有刺鉄線で囲まれた広場で一進一退の攻防を繰り広げるヒューガーとサザン。相手の出方を伺いながら反撃するカウンター主体のヒューガー。対するサザンはひたすらボディに拳を打ち込む好戦的なスタイルで押し込んでいく。
「ガードばかりじゃ体力を消耗するだけじゃないかナ?それともダメージを受けすぎて戦う気力がなくなったのかナ?ボクのパンチは鉄球並みに重いからネ」
「鉄球?ハッ、冗談きついぜ!お前のパンチは避けるほどのもんじゃない。無駄な体力を使うぐらいなら、ずば抜けて頑丈なこの体で受けた方が何倍もマシさ」
「ヒュー、体が丈夫なら遠慮はもう要らないネ。内臓が口から飛び出ても怒らないでヨ!」
サザンは氷の化然石を発動した。ナックルダスターが氷の塊に覆われ棍棒のような形を成す。
「そぉら!――
腕をブンブン振り回しヒューガーを追いかけ回す。背中を見せないよう決死の形相で逃げるヒューガー。
「スピード重視のブレーダーに戦略もクソもない戦い方。頭ではわかっていたつもりだが、実物を目にすると恐怖感がずっしりと伝わってくるな」
「逃げてばかりじゃ本部に足を踏み入れることもできないヨ。それとも諦めちゃったのかナ?大人しく大好きなママの所へ帰っちゃえバ?」
「余裕ぶってるわりに洒落の一つも言えないようだな。俺がいた頃のジェットは個性的な奴らが沢山いたんだ。それがある日を境にジェットは構成員を簡単に切り捨てる組織になった。足手まといはリストラされ、上の人間に睨まれれば出世の機会は恒久的に失われる。弱者の声に耳を塞ぎ、私利私欲の限りを尽くす。それが正義だって?人の上にお前のような人をつくれば組織はいずれ腐る。でないと俺みたいな人間に足を掬われるってこと教えてやるよ!」
ヒューガーを有刺鉄線を腕に巻きつけ引き抜いた。鞭のようにしなる鉄線がサザンの左足に巻きつく。じわじわと締め上げられ血が滴り落ちる。
「それで動きを止めたつもりかナ?」
「なに……!?」
サザンは痛みを感じていないのか、悦に浸りながらナックルダスターで鉄線を切断した。
「痛みは快楽。苦しみは良薬。苦痛を生きるための糧にすれば人生は豊かになるのサ。ボクの痛み苦しみをキミが理解するんダ。そして人類全員が分かち合えばみんなが幸せになれるヨ」
「痛みや苦しみとは死ぬまで付き合わなければならないんだ。俺は仲間のためならどんな苦痛にも耐えられる。仲間が苦しんでる姿や悲しんでる姿は見たくない。だがお前はそんな姿を望んでいる。楽しんでいる。お前は本当にそれでいいのか?それが正しいジェットの信念だと思っているのか?」
「正しいかどうかはロウを信じて行けばわかル。幸福を約束された未来がジェット・ストライカーズに待っているのサ。そう、ボクたちにしか作れない世界があるんダ。だけどキミたちの未来は絶望真っ逆さまだけどネ」
「絶望なら味わったさ。ジェットに入った瞬間にな!」
ヒューガーは地面を砕き岩石を頭上に掲げる。鼻息を荒げながら上空に打ち上げた。雄々しい姿にサザンの口から感嘆の声が漏れる。
「とんでもない馬鹿力だネ!体重を悠々と越える巨岩を投げ飛ばしてしまうなんテ、感激のあまり全身から色々なモノが吹き出てしまいそうダ!」
岩石はサザンの頭上に落ちる。サンブレロを手で押さえながら拳を氷塊で強化し天を衝いた。真っ二つに割れた岩の影から二つの飛翔体が高速で移動する。
「隙だらけだッ!――
「ブペッ!?」
二つの飛翔体は十字を切るような動きでサザンの頬とみぞおちを射ぬいた。鼻血をたらし目の下に痣でき、肋骨が折れているのか膝をついたまま立ち上がることすらできない。サンブレロが地面にひっくり返る。
「アハッ……ハハハ……ハッハッハァー!」
「お前らが誰の依頼で、どんな目的で本部の警備を引き受けたか洗いざらい吐けばあばら骨だけですましてやる」
「さあネ。依頼主のことなんて知らないヨ。目的?そんなことどうしてキミみたいな陽を避けて生きてるような下等生物に教えなきゃいけないんだヨォ!」
サザンは両手を氷の塊で覆い、ボクサーのようなファイティング・ポーズを取る。
「また氷の拳で追いかけ回すのか?しつこい男は嫌われるぞ」
「チッチッチ、もう同じ失敗はしないヨ。キミはボクを本気で怒らせたからネ」
臨戦態勢に入ったサザンはスピードで撹乱しながら距離をつめる。
「こ、こいつの動きが読めねえ……!?」
ヒューガーは予測困難な動きと最短で打ち込まれる拳を前にガード以外の手段を取れなくなっていく。あらゆる方向から腕が伸び正確に狙い打つ。ところがサザンの体力は限界に達していた。スピードが漸減し威力も目に見えて落ちていく。
ヒューガーは辛くも持ちこたえた。
「はぁ……はぁ……なんちゅうスタミナしてんだ」
「まだ終わりじゃないヨ」
「な、なんだと……!?」
「これでキミは跡形もなく消え去るのサ。バイバイ、アルマダのリーダーさん――
サザンは拳から数百、数千本の氷の針をヒューガーに飛ばした。
