ランバーは本部の図書館で資料を漁っていた。図書館には歴史書からブレーダー資料、小説、漫画、雑誌まで幅広く取り揃えられている。
「じげんせかい……ジゲンセカイ……時幻世界……」
どこの国の言語かもわからないような文字で書かれている資料を手当たり次第読み漁る。凶極刀に聞き慣れない単語を吹き込まれれば、疑心暗鬼に駆られる姿も想像に難くない。
「並行世界なんて言葉もあるのか。『お前は偽なる星から転移した存在』だとかほざいていたな。時幻世界も似たようなもんなら、確かにこの世界にオレの居場所はねぇな」
読んでいた資料を元の場所に戻し図書館を出た。
廊下に出るが当然人はいない。退去命令が出ているからだ。別棟に向かうため渡り廊下を通ろうとする。
ランバーは金色の毛を逆立てた。
「クックック、こんなドタバタした時におめぇみてぇな血の臭いを好むヤツに出くわすなんて滅多にねぇことだろ?なぁ――ラーシュ!」
赤と青の瞳が淀む。窓から気持ちの良い風が吹き込んだ。
「狂犬……いや、ランバー。知っていることがあるのなら全て教えてほしい。ネフェルは今どこにいる?」
「ネフェルなら中庭で刀に取り憑かれてるみてぇだな。それと最悪なことに鉢合わせしたクソビッチとやりあってるぜ。アイツのことだから刀ごと腕を切り落としちまうかもしれねぇな」
「なればこんなとこで油を売ってるわけにはいかぬ。そこを通してもらう」
「おい、まずオレの質問に答えな。オレはネフェルが刀をラーシュに返したもんだと思ってたんだ。それがどうして未だにネフェルが持ち歩いてるんだ?テメェはあの刀が危険だと知りながらネフェルに預けたのか?」
「そうではない。魔刀は家に持ち帰り二度と日の目を拝めぬよう穴蔵に封じたのだ。私が
「だが現にネフェルは刀を持っている。まさか刀が独りでに封印を解き意思を持って脱走したなんて言わねぇよな?ハッ、ユーモアの欠片もねぇ嘘なんて吐くようになったんだな?笑えねぇ与太話にはついていけねぇぜ」
「嘘か真かはネフェルに会いに行けば自ずとわかることだ。そこを通せ、ランバー」
「クックック、そういえばまだ祭りの続きしてなかったよな?」
「血迷いごとを……そこをどけッ!ランブリング・リードッ!」
「本気でこいよ。オメェみてぇな戦うことでしか自分の価値を見出だせないヤツに会えるのを今か今かと待ち望んでいたんだ。今度は手を抜かせねぇぜ!」
「時間がないと申している。それに私は理性を持たぬ人斬りではない。なれば一撃離脱で切り抜ける」
ランバーの目がギロッと上を向いた。ブレーダーを急発進させ拳をつくる。
ラーシュはその場で片膝をつき右手を床につける。
「そんなへっぴり腰でオレの
ランバーがラーシュに蹴りを入れる。いなされるも距離をつめ拳を振り落とす。顔に向かってくる拳を素手で受け止めるラーシュ。
「一撃が重い、なんという重さだ……!?」
「素手で受け止めるとは大したもんだ。並大抵の人間なら肘まで粉々に砕けちまうんだがな」
ランバーは脇腹に蹴りを食らわす。ラーシュは痛みを堪え迫り来る一打に目を見開いた。
ブレーダーの回転を利用した後ろ回し蹴りで拳を受け止める。
「ったく予測しにくい動きだぜ。背中から蹴りが飛んでくるとは思わなかった」
「体の柔軟性とブレーダーの特性を理解していれば、こんな足技など容易い」
「刀を抜けよ。まだ手を抜くつもりか?ネフェルに会うことしか頭にねぇから全力を出させるいい機会が巡ってきたと思ってたんだが、その様子じゃオレはヒール役にもなれねぇ」
「今はその時ではないのだ。一秒も無駄にしたくない。頼む、ランバー。道を開けてくれ」
「そんな生ぬるい覚悟でネフェルに会いに行くのか?ハッ!ならテメェはここまでだな!――狂雷の檻」
ランバーは黄色の化然石を持った拳で床を殴った。稲妻が間隙を縫うように床を走り抜け、網目の張った円形の檻が取り囲む。
以前と同様の光景にラーシュは動揺を隠せない。
「おのれ……化然石を扱えぬものに化然石を振るうことは禁忌ではなかったか?」
「それは平時に限ってのことだ。緊急性があり、且つオメェが侵入者であれば化然石の使用制限はなくなる。つまり本部内であれば役員や教官を阻むハードルは無くなったも同然なんだよ」
「つまるところ私は一枚も二枚も上手な強敵たちを相手にせねばならぬということか……」
「わかってたことだろ!オメェはそれを望んでここまできたんじゃねぇのかよ!」
「私に用があるのはネフェルだけ。外野に用はない」
「ハッ、ならその檻から抜け出してみな。下手に動けばネフェルに会いに行くこともできなくなるぜ?」
ラーシュは三日月刀に手をかけた。
「母上よ、どうか私に力をお貸し下さい」
ブレーダーが急激に回転数を上げ塵や埃を巻き上げた。
その場で三日月刀を床に突き刺す。ブレーダーは激しく振動し床を抉った。
三日月刀がストッパーになりブレーダーの動きを制御する。渡り廊下を横切る風が刀に吸い込まれていく。
「これは
体内から発する火の化然石の力が発現し刀が強烈に明滅した。
「
ブレーダーの反動を利用した三日月刀の斬撃は狂雷の檻に穴をあけ、残った雷のエネルギーを取り込み灼熱の刃を生み出す。衝撃波を解放しながらランバーを切り裂いた。
「グオォォォォォッ!?」
窓ガラスが割れ塵と埃が舞い上がり視界が悪くなる。
周囲の状況が掴めぬ中、灰塵の中から鬼のような影が現れた。
突如全身傷だらけランバーが目の前に現れる。ラーシュは振り落とされる拳に反応が遅れてしまった。
「!?」
「
ランバーは氷の化然石を発動し拳を固めていた。振り落とされた冷たい豪腕はラーシュの左側頭部を直撃する。
「グッ……!?」
血がボタボタと垂れ膝をつくラーシュ。何かに気づくとぐるぐると目を泳がせた。
「オレが雷しか使えねぇと思い込んだから反応が遅れたんだ。にしても顔を避けるため咄嗟に耳を向けるとはブがつくほど器用な男だぜ」
「……聞こえぬ」
「あん?」
「耳が聞こえぬ……」
左耳の鼓膜が破れてしまったようだ。残酷な現実に打ちのめされ、床には血溜まりができていた。