接してもらってな、人生相談なんかにものってもらえて心の師匠様みたいなお人だ」
「ふー、キミは手足の不自由というハンデをものともせず試験を乗り越えた。ボクはその手助けをしただけだ。ヒューガーからそんな風な言葉が聞けただけでも、教官としてこんなにも嬉しいことはない。それとキミがラーシュ・ダスティヒ君?ネフェルからチーム事情、主にキミのことを熱心に聞かされていたが、闘技祭の時よりも勇ましくなったように見受けられる」
ラーシュのよそよそしい態度が鬼気迫る表情に一変した。
「ヒャッコ殿、お時間に限りがあるゆえ失礼を承知でお伺いしたい。ここで何をしていた?」
「現況を話せる立場ではないんだ。守秘義務もあって箝口令も敷かれている。それにボクも中に立ち入らないように厳命されているんだ。キミたちも退去命令が出ているのは知っているだろ?」
「ヒャッコ先生はネフェルの居場所を知ってるのか?なら教えてくれ!一刻を争うんだ!」
「ヒューガーが何を知り得たか問うつもりはない。それが本当に正しい情報だという根拠はどこにもないからだ」
「根拠がなくとも私はネフェルに会いに行かねばならぬ。我々の前に立ち塞がるというのなら押し通るまで!」
「ふー、最後までボクの話を聞け。キミがボクを倒しても本部の中に入れるとは限らない」
「ど、どういうことだ!?中に入れないだって!?」
「ボクたちが見ているのが本物の本部とは限らないからだ。ボクは退去命令が出た後、本部の職員に怪しまれないように退去する素振りだけ見せて付近に留まっていたんだ。すぐ本部内に引き返そうと思って正門に触れた途端、倦怠感や焦燥感と共に頭痛が襲ってきた」
「正門に罠でも仕掛けられていたのか?」
ヒューガーの質問に悩むマブライは一つの仮説を立てた。
「ボクたちの侵入を阻む高度な術や幻覚作用のある薬品が散布された可能性がある。ブレーダーの発信器だけでなく全ての通信機器の電波を妨げられているようだ。ゆえにネフェルの所在は未だ特定出来ずじまい。それに今すぐここから逃げろと言ってもボクの仮説が正しければ、既に敵の罠に嵌まっているということになる」
「ならば我々に戦略的撤退という選択肢はない。幻術や薬物だろうと降りかかる災いは真実の
「もー、キミは剛情だな。キミたちが本部という真っ暗なトンネルを突き進むと言うのなら、ボクの石たちで可能性という光を示してあげよう」
「我々は時間がないと申して――」
「まぁ待てラーシュ。ヒャッコ先生の石占いは当たるって評判なんだ。もしかしたらネフェルを救い出す手だてが見つかるかもしれない」
マブライが四種類の化然石を宙に舞い上がらせた。化然石が縦一列に並び落下を始めた瞬間、正門から一発弾丸が黄色の化然石を撃ち抜いた。
「――なっ、なんだ!?」
「なにやつ!?」
「あの発砲音、アイツに違いない!そこにいるんだろ――ロウ!」
門の上に腰をかけ口角を上げる男。ロウ・ダーウィンが三人に銃口を向けている。
「こそこそ嗅ぎ回るハエどもがいるって耳に入って来てみたと思えば、無敵のおサムライさんたちまでお出ましとはこりゃ難儀なこった」
ヒューガーが二人の前に立ちロウに問う。
「なぜ本部の関係者でもないジェットのお前がここにいる?」
「そりゃあ依頼主から本部の警備をお願いされちゃ来ないわけにはいかないだろう?仕事だよ、仕事」
マブライがロウを問い詰める。
「可笑しな話だ。ボクはジェットに警備を依頼した覚えはない。別の依頼主がいるようだが、依頼主が本部の関係者であることは間違いないな?」
「さあ、どうだかね。依頼主の守秘義務ってやつさ」
「待ってくれ、ヒャッコ先生。ジェットに警備を依頼した人間が本部の関係者ならネフェル行方不明の件、本部退去の件、そしてジェットの一件は全て同一の人間の仕業ってことも考えられるってことだよな?」
「臆測に過ぎない。だが否定もできない」
「おーい、余計な詮索は止めてオレたちと遊ぶ気はないか?体が鈍っちまってどうもこうも関節が動きにくいのなんのって」
「キミはさっき警備をしていると言ったが、ボクたちに警告なしに発砲していた。明らかな越権行為であり警備の体を成していない。ボクは元警察官なんだ。拳銃の扱いについては耳が痛くなるほど教育されてきた。目撃者の目は欺けない」
「そりゃあ誤解だ。あれは威嚇射撃だな。本部に近づく奴は無警告で排除しろと言われてんだ。頭を撃ち抜かれなかっただけ有り難く思え」