「ぐわぁぁぁッ!?!?」
全身を針で貫かれ、右腕と左足を切断される。支えなしに立つことは
「最期に言い残すことはあるカ?」
「そうだな……サザン・シュナイダー。いや、ラーシュに敗れたジェットの面汚し、ロウの腰巾着、よっ、三銃士のファッションリーダー!……はぁ、一言じゃまとめられないなぁ。ロウも苦労してるんだな。お前みたいな卑屈で陰険、そして劣等感の塊みたいな奴の御守りまでしなきゃいけないんだからなッ!」
「キ、キィサァマァァッ!!それ以上喋れば喉を潰ス!ボクをコケにするのも今日で最後ダ!あの世でロウの創造する世界を眺めているとイイ!」
サザンがヒューガーに跨がり渾身の一撃を振り下ろした。最期を覚悟したように瞳孔が開いていく。聴覚が研ぎ澄まされ足音が聞こえてくる。音は大きくなり大地が揺れ動く。
闘牛の暴れ狂うような足音が二人に迫っていた。
「ウオォォォリャァァァ!!!」
槍を背負い死に物狂いで疾走するパドンが二人の視界に入る。サザンが振り下ろした拳を止めパドンに釘づけになった。ブレーキの壊れた車のように向かってくるパドンは制止するよう声を張り上げるサザンを撥ね飛ばした。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ホントにいいタイミングで助けに来てくれたな、パドン。今回ばかりは両親の顔が頭をよぎるほどしんどかった」
「オレが役に立ったのか?リーダーのためになったのか?」
「そうだ。パドンが来てくれなきゃ今ごろお陀仏だった。ありがとな」
「夢中で走り続けてたから誰とぶつかったかまではよく見てなかったぜ。でもやっと落ちこぼれのオレがアルマダの一員として認められたんだ。そっか……」
「余韻に浸ってる場合じゃないぞ。お前にはまだやるべきことがあるんだろ?」
パドンは背負っていた槍のことを思い出した。
「でも喧嘩の強いリーダーがオレの代わりに、この槍をラーシュの兄貴に届けてくれた方が確実なような気がする」
「こんな状況でそれを言うか?手足がなくなって半分ダルマみたいな体でラーシュの所に行けって言うのか?まともに喧嘩を買うこともできないんだぞ?」
「そりゃあそうだけどオレにはやっぱり無理だ……本部には血の気の多い人がウヨウヨしてるかもしれないし、槍なんか持ち歩いたら標的にされるかもしれないし」
「なぁ、パドン。その槍ってケイコがお前を信用して託したんだろ?それなのに本部を目の前にして逃げ帰るのか?ケイコの思いはどうなる?負い目を感じて自分を責めてしまうかもしれないぞ?」
「じゃあどうしろっていうんだよ!頼めるのがたまたまオレ一人だけだったから、ケイコは仕方なくオレに託したに決まってる!だからオレよりも信頼できるヤツがいれば誰でも良かったんだ!」
思いの丈をぶちまけるパドンをヒューガーは優しく頭を撫でた。
「お前はケイコと一緒にいた時間が長いっていうのになんもわかっちゃいないな」
「えっ?」
「パドンはチームのためにブレーダーのメンテナンスをしてくれたり、俺の私生活のサポートまでしてくれている。それだけじゃない。仕事をもらうためにチラシを配ってくれたりしてること、必要書類があれば役場まで届けてくれたりしてること、誰でもできるような雑用を文句も言わず引き受けてくれたり――」
「『誰でもできるような』は余計だ」
「全部ケイコから受けた報告なんだぞ。ケイコがチームの現場のサポートに徹することができたのは、パドンが裏方の仕事を一手に引き受けてくれたお陰なんだってさ。良かったじゃねぇか、ケイコの右腕として重宝されてよ」
「ケイコがオレを誉めてくれたのか?あの心底オレを毛嫌いしていたケイコが?」
「俺は聞いたことをそのまま伝えただけだ。嘘だと思うならケイコに聞いてみればいい」
「……」
「どうしてもお前が行きたくないっていうなら無理強いはしない。仲間が傷つくのは堪えられないからな。でもなこれだけは覚えておいてくれ。『パドンがみんなの期待に応えられなかった』とケイコが知ったら悲しむってことを」
ヒューガーが槍を預かろうとパドンの背中に手を伸ばした。
「行くよ。オレがラーシュの兄貴の所まで行く」
「男になれ、パドン。お前はもうアルマダ・ブレーダーズのお荷物なんかじゃないさ」
「リーダー、ラーシュの兄貴、ネフェルの姉さんがチームの手足ならケイコは頭脳。ならオレはアルマダの心臓。切っても切り離せないチームの中枢であり動力部。リーダーたちが任務に集中できるように、オレがチームを支え続ける存在になる!」
「頼んだぞ、アルマダの心臓――パドン・シュスタ」
パドンは自らの殻を破り生まれ変わろうとしている。不安や恐怖を拭い去ったわけではない。肩は震えが止まらず歩き方もぎこちないからだ。
ヒューガーはパドンの姿が本部に消えていくのを見届ける。
「何が無敵だ……ばかやろう。こんなんじゃリーダー失格だ」
ヒューガーは散らばっている氷の欠片に悔しさをぶつけた。