「屁理屈ばかりこきやがって、さっさっとそこを退きやがれ!」
「お前さんはオレと遊びてぇようだな。いいぜぇ!頭に血が回って久々に暴れたくなってきたってもんだ!」
マブライがロウを睨みつけた。ヒューガーが殺気を感じ振り返る。
「ヒューガー、ここはボクに任せろ」
「ヒャッコ先生……?」
「ボクとキミたちは利害関係にある。だが敵対する理由はない。ネフェルがキミたちを必要としているように、キミたちもネフェルを必要としている。ならボクができることはキミたちの想いを尊重すること」
「いくらヒャッコ先生でもロウの挑発に乗る必要ない。それに俺とアイツは浅からぬ因縁がある」
「その因縁を精算する場所は別のところにあるはず。何もムキになって大事なモノを見落とすことはない。焦らなくても大事なものはキミたちの元に帰ってくる。ボクの占いは当たるから」
「ヒャッコ先生……」
ラーシュの瞳が揺れた。
「主君、ヒャッコ先生殿にこの場を託すべき。我々は成すべきことを成さねば、未来を自らの手で切り拓くことも叶わぬ」
「さあ、早く行け!」
「――行かせないヨ」
三人の背後からサンブレロを被った異国風の男が現れる。
「お主はサザン・シュナイダー!?」
「クソッ、ジェットの胡散臭い奴まで出やがった!」
「そんな熱烈に歓迎されると嬉しくて握手を求めたくなっちゃうヨ」
サザンの両手にナックルダスターが装着されている。ラーシュとヒューガーは突発的に距離を置いた。
「そんな照れなくてもいいじゃないカ。お祭りの続きがしたくて昨日はキミたちの体をバラバラにする夢を見るくらい良く眠れたんだヨ。睡眠補給はばっちりサ」
「ああ、そうかよ」
「なんと未だ夢心地とは傍ら痛い」
ジェットの主力二人相手に出鼻を挫かれたヒューガーはある決断を下す。
「ラーシュ、俺があのサザンってやつを足止めする。だからお前は先に行ってくれ」
「主君を殿にするなど生き恥を晒すようなもの。なれば三人かがりで本丸の首を刎ねれば良い」
「俺が負けると思ってるのか?それを仲間想いとは言わないんじゃないか?仲間を想うってことは助け合いだけじゃない。自分の力で困難を乗り越える強い意志がなきゃいけない。ラーシュは俺やネフェル、ケイコ、パドンを信じてないのか?みんな弱い人間だと思ってないか?」
「一片たりとも思ってはいない。皆がいてチームとして一つに纏まっている。アルマダ・ブレーダーズは誰かが欠ければ砂上の楼閣の如く崩れ去ってしまうほど脆く、それでいてそれぞれが唯一無二の個性や強みを持っている。私が足りないものを皆が持っている。だからこそ身命を賭してでも守りたいのだ。主君、ネフェル、ケイコ、パドンも皆同じ命。私にできることなど命を賭けて皆を守ることのみ。それしかないのだ」
「良かったよ。ラーシュがちゃんと正直に話してくれて。また本音を隠してカッコつけるんじゃないかと思って殴る準備をしてたんだが、信じてなかったのは俺の方だったな」
「まだ私には甘さがあるようだ。魂を奮い立たせるべく、ここは思う存分張り倒して頂きたい」
「駄目だ。こんなとこで無駄なエネルギーを使って怪我なんて負わせたくない。全部終わったからだ。それじゃあ行くぞ、ラーシュ!」
「承知!」
ラーシュは助走をとりヒューガーに向かって最速でブレーダーを起動した。
ヒューガーは地面に仰向けになり足裏を空に向けた。ブレーダーがキュルキュル音を奏でる。
「いざ、参る!」
ラーシュは勢いをつけて飛び跳ねる。
「サザン!サムライを止めろ!」
ロウに命令されたサザンがラーシュに飛びかかった。
「やらせはしない!
マブライが青の化然石で牽制する。水の手刀をサザンの顔に浴びせた。
「――オウフッ!?」
ラーシュはヒューガーの足裏に乗り回転する力で更に空高く舞い上がった。壁を悠々と飛び越え域内へと着地する。
「あれまぁ、ハエが一匹潜りこんじまった。後でどやされちまうなぁ」
「ごめんヨ。ロウの期待に応えられなくテ」
サザンはサンブレロで顔を拭いている。
「くよくよするんだったら、ヒューガーの相手でもしてるんだな。汚名返上のチャンスなんてそうそうくるもんじゃない。そうだろう?」
「そうだネ。ピンチはチャンス。ボクの拳でキミの体はずたぼろサ」
「情緒不安定ヤロウが。ジェットの相手は俺たちがしてやる!」
「ラーシュ君、気をつけろ。キミの敵は一人とは限らない。
一人、本部に乗り込んだラーシュ。
マブライは撃ち抜かれた黄色い化然石を複雑な心境で見つめていた。